今回、筆者は「DINING OUT(ダイニングアウト)」というものがあることを初めて知りました。そして、参加を終えたいま、こちらで得た体験を生涯忘れることはないでしょう。うまく表現はできませんが、思い返すと、霧か かすみの中にいたような、いままで感じたことがない空気感を持った夜でした。
ちなみに、今回の「DINING OUT」に参加するために必要な費用は、何と10万7000円~(一泊朝食付き)。本来なら、私のような者が参加できるはずもないのですが、運よくメディア枠に滑り込むことができましたので、その内容をみなさんにお伝えしようと存じます。
一流の料理人を招き年に数回のみ開催される幻のディナー
さて、そもそもDINING OUTとは、いったい何でしょうか? こちらは1年に数回、日本のどこかで数日のみ開催されるディナーイベント。毎回、一流の料理人がその土地の食材を使い、趣向を凝らした料理を提供します。
舞台となるのは、開発され尽くされた観光地ではなく、まだポテンシャルを発揮できていない土地。どちらかというと、マイナーとも呼ぶべき土地を選ぶのは、DINING OUTが「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトとし、地域の魅力を発掘する使命を持っているからだそうです。
過去の例を挙げると、順を追って佐渡(新潟県)、八重山(沖縄県)、佐渡(新潟県)、祖谷(徳島県)、竹田(大分県)、日本平(静岡県)、有田(佐賀県)の計7回を開催し、土地の魅力を引き出してきたといいます。
今回の舞台は、広島県の尾道市にある浄土寺。こちらは616年に聖徳太子が創建したと伝えられ、足利尊氏が九州平定や湊川の戦の際、戦勝祈願をした寺として知られています。本堂、多宝塔は国宝。境内一帯は国指定の文化財に指定されています。筆者は、3月26(土)、27日(日)に行われた2回のうち、前者に参加することができました。
ディナーが始まってまず出されたのが、60年熟成された酢をお湯とシロップで割ったもの。食前酒の代わりに酢とは、導入からして普通ではありません。次に出された八寸は、どれもこれも繊細。一品ごとにいったいどれほどの仕事が加えられているのか、想像もつきません。
トマトであってトマトではないモノに衝撃を受ける
コース内で筆者が衝撃を受けたのが、トマトの料理でした。見た目はトマトながら、チーズのコク、ソースの酸味が一体化し、いままでに食べたことがない食材になっていたのです。こちらを作ったシェフは、フランスの「クラウン・バー」でシェフを務める渥美創太(あつみ・そうた)氏。今回の料理をプロデュースした大橋直誉(おおはし・なおたか)氏によると、クラウン・バーは「行列が嫌いなフランス人を並ばせる店」とのことです。
さらに、プロデューサーの大橋氏は、「彼(渥美シェフ)は今日、階段を登っているとき、『あー、パイで包みたくなくなってきた』と言っていまして。もしかしたら、包んでいないかもしれません!」「(料理が来て)あ、トマトの上に載っているのは、今朝、急遽発注したカッテージチーズかな~?」とアナウンス。
今回のDINING OUTでは、6人のシェフが腕を振るっており、渥美氏が唯一、料理を直前まで決めずに臨んだそうです。トマトは結局パイで包まれることはなく、パイのかけらが添えられているだけになっていました。
北海道から上京し料理に向いていないことに気づく
さて、今度は、さきほども登場したレストラン・プロデューサーの大橋直誉氏にスポットを当ててみましょう。大橋氏は、東京・白金台にあるレストラン「TIRPSE」のオーナー。「TIRPSE」は、オープンからわずか2か月半でミシュランの一つ星を獲得し、世界最速で星を獲得したとして、世界の注目を集めたお店です。
ところが、大橋氏は本イベントの料理をプロデュースする立場ながら、DINING OUTで一切料理を作ることはありませんでした。さらに聞けば、自身の店、「TIRPSE」での肩書きは「オーナーシェフ」ではなく、「オーナーソムリエ」なのだとか。その点も含めて、お話を聞いてみました。
――今回のシェフはすべてご自身で選ばれたんですか?
大橋 はい。というか、友達です(笑)。ただ、これに参加してもらうには、みんな自分のお店を閉めないといけないですが、幸い、飲食業界のなかでは、DINING OUTを手掛けることは名誉なことになっていて。しかも、今回のテーマは「究極のフュージョン」。「それをみんなで作ったら面白くない? 国宝の浄土寺だよ? よくない?」って呼びかけて、シェフたちも「じゃあ、お店閉めるよ」みたいになって。
――今回、ご自身では料理はされないんですか?
