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2019/7/25 10:30

たった8坪の都市型ワイナリーが台東区から発信する“日本ワイン”の抗えない魅力

東京都台東区、JR御徒町駅から徒歩5分。住宅や昔ながらの問屋が軒を連ねる道を歩くと、うっかり目の前を通りすぎてしまうほどつつましく佇む3階建てのワイナリー、BookRoad(葡蔵人/ブックロード)があります。東京都のなかでは第4番目となるワイナリーとして、2017年に誕生しました。

 

「ここでワインを造っているんですか?」ワイナリーを訪れる人は誰もが、驚きをもってそんな感想を抱くであろう狭小空間で、一体どんなワイン造りが行われているのでしょうか。日本ワイン人気が続く近年、次世代が志すビジネスモデルとしても興味深い“都市型ワイナリー”を訪ねました。

 

女性醸造家がたったひとりで醸造に励む

「階段スペースまで入れると土地面積は10坪ですが、実際の稼働スペースは8坪くらいだと思います」と話してくれたのは、女性醸造家の須合美智子さん。

 

オーナー企業は長年台東区で飲食店を経営する会社で、須合さんもワイナリーオープンまでの8年間、そのうちの1店舗のホールスタッフでした。もちろんワイナリー繁忙期には、飲食部門のスタッフが手伝いにも訪れますが、実際このワイナリーでの日々の作業のほとんどは須合さんがひとりで行っているそう。8坪の稼働スペースには1000リットルの発酵タンクが4基設置されており、他にも除梗破砕機、プレス機などが所狭しと並び、その合間をテキパキと動き回るにはひとり作業が適しているのかもしれませんが、ワイン造りの大半は力仕事。どのように作業を進めているのか、詳しく伺いました。

↑大型のステンレス発酵タンクと樹脂製の小型タンクなどが並ぶ醸造スペース。大型のタンクに入り切らなかった果汁を小型に入れるなど、組み合わせを工夫しながら作業を進める
↑大型のステンレス発酵タンクと樹脂製の小型タンクなどが並ぶ醸造スペース。大型のタンクに入り切らなかった果汁を小型に入れるなど、組み合わせを工夫しながら作業を進める

 

「私たちは醸造所をここ台東区に持っているだけで、自社畑は今のところ持っていません。ですから、すべての原料ブドウは日本各地の農家さんから買い付けています」(須合さん、以下同)

 

そのブドウの買い付けも、2トントラックを自ら運転して直接農家さんへ引き取りに行くこともあるという須合さん。助手席に1名スタッフを乗せて、交代で運転するのだと言います。そしてワイナリー近くまで到着するとトラックは大通りに一旦停め、車内にドライバーを残したまま1個10kgのブドウが入ったプラスチックケースを200個近く、数個重ねて台車で小分けにワイナリーまで運び込むのだそうです。「何往復しているでしょうね? 良い運動です(笑)」

 

ワイナリー内にブドウを運び入れるのも、まずここに何ケース重ねて、そこからこの機械にブドウを移して空のケースはここに積んで……など、事前に入念な配置シミュレーションしてから運び入れないと、そのあとの動線の確保が大変。2tのブドウを一気に入れると、お腹を引っ込めて横歩きをしないと移動できないほど、1階部分の床はほぼブドウのケースだけで埋め尽されます。

↑醸造所で作業をする須合さん。例えば除梗破砕機はイタリア製の小型のものを使用するなど、道具は女性の須合さんでも使いやすいものを選んでいる
↑醸造所で作業をする須合さん。例えば除梗破砕機はイタリア製の小型のものを使用するなど、道具は女性の須合さんでも使いやすいものを選んでいる

 

一連の作業のあとは、ブドウの入っていたプラスチックケース、ホースなど備品の洗浄も行いますが、洗浄ももちろん近隣への配慮から建物外ではなくその8坪スペース内で。排水口へ向けて床に若干の傾斜がありますが、その角度も発酵タンクを安定的に設置することも考えて緩やかになっているため、床に水が溢れないよう、洗浄作業もペースを考えながら進めると言います。

 

聞けば聞くほど、限られたスペースを有効活用する工夫に満ちた都市型ワイナリーならではという作業過程。さらに醸造と瓶詰め、打栓、ラベル貼りなどの作業が行われる2階へも案内してもらいました。

