絵本の「中身」をガイドする大切な意味とは?
元木:そんな門野さんはいま、編集長としてどんな使命を感じていらっしゃるのでしょうか?
門野:僕がいま大事にしているのは、絵本を気軽に楽しんでもらうための間口を広げることです。そもそも絵本って内容がシンプルなだけに、選ぶのが難しいと思うんです。
元木:それは分かる気がします。文字が少ないのにメッセージ性が高いから、結局どれがいいんだろう?って悩んでしまう人は多いんじゃないかな。
門野:数十年前の作品がずっと愛され続けるのも、安心して買えるからという面が少なからずありますよね。業界としても60、70代といった大先輩の方々がまだまだ現役でいらっしゃる世界なので、ある種の厳しさをともなう現場でもあったりするんです。もちろんこういう側面は簡単に変えられるものではないですけれど、そのなかでどうやって世の流行や、読者の趣味趣向を誌面に反映できるかは常に工夫をしています。
元木:特定の作家さんやキャラクターに寄った特集もあれば、「絵本で愛を贈る」「思わず泣いた感動絵本」といった切り口でいろいろな絵本を紹介するような特集もありますね。
門野:はい。特集の内容は基本的には編集スタッフやライターの意見をもとに考えています。ほかにも『ハリー・ポッター』特集や『ドラえもん』特集のように、絵本と直接関係はないけれど、『MOE』の世界観に合う題材を取り上げることもたまにありますね。
元木:その中で、毎号何冊くらいの絵本を紹介しているんですか?
門野:多いときは100冊以上、少ない号だと30〜40冊くらい。平均して80冊程度じゃないでしょうか。それでも絵本は年間で2000冊くらい新刊が出ていますから、全部は拾いきれていないんですよね。もちろんたくさん紹介できればいいわけでもなくて、そのなかで「いいもの」を厳選して紹介するのが『MOE』の役割だと思っていますけれど。
元木:そうそう。それが『MOE』の重要な役割なんだろうなって、私も思っているんです。絵本って一度ヒットすれば長く売れますけれど、新人さんの作品となると初版部数が極端に少ないですよね。そうすると近所の本屋さんへ行っても、新しい作家さんにはなかなか出会えなかったりして。
門野:そうですね。
元木:だからといって、中身がわからないとネットで気軽に買うこともできない。これが絵本の難しいところであり、面白いところでもあると私は思っているんです。判型が大きいのか小さいのか、紙の手触りはどんな感じか、どのくらいの厚みがあるのか。実際に触れてみなければわからない個性こそ、絵本の魅力だったりしませんか?
門野:それこそ、デジタル化できないんですよね。そもそも絵本って判型もバラバラですし、店頭で売りにくい商品なんですよ。だから内容がよくても、新人作家の新刊となるとなかなか本屋で置いてもらえないこともあります。かといって読者からすれば、ネット書店の情報だけで欲しい絵本を見極めるのはすごく難しい。こういった現状のなかで本当に良質な絵本が埋もれ、なくなってしまわないように、『MOE』が伝えていくべきことはたくさんあると思っています。
利益度外視で取り組む『MOE絵本屋さん大賞』
元木:そんな『MOE』の使命のひとつともいえるような活動が、毎年実施している『MOE絵本屋さん大賞』だと思います。これはどんな経緯から生まれて、毎年どういった形で行われているんでしょうか?
門野:いわゆる『本屋大賞』の絵本版をやってみたいねということで、13年前に始めたのが最初でした。全国の絵本コーナーの書店員さん3000人にアンケートを取り、毎年年末にその年の絵本ベスト30を発表しています。直近の2020年はたまたま白泉社の絵本が大賞をいただきましたが、年によっては白泉社の絵本がまったくランクインしてないことさえあります。つまり、本当にガチで利益度外視でやっているんですよね(笑)。
元木:2020年度は、オンライン授賞式という形で動画を配信していましたね。私も知っている有名な絵本売り場の方が出てきて、このランキングはすごく信頼できる! と感じました。
門野:お店によっては年間を通して『MOE絵本屋さん大賞』のコーナーを残してくださっていることもあったりして、絵本の売り上げにつながるランキングとして着実に成長してこれたという実感はあります。
元木:新刊の売り上げに貢献するのはもちろんですけれど、私は『MOE絵本屋さん大賞』って、この13年の間にきっとたくさんの売り場担当者を育てたと思うんですよね。本を読まない、知らない書店員が珍しくなくなっている現状のなかで、それは素晴らしい貢献のひとつだと思うんです。
門野:そうですね。絵本を本当にたくさん読んでいる書店員さんが選んでくれたからこそ、今回白泉社から出たヨシタケシンスケさんの『あつかったら ぬげばいい』が大賞を獲ったことは、僕たちにとってメチャクチャうれしいことなんです。
元木:ヨシタケさんは今回10位までに4冊もランクインしていて、まさに今をときめく売れっ子作家。絵本好きの女性だけではなく、お父さんにも人気があるなんていわれますよね。ちなみに今回ランクインしているなかで、門野編集長が個人的に注目している作家さんはいますか?
門野:僕が以前からずっとすごいなと思っているのは、今回3位にランクインした『の』や、『Michi』などで知られるjunaida(ジュナイダ)さんですね。抜群の画力や内容の面白さはもちろんですが、ブックデザイナーの祖父江慎さんが装丁を手掛けられていたり、モノとしての魅力がもはや絵本を超えています。これこそ、子どもだけではなく大人が欲しくなる絵本なのではないでしょうか。
元木:うん。junaidaさんの絵本はもはや芸術の域ですよね。それこそ子どもの頃からこんな絵本を読んでもらっていたら、何かすごい才能が開花してしまいそうです!
門野:そうですね。絵本は子どもにとって人生で初めて触れる本であり、親子のコミュニケーションを生む道具であり、いろいろな感情や知識を教えてくれる特別な存在でもあります。でも僕が、大人として絵本の世界を知ってあらためて感じているのは、絵本の役割はあくまで読む人が決めるものだということ。形もばらばらなら中身も違って、その役割も読む人次第で変わっていく。同じ形に統一できない多様性が、絵本の面白さなのだと思います。そういった絵本の多様性を伝えることが、僕たちの『MOE』の役割だと思っていますね。
【プロフィール】
MOE編集長 / 門野 隆
1999年に白泉社へ入社。青年コミック誌『ヤングアニマル』で漫画やグラビアの編集などを15年間手がける。その後同社の広告企画部へ異動し、2年後の2018年に絵本専門誌『MOE』の編集長に就任する。https://www.moe-web.jp