自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。
「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズは、フランスから始まりイタリア、ドイツ、そしてオーストラリアと取り上げてきました。今回は、オーストラリアに続くワイン新興生産国であるアメリカ合衆国。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。
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アメリカワインを旅する
アメリカのワインをはじめとして、いわゆる“新世界”と呼ばれる新興生産国のワインが世界中で楽しまれるようになったのは、ここ40~50年ほどのことです。日本でもワインに親しむ人が増えていった時期をふり返っても、それほど時間の差はないように思え、世界中の人とモノがそれまで以上に行き来をするようになっていった時代の流れと合わせて、ワインはそれぞれの生産国の文化として息づいてきたのではないでしょうか。
ワインの世界で「アメリカワイン」に注目が集まることになったひとつのきっかけとして、1976年に開催されたパリ・テイスティング(パリスの審判)を無視することはできません。
これは、パリでワインショップとワインスクールを営んでいたスティーブン・スパリエの呼びかけで、9人のフランス人テイスターがパリのインターコンチネンタルホテルに集まり、カリフォルニアの白赤6銘柄ずつとブルゴーニュ特級と1級の白4本、ボルドー1級2級の赤4本をブラインドで採点するというアメリカ建国200年を記念して企画されたイベントでした。有名三ツ星レストランのオーナーやシェフ、ソムリエ、格付け委員会や原産地呼称の審査官、グルメやワインメディアの重鎮といったワインのプロフェッショナルが審査するなか、白ワイン赤ワインともにカリフォルニアワインが一位になったのは有名な出来事です。
現在でもフランスといえばワイン、ワインといえばフランスというイメージは大きいですが、当時の世界のワイン事情を鑑みるに今以上にそのイメージは強かったと考えられます。なによりフランスで催され、フランス人の審査による結果と思うと、アジアのワインがフランスのトップワインに勝利を収めるようなインパクトだったのではないかと想像しています。
そして興味深いのは、タイム誌の記者ジョージ・テイバーがワインスクールの受講者であった縁で、このパリ・テイスティングの取材のために現場に居合わせたことです。彼はこの試飲会の様子を記事にしてタイム誌に掲載し、また連載コラムを持っていたニューヨーク・タイムズでも取り上げました。
この際にギリシャ神話をモチーフにして付けたタイトルは「パリスの審判」。その優れたネーミングセンスによって以後、世界中でこの出来事はそう呼ばれるようになったのです。そう思うと、こういった情報が海を越えて瞬時に伝わる時代の始まりでもあったのかもしれません。
最高のフランスワインに負けない品質のワインが造り出せる、という自信を手にしたカリフォルニアのワイン産業は、これを機に質、量ともに急速な発展を遂げ、1970年時点では全米で440軒のワイナリーしかなかったのが、2018年時点では約1万3500軒まで増えることになります。このパリスの審判の際に赤ワインで2位だったシャトー・ムートン・ロートシルトと、モンダヴィの合弁としてオーパス・ワンが1979年に造り出されたことも、因果がなかったとは考えられません。
現在のアメリカワインを取り巻く環境は世界で最も華やかで不足がありません。ロバート・パーカーの創設した『ワインアドヴォケイト』、世界最多の発行部数を誇る専門誌『ワインスペクテイター』といったメディア、ワインに関する学術研究で世界をリードするUCデイヴィス校、そして何より資本と意欲ある人々の流入。スペイン、フランス、イタリアに次いで世界第4位のワイン生産国となったアメリカのワインが、これからどういった立ち位置を示していくのかは、ワインに関わる人にとっても、一般消費者にとってもとても興味深いトピックスなのです。
[目次]
1. カリフォルニア州ナパ・ヴァレー
2. カリフォルニア州ソノマ・カウンティ
3. カリフォルニア州サンタ・バーバラ
4. オレゴン州ウィラメット・ヴァレー
5. ワシントン州
1. カリフォルニア州ナパ・ヴァレー
− ディズニーランドに次ぐカリフォルニア第2の観光地 −
