【意外と知らない焼酎の噺10】
『古典酒場』編集長の倉嶋紀和子さんがナビゲーターとなって探っていく「意外と知らない焼酎の噺」。今回のテーマは、前々回の「ホッピー」、前回の「ハイサワー」に続く焼酎の割り材として、“幻”ともいわれる希少なエキス「ホイス」にスポットを当てます。
これまで取材はほとんど受けてこなかったとのことで、ベールに包まれた部分が多い「ホイス」ですが、今回は代表自らお話を聞かせてくれることに。有限会社ジィ・ティ・ユー(後藤商店:東京都港区白金)の後藤竜馬社長を訪ねました。
※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です。
「ホイス」誕生前年に生まれた「梅乃甘精」
倉嶋 まず、「ホイス」とはどんな商品なのでしょうか。
後藤 多くは焼酎の割り材としてご愛顧いただいています。アルコール度数は0.2%で、分類上はノンアルコール(日本の酒税法では、アルコール度数1%以上の飲料が酒類とされる)の清涼飲料水ですね。味の表現は難しいのですが、クセがなくスッキリとしたテイストで、甘みと苦みをほのかに感じる爽やかな飲み口が特徴かなと思います。
倉嶋 販売先は飲食店さんですよね。酒屋さんでは見かけたことがなくて。
後藤 はい。創業当時から、“飲食店を元気にする為の手助けをする”を理念に掲げておりまして。また、生産できる量が多くないということもあり、申し訳ないのですが個人向けの販売は行っておりません。
倉嶋 幻たる所以ですよね。それに、「飲食店を手助けする」って素晴らしい企業理念です!
後藤 ありがとうございます。今回の取材も、コロナ禍で苦労されている飲食店のお役に立てればという思いで受けさせていただきました。何でも聞いてください。
倉嶋 こちらこそありがとうございます! では「ホイス」が生まれたストーリーを、御社の歴史などとともに教えてください。
後藤 「ホイス」が誕生したのは1949(昭和24)年。創業者である私の祖父・後藤武夫が商いを始めたのは、戦前の1930年代半ばですね。洋酒を扱う小売りの酒販店としてはじまり、途中から清涼飲料水の製造を行うようになりました。
倉嶋 洋酒販売ということは、インポーターですか?
後藤 もとをたどれば、祖父が1930年代に当時のソ連からシベリア鉄道でヨーロッパへ向かう旅をしたことが始まりです。その道中で様々なお酒を嗜みながら仕入れるノウハウなども学び、日本に送っていたそうで。
倉嶋 行動力がスゴいですね!
後藤 そして帰国後に洋酒店を創業しました。清涼飲料の事業を始めた時期は記録が残っていないのですが、その技術を生かして戦後に生まれたエキスが「ホイス」です。当時は東京都港区芝公園で事業を行っていまして、1984(昭和59)年に今の白金(しろかね)に移ってきました。
倉嶋 戦後ということは、「酎ハイ=焼酎ハイボール」の起源がそうであるように、やはり焼酎を楽しむためのアイデアから生まれたということですかね?
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後藤 そうだと思います。戦後の東京で大衆酒としてもてはやされたのが甲類焼酎だったそうですが、当時は香りが強く飲みにくいものが多かったとか。ならば、どうにかおいしく飲むための割り材があればと思いつき、開発を始めたと聞いています。ただ、第1号商品は「ホイス」ではないんですね。
倉嶋 なるほど、それが梅の……。
後藤 そう、「梅乃甘精」ですね。「ホイス」発売の前年、1948(昭和23)年に誕生しています。こちらは当社自身もあまり商品名を出さずに販売しておりましたので、「ホイス」以上に希少かもしれません。
倉嶋 ええ。私もこうしてしっかり目にするのは初めてかも。下町大衆酒場によくある、いわゆる「梅割り」のエキスとは違うんですか?
後藤 例えば甲類焼酎と「梅乃甘精」を6:4ぐらいで割れば、梅酒のような味わいになりますし、炭酸水で割れば梅のソーダ割りになります。うちが長年お世話になっている、恵比寿「田吾作」さんの「梅サワー」には「梅乃甘精」が使われていますし。まあでも、下町によくある、エキスを数滴垂らした「梅割り」のように使っていただくのが一番おいしいと思います。
倉嶋 「田吾作」さんの他にも使っている老舗はあるんですか?
後藤 名前は出していないでしょうけど、けっこうありますよ。
倉嶋 それなら、私も知らずに飲んでいる可能性は高いですね!
後藤 ええ。それこそ、「梅割り」として提供されているお店もありますから。
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時代ごとに進化する「ホイス」の味わい
倉嶋 そんな「梅乃甘精」の製造ノウハウをもとに、「ホイス」が生まれたということですか?
