【意外と知らない焼酎の噺07】
これまで、焼酎の歴史や、造り方について深掘りしてきた本シリーズですが、ここからはその飲み方などの”実践編”。今回のテーマは「チューハイ」です。おそらくお酒好きなら誰もが一度は飲んだことがある「チューハイ」の誕生から、現在に至るまでの歴史やおいしい飲み方などを、大衆酒場にまつわる著書を数多く上梓している藤原法仁(のりひと)さんと、雑誌『古典酒場』創刊編集長の倉嶋紀和子さんにアツく語ってもらいました。様々な角度から「チューハイ」について紐解いていきます。
そもそも「チューハイ」とは?
甲類焼酎の飲み方には、ストレートやロック、あるいは飲みやすくするためにエキス(シロップ)を足して飲む梅割り、ぶどう割りなどがあります。ただ、どれもアルコール度数は20度〜25度(35度もある)と高め。ですから、割り材(※)で割って飲むのが一般的と言えます。その代表的なものが「チューハイ」。語源は焼酎の炭酸割り「焼酎ハイボール」であり、焼酎の”酎”とハイボールの”ハイ”で「酎ハイ=チューハイ」と言われています。
※割り材:酒を割って飲むための炭酸水や果汁などのこと
もともとは焼酎の炭酸割りから派生した「チューハイ」ですが、現在は焼酎だけでなく、ウォッカやジンなどの蒸留酒を、炭酸水などで割ったアルコール飲料を総称して「チューハイ」と呼ばれているようです。
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それでは、まずは「チューハイ」の定義から考察していきましょう。「チューハイ」はビールや清酒と違い、酒税法上の品目ではありません。また現在、業界団体など民間の統一基準がないため厳格な定義もなく、何をもって「チューハイ」とするかの明確な規定はありませんが、藤原さんはどのようにお考えなのでしょうか?
藤原「この自由さが、ある意味『チューハイ』の面白さかもしれませんが、『チューハイ』と銘打たれた酒類に共通する特徴は2点あります。ひとつは、蒸留酒をベースとしていること。もうひとつは、アルコール含有率が低い(おおむね10度未満)ことです。
ちなみに、『チューハイ』は酒税法上ではリキュール(エキス分が2度以上)あるいはスピリッツ(エキス分が2度未満)に分類されます」
倉嶋「『チューハイ』は下町の『焼酎ハイボール』がルーツと言われますもんね。以前に藤原さんが紹介した『三祐酒場 八広店』の回で詳しく触れていました」
藤原「はいはい。今はなき『三祐酒場 本店』のご主人(奥野木祐治さん)が1951(昭和26)年にアメリカ進駐軍の駐屯地で飲んだ『ウイスキーハイボール』に感銘を受けて生まれたのが『元祖焼酎ハイボール』だったという話ね」
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倉嶋「『ウイスキーハイボール』はつまり、ウイスキーの炭酸割り。諸説ある『ウイスキーハイボール』の由来のひとつにも、炭酸の泡(泡の玉=ボールが上昇する様)説がありますもんね」
「ハイ」と「サワー」の違い
「チューハイ」と似たものに「サワー」がありますが、実際はほとんど同じ意味で扱われています。居酒屋などの店舗によっては無糖の炭酸水で割ったもののみを「チューハイ」と呼び、香料や甘味を含む割り材を用いたものは「サワー」と区別する例もあるようです。
そして「サワー」といえば、レモンサワーを思い浮かべる人が多いでしょう。確かに「サワー」は英語(SOUR)で酸っぱいという意味ですから、味のイメージとしてもリンクします。では、実際の起源はどこにあるのでしょうか。
倉嶋「ルーツは中目黒(目黒区)に本店がある『もつ焼きばん』(1958/昭和33年創業。2004年に立ち退きで閉店するも、2014年に中目黒で復活)だといわれています。
昭和30年代には焼酎を炭酸水で割ったものを『タンチュー(炭酎)』などと呼んでいたそうです。一方、ジンを炭酸水などで割ったカクテル『ジンサワー』も知られるようになっていて、ならば焼酎をベースにした『チューサワー』があってもいいのではないかと。でも、当時の焼酎は安い格下の酒というイメージが強かった。そこで『チュー』も省いて『サワー』と名付けてしまおうということになったのだとか。
加えて、1958(昭和33)年といえば映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の時代。東京タワーが建設されるなど経済成長期にさしかかっていたため、生レモンも入手しやすくなっていました。そうして、生のレモンを入れたサワーを名物ドリンクとして発案。これがレモンサワーのルーツだと聞いています」
