書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
文章とイラストで名建築を紹介
私は横浜が好きでよく行くのですが、元町の上のほうに山手西洋館という明治~昭和初期の洋館が建ち並ぶエリアがあり、そこをフラフラと散歩するのがお気に入りです。洋館を取り囲む庭園からは異国の風が吹き、ひとたび建物内に入るとあっという間に時代を超えられる。古い建築物は人間を包み込むタイムカプセルです。
さて、今回紹介する『絶品・日本の歴史建築[東日本編] 』(磯 達雄、宮沢 洋・著/日本経済新聞出版・刊)は、2014年の単行本『旅行が楽しくなる日本遺産巡礼[東日本編]』の内容を一部更新し、新書として刊行したもの。サイズも少しコンパクトになっています。
著者は、文章担当で現代建築の取材を行う建築ライター・建築ジャーナリストの磯 達雄さんと、イラスト担当で単行本版刊行当時、建築雑誌「日経アーキテクチュア」の編集者だった宮沢 洋さん。
江戸時代以前の歴史建築に関してはやや専門外とのことですが、その分“歴史のお勉強”的にはならず、新鮮な視点と現代建築から見た驚きが紹介されています。「ぜひ見に行ってみたい!」、そう思わせる建築物が満載です。
東京駅に隠された秘密とは?
東日本編は中尊寺金色堂、松本城、迎賓館赤坂離宮など全30の建築が取り上げられています。本書の最初を飾るのは「東京駅 丸の内駅舎」。明治を代表する建築家・辰野金吾による、英国建築の流れに位置づけられるクイーン・アン様式の名建築です。
なんといっても赤レンガと白い大理石のストライプ模様が印象的。宮沢さんのイラストには、「人に話したくなる10のトリビア」が描き込まれ、知らなかったことばかり!
「1:ドーム上部のアーチ部分のキーストーンは、豊臣秀吉の兜がモチーフ」「2:ドームのアーチとアーチの間にある円形のレリーフは干支の動物。ただし八角形なので8匹」とこんな具合。時間に余裕があるときにじっくりと見てみたいものです。ちなみに、干支の残り4匹は辰野金吾が同時期に手がけていた佐賀県・武雄温泉の楼門にいるとか! なんだかリアル脱出ゲームの謎みたいですね(笑)。
30の建築物のなかで個人的に一番興味をそそられたのは、北海道・網走刑務所の旧施設「網走監獄」。明治45年から昭和59年まで実際に使用され、現在は博物館として公開されているそうです。文章担当の磯さん曰く、玄関を入ってすぐの見張り所から、5方向に伸びる舎房の通路がすべて見通せて圧巻。大量の囚人を少人数で監視できるように放射状に配置された建築はまさに「むき出しの合理主義」。そこに機能美ともいえるデザイン性を感じるのは皮肉ですね。
少し変わった歴史建築としては、秋田県鹿角市にある縄文時代後期の遺跡「大湯環状列石」も気になりました。ストーンサークルというとイギリスのストーンヘンジが有名ですが、日本にもそれに類した遺跡があるんですね! 磯さんは、イギリスよりも立石ははるかに小さいものの、これは海外の建築界からも注目されている日本の小建築のルーツかもしれないと分析していて、なるほどと思いました。ミニサイズは縄文時代からの日本のお家芸といったところでしょうか。
「ブルーノ・タウトが日光東照宮を強くこき下ろしたのはなぜか?」「白川郷の合掌造りとモスラの意外な関係性とは?」など、独自の視点からの謎解きもあり、よく知られている建築物でもワクワクできる内容となっています。「西日本編」もすでに新書版が出ているので、いつか全国の名建築を巡ってみたいですね。
【書籍紹介】
絶品・日本の歴史建築[東日本編]
著者:磯達雄/宮沢洋
発行:日本経済新聞出版
あまりにぜいたくすぎる日本初の西洋風宮殿建築「迎賓館赤坂離宮」、日本オタクのイギリス青年が手掛けた「旧岩崎久彌邸」、バベルの塔のようならせん建築「会津さざえ堂」、建築というよりまるで美術品のような「中尊寺金色堂」…。北海道・東北・関東・中部、東日本に点在する名建築の味わい方を、建築雑誌出身、目の肥えた二名の著者が文章とイラストで紹介します。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。