こんにちは、書評家の卯月 鮎です。昔、理論派の科学者が、自分の子どもが生まれたときに、画数が悪いからと付けようとしていた名前をやめたという話を聞いて、人間って面白いなと思った覚えがあります。名前は一生背負うだけに、いろいろな想いがこもるもの。
私自身は小説の登場人物の名前が気になります。名前とイメージが合っていないと、いまいち話に入り込みにくいですよね? 小説家は名前を考えるのも一苦労だと思います。
さて、今回紹介するのは世界中の名前に関する雑学が詰まった新書。意外な名前の秘密がわかります。
人名の由来がわかるロングセラーの新版
『カラー新版 人名の世界地図』(21世紀研究会・編/文春新書)は、2001年の発売以降、17刷の超ロングセラーになっていた新書に、新たにアジア・アフリカ・イスラム世界の人名を大幅に加筆した新版。地図や写真などの図版もカラーとなり、見やすくなりました。
本書を編集した21世紀研究会は、歴史学、文化人類学、考古学、宗教学、生活文化史学の研究者9人が集まって設立された団体。文春新書で『地名の世界地図』『食の世界地図』など『世界地図』シリーズを展開しています。
今、イギリスで人気の名前は何?
私は赤ちゃんの命名ランキングがネットニュースで流れてくると、「なるほど、今こんな名前が流行ってるんだ!」とつい見てしまいます。本書の第2章には、2020年にイギリスの国家統計局が発表した命名ランキングが載っています。男児は1位オリバー、2位ジョージ、3位ノア。女児は1位オリビア、2位アメリア、3位アイラ……。
欧米人の命名は日本と比べると保守的だそうで、特に男児のリストを見るとそうした傾向が伺える気がします。男児1位のオリバーと女児1位のオリビアは、中世のノルマン人がイギリスにもたらした名前で、ラテン語の「オリーブ」に由来している説があるとか。
また、本書の第4章には、オリビアはシェイクスピアの喜劇『十二夜』から広まった名前とも書かれています。『十二夜』は双子の兄妹が入れ替わる内容で、私は子どものころから好きで何度も読み返していました。ちなみにオリビアは男装のヒロインに恋をする伯爵令嬢で、好きな人の前以外では強気な性格。甘すぎない「オリーブ」がピッタリな気がします。
あまり馴染みのないアラブやアフリカの人名についての解説も勉強になりました。サッカー・フランス代表の名選手だったジダンのフルネーム「ジネディーヌ・ヤズィード・ジダン」はアラビア語起源で、「ジネディーヌ(信仰する姿が美しい)」「ヤズィード(増える)」「ジダン(成育する)」と、それぞれ深い意味があるそうです。
場所が変わってタイでは、本名よりも女性ならプン(みつばち)ちゃん、メーオ(ネコ)ちゃん、男性ならチャーン(ゾウ)君、タオ(カメ)君などと愛称で呼ぶのが一般的。その背景には、タイ独特の精霊信仰があり、精霊(ピー)に連れ去られるの防ぐため、人間の子どもだと悟られないよう動物や昆虫の名前で呼んだのが始まりだとか。
そのほか、ジョニー・デップやマット・デイモンといった有名俳優や歌手、スポーツ選手の名前の由来も多く記され、パラパラしているだけでも楽しめます。
海外の小説を読んだり、映画を見たりするときにも役に立ちそうです(ヒッチコックのサスペンス映画『レベッカ』で、ヒロインの心に影を落とす夫の亡き妻・レベッカに「魅力で束縛する者」という意味があることを初めて知りました。深いですね……)。みなさんが好きな小説の登場人物の名前の由来も載っているかもしれません。
【書籍紹介】
『カラー新版 人名の世界地図』
著者:21世紀研究会
発行:文藝春秋
人名は民族固有の文化を映す鏡だ。そこに込められた意味を紐解けば、世界に生きるさまざまな人々の文化や価値観、歴史の実像が浮かび上がってくる。ロングセラーとなった旧版の人名をアップデートし、アジア、アフリカ、イスラーム世界の人名をはじめ150頁を大幅加筆。カラー新版として蘇る。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。