ナパの街から北へ向かってセント・ヘレナを経由し、カリストガへ向かう国道29号線は、南北50kmに渡り、両側に有名ワイナリーが軒を連ねるワイン街道です。年間500万人もの観光客は、この国道29号線とワイントレインでナパ・ヴァレーを往来し、“世界最高”といわれるこの産地のワインツーリズムを満喫します。
現在ナパ・ヴァレーには、400余りのワイナリーが運営されていますが、ヨーロッパの銘醸地を除くと抜きんでた地価の高さ、ブランディングされた少量生産のワインには高額な値がつくこの産地にワイナリーを所有することは、特別なステイタスでもあるため、異業種で財を成した実業家の新規参入は後を絶たず、ワイナリーは増え続けています。
シャンパーニュやブルゴーニュ、ボルドーと比較しても、これほどハイブランドが数多くある産地は珍しく、ナパ・ヴァレーはアメリカのみならず世界のワイン産地のなかでも特別な存在になっています。主役であるカベルネ・ソーヴィニヨンは収穫期に雨が降らないこともあり、生産者の思う完熟度を反映して、色濃く滑らかで芳醇なワインに仕上がり、その安定感とキャラクターは“ナパ・ワイン”としての唯一無二といっていいほどの個性を獲得しています。
アメリカの原産地呼称にあたる“AVA”(American Viticultural Areas=政府認定栽培地域)では、ほぼ全体を包括するナパ・ヴァレーAVAの他に、その多様な土壌構成(世界の土壌目の半数を占める)と気候によって16の“サブA.V.A”が区分けされており、「AVAロス・カーネロス」や「AVAワイルド・ホース・ヴァレー」のようにブルゴーニュ品種が中心の地域もありますが、基本的にすべての産地で、カベルネ・ソーヴィニヨンは植えられています。1976年のパリスの審判で白ワインの一位「シャトー・モンテレーナ」はAVAカリストガ、赤ワインの一位「スタッグス・リープ」はAVAスタッグス・リープ・ディストリクトに拠点を構えています。ロバート・モンダヴィのAVAオークヴィルには多くのハイブランドが軒を構えるなど、ナパ・ヴァレー全てのAVAに有名ブランドが散らばるさまは、満点の星空を思わせるほどです。
ナパ・ヴァレーを特別にしているのは、その多様な土壌とブドウ栽培に適した気候、高地でのカベルネの成功、ブランディングと枚挙にいとまがありませんが、もっとも核となっているのは、そのひとつひとつのきら星のようなワイナリーなのではないかと思います。恵まれた栽培環境と生産者の意欲と志の集合体が、ナパ・ヴァレーという、フランスワインにも比肩しようという一大産地を造り上げている様に思えるのです。
Hendry(ヘンドリー)
「Cabernet Sauvignon2015(カベルネ・ソーヴィニヨン2015)」
1万500円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
2. カリフォルニア州ソノマ・カウンティ
− カリフォルニアの高級ワインはソノマから始まった −
1848年に始まったカリフォルニアのゴールドラッシュは、当時人口200人ほどの開拓地だったサンフランシスコに、数万人の人々を集めたといいます。そのなかの一人だったハンガリーからの移民、アゴストン・ハラジィが、約300品種ものヨーロッパ系ブドウを持ち込んだことから、カリフォルニアワインの歴史が始まりました。彼が1857年に設立したカリフォルニア初めての商業ワイナリー「ブエナビスタ」は、所有者こそ変わりましたが、今もソノマの街東部の渓谷に残っています。
マヤカサス山脈を挟んで東に隣り合わせるナパ・ヴァレーと並んで、カリフォルニアを代表する銘醸地であるソノマには、素晴らしいブルゴーニュ品種を産み出すトップワイナリーがひしめき合っています。「マーカッシン」やAVAロシアン・リヴァー・ヴァレーの「Jロキオリ」「キスラー」といった北部のピノ・ノワールは、愛好家にとってブルゴーニュの銘醸ワインと同じか、時としてそれ以上に心を揺り動かされるワインであり、AVAロス・カーネロスのシャルドネは、生産者の個性を表現した芳醇で欠点のない味わいを醸し出しています。そういったソノマの珠玉のワインのそれぞれは、ハイブランドというよりも希少なローカルワインといった雰囲気で、メーリングリストに登録した顧客を中心に流通しています。
ただ、そういった高級ピノ・ノワールとシャルドネだけが、ソノマのワインではありません。土壌型はソノマだけで30を超え、フランス全土を上回る土壌多様性を持っているため、ブドウ品種のバラエティ豊かな産地でもあるのです。
