2023年はジャパニーズウイスキーの誕生100周年(山崎蒸溜所の建設から100年)にあたりますが、キリンが手掛ける富士御殿場蒸溜所も今年、操業半世紀のメモリアルイヤーを迎えました。この50周年を記念した企画を次々展開するとのこと。いったいどのような戦略があるのか確認すべく、発表会へ参加しました。
3種のグレーンをつくれる世界でも稀な蒸溜所
富士御殿場蒸溜所は成り立ちからして独特です。もともとは米国(当時)のJEシーグラム社とスコットランドのシーバスブラザース社、そしてキリンビールの3社共同出資で設立したキリン・シーグラム社の蒸溜所としてスタートしました(現在はキリンビールが単独で所有)。
3か国の協力で始まった酒づくりのDNAはいまも受け継がれ、象徴的なのがグレーンウイスキー(モルト以外の穀物も使用してつくるウイスキー)を生む3つの蒸溜器です。3基はそれぞれ、ライトな酒質になるマルチカラム蒸溜器(スコットランド製)、ミディアムタイプのケトル蒸溜器(カナダ製)、ヘビータイプでバーボンづくりに頻用されるダブラー蒸溜器(アメリカ製)。
連続式のマルチカラム蒸溜器は一般的ですが、ケトル蒸溜器とダブラー蒸溜器は国内唯一となり、味わいの異なる3種のグレーン原酒をつくり分けられる設備はここの特色。加えてポットスチル(いわゆるスライム型の単式蒸溜器)によるモルトウイスキーもつくっています。
モルトとグレーン両方を製造し、さらに仕込みから熟成、ボトリングまで一貫して行う蒸溜所は世界でもきわめて珍しく、加えて日本が誇る霊峰富士の伏流水がマザーウォーター。味わいに対する国際的な評価も高く、「キリン シングルグレーンジャパニーズウイスキー 富士」は2022年11月にNYの洋酒コンペ(NYISC)でJapan Whiskey of the Yearを受賞しています。
機は熟した! 待望のシングルモルトウイスキーが新発売
製法の独自性も、大きくふたつあります。ひとつが小樽熟成。樽には様々なサイズがありますが、富士御殿場蒸溜所では小さな180リットルの北米産ホワイトオークバレルを使用します。樽が小さくなればなるほど樽の数が多くなり手間が増えますが、小樽を使用することで原酒と樽が触れ合う表面積が広くなります。その結果、木樽の豊かな香りがふんだんに得られるのです。
もうひとつが「マチュレーション(熟成)ピーク」という考え方。ウイスキーは熟成年数が長いほどいいと思われがちですが、キリンではそれ以上に原酒本来の持ち味が最もよく現れるピークのタイミングを重視してブレンドします。
そんなキリンウイスキーの代表作といえば「キリン シングルグレーンウイスキー 富士」。香りの個性豊かな3種のグレーンウイスキー原酒をブレンドした味わいは、オレンジや白ぶどうを思わせる香味が特徴です。
「キリン シングルグレーンウイスキー 富士」は、まさに富士御殿場蒸溜所ならではの一本であり、海外での高い評価も前述の通り。ただ、ウイスキー市場では単一のモルト原酒によるシングルモルトがトレンドです。富士御殿場蒸溜所にも、もちろんモルト原酒はありますが、ウイスキー人気が高まるなか原酒不足で積極的には展開できていませんでした。
しかし、キリンではしっかり対策を打っていたようです。2019年に行った約80億円の生産設備投資(小型の木桶発酵タンク4基、ポットスチル2系列の導入と、熟成庫のリニューアルや大型化など)により、ようやく攻めの態勢が整ったのです。満を持してシングルモルトが、しかも限定ではなく通年発売されることが発表されました。
「ぬぅ、6600円か!」という人には、3550円の「富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー」や、1300円(筆者調べ)の「キリンウイスキー 陸」がオススメ。前者は現地かEC「DRINX」限定ですが、後者はスーパーなどでも売っており、先日パッケージがリニューアルされました。
「キリンウイスキー 陸」で採用されている「ノンチルフィルタード」とは、一般的なウイスキーで行われるビン詰前の冷却ろ過工程をあえてしない製法のこと。冷却ろ過によってウイスキーの温度変化による白濁や澱を取り除くのですが、この白濁や澱は香味成分に由来するものであり、冷却ろ過しなくても白濁や澱が析出しないよう、アルコール度数を高めて(高度数のほうが閉じ込められる)います。
また、50周年に際したビッグニュースはほかにも。5月末には御殿場駅に全長6mのポットスチルが設置される計画で、しかも同時期には「御殿場プレミアム・アウトレット」に富士御殿場蒸溜所を体感できるショップが期間限定でオープン予定とか。
リベンジ消費の一環で旅行を計画している人は多いはず。富士御殿場蒸溜所は一般開放しているうえ、有料で要予約の見学ツアーも用意されているので、この機会に訪ねてみてはいかがでしょうか。