東京屈指の学生街である早稲田~高田馬場。早稲田大学をはじめ様々な学舎があると同時に若者好みの高コスパな店が多く、ラーメン激戦区ともいわれるエリアである。そのため栄枯盛衰も激しいが、最古参のひとつでありレジェンド的な存在でもあるのが「メルシー」だ。ラーメンが名物であるが、洋食や酒なども提供するスタイルは街中華そのもの。改めて、そんな超名店の魅力を紹介していきたい。
キレのあるしょうゆに煮干しが香る高コスパラーメン
看板メニューのラーメンは、まず価格に驚かされる。確かに街中華のラーメンは専門店より比較的安く、500円を切ることも少なくない。だが「メルシー」は400円。同店で最も高価な「五目そば」でも660円となっており、とにかく圧倒的にリーズナブルなのだ。
味も、言わずもがなで絶品。同店のスープは豚骨と鶏ガラに、煮干しのダシとキャベツなどの野菜の甘みを加えたものがベースとなる。なかでも特徴的なのは煮干しだ。これには「平子煮干し」といわれる、まいわしを採用。サイズが大きいこの素材を使い、滋味深い魚介のうまみをブレンドする。
スープの仕込みは毎朝6時前から10時くらいまで。長年変わらない秘伝のしょうゆダレと合わせ、1玉150gの中細ストレート麺を投入。そして同店ならではのコーンなどのトッピングが施され、伝家の宝刀といえる珠玉のラーメンが完成する。
あっさり系ながら、しょうゆのキレをしっかり感じさせるインパクト大のテイスト。したたかながら、あくまで主張しすぎずスープ全体に寄り添う煮干しの風味がたまらない。なお同店は味のカスタマイズができ、濃いめで麺硬めというのが特に多いオーダーだそう。
早稲田ならではの味。早稲田ならではのストーリー。
ご飯類で人気が高いのはチャーハンだ。この一品に関して同店ならではといえるのが、卵の使い方。普通は、卵を炒めて白米を加えるレシピであろう。ところが同店の場合は混ぜ合わせず、錦糸卵をきぬさや、かまぼこと一緒に後のせする手法を採用しているのだ。
こうすることで華やかなビジュアルになるのだが、その効果は決して見た目の印象だけではない。あえて卵のマイルドな味わいをご飯と相いれなくすることで、チャーハン全体がエッジの立った味わいになっている。そして、このおいしさを洋風に表現したものが「ポークライス」(490円)や「オムライス」(590円)だ。
これらのご飯類には鶏ではなく豚を使うことが特徴。とはいえ「チャーハン」の具材はチャーシューとねぎ、「ポークライス」と「オムライス」はこま切れ肉とたまねぎという違いがある。ケチャップとたまねぎで洋風テイストにしつつ、豚肉のストレートなうまみでパワフルな味にしたいという狙いがあるそうだ。わんぱくな学生が訪れる土地柄を考えれば、その思いには納得できる。
そんな「メルシー」は60周年。1958年に早稲田大学の南門付近で創業し、1970年に現在の駅寄りの場所に移転したとか。店主は現在2代目で、小林一浩さんが腕を振るっている。昔は丼ものや定食、コーヒーなどラーメン以外のメニューがいまより多く、より街中華や甘味中華(甘味喫茶のスタイルでラーメンなどを提供する業態のことを、勝手にそう呼ばせていただきたい)の色が強かったそうだ。その面影は看板に「軽食&ラーメン メルシー」として残されている。
社会が変わればメニューも変わるということだが、同店の代表的なメニューは味すらも60年間不変だ。ただ早稲田の街全体を見れば、跡継ぎがいなかったために閉店を余儀なくされた老舗も存在。そのひとつに“しょうゆのメルシー、塩のほづみ”として人気を二分した街中華「ほづみ」があるのだが、実はそこのおかみさん・鈴木恵美子さんが現在「メルシー」で働いている。
つまりは、店主や通学生のほか、卒業生や地域住民によっても支えられている“チーム早稲田”な店が「メルシー」なのだ。店名はフランス語で「ありがとう」の意味だが、薄利でおいしい料理を提供し続ける良心的な心意気に、むしろこちらから感謝を申し上げたい。「merci」と。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
メルシー
住所:東京都新宿区馬場下町63
アクセス:東京メトロ東西線「早稲田」駅3a出口徒歩1分
営業時間:11:00~19:00
定休日:日曜、祝日