カリフォルニア独自のブドウとして栽培されている「ジンファンデル」は、イタリアの「プリミティーヴォ」、クロアチアの古代品種「ツールイェナック・カステランスキー」と遺伝子的には同一であり、クロアチア由来でアメリカに渡ったといわれています。この品種がカリフォルニアにもたらされたのも、やはりゴールドラッシュの時代でした。そして独自の名前、歴史、スタイルを持ったアメリカの伝統的なブドウ品種として、現在でも盛んに栽培されています。
写真のオールド・ヒル・ランチは、ソノマでももっとも古い畑のひとつで、ジンファンデルを中心にさまざまな品種のフィールド・ブレンド(畑に複数品種の混植)のワインです。カリフォルニアワインのルーツ、オリジナルはソノマ・カウンティに今も残っており、中心都市のひとつ美食の街として知られるヒールスバーグに軒を連ねるレストランのワインリストには、多様なソノマワインがオンリストされています。
Bucklin(バックリン)
「Old Hill Ranch Field Blend2018(オールド・ヒル・ランチ・フィールド・ブレンド2018)」
オープン価格
輸入元=布袋ワインズ
3. カリフォルニア州サンタ・バーバラ
− カリフォルニアで最も冷涼なワイン産地 −
ロサンゼルスから車で2時間ほどの距離にあるサンタ・バーバラは、スペイン風の街並みと美しい海岸風景が人気のリゾート地です。ワイン産地としてはナパ・ヴァレーやソノマほど一般的に知られていなかったかもしれませんが、日本で2005年に公開されたワインを題材にしたロード・ムービー『サイドウェイ』は、サンタ・バーバラを舞台にしていました。
ピノ・ノワール好きの主人公が、親友の結婚前に独身最後の旅としてサンタ・バーバラのワイナリーやレストランを巡る物語の中では、地域のピノ・ノワールの数々がスクリーンに登場し、『ミリオンダラー・ベイビー』を抑えてアカデミー脚色賞を獲得したことからも大ヒット、サンタ・バーバラがピノ・ノワールの銘醸地として広く知られるようになることにひと役買った作品です。ちなみに、日本でも小日向文代さん、生瀬勝久さん主演でリメイクされましたが、こちらはナパ・ヴァレーを舞台にしています。
ピノ・ノワールは早熟品種なため、温暖な気候だと早く熟してしまい、本来持っている魅惑的な風味を育むことができませんが、カリフォルニアでもっとも涼しいサンタ・バーバラでは、ピノ・ノワールの生育に適した気候的な優位性をふたつ挙げることができます。
ひとつは沿岸部に山がないため海からの冷たい風を直接受け、夜間には霧が畑を覆うことで生育期にはブルゴーニュと変わらない平均気温であることから、ブドウの成熟をゆっくりと進めることができます。もうひとつは、ブルゴーニュやソノマに比較して収穫期の降水量が少なく、急いでブドウを摘む必要性がありません。結果として、非常に長い生育期間のなかで、サンタ・バーバラのピノ・ノワールはブルゴーニュのような酸味、ソノマのような果実味を併せ持った一種独特な芳香のあるワインを産み出します。
この記事を読んでいるワイン好きの方で、映画『サイドウェイ』をまだご覧になっていないようでしたら、ぜひ一度鑑賞していただきたいと思います。その際には、ワインショップでサンタ・バーバラのピノ・ノワールをご用意することも忘れずに。
Domaine de la Cote(ドメーヌ・ド・ラ・コート)
「Pinot Noir Bloom’s Field2018(ピノ・ノワール・ブルームス・フィールド2018)」
1万2000円
輸入元=中川ワイン
4. オレゴン州ウィラメット・ヴァレー
− 一人の情熱がオレゴンを銘醸地に −
映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台はオレゴン、架空の町キャッスル・ロックはウィラメット・ヴァレーの南ブラウンズビルで撮影されました。作品で描かれている1950年代は、オレゴンのワイン生産は微々たるもので、おそらくワイナリーそのものは数軒ほど、ヴィティス・ヴィニフェラを栽培している農家は2軒しかなかったということです。海岸山脈と東側に位置するカスケード山脈に囲まれたウィラメット・ヴァレーは、カリフォルニアに比べずっと涼しく雲の多い産地で、ブドウ栽培には不向きだと考えられていました。
