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2021/4/20 17:30

知っておきたいワインの蘊蓄。ソムリエが解説する「ドイツワイン」の5産地にまつわる話

自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

 

「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズの「フランス」「イタリア」に続く今回は、「ドイツ」。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

【関連記事】
ワインの世界を旅する 第1回 ―フランスと5つの産地―
ワインの世界を旅する 第2回―イタリアと5つの産地―

 

ドイツワインを旅する

ドイツワインには、とかく“甘い”というイメージがつきまとっているようです。それは長い歴史のなかでは、20世紀後半のほんの短い時期に多く出回った「リープフラウミルヒ」などの量産ワインによる影響が大きいように思います。“ヨーロッパのワイン大国”といった印象もありますが、生産量でいえばフランス、イタリアの5分の1ほど。そして、そのただ甘いだけのワインのためか、日本のワインショップでは取り扱いも少なく、見かける機会も限られるワイン産地なのかもしれません。

 

ですが、現代、つまり21世紀のドイツワインは明らかに変化し、より良質なワインを多く産出しています。ただ甘いだけのワインが減少傾向なのはもちろん、辛口の比率は増え、他国のワインには見られない個性も見られるようになっています。そして赤ワインは、世界中の産地と比較しても引けを取らない出来栄えです。これを一部の好事家(こうずか)だけのものにしていていいのでしょうか? 愛好家にもワイン初心者にも、間口を広く、奥行きを持って親しめるワイン産地が、21世紀以降の現代ドイツワインなのです。

 

ドイツにおけるワインの歴史は、紀元前、古代ローマ時代にさかのぼると言われ、古代ローマ人が入植した際には、ライン川やモーゼル川にはリースリングの祖先である「ヴィティス・ヴィニフェラ」の野生種「ヴィティス・シルヴェストリス」が自生していたと言われています。リースリングは、ドイツにおける重要なブドウ品種で、現在でも全体の4分の1を占めており、世界中のリースリングはドイツをひとつの規範としています。リースリングに限らずドイツワインの7割ほどは辛口(トロッケン、ハルプトロッケン、ファインヘルプ)(※)に造り上げられていますが、最高級品に位置する極甘口の「トロッケンベーレンアウスレーゼ」もまた、前述のただ甘いワインとは一線を画す、ドイツワインの真骨頂といえる偉大なワインです。

※ドイツでの辛口の呼称
・Trocken(トロッケン)=辛口
・Feinherb(ファインヘルプ)=中辛口より辛口
・Halbtrocken(ハルプトロッケン)=中辛口

 

[目次]
・ラインガウ
モーゼル
フランケン
バーデン
ファルツ

 

ラインガウ 〜父なるラインが東西に流れる銘醸地〜

フランクフルト空港から、電車で約1時間の距離にあるリューデスハイムを中心としたラインガウは、ワインの街。リースリングが生まれた土地であり、ブルゴーニュの「クロ・ド・ヴージョ」のようにシトー派修道僧が植樹したといわれる歴史ある数々の銘醸畑が集まっています。街の南側を流れるライン川は、ヨーロッパの南北を縦断する大動脈であり、急勾配のブドウ畑や自然に囲まれた古城を眺めるクルーズ船が運航されています。その距離、リューデスハイムの対岸マインツからケルンまでおよそ180kmに及び、さまざまなコースが用意され、観光に訪れた際には外せない楽しみのひとつです。

 

ライン川は、基本的には南北を縦断する河川ですが、リューデスハイムからヴィースバーデンまでの約20kmに渡って東西を流れるかっこうになり、そのため、南側斜面の畑への照り返しが、晩熟のリースリングを完熟させるのに大きな役割を担っています。また、もっとも希少なワイン「トロッケンベーレンアウスレーゼ」は、天候に恵まれた年に川から立ち上る霧によってもたらされる貴腐菌によって生み出されます。ラインガウもまた、21世紀になってからより多くの生産者がその恵まれた栽培環境を活かして、今まで以上の高品質なワインが造られるようになった産地です。とくに生産量の大半を占める辛口のリースリングは、フレッシュで冷涼感のある果実、鮮烈と表現される酸、細く強いストラクチャーを持った良質なワインばかりになりました。

 

下写真の「ソヴァージュ=野生」と名付けられたリースリングは、言ってみれば広域ラインガウのワインですが、その味わいの水準の高さは他の銘醸地と比較しても目を見張るほどで、この地域の優れたテロワールを証明しています。ライン川に自生していたといわれる野生ブドウの末裔と思うと、ワインにいっそう奥行きを感じ、楽しめるかもしれません。

 

Georg Breuer(ゲオルグ・ブロイヤー)
「“Sauvage”Riesling2018(ソヴァージュ・リースリング2018)」
2900
輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ

 

