シンプルながら奥が深い中華料理の代表格といえば、チャーハンだろう。本連載でも、その名店を何件も紹介してきた。そこにあって、今回取り上げたいのはその究極ともいえる一軒。本駒込の「兆徳」だ。
謎めいたうまさ。その秘技を解き明かす!
「兆徳」のチャーハンは2種類。「チャーハン(醤油味)」と「玉子チャーハン(塩味)」がある。どちらも特筆すべきうまさだが、ほかにないシンプルさと輝きを放っているのが後者。使うのは白米、油、塩、卵、ねぎのみだ。こしょうすら使わない潔さで、なんとも神々しいチャーハンが生み出される。
材料こそ極少ながら、家庭で再現するのは不可能と思える完成度だ。まず、パラパラ感が圧倒的。そんじょそこらのパラパラチャーハンでは、太刀打ちできないレベルといっていい。口のなかでエアリーにほぐれ、それでいて噛み応えのある米粒は、魔性の魅惑を秘めている。
「なぜかわからないが、抜群にうまい」などと称賛されるこのチャーハン。恐る恐る味の秘密を聞くと、その理由が見えてきた。強い火力や中華鍋を振る職人技もさることながら、米を炊く技に大きな特徴がある。
基本的に、仕入れているのは富山産のコシヒカリ。チャーハンに使う米に限っては、水を少なくして硬めに炊く。そして、卵は長年付き合いのある専門の業者から新鮮なものを届けてもらい、チャーハンにはMSサイズを2個使用。看板メニューであるため頻繁にオーダーが入るが、その都度卵を割るなど、新鮮さを大切にしている。
では、なぜ調味料が塩だけなのに奥深い味を感じられるのか。その秘密は、使っている白絞油にあった。実は、仕込みの際に野菜の油通しで使った油を使っている。つまり、油自体にさまざまな野菜の甘みがとけ込んでいるため、ふくよかなうまみを堪能できるのだ。
一品料理や餃子など、どれを食べてもハイレベル
チャーハンがうまい街中華は、ほかの料理もハイレベルであることが多い。当然「兆徳」も例にもれず、名作は多数。特に同店の場合はチャーハンがそうであるように、料理における水分量の見極めが秀逸であり、その極意を感じられる一例が「トマト玉子炒め」だ。
新鮮な完熟トマトを1個丸ごと使うこの一皿。それだけに、ヘタに作るとトマトの水分がうまみとともににじみ出て、ぼんやりとした味になってしまう。ところが同店の場合は、内側にギュっと閉じ込めているのでベチャっとした感じはまったくない。しかも、味の輪郭を整えるために自家製の中華スープも使っているのに、である。
また、チャーハンと双璧をなす人気メニューが餃子。焼き、揚げ、茹での3タイプがラインナップされており、焼きと揚げはパリパリ、茹ではもちもちさせるために皮の厚さや粉の配合を変えている。あんは共通だが、ここにもこだわりが満載。
具材は豚肉、キャベツ、ねぎ、しょうが、にらで、キャベツはやわらかい春キャベツを使用。より気軽に食べられるようににんにくは使っていないが、そのぶんチャーシューのスープと干しえびを入れることでコクをプラスしている。
そのなかで今回オーダーしたのは「揚げ餃子」。生地をカリっと揚げた餃子に、甘酢あんがかかった逸品だ。黒酢を使ったあんはコク深いものの、隠し味にレモンを効かせたフルーティな爽やかさもあるので重くなく、ちょうどいいバランスに仕上げられていて絶品。
店主の朱さんは、中国の洛陽出身。奥さんの母親が日本人だったことで来日し、1995年に「兆徳」を構えた。聞けばオープン時から日本人向けの味を追求し、研究を重ねてきたというが、異なる食文化の味覚を理解するには並々ならぬ努力があったのだろう。
同店には近隣を中心としたなじみの客が多いものの、決して一見客が入りづらい雰囲気はなく、それもあって圧倒的な人気を誇っているのだ。そこにはきっと、朱さんの気さくな人柄が一役買っているのだろう。料理も空間も、宝のような街中華である。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
兆徳
住所:東京都文京区向丘1-10-5
アクセス:東京メトロ南北線「本駒込駅」徒歩2分
営業時間:平日11:30~14:30/17:30~23:00、土、日曜、祝日11:30~14:30/17:30~22:00
定休日:不定休