ラーメン好きミュージシャンとして有名なサニーデイ・サービスの田中貴さんが、2作目の著書として2021年12月27日に上梓した「ラーメン狂走曲」。ラーメンマニアの間からも絶賛の声が上がるなか、「一度ラーメン談義したいっす!」とラブコールを送ってきたのが“プロ営業師”“プロ飲み師”と称される高山洋平さんです。
高山さんは「ラーメン二郎」に1年で108回行ったことがあるほか、さまざまな店を食べ歩くラーメン好き。田中さんも「喜んで!」ということで対談が実現、その模様をお送りします。場所は同書にも載っている飯田橋の「びぜん亭」より。
●田中 貴(左):サニーデイ・サービスのベーシストであり、バンドは現在ニューアルバムをレコーディング中。CSフジ「ラーメンWalkerTV2」のメインMCをはじめ、テレビ・ラジオ出演、ラーメン関連のコラム執筆も多数。TBS系「マツコの知らない世界」では「ご当地ラーメンの世界」を熱く紹介。
●高山洋平(右):インターネット広告企業のアドウェイズに入社後、その子会社として2014年に株式会社おくりバントを創業。“プロ営業師”として多数の企業や大学にてセミナーの講師を務める。「ラーメン二郎」(特に目黒店)をこよなく愛し、高円寺「中洲屋台長浜ラーメン初代 健太」の常連でもある。
高山さんが「ラーメン狂走曲」に感銘を受けた点のひとつが、ほかのラーメン本にはない独自の観点で店主やラーメンが書かれていること。なかにはラーメンマニアですら驚く希少な情報もあり、「こりゃラーメン通のバイブルっす!」と高山さんは同書への愛を田中さんに語ります。
希少性のひとつが、かつて新宿御苑前にあった「佐高」の茂木佐高店主と田中さんとのツーショット。そんな話題から対談は始まりました。
実は饒舌で優しいという店主はけっこういる
高山:僕の飲み仲間に、ラーメンに超詳しい友人がいるんですけど、佐高さんの笑顔は超スゴいって言ってました。
田中:そうそう。佐高さんはふだん寡黙だから、取材もNGなのかなって思ってたんです。でもあるとき食べに行ったら何かの記事がお店に貼ってあって。それで僕も聞いてみたらあっさりOK。しかも「昔から来ていただいてますね」って。
高山:営業中は寡黙で怖いけど、実はよくしゃべるし優しい店主さんってけっこういますよね。
田中:この本でいえば、大山の「Morris(モリス)」とか。
高山:「もー、最初っからこの笑顔見せてよー」ってやつですね。僕も、特に二郎(「ラーメン二郎」)好きだからいろんなとこに行くんですけど、例えば仙川店の大将の眼光が鋭いのは一生懸命なだけですから。
田中:二郎の店主さんはそのパターン多いですね。千住大橋駅前店の大将は僕飲み友だちですけど、普段はめちゃくちゃ気さくで面白い人ですし。
高山:「ラーメン狂走曲」は特に人にフォーカスしてるなっていう印象なんですけど、ラーメンの味はもちろん、そこにいる人も魅力だっていうことですよね。
田中:そうですね。僕が好きな店を振り返ってみると、ラーメンのウマさはもちろん重要なんですけど、そこの人がイチから作ってるってことも大切なんだろうなって思います。
高山:大事ですよね。だからセントラルキッチンでスープを作ってるチェーンよりも、店内で炊いている個人店がいいし、麺も自家製がいい。二郎と、ヘタな二郎インスパイアとの違いも、ひとつはそこにあると思います。
田中:高山さんがこの本を読んで、特に気になる店ってどこでした?
高山:行ったことのない店ですと、例えば「らーめんタンポポ」(荒川区新三河島)とか。修業もせず人気店の食べ歩きもしないで作り上げちゃった、天才的なラーメン。一刻も早く行きたいです。
田中:田平店主っすね、ゆるいけど個性の塊みたいな。3種の鶏皮をベースにした、独創的なこってりラーメンがあるかと思ったら、宍道湖(しんじこ)のシジミで作った「たんぽぽラーメン」があったり。
高山:「しじみくん」っていう、店主自らが描いたキャラクターの絵が飾られてるんですよね。気になってしょうがないっす!
都合のいいところだけパクる二郎系はダメ!
田中:高山さんはジロリアンでもあると思うんですけど、一番行くのってどこの二郎ですか?
