当サイトではこれまで、アウトドア飲みや家飲み、スナックなど、お酒にまつわる大人の嗜みをガイドしてきました。そしてもうひとつ、大人の嗜みとして避けては通れないのが「バー」の世界です。昨今のウイスキーやクラフトジンの人気によって注目されているとはいえ、「バーは敷居が高い」と思われている方も多いでしょう。そんな方々のために、バーの楽しみ方をレクチャーするシリーズをお届け。元バーテンダーであるGetNavi編集部の鈴木翔子(すずき・しょうこ)がバーに精通する人々の元を訪れ、インタビューを通じてその魅力を明らかにしていきます。
今回、鈴木が話を聞いたのは、ウイスキーを中心に国内外の幅広い銘柄を揃える酒販店「目白田中屋」の栗林幸吉店長。世界中を巡り、5000種類以上のウイスキーを飲んできた栗林さんは、「バーでウイスキーを学んだ」というだけあって、バーにまつわる経験も豊富にお持ちだとか。今回は、2回にわたってお送りするインタビューの前編をお届けします!
※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です
伝説のダイニングでアルバイトしたのがきっかけでウイスキーの道へ
目白の酒販店「目白田中屋」の栗林幸吉店長は、「ウイスキー案内 狂おしいほどの1本に出合う」(洋泉社)を上梓し、TV番組で特集されたこともある業界の有名人です。そんな栗林さんにも、バーのビギナーだったころがあったはず。まずはそのあたりから聞いていきましょう。
鈴木 今日はよろしくお願いします! まずは栗林さんがウイスキーやバーに興味をもつようになったきっかけから教えてください。
栗林 飲食店のアルバイトからですね。建物の老朽化で今はなくなってしまったけど、「ZEST CANTINA」(ゼスト キャンティーナ)の原宿店でアルバイトしたのが最初。ここはバーというより、アメリカンな、Tex-Mex(テキサススタイルのメキシカン)のダイニングでしたね。お客さんの飲んでいる姿が、とにかくかっこよかったんですよ。
鈴木 え! 「ZEST CANTINA」って超有名店じゃないですか!
栗林 俳優さんのお客さんも多くて、松田優作さん、内田裕也さん、原田芳雄さん、安岡力也さんとかが来てましたね。当時の流行りのお酒といえばカクテルだったんですけど、あの方々はウイスキー派で。松田優作さんがひとりでバーボンを飲んいでる姿とか、「うぉー、かっこいいなー!」と。すごくサマになってましたね。
鈴木 まさに映画のワンシーンのような……。その姿に憧れて、ご自身も飲まれるようになったと?
栗林 はい。ミーハーでしょ(笑)。最初はぜんぜんおいしさがわからなかったんですけど、だんだんとのめり込んでいきました。より深くバーの魅力を知るようになったのは、その数年後。縁あって酒屋として働くようになってからです。
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大企業の社長や著名人とバーのカウンターで同じ時間を過ごす
鈴木 お酒を販売する仕事をしながら、バーにも行ってらっしゃったということですね。栗林さんにとって、ウイスキーやバーとはどういう存在ですか?
栗林 感性を磨く場所ですかね。ウイスキーってひとつひとつにストーリーがあって、味わいも違うので情報もたくさん詰まってます。調べて飲んで、ということを続けていけば、知識もどんどん身につくでしょう。ただ、知識は学べば身につきますが、感性は“絶対”というものがなくて人それぞれのもの。教科書には載っていません。“正解がないもの”を学べるのがウイスキーであり、バーだと思うんです。
鈴木 美味しいから、酔えるから、珍しいから……そういったものを超えた価値がある、ということでしょうか。
栗林 極端な話、お酒って、なくても生きていけるじゃないですか。なのに、好きな人は一杯1000円以上もするウイスキーを飲む。そこには、心を満たしてくれる何かがあるんでしょうね。それがウイスキーの感性。「感覚の遊び」っていうんですかね。僕はバーで素敵な大人たちと巡り会って、その遊びを教えてもらったんです。
鈴木 お話に出てきた「素敵な大人たちと出会ったバー」のなかで、思い出深いお店を挙げるとしたらどこになりますか?
