本・書籍
2022/1/2 6:30

埋もれた芸術家、渡辺省亭や小村雪岱はどうして美術史から消えたのか?~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。資本主義の世の中、売れた物が正義というのはよく聞く話ですよね。とはいえ、小説や映画、音楽といった芸術方面は、売れていると逆に大衆向けと思われて、作品という観点では評価されにくくなる傾向があるように思います。

 

絵画でも商業的な分野で売れっ子になったことで画壇と距離ができ、美術史的な文脈でも研究対象とならず、結果として後世に名前が残っていないという画家たちがいるそうです。

歴史に埋もれた画家からたどる日本美術

商業美術家の逆襲 もうひとつの日本美術史』(山下 裕二・著/NHK出版新書)は、美術のメインストリームでは取り上げられてこなかった「商業美術家」たちをカラーの図版とともに紹介した新書。

 

著者は美術史家で明治学院大学教授の山下 裕二さん。日本美術応援団団長として、講演、展覧会プロデュースなど多方面に活躍しています。『日本美術の底力』(NHK出版新書)、『未来の国宝・MY国宝』(小学館)など著書多数。今回の新書の切り口も新鮮なものになっています。

ドガをうならせた名手はなぜ忘れられた?

第1章は明治から大正にかけて活躍した花鳥画の名手・渡辺省亭(わたなべせいてい)。日本画家として初めて渡欧してエドガー・ドガなど印象派の画家たちと交流し、優雅な画風で彼らを驚かせたそうです。しかし、現在ではその名は忘れられています。

 

私も本書を読んで初めて知りましたが、柔らかく繊細な筆遣いで描かれた「牡丹に蝶の図」(1893)の儚い風情に魅了されました。小説の口絵として使われた「奴(やっこ)の小万」の多色摺(たしょくずり)木版画も、座敷の障子に女性の影を薄く浮かび上がらせる洗練されたデザイン。なぜここまでの人物が画壇で無視されたのか……。その事情も興味深いものがありました。

 

第3章は、大正から昭和初期の画家・小村雪岱(こむらせったい)。装幀、挿絵から舞台美術まで手がけた雪岱は、現代でいうならアートディレクター。本書の表紙にもなっている小説『おせん』の挿絵「おせん 雨」は、雨の降るなか花々のように開かれる傘とちらりとのぞく布をかぶった女……という大胆な構図。和の情緒とモダンな感覚が融合し、モノクロながら色づいて見える一枚です。小説の挿絵のほか泉鏡花選集の装幀など、そのセンスは並外れたものがあったといいます。彼が忘れられた理由は、戦争という悲しい時代によるものだったとか……。

 

本書は、渡辺省亭と小村雪岱を中心に“江戸の粋”の系譜を見る「商業美術の到達点」、浮世絵に始まる多色摺木版画の歴史を紹介する「浮世絵から新版画まで」、グラフィックデザインとマンガを軸にした流れをたどる「戦後の商業美術へ」と3つのパートに分かれ、それぞれ商業美術で活躍するも今では忘れられた芸術家たちを取り上げています。

 

“商業”とは言っても矜持を持って己の画風を築いた画家たちのエピソードはどれも印象的。71点もの図版がカラーで掲載されていて、見ているだけでも飽きません。商業と芸術の狭間で消えていってしまうには、あまりにも惜しい作品ばかりでした。

 

【書籍紹介】

商業美術家の逆襲  もうひとつの日本美術史

著者:山下 裕二
発行:NHK出版

破格の作家たちを軸に、浮世絵からマンガまでを一望する新・日本美術史! 浮世絵から新版画、そしてイラストレーション、マンガまで。商業美術こそが、日本美術の伝統を継承し、次代の表現を生み出す原動力となってきた。河鍋暁斎、小村雪岱、渡辺省亭、横尾忠則、つげ義春……。従来の日本美術史の枠をはみ出した破格の才能をオールカラーで紹介するとともに、彼らが近年注目を集める理由を明らかにする。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。