次のページで取り上げるのは、川の両岸にブドウ畑が広がる、景観の美しいモーゼルです。

モーゼル 〜ベルンカステル・クースから望む雄大な景観〜

フランスのヴォージュ山脈を源にするモーゼル川。古都コブレンツでライン川につながるまでの長い距離(蛇行しながら240kmにも及びます)の両岸急斜面に、ブドウが植えられています。モーゼルでは、素晴らしいワインのほぼすべてがリースリングから造られており、ふたつの支流、ルーヴァー川流域はドイツ最古といわれ、もう一方のザール川流域では、ドイツ最高のワインと誉れ高い「シャルツホフベルガー」が生み出されます。また、モーゼル川の中流域にある街、ベルンカステル・クースは川を挟んだふたつの街並みが一体となって、モーゼルのワイン醸造の中心としての役割を担っています。

 

モーゼル川流域ではおおむね南向き、南西向きの斜面にブドウ畑が広がっているのですが、大きく蛇行する河川は街から8kmに渡って北西に延び、夏に訪れると、川面に南西向きの壮大なブドウ樹の緑が映し出される素晴らしい景観が、見渡す限り続きます。モーゼル川は、その長い流域の多様な個性から“ブルゴーニュのコート・ドール”と比較されることもありますが、訪れるタイミングに恵まれた人にとって、景観の美しさという点では、モーゼルに軍配が上がるのではないでしょうか。

 

モーゼルワインをひと口に表現するのは難しいのですが、下写真のような辛口トロッケン(残糖9g)のほか、爽やかと表現していいフルーティーな「カビネット」や「シュペトレーゼ」といった中辛口、中甘口のワインの質の高さにあると思います。これらのワインは、かつての量産ワインとは一線を画す味わいで、多様なテロワールから繊細な甘みと柑橘のような酸味の奥には火打石のようなニュアンスやスパイスやハーブのニュアンスと、なにしろ一本筋の通った地域ごとの個性を感じ取ることができるのです。モーゼルのワインは、ちょっと玄人向けのイメージもあるのですが、比較的アルコール度数の低いワインも多く、むしろワイン初心者のほうが、素直にその良さを感じ取ることのできるワインだと思うのは私だけでしょうか。

 

Dr. Loosen(ドクター・ローゼン)
「Riesling Trcoken2018(リースリング・トロッケン2018)」
2600
輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ

 

次のページで取り上げるのは、瓶の形でも個性を表現したワインの産地、フランケンです。

フランケン 〜ボックスボイテルは高品質の証?〜

下写真のワインのような、ずんぐりと丸いボトルをご覧になったことがあるでしょうか? フランケンの「QbA」(指定栽培地域上質ワイン)という格付けのワインだけが詰めることのできる瓶で、「ボックスボイテル」(山羊のふぐり袋)と呼ばれています。

 

元々は、18世紀に品質の劣悪なワインと区別するため、フランケンワインの品質証明として瓶詰めされるようになって以降現代に至るまで残る、伝統的なボトルデザインです。ドイツワインと言うと、細長いボトルに瓶詰めされることが多いのですが、フランケンワインは味わいにおいても、ほかのドイツのワイン産地とは少し毛色が違っています。主役のブドウ品種はリースリングではなく「ジルヴァーナー」、かねてから産地全体として極辛口に仕上げるワインが主流という点で、ほかの多くのドイツワインとは、見た目だけではなく味わいでも、異なったキャラクターを表現しています。

 

ドイツの文豪・ゲーテは、妻への手紙の中で、「何本かのヴュルツブルガーを送ってくれ。此処のワインは私にとっては美味しくなく、困っている」と綴ったと伝えられています。ここでいう“ヴュルツブルガー”とは、フランケンのワイン生産の中心都市、ヴュルツブルグ産のワインという意味で、このことからも18世紀初頭からフランケンワインは、ドイツワインの中でも独自の個性を持っていたことがうかがえます。

 

一部の希少な甘口も造られており、伝え聞くところでは驚くほど長命なワイン(300年を超える熟成に耐える)のエピソードもあるのですが、現在では極辛口が主流です。リースリングに比べ酸が穏やかである点、柑橘から南国フルーツのような繊細ながら豊かな果実の柔らかさ、そして芯のあるミネラリティがフランケンのジルヴァーナーの特徴となり、好む人にとってはハズレのない、信頼できるワイン産地なのです。残念ながら日本では、ドイツの白ワインは一部の愛好家のためのような雰囲気もあるため、ワインショップでボックスボイテルに巡り会うことは少ないかもしれません。でももし出会えたなら、フランケン産であることを確認してレジに持って行くことをすすめます。他国のワインで似たボトル形状の量産ワインがあることだけご注意ください。

 

Störrlein Krenig(シュテアライン・クレニッヒ)
「Randersacker Sonnenstuhl Silvaner2018(ランダースアッカー・ゾンネンシュトゥール・ジルヴァーナー2018)」
3300
輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ

