自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。
「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズは、フランスをはじめとする古くから“ワイン大国”として名を馳せる国から、アメリカなどの“ワイン新興国”まで、さまざまな国と産地を取り上げてきました。今回は、ワイン新興生産国であるニュージーランド。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。
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ニュージーランドワインを旅する
ニュージーランドのワインというと、どのようなイメージを持っているでしょうか? ひと時脚光を浴びたのは、フレッシュで活き活きとしたソーヴィニヨン・ブラン。その他の産地では真似のできないような明快な味わいは、世界中のワインファンを驚かせ、現在ではオーストラリアと並んで、オセアニアをワイン地図の重要な一角に位置づけました。
それならさぞかし歴史のあるワイン大国だろう、と思えばそうでもなく、ワイン用ブドウのひとつ「ヴィティス・ヴィニフェラ」種がこの地に広く植えられるようになったのも、1970年代になってからとつい最近のこと。国土は日本の70%ほど、人口500万人という規模のニュージーランドは、世界のワイン生産量のシェアで見れば1%にも満たない小さな国なのです。
そんな小さな島国が、世界中のワインパーソンに注目されるきっかけとなったのは、何よりその独自の個性を表現したソーヴィニヨン・ブランの存在でした。1980年前後に発表された初期のマールボロ産のソーヴィニヨン・ブランは、すぐに注目と投資を集め、今日に至るまで重要な品種であり続けています。2018年にはブドウ畑の6割、輸出ワインの9割近くを占めるほどにまで成長し、“ニュージーランドワインの歩みはこの国のソーヴィニヨン・ブランの歩みとセミイコール”と言っていいほど、主役であり続けているのです。
たったひとつのブドウ品種が、一国のワインの歴史を運命付けたと思うと、とても興味深く思えませんか? もちろん「ニュージーランドワイン」はソーヴィニヨン・ブランだけではありません。脇を固めるワイン産地も、それぞれ独自の魅力を持っていますから、ひとつずつ順に紹介していきたいと思います。
【目次】
1. マールボロ
2. ワイララパ地方マーティンボロー
3. ホークス・ベイ
4. セントラル・オタゴ
5. ノース・カンタベリー
1. マールボロ
− 小さな町ブレナムはワインにおいての中心都市 −
南島の北東端に位置するマールボロ地方の中心都市ブレナムは、人口3万人ほどの小さな街。日本でいえば、山梨県甲州市と同程度の人口と考えると、その規模がイメージしやすいかもしれません。今ではニュージーランドのワイン生産の中心となったマールボロに、ソーヴィニヨン・ブランが植えられたのは1975年のこと。それから4年後の1979年に初めて、マールボロ・ソーヴィニヨン・ブランが瓶詰めされました。
マールボロで造られたソーヴィニヨン・ブランには、当初から原産地であるフランス・ロワール地方のワインにはない、グレープフルーツやトロピカルフルーツのようなボリュームのある果実味に加え、その特徴であるキレのあるヴィヴィッドな酸も保たれた、特別な風味がありました。その特異性、優位性にいち早く気づいたのが、西オーストラリアの生産地、ケープ・メンテルのデヴィッド・ホーネン。ワイナリー「クラウディー・ベイ」を設立し、マールボロ・ソーヴィニヨン・ブランを代表するブランドとして、世界中で大流行を巻き起こします。
現在では、ニュージーランドのブドウ畑の約70%がこの地域に集中しており、そのうちの85%をソーヴィニヨン・ブランが占めています。つまり“ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブラン”として、日本をはじめ世界中に輸出されるワインのほとんどは、この地域から産出されているのです。ワイン生産が今ほど活発になる前には、牧羊を中心とした畜産や織物が主な産業でしたが、小さな街ブレナムはそれからわずか30年ほどの間に、ニュージーランドのワイン生産とともにワインツーリズムの中心地としての役割を担うようになりました。
2018年には、ブレナムの鉄道駅舎だった建物が「ザ・ワインステーション」というテイスティング施設に生まれ変わり、有名ワイナリーからセラードアを持たない小さなワイナリーまで、地元のワインを幅広く紹介するようになりました。
マールボロほどその国のワインの入り口にふさわしい産地は世界を見渡しても珍しく、そのフルーティーさとフレッシュな酸、清々しい青さを併せ持った魅力的なニュージーランドワインを、ぜひ一度お楽しみいただければと思います。
