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2018/5/6 19:30

「iPadで簡単に絵が描ける」ことを、本当にあなたは子どもに教えられますか?

日本時間で3月28日、Apple Pencilに対応した新しいiPadが発表された。機能は抑えつつ低価格を実現しApple Pencilにも対応したことで、すでに発売から一ヶ月経った現在もさらに多くの人々から注目されているモデルだ。

 

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話を3月28日の発表日に戻すが、このiPadのお披露目以外にも大きなトピックがあったことを忘れてはいけない。それは、先の発表会を兼ねたスペシャルイベントがシカゴの高校で開催されたことだ。

 

本記事で注目したいのは、そのスペシャルイベントで設定されたテーマの方だ。シカゴの「高校」で開催された――の文言からもわかるように、実は同イベントは「教育」にフォーカスしたものだった。

 

↑米国イリノイ州シカゴにあるLane Tech College Prep High Schoolがスペシャルイベントの会場として使用された

 

これを聞くと、教師でもない限り、大抵の大人は「自分には関係ない」と心理的に距離を置きたくなるかもしれない。しかし、日本の教育現場にも関係してくる話なので、基本的な背景情報は知っておいて損はないはずだ。少し長くなるが、その概要を伝えたい。

 

現代日本の教育市場におけるタブレットデバイスの需要

Appleの製品展開について話す前に、まず日本の話をしたい。知っておきたいのは文部科学省が提示する「第2期教育振興基本計画」のことだ。これは平成25年の6月14日に閣議決定された計画で、2020年までに教育方法の革新を推進させ、現状の課題の解決を図る内容となっている。

 

なかでも注目しておきたいのが、ICT(情報通信技術)の活用だ。同計画では、ICT機器を取り入れるための環境づくりが目標の一つとなっている。簡単に言うと「教室に設置する機械、生徒が持ち歩くための機械はそれぞれ何台にしましょう」という目標が定められた。なお、ここでいうICT機器は、単なるパソコンだけでなく、タブレットや電子黒板なども含まれる。

 

↑従来のiPadも既にICTデバイスとして授業に利用されてきた。国内では、関西大学高等部での活用事例がAppleの公式サイト上で紹介されている

具体的には、1つの学校に対して、「コンピュータ教室に40台(大画面のPC)」「各普通教室に1台」「特別教室に6台」「設置場所を限定しない可動式コンピュータ40台」を整備するという数字が掲げられている。そして、これを元に計算した「児童生徒数3.6人あたりに教室用コンピュータ1台を用意する」という目標が、目安値としてよく語られる。また、こうした環境整備を実現するために、平成29年度までの4年間で総額6,712億円の地方財政措置が講じられる(※「教育のIT化に向けた環境整備4か年計画(平成26~29年度)」に基づく)。

 

また、同じく総務省の「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成28年度)」によれば、教育用コンピュータ当たりの児童生徒数は、小学校の場合で6.7人に1台が普及しているという。なお、小学校児童生徒が使う教育用コンピュータの台数は95万5323台あり、そのうちの30万1284台がクラス用コンピュータとなる。そして、そのうちの20万3156台をタブレットデバイスが占める。つまり、小学校において、クラス用コンピュータの約67.4%がタブレットデバイスを採用していることになる。

 

そして、この割合は中学校でも約65.3%、高等学校で約60.9%、特別支援学校で64.9%となっている。年代を問わず、クラス用のコンピュータにおける約6割がタブレット型コンピュータを採用しているわけだ。以下は筆者の推測を含むが、電源を確保しづらい環境下では、バッテリー持ちのよいタブレットデバイスの方が重宝するのかもしれない。また、最近のタブレットデバイスは、物理キーボードを利用できるタイプも多いため、レポート作成のようなテキスト入力作業にも対応できると想像できる。

 

ここまでの背景をまとめると、「日本の教育市場は、政府から自治体に財政措置が図られているタイミングである。そして、教室で使うICTデバイスは、タブレット型がやや多く選ばれる傾向がある」ということになる。