大橋 僕は最初は料理人から入ったんですけど、衝撃的に料理が向いていなくて、料理をやめたんです。でも、北海道から東京に出てきたから、ほかにツテがなくて。なのでその店のサービスに移って、ソムリエになって、フランスへ渡ったんです。
――ちなみに、どれくらい料理に向いてなかったんですか?
大橋 ハーブとかがうまくちぎれないんです(笑)! とにかく不器用で。でも、最初の1年くらいで気づけたから良かったですよ。
意図的にワケのわからない構成にしたかった
――今回のDINING OUTで意図したことは何ですか?
大橋 実は今日、食事がおいしいことっていうのは、あんまり狙っていなくて。この場所で、このシェフたちが集まって、この順番で料理を作っていくという体験に価値を感じて欲しかった。料理は、「結果的においしかったらいいじゃん」、と。実際、本当においしいものが食べたかったら、こんな外のレストランに来る必要なんてないんです。シェフだって、使い慣れた厨房を使ったほうがいいに決まっているんで。でも、そうじゃないということは、体験そのものに価値を見出すやり方がいいと思うんです。「究極のフュージョン」というテーマもあいまいな言葉なんで、あいまいなままでいくのがいいんじゃないかと。
――「体験」「あいまい」といったキーワードが出ましたが、具体的にはどんな部分で表現したのでしょうか?
大橋 たとえば、ドリンク。日本酒ばっかりだったじゃないですか。実は、意図的にワケのわからない構成にしたかったんです。わからないまま進んでいって、着地点がなんとなく居心地が良かったというのを目指して。味というより、体験に価値をおきたかったので。普通なら、あんなに日本酒ばっかり出されても困るじゃないですか。彼女とかとフレンチに行って、「おまかせで」って頼んだとして、あんなに日本酒が出てきたら、僕ならイヤですもん。
――今回の料理の着想について教えてください。
大橋 「楽しいんじゃない?」という気持ちが原点です。例えば、「山おこ」「海おこ」というメニュー。名前を思いついて、超かわいい、と思って。「おこ」とはお好み焼きの意味です。「お好み焼きは、好みのものを焼けばいい」ってウィキペディアに出てたんで。「山おこ」は、粉でコーティングすることで中の山菜を蒸し、香りを閉じ込めるイメージ。「海おこ」は甲殻類の殻を使ったスープをマドレーヌにして、ブイヤベースと合わせました。
底抜けの明るさと“丸投げ力”のすごさを感じた
――今回、行動が読めないシェフもいたとおっしゃっていましたが。
大橋 渥美創太のことですね。行動が読めないのは、もともと知ってたんで。今回は、まだやさしいほうかな? 今日は事後報告で、「皿を変えた」「トマトパイは包まなかった」とか。出るって聞いてなかったコンソメを出したとか。
――渥美シェフをはじめ、個性的なシェフたちばかりだったと思いますが、彼らをまとめる秘訣は?
大橋 そんなリーダーシップ論はありませんよ! ただ、みんながやりやすいように裏で走っている感じですね。料理は指示しないんです。「あなたはこういうコンセプトだよ」って伝えて、丸投げする(笑)。たとえば、昨日も地元のスタッフに対するサービス指導の時間があったんですけど。「いいカンジで!」っていったら、地元の人が困っちゃって(笑)。
――でも、ただの丸投げじゃないんですよね?
大橋 いやぁ~ただの丸投げじゃないですか?(笑)。ただ、いい意味での丸投げですよ(笑)。
底抜けの明るさと溢れるユーモア。大橋氏は、会った誰もが笑顔になってしまう太陽のような人でした。一見無責任のように見える“丸投げ”も、相手を信頼しているからこそ。任された相手は、「仕方ないな」と苦笑しつつ、一方では信頼を意気に感じて、それに応えようとするはずです。味覚や知識があるのももちろんですが、人を巻き込み、盛り上げていく大橋氏の人柄こそが、最も大きな才能なのかもしれません。
続く後編では、メインやデザートなどの残りのメニューを紹介。加えて、そもそもDINING OUTとは何なのか、また、DINING OUTが地方に対してどう向き合っているのか、総合プロデューサーの大類知樹氏に話を聞きます。
後編はコチラ
【URL】
DINING OUT http://www.diningout.jp/