家にいる時間が増えたことで、パンを手作りする人が増え、一時は小麦粉が店頭から姿を消したなんて現象も。この小麦粉の品薄状態は解消されましたが、引き続きパン作りを楽しみたいという人も多いのではないでしょうか。
でも、オーブンやホームベーカリーなど、パン作りには準備するものが多い……と尻込みしてしまう人に、朗報です。オーブンやホームベーカリーがなくても、パンはおいしく焼けるんです。今回は、そのコツを、パン・料理研究家の荻山和也さんに教えていただきました。
パン作りにまず揃えたいのは扱いやすい小麦粉
パン作りを始める前に、使う材料について確認しておきましょう。
・強力粉
ロールパンや食パンなど、ふんわりしたパンには主に強力粉が使われています。製パン材料の専門店には国産小麦も含め、さまざまな種類の強力粉が売っていますが、荻山さんが推薦するのは、スーパーマーケットでも手に入りやすい日清製粉「カメリヤ」。
「発酵の見極めや生地の扱いに慣れてきたら好みのものに変えていいと思いますが、はじめは初心者でも上手に扱える『カメリヤ』がおすすめです。国産小麦を選びたかったら、カメリヤと比較的似ている『春よ恋』がいいでしょう」(パン・料理研究家 荻山和也さん、以下同)
・ドライイースト
ドライイーストは、サフ社から出ている赤いパッケージのインスタントドライイーストを使用します。
「ドライイーストは、保存の仕方を間違えるとすぐに発酵力が弱まってしまうので、すぐに使い切れる場合は冷蔵庫に、頻繁に使わないなら冷凍で保存します。また、使うときに出しっぱなしにしておくと結露してドライイーストが水分を吸ってしまうため、計量したら不要な分はすぐにしまいましょう」
ではさっそく、オーブンなしのパン作りを教えていただきましょう。使うツールは、フライパン、炊飯器、無水鍋の3種類です。
1. 【フライパン】サンドイッチにするのが楽しい「ピタパン」
“ピタパン”とは、平たく成型して焼くアラブ発祥のパンのこと。加熱するとプクッと膨らんで中心が空洞になるので、そこに野菜やハム、コロッケなどを詰めて“ピタパンサンド”にするのが、オーソドックスな食べ方です。
「ピタパンは“皮”をいただくパンなので、中に何を詰めるかで表情が変わります。ホットプレートでも焼けますし、アウトドアシーンでも作ることができます。オーブンで焼くと生地が乾燥してパリッとした食感になるのですが、フライパンで焼くと水分が飛ばず、もっちりした生地を楽しめるんですよ」
【材料(8枚分)】
・強力粉(カメリヤ)…200g
・塩…4g
・砂糖…4g
・ドライイースト…2g
・水…130g〜
【道具】
・フライパン
「フライパンは、フッ素樹脂加工されたものでも鉄パンでも、どんなタイプでもOK。油をひかなくても、くっつくことはありません」
【工程】
①こね→②一次発酵(30度・30〜60分)→③分割・ベンチタイム(8分)→④成形→⑤焼成
【作り方】
1. すべての材料を混ぜ合わせてこねる
材料をすべて大きめのボウルに入れたら、粉っぽさがなくなるまでこねます。「20~30回押してコシが出てきたら、生地を持って10回ぐらいボウルに叩きつけてこねていきます。まとまったら丸く整えて、ボウルに戻しましょう」
2. 30℃で一次発酵させる
表面をつるんと丸めたら、ボウルにラップをかけて30~60分ほど発酵させます。「30~60分くらいであれば、食べる時間に合わせて発酵時間を変えても大丈夫です。生地が少し柔らかく伸びるようになり、見た目にもひと回り大きくなっていれば発酵終了しましょう」
3. 分割してベンチタイムをとる
生地を棒状にして、8等分になるようにスケッパーや包丁で切っていきましょう。
「8つに分けたら丸め直し、濡らして硬く絞った布巾をかけて8分休ませます。切った生地は切り口が傷ついているのですが、“ベンチタイム”というこの時間をとることで生地がまた緩み、落ち着きます」
4. 麺棒を使って薄く円形に伸ばす
