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2021/1/15 18:00

【東京・大衆酒場の名店】伝説の「三祐酒場」で聞く「元祖焼酎ハイボール」発祥の噺

東京にある大衆酒場の名店を巡る企画の第3回。今回は、墨田区の「三祐酒場(さんゆうさかば) 八広(やひろ)店」を訪れ、その魅力を探っていきます。

大衆酒場は、その安さとウマさ、昔ながらの温かい雰囲気で、酒飲みの心をひきつけてやみません。なかでも東京では下町を中心に、根強い人気を誇る大衆酒場の名店が数多く存在します。そんな名店を巡り、お店の魅力と東京ならではの酒文化を深掘りしていくのが本連載。立石「宇ち多゛(うちだ)」篠崎「大林」に続く第3回は、八広「三祐酒場」にお邪魔します。

※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です

 

名店の歴史を受け継ぐ貴重なお店を訪問

「三祐酒場 八広店」は、京成曳舟(ひきふね)駅から徒歩7分ほどの場所に立地。かつて京成曳舟駅近くで営業していた名酒場「三祐酒場 本店」からのれん分けを許された数少ない一軒です。また、「焼酎ハイボール」の起源と深いかかわりを持つお店としても知られています。

 

今回も大衆酒場にまつわる著書を数多く上梓している藤原法仁(のりひと)さんを講師に招き、大衆酒場に興味津々の中村 優さんとともにお店を訪問。お店の魅力をはじめ、大衆酒場の歴史や楽しみ方、お酒についての知識などを学んでいきます!

↑藤原法仁さん(左)は、ブログ「居酒屋礼賛」主宰の浜田信郎さんとともに11月11日を「立ち飲みの日」として記念日登録するなど、大衆酒場文化の活性化に尽力。中村 優さん(右)はタレントおよびマラソンランナーとして活躍しています

 

中村 藤原さん、今回もよろしくお願いします! こちらの「三祐酒場 八広店」さんは、どんなお店なんですか?

 

藤原 「三祐酒場」は「酎ハイ(チューハイ)」の語源でもある、「焼酎ハイボール」の元祖として知られています(※諸説あり)。そこからのれん分けされたのがこの八広店。本店は区画整理の影響で既に閉店しているため、現存している三祐酒場は八広店だけなんです。

 

中村 名店の歴史を受け継ぐ貴重なお店というわけですね。でも、酎ハイって今では当たり前のものじゃないですか。その元祖というのはすごいですね!

 

藤原 でしょう? そのあたりは、店主の奥野木晋助さんに聞いてみましょう。大将、今日はよろしくお願いします!

 

奥野木 こちらこそ、よろしくお願いします! 「三祐酒場」の本店は、もともと昭和2(1927)年に創業した酒屋だったんですけど、戦時中は物資の配給所になっていて、その配給所に来ていた酒好きの客がその場で飲むようになったみたいです。

↑奥野木晋助店主。和食料理店などでの修行を経て、2001年より同店の二代目を務めています

 

藤原 角打ち(その場で飲める酒販店)ってことですね。

 

奥野木 はい。角打ちの流れから、最初は掘っ立て小屋みたいな形で居酒屋を併設して酒場になったと聞いています。

↑酒販店で使われていた陶磁器の瓶と甕(かめ)。陶器の一升瓶(写真左奥)には、本店が都電の停留所に近かったことから「京成曳舟電停際」と書かれています。甕(写真右)に書かれた住所が「向島区」となっていることから、1947(昭和22)年に向島区が本所区と合併して墨田区になる以前のものということがわかります

 

中村 この八広店はいつ開店されたんですか?

 

奥野木 ここは昭和41(1966)年、三男坊だった私の親父が開業しました。三祐酒場は親族にしかのれん分けをしなかったので、かつて営業していた本店と小岩店を含めると最大で3店舗あったことになりますね。

 

「元祖焼酎ハイボール」は進駐軍のウイスキーハイボールから着想

中村 では、そろそろ焼酎ハイボールについて教えてください! 看板メニューの「元祖焼酎ハイボール」はどうやってできたんですか?

↑店内には「元祖焼酎ハイボール」と書かれた年代ものの木札がかかっています

 

奥野木 「元祖焼酎ハイボール」を考案したのは、私の伯父である本店の奥野木祐治(長男)です。伯父から聞いた話だと、戦後の昭和26年、アメリカ進駐軍の駐屯地に行って、そこで「ウイスキーハイボール」の味に感銘を受け、焼酎も炭酸で割れば飲みやすくなるのでは? と考え、試行錯誤して作ったのが焼酎ハイボールです。

 

藤原 その頃は、焼酎の精製技術もいまみたいに発達していなかったですからね。

 

奥野木 はい。当時の焼酎の強い香りをなじませるために、伯父は独自のエキスを作って混ぜたわけです。

 

中村 あ、エキス(シロップ)は前回に教えてもらったのでわかります。下町の焼酎ハイボールは、お店独自のエキスを使うのが特徴なんですよね!

