最近注目されているのが、日本酒の製造技術をベースに、コメを原料とした新しいジャンルの和酒をつくりだすムーブメント。なかでも常にお酒のトレンドを追いかける筆者が個人的に興味を抱いているのが、「浄酎(じょうちゅう)」です。
注目の理由は、まったく新しい特許技術で生み出された、日本酒でも焼酎でもない第三の和酒だから。そこで今回は「浄酎」のつくり手であるスタートアップ、ナオライの浄溜所を取材。製造現場紹介や味わいのレビューはもちろん、代表者にインタビューして開発意図や背景、展望なども伺いました。
「低温浄溜」により高アルでボディ豊かな「浄酎」を実現
「浄酎」が日本酒でも焼酎でもない理由は、製法にあります。簡単に説明すると、コメを発酵させたもろみを搾れば日本酒、もろみを蒸溜すれば米焼酎になるのですが、「浄酎」では日本酒を原料にして蒸溜。しかも、かつては難しかった超低温で蒸溜していることも大きな特徴です。
蒸溜とは水の沸点(100℃)とアルコールの沸点(78℃)の温度差を利用し、沸点の低いアルコールから気化した蒸気の雫を抽出する手法です。これまでも、技術としては蒸溜器内の気圧を下げることで低温沸騰させる「減圧蒸溜」という手法(クリアで軽やかな味になる)はありましたが、その温度は40~50℃が一般的でした。
そこを「ナオライ」では、さらに低い気圧での沸騰を可能にして、39℃以下で抽出する「低温浄溜」という技術で特許も取得。これにより、繊細な日本酒のうまみや香りを損なうことなく、高アルコールで凝縮感のある豊かなボディの和酒を実現したのです。
新たな生業を生む「浄酎」の画期的なビジネスモデル
実に画期的な「低温浄溜」ですが、この技術はあくまでも日本の酒づくりを再生・活性化させるための手段だったと、ナオライ代表の三宅紘一郎さんは言います。その背景には、「日本酒業界の未来をより明るくしたい」「蔵元はもちろん米農家も含め、日本酒づくりをサスティナブルなものにしたい」という思いがありました。そのために一念発起したのが、時間が経つほど価値が高まり、洋酒のように世界中で評価される和酒の開発です。
三宅さんは広島・呉の、酒蔵関係者が多い家系の生まれ。そのつながりもあって日本酒に興味をもち、大学卒業後は9年間を中国で過ごし、現地で日本酒の販売などに携わっていました。そこで感じたのがビジネスモデルやブランディングの大切さ。同時に日本国内で日本酒の市場が縮小しつつある現状を変えたいという思いを抱き、帰国しナオライを起業したのです。
「海外に目を向ければ日本酒はすでに一定の評価を得ていますし、今後いっそう人気は高まるでしょう。ただ、輸出などで販路拡大ができているのは潤沢な資本がある大手や、天才的な杜氏や優れたマーケターがいる蔵元ばかりです」(三宅さん)
「浄酎」は、樽熟成によって香りや味の深みが多彩であることも特徴(一部クリアなノンエイジもあり)。日本酒にも熟成酒はありますが、三宅さんは「熟成古酒も日本酒がもつ素晴らしい価値です。しかし日本酒は水分の割合が多くピュアなため傷みやすく、樽での長期熟成には不向きといえるでしょう。そのため古酒といえば瓶詰後の熟成となりますが、高品質な味を狙ってつくることは非常に難しい」と言います。
「つまり、高品質な熟成古酒をつくるためには冷蔵での温度管理など、高い技術や設備投資が必要不可欠。味の方向性を設計し、安定生産していくことは現実的ではありません。こうした面からも、地元を中心に愛されている各地の老舗酒造は販路を拡大することが難しく、課題が多いと思います」(三宅さん)
事実、国内全体でみると日本酒の蔵元は毎年徐々に廃業しており、2000年には1977あった製造業者が、2017年には1371に減少(出典:清酒製造業の概況/国税庁)。直接的な背景には後継者不足があり、間接的には国内の人口減に伴う飲み手の減少や、日本酒以外のお酒の選択肢が増えるとともに消費者の嗜好が多様化しているという側面もあります。
「当社は広島の三角島(みかどじま)で、果樹の栽培から手掛けるスパークリングレモン酒『MIKADO LEMON』の企画販売でスタートしました。商品企画を通じて加工技術を覚えていくなかで様々な人との出会いがあり、『低温浄溜』の基幹技術に出合ったのが『浄酎』誕生のきっかけです」(三宅さん)
「浄酎」は、ベースとなる日本酒を造ってもらえばもらうほど、その蔵元が潤うお酒。また、樽熟成により味の個性が多様に広がり、時が経っても味の劣化がないうえ、むしろ時間が経つほどに価値は高まります。
ナオライは、このビジネスモデルごと販売していくことを計画中。現在は地元広島の4酒造、島根の1酒造と提携していますが、さらに四国や東北の酒造とも提携を進めているとか。「ゆくゆくは国内にある半数以上の日本酒蔵元と連携し、全都道府県に計47の『浄酎』生産拠点を設立したいと考えています」と、三宅さんは目を輝かせます。
そんな「浄酎」はどんな味わいなのか。神石高原浄溜所内の樽貯蔵庫に案内してもらい、そこでタイプの異なる「浄酎」を数種テイスティングさせてもらいました。
ウイスキーよりたおやかで、米焼酎とも違うたくましい味