生地に強力粉をかけてから、生地の中にある気泡をつぶすように平たく伸ばしていきます。厚すぎても薄すぎても膨らまなくなってしまうので、12cmの直径を目安に伸ばしてみましょう。「表に麺棒をかけたら裏返し、裏側にも麺棒をかけて伸ばします。生地が麺棒や手にくっついてしまうのを防ぐため、強力粉をふりかけて行います。ピタパンはパン生地が乾燥しているくらいがちょうどいいので、ベタつかないよう粉を使いましょう」
5. フライパンで焼く
フライパンを中火で温め、裏と表に均等に火が入るよう、10秒ごとに返しながら焼いていきます。「生地がまだ生のうちは、フライ返しなどで生地を傷つけてしまわないよう注意してください。穴が空いてしまうと、このあと膨らまなくなってしまうので、慎重に行います。膨らみはじめてからも10秒ごとに返して焼いてください」
ひっくり返し続けていると、プクッと風船のように膨らんできます。「焼き色がつき、端のほうまでふっくらと丸く膨らんだら焼き上がりの合図。このままケーキクーラーのような網にとって、冷ましておきましょう」
【ポイント】
焼き上がって触れるくらいの温かさに落ち着いたら、ビニール袋に入れて置いておきましょう。「すぐに食べるならいいのですが、ほかの料理を用意したりテーブルセッティングをしたりしているうちに、パンが乾燥してパリパリになってきてしまいます。袋に入れておくことで、ジューシーなしっとりとしたパンをいただくことができますよ」
ピタパンを使った「ピタパンサンド」の作り方
サンドにしたいなら、生野菜とハム、ゆで卵を入れて。マヨネーズやチリソースなどお好みのソースも一緒にかけていただきます。
オーブンなしで作るパンの2種類めは、生食パン。使うのは炊飯器です。
2. ふっくら専門店のような仕上がり! 炊飯器で焼く高級「生食パン」
話題の高級食パン専門店のようにふわふわで柔らかく、甘みのあるパン。バターと生クリームが入ったリッチな配合で、いくらでも食べられてしまいそうな軽さとおいしさです。
「炊飯器で焼くので上部に焼き色はつきませんが、スイッチを押すだけで焼けるので手軽ですし、パン作りに必要な道具がなくてもできるレシピです。はじめてパンを焼く方にも試していただきたいです」
【材料(5.5合炊き1台分)】
・強力粉(カメリヤ)…200g
・塩…3g
・砂糖…20g
・バター(室温に戻す)…16g
・生クリーム(脂肪分47%)…40g
・ドライイースト…3g
・水…100g~
【道具】
・炊飯器
「ほとんどの炊飯器で作ることができますが、一部の機器では作動しないこともあります。その場合は生地をフライパンに入れ、表面10分、裏面10分焼きましょう」
【工程】
①こね→②一次発酵(保温5分・スイッチを切って55分)→③分割・ベンチタイム(10分)→④成形→⑤二次発酵(保温10分・スイッチを切って15分)→⑥焼成
【作り方】
1. バター以外の材料を混ぜ合わせてこねる
ボウルの中にバター以外の材料を入れてこね、粉気がなくなってきたら両手でよく揉んでいきます。「はじめはベタベタして手にくっつくのですが、だんだん艶が出てきて、ベタつきのない生地になっていきます。そこまでよくこねましょう」
2. バターを入れてさらにこねる
生地がまとまったら、柔らかくなったバターを入れます。バターを入れると、いったんまたベタつく生地に戻ってしまいますが、こねていくうちにまとまりのある生地になっていきます。
こちらがこねあがった生地。艶やかでしっとりした仕上がりです。「バターが生地とまとまってきたら、100回くらいは生地をボウルに叩き落としてこねていきましょう。艶が出て油っぽさがなくなったら、こねあがりです」
3. 保温で炊飯器を温めて一次発酵させる
炊飯器の内釜に丸めた生地を入れたら霧吹きで濡らし、保温ボタンを押します。5分経ったらスイッチを切り、そのまま55分置いておき一次発酵させましょう。「保温ボタンを押して炊飯器を温め、発酵にちょうどよい温度にします。5分経ったら中が温まりますので、蓋を開けずスイッチだけ切り、そのまま55分置いておきましょう」
