ビジネス
2021/11/30 10:50

八戸駅で明らかに異彩を放つ建物「フラット八戸」で始まっている「照明の革命」

青森県の八戸駅からすぐそばにある「FLAT HACHINOHE(以下、フラット八戸)」。この施設は、1年間365日氷を張ったままのスケートリンクを装備しながら、そのリンクの上に木の床を敷いてバスケットボールの試合やコンサート、展示会などにも利用できる、多目的アリーナを備えています。プロのアイスホッケーやバスケットボールの試合会場となっているほか、八戸市の事業として一般向けにも貸し出され、市民にも親しまれる施設です。

 

アスリートから市民にいたるまで幅広い層が利用しているフラット八戸の魅力は、独自の照明演出技術。しかも光と音が連動する圧巻の演出をiPadひとつで操作できるので、一般利用者でもプロアスリートになったような気分でアリーナを使えるというのです。この記事では、フラット八戸の何が凄いのか、ビジュアル多めでお届けしていきます。

 

東北に現れた、官民融合のスポーツ拠点

東北新幹線が停車する八戸駅。その西口から窓を眺めると、明らかに異彩を放つ建物があります。それこそ、今回の取材先・フラット八戸です。白と黒を基調にした建物が放つ強烈な存在感のおかげで、初めてこの駅に降り立った筆者も、今回の取材先はここなのだとすぐさま認識できました。

↑八戸駅西口の窓から眺める、フラット八戸。駅から徒歩3分の至近距離に位置します

 

このアリーナは、八戸市が土地を無償提供する代わりに、施設を所有・運営する民間企業が八戸市に市民向けの利用枠を提供するという形で、官民の協力により成立している施設です。

 

施設の中心は常備されているアイスリンク。アイスホッケーのクラブチーム「東北フリーブレイズ」が本拠地として利用しているほか、フィギュアスケートやアイスショーの会場として、氷上スポーツの一大拠点となっています。また、このアイスリンクの上に板を敷けば、バスケットボールの試合会場や、コンサートや展示会の会場に早変わりできるのがユニーク。このフロア転換をわずか1日でできるという器用さを活かし、フラット八戸はスケート以外の用途にも広く利用されています。

 

さて、多くのプロフェッショナルに使われる施設でありながら、一般市民向けの利用枠があるというのがフラット八戸の特徴です。施設の営業時間のうち、年間2500時間を八戸市が市民向けに借り上げており、フリー滑走のほか、地元の学校の授業や部活のための貸し出しも日常的に行われています。八戸はアイスホッケーが非常に盛んな地域。体育の授業のためにフラット八戸を利用した市内の学校は111校にのぼります。

 

なお、市民の利用料は、八戸市が借り上げている時間(八戸市多目的アリーナ条例枠)の大人の一般滑走なら580円です。市民がこれほど手頃な価格で利用できる民間のスケートリンクは、日本ではここだけなのだそう。

↑エントランスに設置されていた、レンタル用スケートシューズのラック。ヘルメットなども揃っています

 

そんなフラット八戸の敷地は、中心となる「FLAT ARENA(フラットアリーナ・以下、アリーナ)のほか、エントランス部分の「FLAT X(フラットクロス)」、エントランス前の広場「FLAT SPACE(フラットスペース)」および「FLAT PARK(フラットパーク)」という4つのエリアで構成されています。

 

エントランス部分のフラットクロスは、ガラス張りによる開放感と、木目の暖かさが調和した空間設計を採用。アリーナでイベントが行われていない日であれば誰でも立ち入ることができ、スタッフによればこちらのテーブルを利用して勉強をする地元の学生も多いとか。また、フラットスペースでは、地元の朝市やマルシェ、毎月のラジオ体操イベントが開催されており、八戸市民にとっては日常的に利用できる馴染み深い施設です。

 

↑エントランス部分のフラットクロス。多彩なイベント開催時の配置転換に対応できるよう、すべてのテーブルやソファにキャスターがついています

 

↑エントランスとアリーナを隔てているのはガラス1枚のみ。エントランスの外側もガラス張りなので、リンク内に設置されたカーテンが開いていれば、フラット八戸の前を通っただけでリンクの様子がわかります

 

照明は「シアター」として機能させる

エントランスから扉をひとつくぐれば、そこはもうスケートリンクを備えたアリーナです。このアリーナは、従来のスポーツ施設にはない観客体験を実現させるため、パナソニックの最先端技術を駆使したLED照明を装備しています。

 

これまでのスポーツ施設、とくに体育館の照明は、競技者、そしてテレビの視聴者の目線から映えるような設計をされていました。一方で現地で競技を観戦している観客の目線は置き去りになっていたといいます。今回、フラット八戸の依頼を受けたパナソニックは、この3者の目線に配慮し、アリーナをただのスポーツ施設ではなく「シアター」として機能させるべく、最適な照明環境を設計しました。

 

そこで、同社が最もこだわったのが”まぶしさ”の防止です。競技や観戦の環境には十分な明るさが必要になります。しかし、光が1点に重なることで、”明るさ”が”まぶしさ”になってしまうと選手のパフォーマンスに支障が出るうえ、観客にとっても心地よい空間にはなりません。また、競技者と観戦者では、ベストな明るさが異なります。

 

この問題を解決すべくパナソニックは、フラット八戸のために独自の照明設計を行い、130台のLED照明器具を設置。それを従来の体育館のような天井への等間隔での配置ではなく、アイスリンクの長辺に沿う形で、4列に配置しました。また各照明の照射方向に工夫を加えたことで、十分な明るさを確保しながら、1地点に光が重なる「光だまり」の発生を防いでいます。パナソニックでは、どのような照明がベストなのか明るさや照射方法をVRで検証し、この設計を行ったそうです。