 

奥野木 うちのはウイスキーのハイボールを思い浮かべてエキスを作ったから、琥珀色なんですよ。ぜひ飲んでみてください!

↑薄く琥珀色に色づいた「元祖焼酎ハイボール」(330円 ※表記価格はすべて税抜き・以下同)

 

中村・藤原 では……カンパ~イ!

 

中村 ああ~、おいしいっ! いいキック(炭酸がよく効いているという意味)が入った爽やかな味で、スイスイいけちゃいます!

藤原 お! 前回教えたキックの使い方覚えましたね(笑)。しかし、この「元祖焼酎ハイボール」、あいかわらず安定感のあるウマさですね!

 

奥野木 「伯父は、すごい飲み物を考えたな」と思いますよ。甘くしようと思えばできたし、酸味を強くしようと思えばできたと思うんですけど、そのバランスが絶妙なんです。

 

藤原 確かに、飽きのこない味わいです。単独で飲んでもおいしいし、料理によく合うところも素晴らしい!

 

奥野木 「同じ味はほかにはないから」って、これしか飲まない常連さんも多いです。

 

藤原 氷がとけても味が変わらない配合になっていて、ずっとおいしく飲めるってのもすごいですよね。

 

中村 この味って、昔から変わっていないんですか?

 

奥野木 変えていないですね。エキスのレシピは当時と同じです。ちなみに、いまエキスのレシピを知ってるのは、僕とお袋と本店の伯母さんだけですね。うちのかみさんも知らないですから。

 

中村 うわぁ、秘伝のレシピなんですね! なんだか感動です!

↑ボトルに入った秘伝のエキスを手にする奥野木さん

 

↑炭酸はサーバーから注入。昭和30年代にはすでにサーバーを導入し、ガス圧を上げて強炭酸で提供していたそう

 

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海外のホテルでも腕を振るっていた店主の料理に舌鼓

中村 焼酎ハイボールを飲んだら、食欲がわいてきました。そろそろおつまみも頼んでみたいです! 定番はどれですか?

 

奥野木 創業当時から変わってないのが、煮込みと串カツですね。

 

中村 いいですね、ではそれをお願いします! 藤原さんは、いつもどんなものを注文するんですか?

 

藤原 三祐酒場さんの場合は、その日の気分で決めるかな。この焼酎ハイボールはどんな料理にも合うし。

 

中村 あ、煮込みが来ましたね。藤原さん、この煮込みは前回の「大林」さんと同じで、もつとこんにゃくが入った「上州スタイル」ですね!

↑「にこみ」(450円)。具材は数種のもつとこんにゃくに、あしらいの青ねぎのみ

 

藤原 そう、しっかり覚えていて素晴らしい! しかも三祐酒場さんはこんにゃくが白と黒の2種類入っていて手が込んでいますね。

 

中村 もつとこんにゃくの食感が楽しい! 味付けも濃すぎず薄すぎず、バランスが絶妙。焼酎ハイボールとの相性もバッチリですね。

 

奥野木 次はもうひとつの定番、串カツをどうぞ。

↑「串かつ」(500円)

 

中村 えっ、これが串カツ? すごい大きさ! ……あ! 豚バラ肉のスライスをミルフィーユ状に重ねて揚げているんですね。ジューシーだけど重くなくて、玉ねぎの甘味とお肉の脂がマッチしていてすごくおいしい!

藤原 こちらも手が込んでますよね。肉が噛み切りやすくて、ちょっとずつ食べたいおつまみとしても最適。味が濃厚なぶん、すっきりとした焼酎ハイボールがよく合う!

 

中村 お品書きを見ると、旬の料理もありますし、本格的な和食があったり、洋風や中華風もあったりとバラエティ豊富ですよね。こういった料理はどこで覚えられたんですか?

↑「お祭り納豆」(650円)は一般的に「ばくだん」と呼ばれる一品。仕入れによって変わる数種の刺身に納豆と卵黄を混ぜて、のりで巻いて味わいます

 

奥野木 実は以前、板前の修業で外資系のホテルにいたこともあって、そのときに東南アジアとタヒチにも行きましたね。厨房では洋食や中華のコックも一緒だったので、いろんな料理を覚えました。自分がこの店に戻ってからは、魚河岸から仕入れた素材を使った正統派の和食も増やしましたし、食べごたえのある料理は充実したと思います。

 

中村 この焼酎ハイボールはどんな料理にも合うから、これだけメニューがバラエティ豊富だとうれしいですよね!

