本・書籍
2021/3/28 6:00

ガラスに包まれた微生物、メデューサ型の古細菌……微生物たちの美しくも恐ろしい生き方~注目の新書紹介~

書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。

 

京大の微生物研究者が語るミクロの驚異

昔の悪口って面白いものも多かったですよね。「おたんこなす」とか「すっとこどっこい」とか「おまえの母ちゃんでべそ」とか(笑)。今回の新書を読んで、そういえば「単細胞」って悪口もあったなと思い出しました。

単純な人をからかう言葉ですが、この「単細胞」が実はすごいとわかるのが『京大式 へんな生き物の授業』(神川龍馬・著/朝日新聞出版・刊)。単一の細胞にとてつもない秘密がギッシリでした。

 

著者は京都大学農学部の准教授で、単細胞の「真核生物」を研究する神川龍馬さん。語り口はソフトでさらっと読めて、そのうえで内容はしっかりと骨太。ミクロの世界にひしめく住民たちの生存戦略が明かされます。

 

ガラスの箱を持つ海のシンデレラ

第1章「人間はわりとカビに近い―微生物と人間と進化」で微生物の分類を教わったあと、第2章「他力本願ですが何か?」では共生・寄生する微生物たちのたくましい姿が語られます。

 

人間は単体で生きているわけではなく、腸内や皮膚にはさまざまな細菌・真菌などの微生物がいて、代謝や免疫の機能を助けてくれています。これは他の生物も同じ。

 

ウシの胃のなかには草を発酵させてウシが消化しやすくする微生物が大量に存在しているのです。彼らは一生懸命働いて草を分解しますが、最後は草と一緒に消化されてしまう「ブラック企業とそこで働く人々のような悲しい関係」だとか。それでも一部は生き残り、種をつないでいくという生存戦略。過酷な職場ですね……。

 

第3章「ミクロの世界は失敗だらけ」以降は、テーマに沿った「へんな」微生物が続々登場します。海で光合成する珪藻は、6500万年前の隕石衝突で他の生物が大量絶滅するなか生き残り、酸素を生成することで今に至るまで地球の環境を支えています。

 

珪藻の特徴はなんといっても「ガラスの殻」。ナノスケールでの装飾が施された美しいガラスの箱に包まれた珪藻は、多くの学者を魅了してやまない“海のシンデレラ”。モノクロで小さな写真が掲載されていますが、この生きるガラスの芸術品をもっとじっくり見てみたいところですね。

 

ファンタジー好きの私には、北欧神話に登場する悪神の名を冠した「ロキ古細菌」にもぐっと来ました。北極海の深海にある熱水が湧き出す場所、通称「ロキの城」で発見された古細菌。ロキ古細菌はひとつの細胞なのに本体からギリシア神話の怪物・メドゥーサのように触手がうねうねと伸びた衝撃的な姿。神話の世界にふさわしい微生物かもしれません。

 

ほかにも、細胞内の小部屋からまるでミサイルのような道具を発射して他の生物の細胞に侵入するマラリア原虫、単細胞ながら性がある眠り病の原因生物「トリパノソーマ・ブルセイ」など、個性豊かな微生物ばかり。こうした微生物と共存することで私たち人間の命もまた成り立っていることがわかります。「多様性のある社会を目指す」とよく言われますが、ミクロの世界ではすでに実現していました。

 

【書籍紹介】

京大式 へんな生き物の授業

著者:神川龍馬
発行:朝日新聞出版

微生物の生存戦略は、かくもカオスだった! 光合成をやめて寄生虫になった者、細胞から武器を発射する者……。ヘンなやつら、ズルいやつらのオンパレードだ。京大の新進気鋭の研究者が書く、時にずるくしたたかに見える、偶然と驚きに満ちたミクロの世界の生存戦略。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。