Totara(トタラ)
「Marlborough Sauvignon Blanc2019(マールボロ・ソーヴィニヨン・ブラン2019)」
2450円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
2. ワイララパ地方マーティンボロー
− ロマネ・コンティのクローンがマーティンボローの主流 −
マールボロで初めてソーヴィニヨン・ブランを植えたモンタナ社による、1973年の政府研究機関に依頼した地質調査では、マーティンボローがもっともブドウ栽培に適した土地だという結果が出ました。けれども、その最適と判断された土地面積は狭く小さいものだったため、モンタナ社が本格的なワイン生産を行うために選んだのは、マールボロの広大な土地でした。
マーティンボローは北島の南端、首都ウェリントンから車で1時間ほどの距離にあります。はじめてブドウが植えられたのは1883年という記録がありますが、20世紀初頭の禁酒運動で生産は途絶え、近代ワイン生産の歴史はマールボロより少し遅れて、1980年前後に始まります。先の地質調査では、フランス・ブルゴーニュと似た自然環境によってもっともブドウ栽培に適しているとみなされたマーティンボローでは、現代に至るまでピノ・ノワールが中心に栽培されており、ブルゴーニュ由来の穂木「エイベル・クローン」が主に植えられています。
1970年代、ニュージーランドの税関職員だったマルコム・エイベルは、ロマネ・コンティの畑から違法に持ち帰られた穂木を没収します。これを検疫所で検査した後に自身の所有するオークランド近郊のブドウ畑に植えたことで、「エイベル・クローン」は産まれました。このクローンをマーティンボローの主要ワイナリーのひとつである「アタ・ランギ」のオーナー、クライヴ・ペイトンが譲り受けたことで、ロマネ・コンティを起源とするブドウ樹が広がり、マーティンボローのピノ・ノワールの歴史において重要な要素のひとつとなるに至りました。
まるで、よくあるワインのネットショップの売り文句のようですが、ニュージーランドのピノ・ノワールは歴史が浅いながら、ソーヴィニヨン・ブラン以上に高品質ワインを生産する可能性を秘めているのも事実です。そして後述するセントラル・オタゴやカンタベリーといった、同国内のピノ・ノワールの成功しているライバル産地との競合も、この国のピノ・ノワールの今後を楽しみにさせてくれる醍醐味でもあるのです。
Ata Rangi(アタ・ランギ)
「Crimson Pinot Noir2018(クリムゾン・ピノ・ノワール2018)」
4200円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
3. ホークス・ベイ
− 北島の東海岸ホークス・ベイは歴史あるブドウ産地 −
1851年に、フランス人宣教師がブドウを植えたホークス・ベイは、ニュージーランド国内では歴史のあるワイン産地です。南半球に位置するニュージーランドは、北島の方が温暖で、東海岸ホークス・ベイはボルドー品種やシラーといった赤ワイン品種を完熟させられる産地。とくにヘイスティングズの北西ギムレット街道周辺のやせた砂利、小石の土壌は、ニュージーランドでもっともカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローに向いている地域とされています。その地域は「ギムレット・グラヴェルズ」と呼ばれ、1990年代以降に栽培農家による奪い合いが起こるほどの人気を集めました。「グラヴェル」とは石ころという意味。つまり“ギムレットの砂利土壌”という畑名になっているのです。現在ではニュージーランドの10~12%ほどの生産量があり、マールボロに次いで第2位の規模のワイン産地になっています。
ただ、ボルドー品種の赤ワインはあまりにも世界中にライバルが多く、ニュージーランドの長い生育期間と寒暖差を反映した個性的なワインということでは、個人的にシラーに注目しています。オーストラリアのシラーズとはまた違う、酸の強調されたシラーはニュージーランドのソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワールに次いで代表的なブドウ品種になる可能性があるように思えるのです。
また、ホークス・ベイの二大都市ネイピアとヘイスティングズは、アールデコ様式の建築で統一された都市として知られています。私自身もニュージーランドには訪れたことがないのですが、各地のワインの新鮮な可能性に触れるたびに、また海外旅行ができる状況になったらもっとも訪れたいワイン産地として、思いを巡らせています。
Trinity Hill(トリニティ・ヒル)
「Hawkes Bay Syrah2018(ホークスベイ・シラー2018)」