後藤 仕上がりの味はまったく異なるのですが、「ホイス」のベースには「梅乃甘精」がありますね。「梅乃甘精」の発売から1年の間に、祖父がヨーロッパの旅で得た知見などから薬草やリキュール、蒸留酒、香料などを調合して複雑な味わいや奥深さを出して造ったのが「ホイス」です。
倉嶋 そのレシピは、いまも変わらず受け継がれているんですか?
後藤 実は、記録としてのレシピは残されていません。見よう見まねといいますか、体で覚えていくような形で、私は二代目にあたる父親の後藤勲から教わりました。そして、当初と今では味がけっこう変わっていると思います。
倉嶋 そうなんですね!
後藤 なぜかというと、まず同じ原材料が入手できなくなるからです。原料メーカーの廃業だったり、輸入が禁止になったり、薬事法の改正だったり。そうなったらどうするかというと、代替となる原材料を探して研究を重ね、イメージの味わいになるように調合していきます。こうした再設計は、父の代から行うようになりました。
倉嶋 原材料が変わってしまうと、100%同じ味にはならないですもんね。そのうえで、目指す味に近づけていくと?
後藤 近づけもするのですが、私のほうで意図的に味わいを変えることもあります。気付かれないレベルでですけどね。その時々でテーマは異なるのですが、ベースの味がよりブレないようにリニューアルをすることが多いです。
倉嶋 味のブレですか? 私も飲み続けていますけど、変化には気付かなかったです。
後藤 例えばジントニックはわかりやすいって言われますけど、割って飲むお酒は作る人によって違いが出ますよね。でも「ホイス」の場合は、できるだけその差をなくしたい。そのため、配合や濃縮具合などを研究してベースの味がブレないようにしているんです。
倉嶋 なるほど。研究熱心ですね!
後藤 その辺は血を引いているのかなと思います。それに加え、私はパソコンを駆使してデータを残しながら設計していますので、後進にとっては多少楽になるのかなと。
倉嶋 そこまで緻密にやられているとは、想像をはるかに超えています。
後藤 「ホイス」の味覚設計は繊細で、そのバランスは非常に複雑です。味わいも、他のエキスに比べるとライトに感じるでしょう。そのぶん、どれかひとつの風味が少し前面に出ただけでもすごく突出してしまうんです。
倉嶋 ええ。確かに「ホイス」のキーフレーバーって、ちょっと思い当たりません。もう、「ホイス」としか表現できないです。
後藤 他に例えづらいといいますか、あえてわかりにくくしてるんですよ。多彩な味や香りを重ねて複雑化させつつも、飲みにくさにつながる違和感が出ないように調合し、余韻に心地よいフレーバーを感じられるように仕上げています。
倉嶋 私が初めて「ホイス」を飲んだ時は、ウイスキーっぽいニュアンスを感じたんですけど、生薬の香りやスパイシーさもあって。それはウイスキーとはまた違うし、なんて表現していいかわからないという印象でした。でもその複雑性がクセになって、またもう一杯飲みたくなるという感じがします。
後藤 ありがたいことに、お客様には飲みやすいと褒めていただくことが多いです。あとは、そのまま飲むよりも、もつ焼きや煮込みなどちょっと濃い味のおつまみに合うと言われますね。
倉嶋 そうそう、延々と飲み続けられるおいしさで。でもそういえば「ホイス」のネーミングって、ウイスキーと関係性があるというのは本当ですか?
後藤 直接祖父から由来を聞く機会はなかったのですが、ウイスキー説であってるようです。英語のWHISKYの頭4文字「WHIS」を文字って「ホイス」になったそうで。
倉嶋 「梅乃甘精」とは違い、ネーミングから味の想像がイメージできないところも含め、不思議な割り材だなと思います。飲めるお店もそこまで多くないですし、いい意味でミステリアスといいますか。
後藤 出荷量が限られているのは申し訳ないところですね。従業員は数名いるのですが、中身だけは私ひとりで製造しているもので。
「ホイス」は繊細な味の料理や甘いものにも合う
倉嶋 「ホイス」はなかなか生産量に限界があるとおっしゃっていましたが、新規のお取引も少ないですか?
後藤 多くはありませんが、微増はしています。生産量も、コロナ禍によって消費量が減ったぶん、今は多少の余裕がありますし。
倉嶋 取引先に関しては、地域や業態の特徴などはありますか?
後藤 地域はもちろん都内が多いですけど限定はしていませんし、北海道や沖縄にも取引先はあります。業態はやはり、焼きとんや焼鳥店、煮込みをウリとする大衆酒場が多いですね。20年ほど前は小料理屋さんでの取り扱いが、今よりはありましたけど。
倉嶋 小料理屋さんで「ホイス」、素敵ですね!
後藤 意外にお刺身にも合うんですよ。研究を兼ねていろいろな料理と合わせてみるんですけど、甘いものであればチョコレートなど、幅広くマッチすると思います。
倉嶋 そうなんですね。後藤さんが試飲する際は、どのように割られてるんですか?
