書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
「モダン語」って一体何?
こんにちは、書評家の卯月鮎です。「きゅんです」「ぴえん通り越してぱおん」など、TikTokを中心に面白い響きの言葉が流行っています。私としては「何を言っているのかわからない」「ついていくのがやっと」の状態ですが(笑)、新しい言葉はいつの時代もナウなヤングにバカうけですよね。
大正から戦前にかけても、いわゆる「モダン語」と呼ばれる新造語が大量に生まれ、みなが面白がって使っていたとか。
今回の『モダン語の世界へ 流行語で探る近現代』(山室信一・著/岩波新書)は、そうした大正・昭和初期(1910~30年代)に流行した「モダン語」を解説する新書。「モガ・モボ」「エロ・グロ・ナンセンス」など時代を象徴するフレーズに加え、「ポシャる」「チャブ台」「シック」など、今でも残っているモダン語の由来も解説されています。
著者は、歴史学者で京都大学名誉教授の山室信一さん。『キメラ―満洲国の肖像』『法制官僚の時代』など著書多数。本書は月刊誌「図書」での連載エッセイをまとめたもので、山室さんの広く深い知識によって、当時の“新語”から時代のうねりが見えてきます。
「ラムネ階級」ってどういう意味?
第一章は「モダン、そしてモダン語とは?」。岩波新書だけあって、単に語源などを面白おかしく並べただけの雑学本ではない格調の高さ。「モダン語」とは、新輸入の外来語をもじるなどした戦前の新造語で、山室さんによると1910年が起点だそうです。
1910年には、幸徳秋水など社会主義者12人が処刑されることになる大逆事件が起き、一方で自我の尊重・人間讃歌の理想主義をうたう雑誌「白樺」が創刊され、武者小路実篤や志賀直哉の「白樺派」が旗揚げしました。海外からさまざまな思想・文化が流れ込んだ時期で、時代に呼応して多彩な言葉が作り出されていったのです。
第2章「百花繚乱」には、具体的なモダン語が並んでいます。物事がダメになったときに使う「ポシャる」は、フランス語で「帽子」を指す「シャッポ(シャポー)」の逆さ読みがルーツ。「帽子を脱ぐ(兜を脱ぐ)」ということで、「失敗」や「降参」のイメージにつながりました。
「スマホをデコる」なんて、何かを飾り付けるときに使う「デコる」も実はモダン語。「美しくデコる佳人」などとほめる意味のほかに、「過剰な装飾を嘲笑する」ニュアンスもあったとか。約100年前にすでに「デコる」が使われていたのに驚きますね。
なるほどと思ったのが、「ラムネ階級」という言葉。これは洋服も家具も家も、ローン(月賦)で生活しているサラリーマン階級を指した言葉で、その心は「げっぷで苦しい」から(笑)。今の時代のサブスク貧乏なら、さしずめ“サイダー生活”といった感じでしょうか。
「アメチョコ・ガール」「テロ・ガール」など、当時の辞典に掲載されていた、モガ関連の用語を集めたおまけの「モダン・ガール小辞典」も戦前の女性たちのいきいきとした姿が目に浮かんできて、想像がふくらみます。
グローバリゼーションに揺れる現代と重なる部分も多く、流行り言葉から人間の本質も見えてくる1冊。果たして、100年後に「ぴえん」は残っているのでしょうか。
【書籍紹介】
モダン語の世界へ 流行語で探る近現代
著者:山室信一
発行:岩波書店
モボ・モガが闊歩した一九一〇~三〇年代の日本では、国民の識字率の向上やマスコミの隆盛、日露戦争と第一次世界大戦の勝利など背景に、外来の言葉と文化が爆発的に流れ込んだ。博覧強記で知られる歴史学者が、当時の流行語を軸に、人々の思想や風俗、日本社会の光と影を活写する。『図書』連載のエッセイ、待望の書籍化。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。