 

次のページで取り上げるのは、ドイツの赤ワイン産地として先駆者的な役割を担う、バーデンです。

バーデン 〜地球温暖化とドイツの赤ワイン〜

地球温暖化と技術革新によって、ブドウの栽培地域は年々広がっています。北半球ではイギリス、そしてロシアが加わり、中央アジアの栽培もこれからより本格的なものになっていくでしょう。従来“北限の産地”として白ワインのイメージの強いドイツでも「シュペートブルグンダー」(≒ピノ・ノワール)の栽培面積は、この20年で倍増したと言われています。

 

そして、ドイツの南端に位置しフランス、スイスと国境を接する、元々比較的温暖な気候であったバーデンにとって、温暖化の影響は晩熟であるシュペートブルグンダーの栽培にいち早く成功する、ひとつの要因になりました。現在では、ドイツのシュペートブルグンダーのおよそ半分を占め、ドイツの赤ワイン産地としては先駆者的な役割を担う産地です。

 

そうはいっても、かつて協同組合の廉価ワインの割合が高かったこの産地が、意欲的な生産者によって素晴らしい赤ワインを産み出すようになったのは、やはりつい最近のことなのです。下写真のベルンハルト・フーバーの設立は1987年、「18世紀から続く~」といったよく耳にするワイナリー紹介と比較すれば、ほんの最近のことのようにも思えますが、7世紀頃にはピノ・ノワールの存在が文献に残されていたことを考えると、この地域の赤ワインの歴史は“古き伝統を踏襲しながら新たな一歩を刻んだところ”と言ってもいいのかもしれません。

 

ブルゴーニュのピノ・ノワールは、世界中の愛好家をその官能性で魅了していますが、ようやくブルゴーニュ以外の産地のピノ・ノワールに、徐々にスポットライトが当たるようになってきました。バーデンには、ドイツのリーディング的なシュペートブルグンダー産地として、期待せずにはいられません。

 

そして、温暖化はもうここまでにしないといけないという思いは、ワインに関わるすべての人が気持ちを同じくしているテーマでもあるのです。

 

Benhard Huber(ベルンハルト・フーバー)
「Malterdinger Spätburgunder2016(マルターディンガー・シュペートブルグンダー2016)」
5000
輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ

 

最後に取り上げるのは、ドイツにおける新進の“ワイン産業の街”、ファルツです。

ファルツ 〜ドイツを代表するワイン街道を抱く産地〜

フランスのアルザス地方の北と国境を接するファルツには、南のシュワイゲンから北のボッケンハイムまでの85kmに渡って、ドイツ最大のワイン街道が縦断しています。ファルツでは年間で大小200ほどのワイン関連のイベントが催されており、8月の終わりには、ワイン街道を通行止めにし、街や村では地元の料理やワイン、民芸品に至るまで思い思いのお店が立ち並んで、地元の人や観光客を楽しませます。こうした取り組みは産地全体を盛り上げることに成功し、ファルツはドイツ第2位のワイン産地、ワインショップやレストランも充実した“ワイン産業の街”と言われるようになりました。

 

この地域でも、主役はリースリング。辛口であってもみずみずしい蜜のような味わいをワインにもたらし、比較的温暖なファルツらしさを表現しています。ですが、今回紹介するのはバーデンに続いて赤ワインです。下写真の「フリードリッヒ・ベッカー」は、フランス国境沿いに拠点を置く彼の地のシュペートブルグンダーの先駆者的存在で、“ピノ・ノワール”の名前を冠したクリュ・ワインは、ドイツでも最高の評価を得ています。産地全体としては、バーデンほどシュペートブルグンダーが主流ではないものの、最近のワインガイド誌での上位に、新たな生産者のシュペートブルグンダーが数多く食い込む現象が起きています。

 

ブルゴーニュ同様にピノ・ノワールに向く石灰質を含んだ土壌が多く、これからのドイツの赤ワイン産地として、バーデンに続く銘醸地のポジションが期待されます。ドイツワインは甘い、ドイツは白ワインの産地、というのは過ぎ去った20世紀の過去の話。ドイツのピノ・ノワールはブルゴーニュ、オレゴンやニュージーランドに続いて、世界でも最高の品質水準にあります。よりピノ・ノワールの官能性や滋味深さを表現するワインに出会える機会は、これからどんどん増えていくことでしょう。ドイツの赤ワインのこれからを楽しんでいただけたら何よりです。

 

Friedrich Becker(フリードリッヒ・ベッカー)
「Doppelstück Spätburgunder2016(ドッペルシュトゥック・シュペートブルグンダー2016)」
3300
輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ

 

※ワインの価格はすべて希望小売価格です

 

【プロフィール】

ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)

カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/