↑下のタンクと上のタンクをホースで繋ぐ際に使用する、1階天井部に空いた穴。ワイナリー開設の際に、そのような作業を想定し設備会社に設置を依頼したという
↑下のタンクと上のタンクをホースで繋ぐ際に使用する、1階天井部に空いた穴。ワイナリー開設の際に、そのような作業を想定し設備会社に設置を依頼したという

 

「1階で絞ったブドウの果汁、またはできたワインを2階まで上げるには1階の天井に穴がひとつあって、そこからホースを繋いで上げます。ひとりの時は、途中で液体が漏れていないか、上のタンクが溢れていないかなど、階段で1階と2階を全速力で行ったり来たりして確認しながら進めます。本当は上と下に人がいて、『おーい、入ってる? うん大丈夫、入っているよ!』って、会話できたらいいんですけどね(笑)」

 

ひとり作業の様子を、常に笑いを交えて話してくれる須合さんですが、その日々の現場作業の過酷さは想像するに余りあります。都市型ワイナリーや須合さんに限らず、畑と醸造所での力仕事や醸造家さんの精神的なプレッシャーを想像する時、あらためてワインという液体が愛おしく、さらりと喉の奥に落としてはいけないもののようにも感じます。

 

ブックロードのワインリスト


カベルネ(兵庫県神戸市産)
2800円

 


シャルドネ(長野県安曇野市産・兵庫県神戸市産)
2700円

 


デラウェアスパークリング(山形県南陽市産)2018
2500円

 


左:メルロー(山梨県韮崎市・南アルプス市・兵庫県神戸市産)
3200円
右:アジロン(山梨県甲州市勝沼町)
2700円 ※完売

 


シードル(長野県安曇野市産シナノゴールド)100%
1700円

 

ほかに、「ベリーAスパークリング」や「サンジョヴェーゼ」などもラインナップしています。10坪に満たない狭小空間から、これほど多彩なワインが生まれるとは。そんな驚きに満ちたこのワイナリーが生まれ、ここまで漕ぎ着けた道のりを少し、覗いてみましょう。

 

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いくつになっても始めるのに遅いということはない

今年の仕込みで3年目。昨年の生産本数は、約1万3000本でした。限られたスペースでの作業ながら、数種類の異なるブドウ品種を扱い11種類ものワインを生産しています。あらゆる工夫を凝らしながら、数種のブドウの醸造過程すべてを取り仕切る須合さん。過去にもワイン醸造家としての経験が豊富かと思いきや、このブックロード創業を機に、知識、経験ともにゼロからのスタートだったそうです。

 

「オーナー企業が経営する飲食店でホールスタッフをしていて、ワイナリーを始めることになったとき、『ワインを造りたい人いますか?』と聞かれたんです。それに、『はい!』と手を挙げました」

 

成人を迎えた2人のお子さんを持つ須合さん。子育てもひと段落した頃の挑戦に、「今思えば無謀だったと思うのですが、不安よりも純粋に楽しそう!って、思ったのです。子供達には日頃から、いくつになっても始めるのに遅いはないよ。やろうと思った時に、その時から始めればいいじゃない。と言ってきたのに、自分がもうこの年齢だからやらないなんていう理由は変ですよね」

↑「『お母さん、これからワイン作るから』と家族に告げた時、特に頑張れという言葉はありませんでしたが、何も言われないということは幸せな応援なんだと感じています」と話す須合さんの顔は晴れ晴れとしている
↑「『お母さん、これからワイン作るから』と家族に告げた時、特に頑張れという言葉はありませんでしたが、何も言われないということは幸せな応援なんだと感じています」と話す須合さんの顔は晴れ晴れとしている

 

須合さんが醸造家を目指す決意を固めた2016年、物件探しがスタートしました。長年この台東区で飲食経営をしてきた愛着から、場所はもちろん台東区内で。飲食店スタッフ全員で、昼休みの合間を縫って自転車で貸家、貸店舗を探し回ったそうです。

 

2016年秋には場所も決まり、醸造免許の申請をする傍ら、須合さんは山梨県のワイナリーへ研修に入りました。家庭と開業準備があったために住み込みではなく、週に2〜3日、山梨まで日帰りで通っていたそうです。ただ9月10月の繁忙期ピークには1週間帰れないことも。そこで醸造の基礎を学びました。

 