↑「しめ鯖」(650円)をはじめ、活きのいい魚も魅力です

 

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かつてこの界隈は「日本一の会社」の労働者でにぎわった

中村 ところで藤原さん、前回は「下町に大衆酒場が多いのは、川沿いの工場で働く労働者のニーズを満たすため」とおっしゃってましたけど、この辺りもそうなんですか?

 

藤原 お、いいところに気がつきましたね。その通りです! ここは墨田川と荒川に挟まれていますし、昔この辺には曳舟川も流れていて船による物流に便利だったため、工業が発展したんです。なかでも有名なのは、鐘淵紡績(かねがふちぼうせき)で、関連の工場もたくさんあったはずですよ。この鐘淵紡績は現在のカネボウ化粧品の前身でもあります。

↑古地図を取り出して解説する藤原さんと、興味津々の中村さん

 

中村 あ、 鐘淵紡績の「鐘」と「紡」をとってカネボウになったんですね!

 

藤原 そう。自動車が一般的になる前は紡績が産業の花形で、鐘淵紡績は日本一の会社と呼ばれたぐらい栄えていたんですよ。

 

中村 なるほど~。それで街と酒場もにぎわっていたというわけですね。

奥野木 ええ、小さな町工場も多かったです。昔は路地裏に入ると、工場から機械油のにおいがプンプンしていましたからね。土間がある長屋で夫婦が営む手工業もたくさんありました。小規模だから、その日の仕事が午後2時とか3時とか、早く終わる日もあるんですよね。そうなると、奥さんは自分の時間がほしいから、旦那にお小遣いを渡して外へ追い出すんです。

 

藤原 わかります! 私も町工場が多い立石の出身なので。

 

奥野木 うちも高度経済成長期は特に、仕事終わりの職人さんでにぎわっていたと聞いてます。当時は14時ぐらいから開けて、15時にもなれば満席で。でも、晩酌は家で楽しむから、あくまでひっかけるだけ。銭湯に行って、うちで軽く飲んで帰るみたいな形ですね。

 

中村 銭湯帰りに一杯なんて、それも楽しそう!

 

奥野木 ちなみに、この辺りの銭湯や居酒屋は、いろんな情報が集まる地域の社交場だったんです。隣の人と仲良くなって仕事を紹介してもらう、といったことがよくあったようですよ。そういう文化って、人がたくさん住んでたからこそなんでしょうね。……でも80年代に入って、バブルを境に産業や業界の構造が変わって、街の様子や人の流れも変わっていきました。

 

藤原 寂しいですけど、時代の流れですよね。でも、だからこそ、昔の面影を残す大衆酒場が恋しくなるんです。

 

中村 確かに、懐かしい雰囲気に包まれるとほっとしますよね。それに、「戦後にみんなが飲んでいた焼酎ハイボールを、今自分が飲んでいる」なんて思うと、何だかしみじみしちゃいます。

 

藤原 この近くには、僕が「酎ハイ街道」と名付けた鐘ヶ淵通りがあって、その辺りのお店もまた雰囲気がいいんですよ。

 

中村 「酎ハイ街道」って、酎ハイ(焼酎ハイボール)のおいしいお店がたくさん並んでるってことですよね。今度、行ってみたいです!

 

藤原 いいですね! じゃあ次は「酎ハイ街道」沿いの名店で飲みましょう。

 

中村 やったー! ぜひお願いします!

 

大衆酒場と酎ハイの魅力にどっぷりハマったご様子の中村さん。次回はどんなお店を訪れるのか、ご期待ください!

撮影/我妻慶一

 

<取材協力>

三祐酒場 八広店

住所:東京都墨田区八広2-2-12

営業時間:17:30~翌2:00

定休日:日曜

※新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、営業時間等に関しましては、店舗にお問い合わせください(取材日:2020年12月23日)

 

「東京・大衆酒場の名店」バックナンバーはこちら▼

・第1回 【東京・大衆酒場の名店】この緊張感は何だ? 行列しても入りたい立石「宇ち多゛」の強烈な魅力の噺

・第2回 【東京・大衆酒場の名店】初心者女子と楽しく学ぶ! 篠崎「大林」の魅力と「下町酒場の成り立ち」の噺

 

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