浄溜所がある神石高原は標高が約400~500メートルあり、夏でも30℃を超えることは珍しく、冬は-5℃まで冷え込み積雪も珍しくない地域。冷涼で、「浄酎」の樽熟成には最適な環境だと三宅さんは言います。樽はすべて新樽で、メインがアメリカンホワイトオークとミズナラ。1本だけ桜の樽もありました。
まずはスタンダードの「浄酎 -Purified Spirit 金紙垂(きんしで) アメリカンホワイトオーク樽熟成」からテイスティング。アルコール度数は41%ですが、ナオライでは度数の調整にマザーウォーター(仕込み水)ではなく、「低温浄溜」した際に分離する純米酒由来のアミノ酸エキスで行うのも特徴です(詳細は後述)。
味わいは、想像以上にウイスキーを思わせるバニラ香が印象的。とはいえ飲み口はウイスキーよりたおやかで、米焼酎とも違うたくましさは、熟成やアルコール度数の高さによるものでしょう。そして、ほんのり甘くピュアなニュアンスは純米酒由来でしょうか。広島名物の料理で合わせるなら、カキの燻製やバター炒めがよく合うと思います。
次はレモンも手掛けるナオライならではの銘柄「琥珀浄酎 -Sake Zest Spirit アメリカンホワイトオーク樽熟成」を。少量のレモンピールを一定期間漬け込んだ「浄酎」で、柑橘の酸味や苦みではなく、香りとしてのレモンが溶け込んだ味わい。
最後は「浄酎 -Purified Spirit 金紙垂 ミズナラ樽熟成」。ミズナラは日本が誇る木材で、希少かつデリケートなので特別なフィニッシュ(樽熟成のこと)に用いられることがほとんどです。飲んでみると、よりクリアなタッチと伽羅(きゃら)や白檀(びゃくだん)のようなオリエンタルなニュアンスが絶妙。
酒もコメも自然を生かした伝統製法に回帰したい
ナオライの理念についてうかがうなかで、三宅さんが「酒づくりの原点に回帰したい」とおっしゃったのが印象的でした。
「大昔は農薬もステンレスタンクもありませんよね。コメだってそこまで磨けませんし、手作業でコメとこうじを潰す山卸しによる生酛(きもと)造りが当然だったはず。生酛ではない山廃酛(やまはいもと)や速醸酛(そくじょうもと)も、それぞれ理にかなった製法ですが、『浄酎』はなるべく伝統的な技で醸された日本酒でつくりたいというのが私の思いです」(三宅さん)
醸し方と同様に三宅さんが重視するのは、コメ作りと精米歩合。そこにも、伝統農法に回帰したいという思いが込められています。
「科学技術が出てくる前は無農薬栽培です。ただし効率が悪いですから、現代のフルオーガニック米農家は全体の1%以下まで減ってしまいました。だからこそ私はここに価値を求め、自然にも人にもやさしい無農薬の有機米で『浄酎』をつくり広げることで、地球も一次産業もサステナブルにしていきたいと思っています」(三宅さん)
ナオライが使用するコメは、地元・神石高原町のオーガニック農園タナベ・マリモファーム産。品種も、通常の日本酒ほど磨く必要がないなどの理由から、酒米ではなく食用米の「あきだわら」や「つきあかり」などを使用しています。
「『あきだわら』はコシヒカリに近いおいしさであるうえ、雨風への耐性に優れた品種。なるべく食品ロスを出さないことにもこだわっており、磨かない理由のひとつもロスを出さないためです。磨かなければ殻などが出ませんし、何よりアミノ酸など栄養価も豊富。熟成に重きを置いた『浄酎』の場合、磨かないコメのほうがうまみやコクも豊かで適していると考えています」(三宅さん)
コメをほとんど磨かない理由はほかにもあります。日本酒を「低温浄溜」した際に「浄酎」とともに分離される液体は前述のアミノ酸エキスですが、豊かなアミノ酸はコメを磨かないからこその賜物。また、エキスは「浄酎」の割り水に使うだけではなく、ヘルスサイエンスにも活用するべく模索しているとか。
「実は立命館大学と共同研究しながら、化粧品の原料や酵素ドリンクなどの発酵食として実用化に向けた研究を進めています。和食の伝統調味料に、煮切った日本酒に梅酢やだしを加えた『煎り酒』があるのですが、こうした商品としても活用できると思いますし、『浄酎』の副産物であるアミノ酸エキスには期待できる要素がたくさんあります」(三宅さん)
冒頭で触れた“新たな和酒”ですが、2022年にはスタートアップの有志によりクラフトサケブリュワリー協会が設立。若手を中心に盛り上がっていますが、いまのところナオライは協会に所属していません。それは、同社の事業が自社の商品展開以上に、地方の老舗蔵や米農家の活性化を重視しているからではないかと筆者は感じました。
「多くの和酒スタートアップは同志ですし、親しい方もいます。『浄酎』もクラフトサケといわれれば、そうなんだと思いますけど、とにかくいまは自分たちのことで精一杯で。手段はちょっと違うかもしれませんけど、日本の酒業界を盛り上げるという思いは一緒ですから、ともに切磋琢磨していきたいですね」(三宅さん)
「浄酎」の販売先を聞くと、オンライン以外では広島市内の酒販店や地元の道の駅など、東京では銀座の「ひろしまブランドショップTAU」で通年販売していると教えてくれました。聞けば中国やシンガポールに輸出もしているそうで、今後の販路拡大にも注目です。
ビジネスモデルも画期的ですが、味わいも実に斬新で芳醇な「浄酎」。銀座や広島を訪れる際はぜひチェックし、晩酌用や手土産としてゲットしてはいかがでしょうか。