こちらが一次発酵後。2倍くらいに膨らんでいたら発酵終了です。
4. 生地を丸め直してベンチタイムをとる
生地を取りだしたらガス(気泡)を抜いて丸め直し、濡らして硬く絞った布巾をかけて10分休ませます。10分経ったら丸め直して内釜に戻します。
「このとき、表面にハリが出るように後ろをきゅっとつまみます。こうすることで、焼いたとき生地が横に流れて広がっていかず、高さが出るんです」
5. 保温で炊飯器を温めて二次発酵させてから焼く
丸め直した生地の表面に再度霧吹きをかけ、炊飯器の保温ボタンを押して温めます。10分たったらスイッチを切って15分置く。二次発酵が終わったら、炊飯ボタンを押して炊き上がりの合図が鳴るまで焼き上げます。早炊きではなく、40〜50分かけて炊く通常モードで焼きましょう。「炊き上がりのアラームが鳴ったら、一度蓋を開けて中を確認します。表面を優しく触ってみて、指のあとが戻らないほどへこんでしまう場合は、もう一度炊飯ボタンを押し、10分くらい焼いてみます」
底の部分に焼き色がついて、いい香りに焼き上がっています。
焼きたては柔らかすぎてスライスできないので、冷めるまで網の上で休ませておきましょう。
続いて、オーブンなしで作るパンの3種類めは、カンパーニュ。使うのは無水鍋です。
3. ワインやチーズを合わせたくなる、無水鍋で焼く「クルミのカンパーニュ」
コロンとした丸くてかわいいフォルムに焼けるカンパーニュは、クープ(切り込み)がきれいに開いて、まるでプロのような仕上がりになります。粉と塩、イースト、水だけのシンプルな生地に香りのよいローストしたクルミを混ぜ込みました。
「フランスパン専用粉を使うことで、フランスパンらしい香りと風味を感じられるパンが焼き上がります。代用したい場合は、強力粉7:薄力粉3で作ってみてくださいね」
【材料(24cm鍋1台分)】
・フランスパン専用粉(リスドォル)…200g
・塩…4g
・ドライイースト…2g
・水…150g~
・クルミ(ローストしておく)…50g
【道具】
・無水鍋
・蒸し板
無水鍋はどんなものでも構いませんが、取手の部分も高熱になるので、鍋ごとオーブンに入れられるような造りのものを選びましょう。「蒸し板は100円ショップでも売っているもので構いません。パン生地が底についてしまうと焦げるので、底上げするために使用します」
【工程】
①こね→②一次発酵(室温60分)→③分割・ベンチタイム(10分)→④成形→⑤二次発酵(室温40〜60分)→⑥焼成(30分)
【作り方】
1. クルミ以外の材料を混ぜ合わせてこねる
クルミ以外の材料を混ぜ、粉っぽさがなくなったらクルミを入れてさらにこねます。「フランスパンのようなパンは、こねすぎるとグルテンが出てしまい、食感がふっくらしてしまいます。歯切れがよくサクッとしたフランスパンらしいパンに仕上げるには、混ぜすぎないことが大切です」
クルミを入れたあともあまり混ぜすぎず、ベタベタしているまま発酵に移ります。
2. ボウルにラップをかけて一次発酵させる
室温で60分ほど発酵させます。発酵が終わると、このくらい膨らみます。ベタつく生地なので、取り出す前にフランスパン専用粉をかけてから、パンマットやまな板などの上に生地を出しましょう。
生地がゆるいので、手にくっつかないように粉をつけながら丸めていきましょう。
3. ベンチタイムをとってから丸め直す
生地が丸くまとまったら、濡らして硬く絞った布巾をかけて10分休ませます。このときも炊飯器で焼くパンと同じように、表面にハリが出るようまとめ、後ろをつまんでしっかりと閉じます。
4. 生地に飾り用の粉を振る
生地をオーブンシートの上に乗せ、アルミ皿に入れたら、飾り用の粉を振りましょう。表面に粉を振ると、カンパーニュらしい表情に焼き上げることができます。「アルミ皿は熱伝導率がよく、パンにしっかり火を通して焼けるのですが、ガラス皿や耐熱皿で代用すると、熱の伝わり方が変わってしまうので、焼き上がりに時間がかかる恐れがあります」
5. 無水鍋の中で二次発酵させる
