いよいよ元号が平成から令和へ。長かった30年、それともあっと言う間の30年?いろんな出来事があったけど、カメラも大きく変わってきた。そんな平成の30年間をプレイバック!今回は平成5年(1993年)~平成9年(1997年)を振り返る。
平成を撮った俺たちのカメラをプレイバック!
① 平成元年(1989年)~平成4年(1992年) https://getnavi.jp/capa/special/294760/
③ 平成10年(1998年)~平成14年(2002年) https://getnavi.jp/capa/special/294812/
④ 平成15年(2003年)~平成19年(2007年) https://getnavi.jp/capa/special/294846/
⑤ 平成20年(2008年)~平成24年(2012年) https://getnavi.jp/capa/special/294874/
⑥ 平成25年(2013年)~平成30年(2018年) https://getnavi.jp/capa/special/294919/
ユーザーが求めていたのはわかりやすい操作系だった
技術が進歩するのは悪いことじゃないけれど、ときどき、ユーザーを置き去りにしてしまうことがある。このころのカメラがそんなふうだった。次々に新しい機能が考え出され、カメラに詰め込まれていった。
ゼロタイムオートにしても視線入力にしても、技術としてはスゴイと思う。ユーザーの便利さや快適さのために考えてくれたのはわかる。でも、ぼくらが夢見ていた未来とは違うんだ、ということにユーザーもメーカーも気付かされた。結果、ずっとシンプルな操作系のカメラや質実剛健さを重視したカメラが登場することになった。
その一方で、コンパクトカメラに広がり始めていたデジタル化の波が、一眼レフの世界にも徐々に迫ってきていた。まだ雲の上の存在だったけれど、それでももうその足音が聞こえ始めていたんだ。
平成5年(1993年)
キヤノンEOS Kiss
大ベストセラーシリーズの初号機登場
女性を意識し始めたカメラ業界に大きな波風を立てたファースト「Kiss」。カメラにこんな名前を付けるなんて!と思いつつ、だれもが大人なフリをしていた。小さくて軽くて簡単に撮れて、写真がみんなの趣味になった。それは大きな出来事だった。
ミノルタα-707si
行き過ぎた自動化が人を幸せにしないことに気づいた反省から生まれた、明快な操作性で人気になった「好性能」一眼レフ。
平成6年(1994年)
キヤノンEOS-1N
プロ仕様の5点測距AFと1/3段刻みの露出制御システムの搭載で人気を呼んだ。「AFのキヤノン」の時代だった。
平成7年(1995年)
ペンタックスMZ-5
MF機のような、けれどシンプルで明快な操作系が大ウケした。こんなカメラを今も待ってる人、いるよね。
富士フイルム GA645 Proffesional
中判カメラにもAFがやってきた。しかも、AEや自動巻き上げ、内蔵ストロボまで装備した、まるででっかいコンパクトカメラだった。
平成8年(1996年)
ニコンF5
重いがスゴイ!堂々たる貫禄のプロ機
チタンのファインダーカバーとアルミダイキャストのボディ。5点測距AFと8コマ/秒連写が強力だった。現在と同じコマンドダイヤルによる操作系が初めて採用された。でも、理不尽にも一般ユーザーからは「重い」と酷評された。プロ機なのにね。
ミノルタ ベクティスS-1
キヤノン EOS IX E
ニコン プロネア600i
「APS」という言葉だけを残して消えたアドバンスト・フォト・システムが誕生したのもこのころ。まだデジタルの時代なんて想像できなかった。
はみだしカメラ
コンタックスAX(平成8年)
レンズではなく、カメラ側で動いてピント合わせを行なうという強引な手法でAF化を果たしたカメラ。複雑なメカ構造のせいで巨大なカメラになったけど、MFのツァイスレンズでAF撮影ができるのが強みだった。
平成9年(1997年)
ミノルタα-807si
ガイドナンバー20の内蔵ストロボのほかインテリジェントカードの機能も内蔵化するなどパワーアップ。デコッパチって呼ばれていた。
ペンタックス 645N
富士フイルムに続いてペンタックスも中判のAF化を達成。翌年には67もモデルチェンジしてAEが搭載された。