倉嶋さんのおっしゃったレモンサワー誕生の由来には、実は諸説あります。例えば「もつ焼きばん」の公式サイトには、「名前のなかった『タンチュー』にレモンを加えたさわやかな飲み物。その飲み心地を伝えるため創業者である小杉正さんが“爽やか=サワー”と命名し『レモンサワー』が誕生した」とありますが、どちらも正しいのでしょう。
そして、レモンサワーを世に広めた立役者が、目黒区武蔵小山の飲料メーカー、博水社のロングセラー割り材「ハイサワー」。こちらのストーリーは藤原さんが教えてくれました。
藤原「定番であり、『ハイサワー』シリーズの第1号である『ハイサワー レモン』は1980年の発売。そのヒントになったのは、同じ目黒区にあった『もつ焼きばん』のレモンサワーなんです。やがて割り材として『ハイサワー レモン』は大ヒット。『わ・る・な・ら・ハイサワー』のCM効果もあって『サワー』も広く知られるようになりました」
また、ウーロンハイや緑茶ハイなど炭酸が入っていないものに「ハイ」がよく使われるという声もあります。ただ、本来は「ハイボール」の「ハイ」なので、炭酸は入っているはず。そのあたりについて藤原さんに伺いました。
藤原「『炭酸水を使わないなら“緑茶ハイ”ではなく“緑茶割り”が正しい』と言う人もいますね。それと『炭酸水ナシはチューハイじゃない』とか『緑茶ハイはチューハイじゃない』という人もいるかもしれません。僕も気持ちはわかるんです。でも、ウーロンハイや緑茶ハイなどの『お茶割り』も、広義では『チューハイ』に含まれると思います。緑茶割りではなく、緑茶ハイとして売り出しているお店もたくさんありますし、ほとんどのお酒好きは『どっちでもいい』と思っているのではないですかね。そこに関しては目くじらを立てるほどではないかなと思いますよ」
倉嶋「そうなんですよね。私も緑茶割りやウーロン茶割りは雑誌『古典酒場』を制作する上でも表記が難しかったなって、今でもよく覚えています」
藤原「ええ。定義がないですから、それがひとつの答えなのかなと。できれば、それぞれの由来は諸説を含めて知っておいたほうがいいのかなとは思いますけどね。よくないのは、根拠がない情報で理解したつもりになって、そこから『チューハイとは○○であり、○○は違う』とか発信したり断定しちゃったりすること。うーん、あらためて『チューハイ』って奥が深いですね」
エキスを使う「チューハイ」の酒場が東京東部に多い理由
では、1951(昭和26)年に「三祐酒場 本店」で生まれたとされる「焼酎ハイボール(チューハイ)」は、どのようにして広まり定着していったのでしょうか。人気となった背景には、戦後のウイスキー(ハイボール)人気の一方で、ビールやウイスキーの値段の高さ(代替としてのチューハイ)が関係しているとか。
藤原「これも諸説あるのですが、共通点は当時ネガティブな香りが強かった焼酎をおいしく飲むための工夫。風味づけのために梅やぶどうのエキスを焼酎に入れたり、口当たりを爽快にするために炭酸水で割ったり。当時としては一見風変りに見えたレシピが酒文化となり、大衆酒場を中心に花開いたのです。
トレンドの発信地となったのが、東京の下町。その理由は、かつては界隈に高度経済成長期を支えた町工場が多く、大衆酒場は労働者の社交場として栄えたから。また、さらに歴史をさかのぼると、もともと江戸は水路の街で、川を使って船で物流を行っていたから。川沿いを中心に産業が栄えて人が集まり、街が発展。大きな河川のそばにあった古い街のなかには、船が使えるという利点を生かし、工業地帯として発展していったケースも多いのです」
倉嶋「特に下町の『チューハイ』として根付いているのは、焼酎+炭酸水+エキスのタイプです。このエキス文化は東京の大衆酒場でも、都心部には下町ほど多くは見られないと思います。都心部のホワイトカラー労働者は、ビールやウイスキーハイボールを好んだからという背景もあると考えられます」
「チューハイ」はこうして全国区になった
東京のローカルな飲み方として発展した「チューハイ」ですが、1980年代になると全国に拡大していきます。このトレンドをより深掘りすると、1970年代に起こった「ホワイトレボリューション(白色革命)」が深く関係していると倉嶋さんは言います。
倉嶋「全国的な傾向でいうと、高度成長期には洋酒人気に火が付いたため焼酎の消費量は落ちていました。しかし、アメリカでは1974(昭和49)年に、バーボン人気をウォッカが上回るムーブメント『ホワイトレボリューション』が起こります。この流れを受け、クリアな蒸留酒のブームが日本にも到来すると予想され、1977(昭和52)年に宝焼酎「純」が誕生。やがて狙い通り、1980年代にはチューハイブームへとつながったのです」
藤原「もうひとつチューハイブームの一翼を担ったのが、居酒屋チェーンの台頭ですよね。今日お伺いしている『村さ来(むらさき)』はその代表格。1号店は1973(昭和48)年開業の世田谷・経堂店です。当時、『村さ来』は『養老乃瀧』『つぼ八』と並び“居酒屋御三家”と呼ばれ、1980年代には全国規模へ拡大していきました」