高山:「ラーメン狂走曲」にも取り上げていただいた、メグジ(ラーメン二郎 目黒店)です! 108回行った年も6割はメグジで、いつもコラコラ(コラーゲンコラーゲン=コラーゲンマシマシ)でオーダーしてます。
田中:6割! じゃあ若林さん(目黒店の若林克哉店主)とも親しいんですか?
高山:よくしていただいてますけど、恐れ多いです。僕にとって若林さんは大スターなので。でも以前メグジが25周年を迎えたタイミングで、お菓子を買って「おめでとうございます」って持っていったんです。
田中:目黒は1995年オープンだから、2020年ですか。
高山:そしたら、山田総帥(「ラーメン二郎 三田本店」の山田拓美店主)が喜寿祝いと生前葬やったときのグッズをお返しにいただけて。思わず嬉し泣きしちゃいましたね。
田中:常連ならではですね~。
高山:メグジも本店も高校生のときから通ってましたし、感無量でした。
田中:高山さんは、インスパイア系には行かれるんすか?
高山:それこそ、メグジの助手が2019年に開業した「らーめん玄」とかは行きますけど、基本的には本家の二郎ですね。本家だからこその味ってのもありますから。
田中:二郎なら醤油だったり、家系なら「吉村家」ならではの酒井製麺など食材の独自性もありますし、さらに本家や直系は、そこならではの心意気にグッときますよね。
高山:大事ですよね。インスパイアするほうも、味をマネするだけじゃなくて、リスペクトや感謝の気持ちがなきゃいけないと思います。
田中:僕、二郎の心意気は価格にもあると思うんです。だって、目黒の「小ラーメン」は500円で、本店だって「ラーメン」600円でしょ。それなのに、セコいインスパイアは量が少ないのに平気で900円とか1000円とか。
高山:田中さんも「ラーメン狂走曲」で、「自分に都合のいいところだけパクッて、大事な心意気は真似しないとはどういう了見だ」って、ビシッと書かれてますよね。
田中:上っ面じゃダメなんです。でも、こういう話をしても「味がおいしければいいんじゃない?」っていうラヲタ(ラーメンオタク)もいるんですよ。
高山:ほんとですか? 僕のまわりのラヲタは、精神論も含めて語りますけどね。
田中:そう、でもそれ最近思うんです。もしかしたら高山さんも僕も、何かを創り出す側の人間だからかもしれないなって。
高山:と、言いますと?
田中:創り出すってことは、生みの苦しみを知ってるわけですよね。だから味を創り出すことの凄さもわかる。でも、そうじゃなければ凄さもわからないし、創り出すことへの敬意も生まれないと思うんです。
高山:パクりとかっていう部分では、ラーメン以外にも当てはまるかもしれませんね。影響は無意識のうちに受けるからいいんですけど、そこに敬意がないと悪用になってしまいかねませんし。
田中:そうそう。例えば音楽でも、新しいジャンルになるような凄い作品が生まれたとして、もちろんそれはいろんな影響を受けたうえで創り出されているんです。でも、その作風をマネした二番煎じのようなバンドや曲には魅力がないですし、オリジナルを超えることもないですから。
高山:ところで、田中さんはどこの二郎によく行くんですか?
田中:なんだかんだでよく行くのは、家から近くて遅くまでやってる歌舞伎町店(「ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店」)です。
高山:飲んだあとに食べられる二郎だ。イイですよねー。
田中:泥酔して二郎食べるなんて最高ですよ(笑)。量も少なめなので二郎好きからは下に見られがちかもしれませんが、全っ然! 直系だしちゃんとウマいですから。インスパイア店とは比べ物にならないですよ。色々あったんですけど、歴史も長くて、90年代後半にはありましたね。僕、リキッドルーム(ライブハウス)が歌舞伎町にあった頃から行ってましたし。
高山:おお~! あの頃のカブジ(「ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店」のこと)は、BGMがメタルかパンクしかかかってなかった記憶があります。
田中:営業時間長くて杯数も出るから、確かに他の二郎とは劣ってるところもあったけど、新代田店(「ラーメン二郎 環七新新代田店」)の辻本店主が店長になった頃から劇的に変化したんですよね。
高山:新代田店の辻本さん、ENGINEってバンドもやってますよね。CD買ったことがありますけど、店内に「CD買っても対応は変わりません」みたいに書いてあって(笑)、最高っす!