後藤 当社として推奨しているのは「ホイス」2:「焼酎」3:「炭酸水」5ですが、この割合だと濃いめの酎ハイになるんですね。なので、私が家や会社で試飲する際は、まずホイスと焼酎を1:1の割合で合わせ、その量の1.5倍程度の炭酸水で割っています(※あくまで試飲用としての割合です)。これだと「ホイス」の風味が濃くなるうえに炭酸感も多少増えてアタックも強くなります。
倉嶋 「ホイス」と「焼酎」を同じ分量にするんですね。
後藤 アルコール度数は推奨よりも下がりますけど爽快感はしっかり楽しめます。いま、作りますのでぜひ飲んでみてください。
倉嶋 いいんですか! やったー!
後藤 どうぞ。グラスもしっかり冷やしたものを使っていますし、手前味噌ですがお店と遜色ない味わいだと思います。
倉嶋 はい。サイコーにおいしいですし、後藤さんがお酒好きだということが伝わってきます。でも、研究するなかではいろいろなお酒との相性も試されたんですか?
後藤 もちろんです。親和性がありそうなワインやウォッカをはじめ、珍しいリキュールに蒸留酒と、私が知る限りのありとあらゆるお酒の割り材として試しました。でもやっぱり「ホイス」には、甲類焼酎が一番合いますね。
倉嶋 まさにおじい様がイメージした酎ハイの味ですもんね。でもあの当時、シベリア鉄道でヨーロッパへ渡ったというのは本当にスゴい! しかも創業前に。
後藤 変わりものですけど勉強家でもあって、東京大学に入ったものの中退して、数年後に海外へ渡ったそうなんです。同級生には官僚になった友人も多かったので、そのツテを頼って出国審査もパスしたとか。
倉嶋 なんと、スゴすぎです! 外国語も堪能だったんでしょうね。
後藤 戦後に清涼飲料水を造れたのも、外国語が話せたからなんです。戦争で東京が焼け野原になりましたが、戦前に仕入れていた洋酒は地下に埋めていたから助かったそうで。そのうえ進駐軍のアメリカ兵とも交渉ができたので、洋酒を売ったお金で当時希少だった砂糖を入手できたと聞いてます。
倉嶋 そうして清涼飲料水を造っては売り、やがて「梅乃甘精」と「ホイス」につながるんですよね。
後藤 祖父は私以上に凝り性だったと思います。インターネットやパソコンはおろか、洋酒やハーブの文献もほとんどなかったでしょうから。海外で飲んだ記憶だけで、様々な原材料を入手してゼロから「ホイス」を造ったことに、心から尊敬しています。
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「ホイス」が飲めるお店を知る方法
倉嶋 そう聞くと、レシピやメモが残っていないのはますます残念ですね。門外不出の“一子相伝”だからこそ、情報が漏れないように記録しなかったのかも。
後藤 私は父から教わりましたが、先代はふたりとも味覚が優れていたんだと思います。あるとき、抽出した原材料のいくつかをはかってみたところ、毎回ズレはなくて。
倉嶋 舌や鼻の感覚だけで、正確な調合ができたということですよね。憧れます。
後藤 あと面白いのは、原材料を分析してみると、一つひとつがシベリア鉄道の線路上の地域のハーブやスパイスだったり、その先のヨーロッパのお酒だったりというのが見えてくるところです。
倉嶋 おじい様の旅路をお孫さんが「ホイス」で辿るというのはロマンチックですね。そんな後藤さんは、いつから働かれているんですか?
後藤 高校生のときからここでアルバイトをしていましたし、当時から継ぐ意識はありました。父の体調がよくなかったこともあり、2000年代には私が製造を手掛けていましたし。その後、私が三代目として正式に継いだのは2020年です。
倉嶋 比較的最近なんですね。ちなみに、後進の候補はいらっしゃるのでしょうか?
後藤 ありがたいことに、まだ小さいですが息子が2人おります。継ぐかどうかは彼ら次第ですけど、周りから四代目と言われることもありますね。
倉嶋 もし継ぐとなった場合は、秘伝のレシピを伝えることになるんですね。
後藤 まだその気は起きないですけどね。とにかく今はコロナ禍をどう乗り切って、飲食業界をどうやって盛り上げていくかということが優先ですから。
倉嶋 “飲食店を元気にする為の手助けをする”という企業理念ですよね。でも「ホイス」が飲めるお店を知るにはどうしたらいいのでしょう?
後藤 実はTwitterなどの公式SNSで、ホイスが飲めるお店情報をたまに投稿しています。また、「#ホイスが飲める店」で検索するという方法もありますので、ぜひご活用ください。
倉嶋 なるほど! さっそくチェックして、このあと立ち寄ってみます。今日はたくさん教えていただきありがとうございました!
撮影/鈴木謙介
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