アルミ皿ごと無水鍋に入れたら蓋を閉め、40〜60分ほど室温に置いておきます。きちんと発酵したかどうかの見極めが難しいところですが、室温25℃くらいのところであれば40分ほど、冬場など寒い時期であれば60分ほど発酵時間をおきましょう。「目安は、生地が2倍くらいまで膨らんでいるかどうかです。18cmのアルミ皿のひと回り小さいくらいまで発酵させます」
6. 鍋と蓋を余熱する
アルミ皿ごとパン生地を取り出し、蓋と鍋が温まるよう、中火で5分温めます。このとき蓋の方を熱くしたいので、蓋を鍋の下に敷いて火をつけるのが効率的です。「通常のコンロでは、鍋が熱くなるとセンサーが働いてしまい、弱火になったり火が消えてしまったりするので、カセットコンロを使って焼きます」
7. クープを入れる
パン生地にナイフで十字の切り込みを入れましょう。製パン材料では、パン生地に切り込みを入れるためのクープナイフというものが売っていますが、ペティナイフや包丁でも切れます。「パン生地がナイフにくっついてしまわないよう、そっと表面を剥ぐように切りましょう。しっかり後ろを閉じて表面にハリが出るように丸められていたら、この時点でクープ(切り込み)がきれいに開いてきますよ」
8. パンを焼く
鍋の余熱ができたら、生地の表面を霧吹きでしっかり濡らしましょう。その後、蒸し板にアルミ皿ごと生地をのせます。パン生地にかからないよう、鍋の中に大さじ1の熱湯(分量外)を入れてすぐ蓋をしたら、中火で20分焼きます。熱湯を入れるとじゅわっと蒸気が上がってくるので、気をつけて行いましょう。「蓋も鍋も高温になっていますので、火傷しないよう注意してください。オーブン用のミトンでも構いませんが、五本指がしっかり動かせるので軍手を2枚つけるのがおすすめです」
9. 20分経ったら焼き色を確認する
蓋を一度開けて様子を見て、焼き色が薄いときは弱火にし、すでに焼き色がつきはじめているときは中火のまま、蓋を閉めてさらに10分焼きましょう(焼き時間は合計30分)。こちらが20分経ったときのようすです。まだ上部には焼き色がついていないので、中火のままもう10分焼いていきます。
そしてこちらがそこから10分経ったカンパーニュ。こんがりといい焼き色がつき、おいしそうに焼き上がっています。
「熱いので気をつけてアルミ皿ごとパンを取り出し、クーラーの上で冷ましましょう。粗熱がとれたらスライスしていただきます。クルミを入れなくてもおいしいですし、ドライフルーツなどを入れてアレンジすることもできます。ただ、ドライフルーツなど糖分の高いものはどうしても焦げやすいので、プレーンやクルミ入りに慣れてきたところで作ってみてください」
無水鍋で焼く本格的なパンレシピ
「無水鍋で焼くおいしいパン」(文化出版局)
今回紹介した無水鍋で焼くパンのさまざまなアレンジレシピは、荻山さんのレシピ本「無水鍋で焼くおいしいパン」にたくさん掲載されています。
焼いたパンの保存は冷凍庫で
焼いたあとのパンはなるべく3日以内には食べ切りましょう。すぐに食べないとわかっている場合はラップに包んでからチャックつきの保存袋に入れるなど二重にしてから、冷凍庫で保存します。
「冷蔵庫ではパンの水分がどんどん抜けていってしまい、劣化が進みます。冷凍すればおいしくいただけますが、パンは匂いや水分を吸収しやすいので、必ず二重にラッピングしましょう。ちなみに使わない小麦粉も冷凍庫で保存するのがおすすめですよ」
オーブンがなくても、こんなに本格的でおいしいパンが焼けるなら、作ってみたい気持ちもわいてきますよね。工程の時間さえ守れば上手に焼くことができますから、ぜひ挑戦してみてください。
【プロフィール】
パン・料理研究家 / 荻山和也
フレンチとアジアンのキュイジーヌレストランで調理を担当したのち、パン作りに魅了されパンと料理の研究家に。現在は料理教室にてパン作りのレッスンをしている他、パン作りのレシピ本も数多く発表している。無水鍋やホームベーカリーを使ったパンのレシピ本もある。最新刊は『ホームベーカリーでプレミアム食パン』(エイ出版)。