そんなオレゴンが銘醸地としての歴史を始めるのは、1960年代のこと。ピノ・ノワールを手掛けたいという夢を抱いたデイヴィット・レットは「冷涼な気候で、日当たりのよい丘陵地」というブルゴーニュに似た環境をウィラメット・ヴァレー、ダンディー・ヒルズの南向き斜面に見出しました。1966年に始まったデイヴィット・レットの挑戦では、1979年に仏ゴ・エ・ミヨ誌の主催するブラインド・テイスティング・コンテスト「ワインオリンピック」でジ・アイリー・ヴィンヤーズのサウスブロック・リザーブ・ピノノワール1975が入賞することで、早くもオレゴンのピノ・ノワールの存在が知れ渡ることになりました。ウィラメット・ヴァレーにピノ・ノワールが植えられてからわずか13年で、ブルゴーニュと肩を並べるワインを造り上げてしまったのです。現在では800近くまでワイナリーは増え、栽培面積の60%にピノ・ノワールが植えられています。
オレゴンのピノ・ノワールもぜひお試しいただきたいのですが、今回ご紹介するのはオレゴンの代表的白ワインのピノ・グリです。オレゴンでは当初、カリフォルニアで主流であったクローンが多く植えられていましたが、晩熟で生育期間が長いという特徴が適さず、ピノ・ノワールの亜種であるピノ・グリが主役の座を射止めました。芳醇なアルザスなどのピノ・グリに比べ、香りとボディのある辛口に仕上げられるオレゴンの白ワインは、日本でももっと親しまれていいワインだと考えています。
The Eyrie Vineyards(ジ・アイリー・ヴィンヤーズ)
「Pinot Gris2018(ピノ・グリ2018)」
4000円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
5. ワシントン州
− コストパフォーマンス抜群、ワシントンワインの未来は明るい −
アメリカ西海岸の最北に位置するワシントン州は、カリフォルニアに次いでアメリカで2番目にワイン生産量の多い州です。それでも、カリフォルニアに比較すると10分の1ほどの生産量でもあり、知名度も日本人にとって広く知られているとはいえず、いかにカリフォルニアワインが質、量ともにアメリカワインの中心地であるかがうかがえます。ワシントンの中心都市であるシアトルは、野球チームやスターバックスと日本でも馴染みのある街なのに、ワインが知られていないのは残念でなりません。
ただ、ワシントンのワイン産業のめざましい発展ぶりは近年のことで、ここ20年ほどでワイナリーは10倍ほども増え、1000軒を超えるほどだといいます。大きくはカリフォルニアに比べ地価が安いこと、ブドウ栽培農家からのブドウの購入がオレゴンに比べ盛んなため、畑を持たず醸造設備だけのワイナリー開業もできると、新規参入のハードルが低いのです。
主だったブドウ畑はオレゴンとの州境から内陸に広がっており、シアトルからはだいぶ距離がありますが、シアトル都市部から車で30分ほどの距離にあるワイン村ウッディンヒルには、小規模ワイナリーが200軒ほども集まっていることからもわかるように、栽培と醸造の分業が他の産地よりも一般的になされ、造られるワインも複数の農家の生産するブドウを混合することも多く、ワイナリーの立地とブドウ畑は直接結びついていません。
ラベル表示も広範囲を網羅するAVAコロンビア・ヴァレーやより柔軟な「ワシントン」といった表記も多い一方、徐々に自家栽培や単一畑表示のワインも増えてきています。
赤ワインではボルドー品種に加え、広く栽培されてきているのがシラー。フルーティーでみずみずしい完熟感を楽しめるワインが、リーズナブルな価格帯から高級レンジまで幅広く造られ、ローヌともオーストラリアともまた違った個性を持っています。個人的にもっとも期待しているのは、リースリングをはじめとしたゲヴュルツトラミネールやピノ・グリといった芳香のあるアルザス品種です。
今現在でも、驚くほどのお値打ちワインに出会えますが、今後ブドウ樹が古くなり、新しい生産者もヴィンテージを重ねることでより素晴らしいワインを産み出すであろう未来がたやすく想像できるワイン産地が、ワシントンです。アメリカワインに馴染みのない方でも機会がありましたら、ワシントンのリースリングをお試しください。
Dunham Cellars(ダンハム・セラーズ)
「Riesling Lewis Estate Vinyard2015(リースリング・ルイス・エステート・ヴィンヤード2015)」
3150円
輸入元=オルカ・インターナショナル
※ワインの価格はすべて希望小売価格です。
【プロフィール】
ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)
カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/