倉嶋「特に『村さ来』は果汁や甘くて色の鮮やかなシロップを使って、カクテルのような『チューハイ』をバリエーション豊かに展開したことで有名ですよね。このカジュアルさが当時の若者に受けると予想したんでしょうね。今日久々に飲みましたけど、懐かしいです! 若返った気分になりました」
藤原「ええ、懐かしいですね! 僕らみたいな呑兵衛は、濃いめで注文するのがいいのかも。ちなみに、氷やシロップを入れることでアルコール度数が低くなって飲みやすく、さらに原価率が抑えられて儲かることもポイントだったと思います。他の居酒屋チェーンも取り入れたことで一気に『チューハイ』が親しまれていくことになるんですね。
そして、1980年代のチューハイブームの火付け役として忘れてはいけないのが、さっき話した『ハイサワー』と、『缶チューハイ』の誕生です」
倉嶋「そう、日本初の缶入りチューハイ『タカラcanチューハイ』。1984(昭和59)年に発売されるやいなや大ヒットし、いまも続くロングセラーですよね」
藤原「その通り! まとめると、偉大な焼酎『純』の大ヒットによるチューハイブーム、カクテルのように甘くてバリエーション豊かな『チューハイ』を提供する居酒屋チェーンの拡大、『ハイサワー』のヒット、『缶チューハイ』の誕生。これらが、『チューハイ』が全国区になった要因といえるでしょう」
酒場通のふたりが好きな「チューハイ」と居酒屋
最後はおふたりに、お気に入りの「チューハイ」について伺いました。まずは、好きな「チューハイ」と、おいしい「チューハイ」を作るコツから。
藤原「僕はやっぱり、エキスと炭酸水の黄色い『チューハイ』が一番好き。僕の中では『チューハイ』といえば下町の『焼酎ハイボール』ですから。甲類焼酎とエキスを先に混ぜた“焼酎ハイボールの素”を作って冷やしておいて、さらにキンキンに冷やした炭酸水を先にグラスに入れてから“焼酎ハイボールの素”を入れるレシピがベスト。できれば氷はナシ。レモンスライスを入れるのもアリで、その場合も炭酸水を入れる前。こうすると、炭酸水とともにレモンがピーッと上がって美的にも素晴らしいんです」
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倉嶋「さすが藤原さん。先に炭酸を入れるのは、墨田区あたりに多いスタイルですね。私は特にコツというほど実践していることはなく、甲類・本格(乙類)焼酎両方とも使いますし、レモンも使ったり使わなかったりなんですが、最近のお気に入りは宝焼酎『レモンサワー専用』です。やさしいコクと、ほんのりハーブ系なニュアンスがあってレモンの香りが立つし、炭酸水で割るだけでもおいしい。あと、タイ系などスパイス料理との相性がピカイチでオススメです」
次はオススメの「チューハイ」に合うおつまみ、そして「チューハイ」を提供するオススメのお店を聞きました。
藤原「最近のマイブームおつまみはハムエッグ。卵はよく焼いてあるのが好きです。そしてお店は、東向島(墨田区)にある大衆酒場『岩金』。両手に炭酸水の小瓶をもって、一気に2杯ぶんの『チューハイ』を作る技があって衝撃を受けたんです。僕はあれを“炭酸二本差し”と名付けました」
倉嶋「炭酸水とは、目の付け所がさすが藤原さんですね! 私の好きなお店は東十条(北区)の『埼玉屋』さんです。グラスのふちに塩を付けるソルティドッグ風のレモンハイが絶品で。『チューハイ』って、ひとつのカクテルなんだなぁと感銘を受けました。名物の焼きとんとの相性も抜群ですし」
あらためて、「チューハイ」の歴史や魅力を存分に語り合った藤原さんと倉嶋さん。ぜひ本稿を参考に、多彩な「チューハイ」を飲み比べてみてください。
【取材協力】
村さ来 中野北口店
住所:東京都中野区中野5-64-5 サンピオーネビル 4F
営業時間:17:00~24:00(L.O.23:30)
定休日:なし
※価格はすべて税込みです
※営業時間等に関しましては、店舗にお問い合わせください(取材日:2022年9月2日)
撮影/鈴木謙介
記事に登場した商品の紹介はこちら▼
・宝焼酎
https://www.takarashuzo.co.jp/products/shochu/takarashochu/
・宝焼酎「純」
https://www.takarashuzo.co.jp/products/shochu/jun/
・宝焼酎「レモンサワー専用」
https://www.takarashuzo.co.jp/products/shochu/lemonsour/
・タカラcanチューハイ
https://www.takarashuzo.co.jp/products/soft_alcohol/regular/
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