栗林 新橋のオーセンティックバー「BAR SCAPA(スキャパ)」です。いまでも行きますが、初めて行ったときは20代でした。私は酒屋ですから、バーは取引先。だから迷惑をかけないように、なるべく営業の邪魔にならない開店直後に行っていました。この時間帯って、一部上場企業の社長さんとか、高名な先生とかがこっそりいらっしゃっていて。
鈴木 えっ、20代のバーの初心者が、いきなりそんな偉い人達に囲まれちゃったわけですか。
栗林 そうなんです。雲の上にいるような方々と、カウンターで横並びになるんですよ。たくさんのお話を聞かせていただいて、緊張しっぱなしでしたけど、とても勉強になりましたね。僕は若造でしたけど、酒屋なのでお酒についての質問をされることが多くて。それに対して話すとしっかり聞いてくれるんですが、しゃべりすぎるのは野暮じゃないですか。お酒と関係ない話のなかでも、「ここは発言したほうがいい」とか「ここは口を出さないほうがいい」といったことが、やりとりを聞いているだけでもなんとなく勉強できるんです。そういう空気感や作法を、肌で感じ取ることができました。
鈴木 ちなみに、そういう方たちって、どういう話をされているんですか? 「何億の案件が…」とか、スケールの大きい話が飛び交うイメージですが。
栗林 いえいえ。お酒にまつわる失敗談とか、ごく普通の話ですよ。そういう地位のある方ほど、自然体で偉そうなところが全くない。態度が謙虚で、人がイヤがるようなことは決してしないんですよね。「本物ってこうなんだ」「オトナってこうなんだ」と彼らの振る舞いを見て学ばせてもらいました。そういった、“学校では教えてくれないこと”を勉強できるのが、バーなんです。
鈴木 なるほど、知らない人とも横並びで飲めるバーだからこそできる体験ですね。
栗林 フレンチなどのレストランはテーブルごとに座るから、こうはならないんですよ。かといって、居酒屋やスナックとも違う。独特の緊張感がバーにはありますから。
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いいバーを見つけるひとつの基準は「長く続いている店」
鈴木 ちなみに、栗林さんが思う「いいバーを見分けるコツ」って何でしょうか。
栗林 ひとつの基準となるのは、“長く続いていること”。飲食業界って10年続く店が数%程度、30年ともなるともっと少なくて、数千軒に一軒とか言われるじゃないですか。そのなかで残っている店って、やっぱり何かしらの魅力があるんですよ。
鈴木 お店の魅力といえば、提供するメニューがおいしいとか、景色や内装がいいとか、そういったことでしょうか?
栗林 もちろんメニューや立地も大事だとは思いますが、バーの場合はやっぱり人。マスターやバーテンダーさんの人柄ですよ。好きじゃない人のお店には行きたくないでしょう? 逆に、好きな人のお店に行くとそれだけでうれしいじゃないですか。そんなバーを見つけられたら幸せですよ。
鈴木 確かに。そこに行けば、いつも好きな人が待っていてくれるって幸せなことですよね。ちなみに、栗林さんが「好きだなぁ」と思えるマスターって、たとえばどんな方ですか?
栗林 「BAR SCAPA」のマスターは、いまでもよくお世話になってます。もうひとり、恵比寿「MAUVE」(モーヴ)のマスターもまた、かっこいいんですよ。ここもいろんな有名人がいらっしゃるんですが、あるとき世界的に有名な作家さんが来て、「ウイスキーのオススメをください」ってオーダーが入ったんです。そういう方って舌も肥えてるでしょうから、普通なら高級なヴィンテージとかを出すじゃないですか。
鈴木 ええ、高くてもいいものを出すかもしれません。変な話、利益も出ますから。
栗林 でもマスターは、「これがいいんじゃない?」って、一杯1000円ぐらいの定番銘柄で作った水割りを提供したんです。なぜなら、そのときの気分でそれがマスターのオススメだったから。で、「次のおすすめをください」という話になったら、2杯目も同じものを出したんです。「……これがいいんじゃない?」って(笑)。この誰に対しても変わらない、マスターの気取らない感じや正直さがかっこいいなって思うんです。
自分に合ったバーを探すなら、感性の合う人にオススメを聞く
鈴木 長く続いているお店には、マスターの人柄も含めて長く続くだけの理由がある。だから、いいお店である可能性が高い、というのはわかりました。でも、いいお店でも、自分に合っているとは限りません。そのあたりを見極める方法はありますか?
