本・書籍
2022/1/30 6:00

銀行員が突如命じられたのはミャンマーでの金融制度づくり!? たったひとりのミャンマー奮闘記~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。学生時代、ケルト神話の世界に憧れてアイルランドを旅したことがあります。現地の暮らしを肌で感じようと、ホテルではなく毎日どうにか予約を取りつつB&Bを巡りましたが、オーナーの家族と上手くコミュニケーションが取れず、プチトラブルの連続。自分の無力さに旅行から帰ってもしばらく落ち込んでいました。それでも、今となっては未知の世界での経験は財産になるというのはよくわかります。あくまで「振り返ってみれば」なんですけどね(笑)。

突然の辞令でまさかの任務がスタート

今回紹介する新書ミャンマー金融道 ゼロから「信用」をつくった日本人銀行員の3105日』(泉 賢一・著/河出新書)は、47歳で突然ミャンマーでのプロジェクトを命じられた銀行マンの体験記。著者の泉 賢一さんは、1991年に太陽神戸三井銀行(現・三井住友銀行)に入行して、2013年からミャンマーで中小企業への融資制度づくりに取り組みます。その後、2019年に三井住友銀行を退職してミャンマー住宅開発インフラ銀行のCOOを努め、現在は住友林業に勤務しています。

 

 

金融が信じられていない国で孤軍奮闘

本書の始まりはまさに青天の霹靂。ドラマチックで一気に引き込まれます。2013年3月29日、突然、部長室への呼び出しを受けた泉さん。「君の異動先は本店の法人マーケティング部だ。ただし、ミャンマーの金融政策に関わる仕事だと聞いている」。

 

何かの間違いかと思った泉さん。ひたすら国内畑で働き、海外赴任経験もないのに降ってきたミッション。外国銀行の進出が禁じられてきたミャンマーで支店開設の認可を得るため協力関係を築く……。たったひとりの戦いがスタートします。泉さん本人は衝撃と不安が大きかったでしょうが、私たち読者にしてみれば手つかずの国に単身で乗り込んでいく姿はまるで企業ドラマの第一話です。

 

実は当時のミャンマーは金融がほとんど機能していませんでした。ミャンマーでは経済政策が失敗してインフレが起き、流通する紙幣を廃止する廃貨令が過去に3回も出されたほど。大型銀行の取り付け騒ぎもあって、金融への信頼は地に堕ちていた状況だったとか。銀行マンにとってはアウェイ中のアウェイ。そんなミャンマーで、中小企業を対象とした融資制度を構築しようと奔走する姿に熱くなります。

 

私が仕事をするうえでこれは大事だなと思ったのが、泉さんと当時のミャンマー財務副大臣とのエピソード。最初の出張で帰国前日にギリギリで面談のアポを取ることができた泉さん。しかし、ミャンマー語はもちろん、英会話も苦手。

 

そこで言いたいことを英文であらかじめノートに書き、「このノートを読ませてください」と腹をくくって切り出す……。「副大臣の前でノートを読んだ男」として周囲で語り草になったそうですが、意外にも副大臣には「やる気がある」という印象を与え、それ以降力になってもらったとか。何かを伝えたいという気持ちの強さが大切ですね。

 

仕事以外のエピソードもところどころに挟まり、ミャンマーでの日常風景も見えてきます。ミャンマーの名物料理「モヒンガ」は、ナマズでだしを取った甘辛いスープに米粉の麺を入れたヌードル。「ドロッとした濃厚な味が特徴で、食べてすぐ好きになった」。ナマズのだし、気になります。

 

全体的に描写も丁寧でわかりやすく、業務内容や現地の雰囲気はもちろん、金融とは何かといった“経済の本質”も見えてきます。コロナ禍で国際的な交流は停滞していますが、慣れない土地で信念を持って汗を流している人たちが少しずつ世界を動かしているんだなあと感じました。

 

【書籍紹介】

ミャンマー金融道 ゼロから「信用」をつくった日本人銀行員の3105日

著者:泉 賢一
発行:河出書房新社

二〇一三年、ミャンマーが民主化へと舵を切り始めた頃、英語もミャンマー語も話せないまま、その地に赴任した、四七歳の日本人銀行員がいた。通貨や銀行が信じられていなかったその国の各地をまわり、中小企業のための融資の仕組みをつくったのち、自分以外が全員ミャンマー人の地場銀行のCOOになるーミャンマー金融を成熟させるために動いた、一銀行員の三一〇五日間の物語。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。