↑フラット八戸の照明は、長方形のスケートリンクの長辺上部に2列ずつ配置されています。写真は、短辺側からアリーナ全体を俯瞰した図です

 

↑リンクの中に入り、照明を見上げてみました。それぞれが異なった角度で照射されているのがわかります。ちなみに、アリーナの壁が全面マットな黒になっているのは、この照明をより映えさせるための工夫だそうです

 

そしてこの照明は、多目的な運用に沿う形で、アイスホッケーやバスケットボール、バレーボールやフットサルなど、それぞれの競技向けに最適な明るさ・照らし方がプリセットで登録され、即座に変更できるようになっています。あらゆる用途のために、また、競技者・観客・視聴者と、あらゆる人々にとって、ベストな照明環境が瞬時に構築できるというわけです。

この照明、現地で試合を観戦した観客から好評を集めているうえ、アスリートからの評価もバッチリ。アイスホッケーのパックが見やすいと評判であるほか、フィギュアスケートの選手からは「リンクのどこでも明るさが変わらないので、演技がしやすい」といった声があるそうです。

 

光と音が瞬時に連動する演出は圧巻!

しかし、驚くのはここから。これらの照明器具は演出用を兼ねており、0〜100%の調光・瞬時点滅に対応しています。この調光・点滅を、1本のケーブルで512チャネルのデジタル信号を送受信できる「DMX」による一括制御をすることで、圧巻の光の演出が可能。今回の取材では、東北フリーブレイズのスターティングメンバー紹介の演出を体験しました。

↑照明が瞬時に消灯され、フリーブレイズの文字がリンクに浮き上がる演出も、LEDが瞬時の点消灯に対応しているからこそなせるワザ

 

↑個々のメンバー紹介では、中央の4方向ビジョン、外周のリボンビジョンと連動した演出が行われます

 

これらの光の演出は、リンクの外周に沿って設置されたスピーカーが奏でる音と連動しています。フラット八戸の音響は、会場のどこにいても同じ音が聞こえるというコンセプトで設計されているそうで、その音圧は強烈です。ゴールの演出では、会場が瞬時に暗転し、同時にフラッシュの演出と轟音がアリーナを包みます。

 

会場のどこにいても、音と光が迫ってくるような大迫力を味わえる様は、まさに非日常空間。その音は迫力だけでなく繊細さも備えていて、コンサート会場としての可能性も大いに感じました。

 

↑アイスリンクの外側に沿う形で設置されているスピーカー

 

さて、演出のクオリティもさることながら、これらの演出がiPadからワンタッチでできてしまうというのだから驚かずにはいられません。しかもこのiPadは、施設レンタル時に借りることができます。つまり、中学生のアイスホッケーの試合で、プロのクラブチームと同様の演出が楽々できてしまうのです。

↑照明や演出を、1台でコントロールするiPad。多彩な演出がプリセットで登録されており、ボタンひとつで瞬時の照明切り替えや演出投影が可能です。色々なボタンがあるので、ポチポチと押してしまいたくなる衝動に駆られます

 

↑銀盤上に星を投影するプロジェクションマッピング。一般滑走でも、このロマンチックな演出を使えます。写真はリンク内から撮影

 

照明や演出にとどまらない、徹底した観客目線

ここまで照明や音響の話について触れてきましたが、フラット八戸の観客目線は、座席配置からも見てとることができます。このアリーナの座席の特徴はリンクからの近さ。コンタクトの多いスポーツであるアイスホッケーの迫力を観客に楽しんでもらえるよう、建築関係の法律に配慮しながら、リンクと客席の距離を可能な限り近づけています。

↑リンク内から客席を見上げた様子。客席とリンクの距離が近いことについてはスタッフからも説明がありましたが、筆者はアリーナに入ってすぐ、その近さを感じていました

 

↑リンクの外周に設置された強化ガラス。このガラスはアイスホッケーのパックが直撃しても割れないそうですが、よく見ると無数の傷がついており、ホッケーのコンタクトの激しさを物語ります。ちなみに、アイスホッケー以外の用途の際は、このガラスは撤去されるとのこと

 

また、客席の傾斜も、限界まで大きくしています。これは前の座席に座る観客が視界に入らないための配慮だそうです。

↑大きな傾斜がついた、7列の客席。最前列と、リンクの近さも確認できます

 

また、施設の最大収容人数は5002人ですが、通常時はより少ない座席数にして、必要時に座席数を拡張する設計にしています。イベントの規模によって座席数を増減させることで、観客同士の交流などに活用できるフリースペースが生まれています。

 

↑東北フリーブレイズの試合では、アリーナ両端の最上段にペアシートとファミリーシートがそれぞれ設置されており、その後ろはフリースペースとなっています。ファンや子どもたちが交流する場所として使われているそうです

 

フラット八戸から世界に羽ばたくアスリートに期待

アメリカのナショナルホッケーリーグ(NHL)で使われているような大型のアイスアリーナは、日本では集客などの問題から作りにくいそうです。そんななか、このフラット八戸は日本独自の地域密着・官民協力というパッケージで、プロはもちろん、市民からも親しまれる施設を作り上げています。

 

今回の取材を終えた筆者は、こんな施設が首都圏にあったらどれほど話題になっているだろうかと強く感じました。もしこんなリンクが地元にあったら、アイススポーツ好きな子どもは確実に増えるでしょう。プロと同じような演出のもと、滑りや競技を楽しめるのですからその興奮は格別なものとなるはずです。フラット八戸から世界に羽ばたく未来のアスリートが誕生する。そんな強い予感を胸に抱く取材となりました。