栗林 うーん、これは難しいですねぇ。しいて言えば、「自分と価値観が似ている人がすすめる店」かな。嗜好品の世界は、「『何人が』おいしいと言っている」ではなくて「『誰が』おいしいと言っている」かが大切なんです。料理やお酒なら自分と似た味覚の人がいると思うので、そういう人の声に耳を傾けるのが近道です。
鈴木 まずは自分と似た価値観や味覚をもっている人を探す、ということでしょうか。
栗林 新たに探すというよりは、「意識する」という感覚ですかね。身近に価値観の似ている知人がいたら、会ったときに聞いてみるとか。たとえば僕の場合、うちの店でお客さんと会話していると、「この方の価値観、自分と似てるなぁ」と感じることがあるんですよね。おそらくそういう方の行きつけのバーは、僕の好みなんだろうなって思います。
鈴木 なるほど。気が合うとか、話していると心地いい人っていますよね。そういう人がすすめるなら、いいお店である確率も高いということですね。
栗林 そう思います。やっぱり感性の部分が大事。先ほど「感性を磨く」と言いましたが、ウイスキーを通して見えないもの、あるいは数値化できないけれど心を満たしてくれるものがあるんです。バーでの経験が、自分をそういう考え方に成長させてくれましたし、人生を豊かにしてくれました。
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イタリアの行きつけのバーで体験したスタッフの粋なはからい
鈴木 栗林さんは海外の蒸溜所などを巡る「旅人」としても有名です。海外でのお気に入りのバーや、海外でのエピソードがあったら教えてください。
栗林 一番よく行くのはスコットランドなんですけど、その際に必ず立ち寄るのがイタリア。ミラノに、ジョルジオ・ダンブロージョっていう世界の五大ウイスキーコレクターがいて、彼は「Bar Metro」っていうバールもやってるんですね。僕はそこのフランコっていう番頭とも仲良くて、あるときお店に行ったらフランコがいなかった。ジョルジオに「フランコはどうした?」って聞いたら「あいつ、忙しくてさ」って言うんですよ。そのときは、あえなくて残念だな、くらいに思っていたんですが、日本に帰国後に共通の知人にその話をしたら「いや、フランコは天国に行ったんだよ」って。
鈴木 もしかして、あえてウソをついた…ということでしょうか?
栗林 そう。旅行中の僕を悲しませたくないという、ジョルジオの優しさだったんです。で、去年また「Bar Metro」に行ったら、こんどは店が開いてなくて。聞いたら「改装中でクリスマスには再開するから」って言われたんです。でもほかの店に行ったら「ジョルジオが高齢でしんどくなったから、店は閉めたみたいだよ」って。
鈴木 ああ、これもまた、「余計なことを話して気落ちさせたくない」と! 粋ですね!
栗林 僕は1年に1回ぐらいしかイタリアに行かないので、「せっかくの旅行なんだから、存分に楽しんでくれ」という彼の気遣いだったんでしょうね。「いずれ知ることになるんだから、あえて今、言う必要はない」と。いいウソをつく……そんなジョルジオもかっこいい大人だなって思います。
鈴木 今回はいろいろとお話を聞いて、バーはやっぱりかっこいい世界だなと思いました! 感性についてのお話も興味深かったです。私も価値観が近い人からオススメを聞いて、もっと感性を磨こうと思います!
後編では、栗林さんのバーでの飲み方やおつまみについて、ウイスキーの魅力について、詳しく聞いていきます。お楽しみに!
撮影/我妻慶一
<取材協力>
目白田中屋
2010年のWWA(ワールド・ウイスキー・アワード)で、単一小売店部門の世界最優秀小売店として認められた名店。店内にはブランデー、ワイン、日本酒、ビール、リキュールなど5000種以上のお酒を用意しており、なかでもウイスキーは約2000種と圧倒的な品揃え。客の年齢層も20~80代と幅広く、都内はもちろん、地方や外国からもファンが訪れます。
住所:東京都豊島区目白3-4-14 田中屋ビル B1
アクセス:JR山手線「目白駅」徒歩2分
営業時間:11:00~20:00
定休日:日
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