3000円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
4. セントラル・オタゴ
− 世界最南端のワイン産地で完熟するピノ・ノワール −
ニュージーランドの中心都市・クイーンズタウンには、南半球でも最高といわれるスキー場があり、四季折々の雄大な自然は、ニュージーランドを代表するリゾートタウンとして知られています。そして、この地域がワイン生産に向いていることは、19世紀末から知られていました。
1881年には、オーストラリア・シドニーで開催されたワイン品評会で、セントラル・オタゴ産の「バーガンディ」が金賞を受賞した記録が残っているほどですが、やはりニュージーランドの他の産地同様、一度ブドウ栽培は途絶え、本格的に再開されるのは1970年代に入ってからのことでした。このように「ブルゴーニュ」の英語読みであるバーガンディというワインが造られていたことからもわかるように、主流はピノ・ノワールですが、再びこの産地に注目が集まるまでには、そこから100年以上の時間がかかりました。
1997年に初めてリリースされた「フェルトン・ロード」は、評価誌から高評価を獲得、瞬く間にピノ・ノワールの未来を担う産地としてセントラル・オタゴが注目されるようになりました。短い夏の寒暖差、収穫期の乾燥は、素晴らしいピノ・ノワールに必要な長い生育期間をもたらし、驚くほどピュアな果実味と複雑さ、エレガントさを兼ね備えたワインを産みだします。それでは“マーティンボローとどちらが優れたピノ・ノワール産地なのか?”という議論が起こりますが、全体的にブドウの樹齢はセントラル・オタゴの方が若く、その答えは現在進行形で簡単には決着しそうにありません。
ただ、日本の多くのワイン愛好家がブルゴーニュを偏愛している様子を見るにつけ、マーティンボローとセントラル・オタゴのピノ・ノワールに、もっと目を向けてもいいように思えます。それはヴォーヌ・ロマネとジュブレ・シャンベルタンの相違と同じように、魅惑的なテーマでもあるのです。
Felton Road(フェルトン・ロード)
「Pinot Noir BannockBurn2015(ピノ・ノワール・バノック・バーン2015)」
7200円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ
5. ノース・カンタベリー
− プレミアムワインの冷涼産地カンタベリー −
南島の主要都市であるクライストチャーチを包むように広がるカンタベリーは、ニュージーランド随一のプレミアムワイン産地となりつつあります。素晴らしく優しい口当たりのリースリングや、ブルゴーニュを思わせるピノ・ノワールとシャルドネは、短い歴史を感じさせないほどで、世界の最高峰のワインに肉薄するほどの味わいです。
元々、ボルドー品種には涼しすぎることから、ブドウ栽培には不向きとみなされていた地域だったカンタベリーが、わずかな期間で注目される産地になったのには、それを覆したパイオニア的な存在がいます。多くのワインパーソンを送り出しているクライストチャーチのリンカーン大学で、ブドウ栽培を教えていたダニエル・シェスターは、この地域でのピノ・ノワールやリースリングといった冷涼品種の可能性を見出し、1970~80年代に醸造用ブドウ栽培の礎をつくりあげます。そして、今からわずか30年前の1991年に初リリースされた「ペガサス・ベイ」のリースリングが、カンタベリーのプレミアムワインに歴史の一歩を踏み出させました。
そう思うと、1997年に設立された「ベルヒル」は、世界的に見れば新しいワイナリーかもしれませんが、この産地のなかで考えれば老舗の部類に入るのかもしれません。リリースからほどなくニュージーランドでも最高峰、ブルゴーニュのムルソーに匹敵するという高い評価を勝ち得たベルヒルは、その生産本数の少なさ(シャルドネの初期は1樽300本ほど)から日本では知る人も少ないワインでした。ブルゴーニュでも最高の土壌とみなされる石灰岩がむき出しになった産地を選び抜き、カンタベリーのテロワールを信じた末の品質と思うと、感慨深さすらあります。
ピノ・ノワールももちろん素晴らしく、各産地にこういったプレミアムワインが産まれ愛好家にも広く知られれば、現在のブルゴーニュ偏重の価値観にも変化をもたらすのではないかと期待しています。
Bell Hilll(ベルヒル)
「Chardonnay2016(シャルドネ2016)」
1万8000円
輸入元=ワイン・ダイヤモンズ
※ワインの価格はすべて希望小売価格です。
【プロフィール】
ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)
カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/