「今もまだすべてのことが勉強です。基本には忠実に、でもここはこうした方が良いのではという自分なりの考えを持ちながら、ではなぜそうしたのか明確な理由を持ってワイン造りをしたいですね」

 

今では2tトラックを自ら運転する須合さんですが、つい最近までペーパードライバーだったそう。その純粋なチャレンジ精神と謙虚で真摯な姿勢は、ブックロードのすべてのワインの味わいに反映されているように思います。

 

グラスの上の“何か”に注目

ひときわ目を引くラベルデザインが、ブックロードの特徴のひとつ。どのワインも同じくワイングラスとその上に“何か”が乗っています。オーナー企業が飲食店経営だけあって、それは合わせて食べて欲しい“食材”や“料理”であることが多いのですが、ときには“音符”や“花火”であることも。いったいどこからそのアイデアが?

↑グラスの上に描かれるのは食べ物に限らない。音楽を聴きながらゆっくりと楽しんでもらいたい白ワイン「ナイアガラ」(販売終了)
↑グラスの上に描かれるのは食べ物に限らない。音楽を聴きながらゆっくりと楽しんでもらいたい白ワイン「ナイアガラ」(販売終了)

 

「ワインができて瓶詰め直前くらいですね。これは帆立だ!とかお肉が食べたい! とか。にんにくが乗った赤ワインはペペロンチーノが浮かびました」

↑今夜のメニューに合うワインがひと目で分かる、ポップなラベル。むしろこのラベルを見て食欲をそそられて、今夜のメニューが決まるかも?
↑今夜のメニューに合うワインがひと目で分かる、ポップなラベル。むしろこのラベルを見て食欲をそそられて、今夜のメニューが決まるかも?

 

そのアイデアを飲食店スタッフに相談し、実際に料理人による料理とのペアリング試食、試飲会を行うそう。間違いなく合えば、それがデザインとして採用になります。

 

私たち消費者がワインを選ぶとき、必ず知りたい情報は「料理は何と合わせるか?」それが明確にラベルに描かれていることは大変分かりやすく、そのように料理と楽しんでもらいたいという、長年の飲食店経営からワイナリーを創業した想いがこのラベルデザインに詰まっています。

 

都市型ワイナリーのストーリーとは

ワインは土地が育むもの。もちろん原料であるブドウが表現する気候風土はそれぞれが唯一無二であり、それがワインの個性の大半であると言っても過言ではありません。それゆえに、畑を持たない都市型ワイナリーのワインは「ワインに背景が感じられない」「ストーリーがない」と言われることも。

 

しかし、ブックロードのように長年飲食店を営んだ台東区という地への愛着、海外からの観光客も多いこの地を訪れる人がさらに一人でも増えればという地域貢献の想い、また須合さんというひとりの女性の挑戦は果たしてストーリーとは呼べないものでしょうか?

 

また、畑を持つ日本各地の都市型でないワイナリーでもそれぞれ個性的な取り組みがされています。フランスやイタリアなどワインの伝統国のように、そもそもの土地の個性がワインの味わい自体に表現されているというよりも、やはりワイナリー個々の想いや醸造家の個性が際立つところも少なくありません。

↑ワイナリーにショップとテイスティングルームを併設することを示す表札。醸造所に行って気軽にワインをテイスティング、そんな都市型ならではのワインライフを楽しみたい
↑ワイナリーにショップとテイスティングルームを併設することを示す表札。醸造所に行って気軽にワインをテイスティング、そんな都市型ならではのワインライフを楽しみたい

訪れやすい。それも十分、都市型ワイナリーが持つ優位な個性のひとつです。さあ、御徒町を気軽に訪れてみましょう。

 

「3階はテイスティングルームになっています。どなたでもお気軽にお立ち寄りいただけますし、お買い物もできます。私、どういうわけかマイバックを持っていらっしゃるお客様のバッグにワインを入れるとき、うれしい反面ちょっとだけ寂しさが込み上げてくるのです。可愛がってもらってね、元気でね、って(笑)」。そんな純粋な愛を持ってワイン造りと向き合う醸造家、須合さんにもぜひ会いに行ってみてください。

 

【店舗情報】

BookRoad(葡蔵人/ブックロード)

・所在地:東京都台東区台東3-40-2 浜田ビル
・電話番号:03-5846-8660
・営業時間:11:00〜17:00
・定休日:水曜
※納品などで不在の場合があるので、来店の際は一報を。

https://bookroad.thebase.in/

 

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