本連載は「街中華の名店」をうたうだけあり、行列店が登場することも多々ある。そのなかでも今回は、屈指の一軒を紹介したい。店の名は「新雅」(しんが)。確実に味で勝負している超実力派である。なにせ、場所はターミナルではない江戸川橋駅から徒歩数分の住宅街にあり、お世辞にも好立地とはいえないからだ。
しかしここにはビジネスパーソンや近隣住民を中心に、そのおいしさを求めて昼夜ともに来客が絶えない。まさに街の中華の名店といえる存在だが、本稿ではその魅力を明らかにしていこう。
悟りを得たような円熟のニラソバ
看板メニューは「ニラソバ」750円だ。もちろん同店にはスタンダードな「ラーメン」500円や「味噌ラーメン」700円をはじめ、麺類は10種以上と豊富。しかし「ニラソバ」が特に愛されている理由は、具とスープと麺が好バランスに調和し、他店にはない抜群の味わいとなっているからである。
奇をてらっているわけではない。しかし調理工程をじっくり観察してみると、圧倒的なおいしさの秘密がわかった。まず、使う素材は至って普通だが、それぞれを調理する温度と熱する時間がパーフェクト。たとえば肉は硬くなりすぎない状態までしっかり炒め、素材が持つうまみを最大限に引き出す。
そこに加える野菜も同様で、最良の食感と分量を見極めながらスープと麺とでひとつになるゴールを逆算。味付けも、ほどほどのベストチューニングに。仕込みの段階から一連の仕事が丁寧に行われ、それでいて動きに無駄がなく手早いのだ。
味の骨格となるスープは鶏と豚両方のガラをベースに、昆布とムロアジの茹で節を加えて輪郭を整えている。炒める際の隠し味に数種の調味料は使うものの、各素材から出るうまみを知り尽くしているからこそ、スープの味付けに選んでいるのは一般的な醤油。邪魔しないからこそ奥深く、飲み干したくなるうまさなのだ。
すべてをひとつに合わせるタイミングもドンピシャだから、食感も素晴らしい。麺はプリプリで、野菜はシャキシャキ、肉は小気味よい弾力であくまでも脇役に徹する。これは言うなれば、悟りを得たような円熟の味。100点満点のニラソバがここにある。
初代の技と心意気を二代目が確かに受け継ぐ
「新雅」にはもう一品ファンの多いメニューがある。特にここ数年でオーダーが急増しているという「チャーハン」だ。こちらにはやや珍しい食材が使われているが、かといって主張するようなものではなく、しかし味は絶品。「ニラソバ」同様に、各素材がハイレベルな計算の妙によって抜群の調和を保っている。
珍しい食材というのは、干ししいたけと日本酒。聞けば、どちらも初代が修業した際のレシピで長年変わっていないというが、しいたけは食感のアクセントと、やさしいうまみのアクセントをプラス。日本酒は米をほぐれやすくするとともに、ほのかな甘みを演出してくれるのだという。
乱切りのチャーシューが惜しみなく入っている点も見逃せない。同店では肩ロースを採用しており、様々なメニューに使うことから1日2回、朝と夕方に仕込む。塊をスープに入れて約3時間煮込み、硬すぎずやわらかすぎない食感に仕上げる。
たっぷりの野菜と素朴な味わいで人気なのが「焼きソバ」だ。こちらは「ニラソバ」に比べると、にらが少ないぶんキャベツがたっぷり。そのキャベツから甘みが引き出されており、塩と胡椒によるあっさりした味付けながら十分な満足感がある。
二代にわたって愛され続ける同店は、今年で創業46年。以前は少々駅に近い場所にあったが、2015年7月に移転し3年が過ぎた。角地の目立つ好立地からの移転だったが、客足は減らずにむしろ増えているという。
その理由はやはり味。国夫さんが培った技術と心意気を浩司さんがしっかり受け継ぎ、お客を飽きさせない工夫と努力を続けている。薄利多売で重労働な街中華は後継のバトンタッチが難しいジャンルといわれるが、やはり強い絆が生む伝承の味わいは格別なのだ。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
新雅(しんが)
住所:東京都文京区水道2-11-2
アクセス:東京メトロ有楽町線「江戸川橋駅」徒歩5分
営業時間:月~金曜11:00~14:00/17:00~21:00、土曜11:00~13:30/17:00~20:00
定休日:日曜、祝日