さっそく、収穫してみよう
8人からスタートして、現在200人にもなるメンバー制度。とてもワイナリーのスタッフだけでは運営できませんが、古くからのメンバーが新規のメンバーに収穫方法やルールを自主的に共有し、助け合う空気感がありました。私たち取材班も簡単に収穫のレクチャーを受け、いよいよ収穫体験スタート。
まず1人に1本、通し番号の付いた収穫用のハサミが貸し出されます。これを、一日責任を持って管理することがルール。万が一、収穫用のカゴに置き忘れて、ブドウとともに発酵タンクなどの機械に巻き込まれる等のリスクを回避するため。また切れ味の悪さはケガの原因にもなるため、回収後は毎日オイルを差して切れ味を整えることも徹底しているそうです。
この日の収穫は、黒ブドウ品種のカベルネ・ソーヴィニヨン。今年芽が出た新梢から横に伸びた枝になる房を切り離していきますが、切り口が鋭角のままだと重ねたときに他の房を傷つけるので、短くカットしてからカゴへ。
さらに、ランダムに重ねると房を傷つけるだけでなく無駄な隙間ができ、またカゴに入る総量もバラバラで収穫量の把握もできないため、カゴへの入れ方にもルールがあります。房は四隅から置き、その間を埋めるように外周を作り、そして最後に真ん中を埋める。これを繰り返してブドウを重ね、カゴにすり切りいっぱいになると約10キロになるそう。また、畝に沿って横に移動しながら房をカットする際、カゴを畑の中で引きずることは厳禁。なぜならカゴを重ねたときに底に付いた泥が下のブドウに付き、ワインの質を低下させてしまうからです。
このように、ひとつひとつの作業に対して、驚くほど徹底したルールがありました。すべては質の良いワインを造るため。ファンやお客様の協力で成り立つメンバー制度とはいえ、観光要素の強い「収穫体験イベント」ではなく、全員がオーナーであり栽培家、醸造家であるような真剣な意識を持って作業を進めていました。
「もう一回! 来年こそ!」終わりなき挑戦
そんな畑の様子を温かい目線で見守っていたオーナーの中村雅量さんに、今年の作柄について伺いました。
「今年は……正直厳しい年です。近年稀にみる長梅雨だったことは記憶に新しいと思いますが、この地区でも6月、7月の日照は例年の15%程度と、完全に日照不足。ただそういう年こそ、いつもより仕事があります。樹体生理が狂ったブドウの樹は自ら虫を呼び、新たに葉を伸ばしてしまうのでそれぞれに対処が必要なんです」(雅量さん)
しかし、雅量さんの表情は悲観的ではありませんでした。
「こんな年があると『来年こそは!』って、止められないんですよね(笑)。逆に良作年の出来を褒めてもらっても、いや僕はここをもっとこうしたかったんだよな、とまたそれも止められない。いつも『もう一回! もう一回!』って。きっと思いを遂げるようなワインができてしまえば、止めることができるかもしれないけれど、それができないんですよね」(雅量さん)
その言葉を横で聞いていた亜貴子さんは?
「でも、あなたはきっと思いを遂げたワインができたらできたで『こんな素晴らしいワインができるんだ! もう一回造ってみよう!』って、結局止められないと思いますよ(笑)」(亜貴子さん)
ワイン醸造歴35年の雅量さん、そしてそれを支える妻・亜貴子さんの言葉は、ワインとワイン造りに対する愛おしさに溢れていました。
最後に、雅量さんから私たちに向けて、こんな言葉をもらいました。
「今年、状態が厳しいブドウは、収穫の時点でこの畑に切り落とされて醸造所へ辿り着くこともできません。ですが逆に言えば、醸造所へ運ばれ醸されるブドウは“運のいいブドウ”です。運のいいブドウだけでできたワインは、きっと不思議な力を持ったワイン、覚えていて手に入れて下さい。チャーミングに仕上がるように努力します。お待ち下さいませ、ね(笑)」
ここで、冒頭の質問をもう一度。天候に恵まれた良作年のワインの味わいは楽しみですが、不作な年は購入しないものでしょうか? きっとワインとの向き合い方が変わる体験、毎年の秋の収穫時期には日本各地の産地で行われているワイナリー訪問イベントや収穫の機会を、ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。