田中:あったあった。当時の辻本さん、朝は三田本店で麺を打ちに行って、夜は歌舞伎町店でも麺打って、みたいなことやってたから同じ麺を新宿で味わえたんですよ。
高山:そのあとの店員は、けっこう入れ替わってますよね。
田中:はい。僕は辻本さんのあとは、外国人の店員と仲良くやってましたね。通常ではやってもらえないカスタムもしてもらったり。あんまり行ったことないのに真似する人が出てくるから教えませんけど(笑)。
ラーメン界の奇才・「がんこ」家元のエピソード
高山:「ラーメン狂走曲」は、レジェンドのエピソードが載ってることも魅力ですけど、僕が気になったのは家元(「一条流がんこラーメン総本家」の一条安雪店主)とカラオケに行ったという話。あれはどういういきさつで?
田中:ネットやSNSが発達して、「一条流がんこラーメン総本家」もいまや大行列になっちゃったんですけど、いまの四谷三丁目に前身の「ふわふわ」が開業した2011年から数年間は、そこまで並ぶほどじゃなかったんです。
高山:そうだったんですね!
田中:もともと人気はありましたけど、行列といっても限定メニュー目当てにファンが押し寄せるとかで、一般の人が早朝から並ぶなんてことはなかったです。だから僕もよく通ってて、家元とふたりきりなんてこともありましたよ。
高山:それもあって取材を受けてくれたんですかね。
田中:「これが最後だな」みたいなことはおっしゃってましたけどね。でも、お店が混んでなかったから家元も元気で、よく飲み歩きもしてたんですよ。で、家元のお店にも「カラオケ大会やります」みたいに貼り紙がしてあって。
高山:なるほど! そりゃ行きますよね。
田中:はい。カラオケとか普段はまずやらないんですけど、家元と飲めるなら行きたいなと思いまして。
高山:田中さんを押しのけて1位になったおっちゃんもスゴいですね!
田中:まあ、僕は歌う人ではないんで(笑)。そんなこんなで、家元にはいろんな話を聞かせてもらいました。ラーメン屋になる前はマッサージ師をやってて、でも職場の人と話すのが面倒だからと2年くらい中国人のフリをしてたとか。そんなあるとき、家元が友人と居酒屋で楽しく飲んでたら偶然にも同僚が来ちゃったみたいで、「日本語しゃべってる!」って腰を抜かしたって言ってました。
高山:面白過ぎる! 昔から奇人だったんですね(笑)!
田中:ほかにも、若い頃はボディビルダーをやってたって言ってました。初めて聞いたときは、二つ返事で「そうなんですか」みたいな会話だったんですけど。そのあとお店に行ったら「前に話したボディビルの写真、出てきたんだよ」って。それを見たら、めちゃめちゃガチなのが出てきたんです。
高山:わっ、スゴ(笑)! でも確かにこれ、家元ですわ。ちなみに、こういう家元の伝説ってよく知られた話なんですか?
田中:どうですかね? がんこのファンやラヲタは知ってるでしょうけど。あとは2016年に出した1冊目(「サニーデイ・サービス 田中 貴 プロデュース ラーメン本 Ra:」)に、「一条流がんこラーメン総本家」の取材を通して家元のエピソードも詳しく書きました。
田中 貴は国際的な評価が高いラーメン映画に出演
高山:そろそろラーメン食べたくなってきました。
田中:いいですね、では注文しますよ!
高山:ありがとうございます! そういえば、田中さんは「びぜん亭」にもよく来るんですか?
田中:ここって飲めるのも魅力じゃないですか。で、あるとき来たら、知り合いの人が偶然いて、大将(「びぜん亭」の植田正基店主)とも仲がいいってことでよく来るようになったんです。
高山:「びぜん亭」はドキュメンタリー映画にもなって、田中さんも出演されてるんですよね?
田中:そうなんですよ。アメリカ人のジョン・ダッシュバックさんが監督の作品で、去年から世界中の映画祭に出品してます。
高山:必見ですね!
田中:ラーメンも来たし、いただきましょうか!
高山:あ~染み渡る! ラーメンがウマくて雰囲気もよくて、お酒も飲めるって最高ですね。今日はたくさんお話も聞けて、めっちゃ楽しかったです。
田中:僕も楽しかったです。また語りましょう!
高山:ぜひお願いします! 僕、中野や高円寺でラーメン仲間とよく飲んでるのでお誘いさせてください!
田中:ぜひぜひ!
【取材協力店】
びぜん亭
住所:東京都千代田区富士見1-7-10
営業時間:11:30〜21:00頃まで
定休日:土、日曜、祝日
取材・文/中山秀明 撮影/我妻慶一