 

つまり、ノートPCやタブレットデバイスを取り扱うメーカーにとって、「設置場所を限定しない可動式コンピュータ40台」という部分は、無視できない市場なわけだ。ここに安いiPadが最新のチップセットを搭載して現れた。しかもApple Pencilが使える状態で登場した。今後の市場動向は、非常に興味深い。

 

ちなみに、同市場には、Appleのほかにも、GoogleがChrome OSを搭載する「Chromebook」を展開している。同社はAppleの発表会に合わせるかのように、Chrome OSを搭載するタブレットデバイスを直前に発表した。また、マイクロソフトのWindowsももちろんある。国内メーカーでは、例えば富士通なら「School Tablet」といった商品を展開していたりする。ライバルは少なくない。

 

9.7インチiPadは一般人だけでなく、教育市場に向けてもプレゼンされた

ここからはAppleが提示する教育関係の施策をかみ砕きたいと思う。これは「①学ぶための製品」「②教えるためのツール」「③カリキュラム」の3つで見ていくとわかりやすい。

 

↑スペシャルイベントの際に、ARアプリを体験した。ダムを建設して、河川の氾濫を抑えるなど、治水について学べる

 

まず、「①学ぶための製品」は、まさに新しいiPadのことを意味している。電池持ちがよく、ARのような高負荷のアプリも実行できる。Apple Pencilも使える。教育機関向けの割引も用意し(国内事情は不明だが)、値段も現実的となった。ちなみに、教職員と生徒には、無料で200GBのiCloudストレージが提供されるという特典も用意されている。

 

特に日本の場合、初等教育以外でも、画面タッチで直観的に操作できるiOSは力を発揮するだろう。iPhoneの普及率は高く、家庭で親や兄弟、あるいは自身がiPhoneを操作する環境がある。そういった意味でiOSの操作方法は親しみやすく、限られた時間のなかで課題を行わなくてはならない日本式の授業とも相性がよいはずだ。

 

要は、授業中にそもそもICTデバイスの使い方で生徒や児童が躓いてはいけない。もちろん“先生”もだ。解説映像を視聴する、資料を作成するなどの「学習のために利用する」ためのICTデバイスとしては、iOSは最適だ。もちろん「パソコンの操作を覚える」ための授業には、キーボード付きのパソコンを使えばよい。そして、その際にはデスクトップ型が並ぶコンピュータルームへ行けばよい。

 

ちなみにスペシャルイベントでは、Apple Pencilよりも安く機能が限定されたスタイラスペン「Crayon(クレヨン)」や、Bluetoothキーボード付きケース「Rugged Combo」もグローバル向けに発表された(どちらもロジテック製)。これらも教育市場での利用を考慮した際に、活用が見込まれるアクセサリーだ。ただし、現状では、日本でこれらの商品が取り扱われるかどうか、一切わからない。

 

授業中にiPadで遊ぼうとしてもできない仕組みづくり

次に「②教えるためのツール」は、教師がiPadを運用するためのシステムを意味している。まず大本の設定は、IT担当者が「Apple School Manager」を使って行う。そして、各教室の先生は、生徒を管理する「クラスルーム」アプリや、「スクールワーク」アプリを活用する。なお、Apple School Managerについては本記事では割愛する。

 

↑「クラスルーム」アプリケーションはiPadだけでなくMacでも使える

 

共有のiPadに、生徒のアカウントが一覧表示される。生徒は、自身のアカウントを選択し、パスワードや4桁のパスコードを入力して、利用を開始する。例えば、前回の授業で閉じてしまった画面があるとして、次回の授業ではその画面から起動できる。

 

教師側が「スクールワーク」アプリを活用すると、生徒全員のiPadの画面をコントロールできる。スペシャルイベントの際に、特設された模擬授業の場で筆者も生徒側として体験したが、これが興味深かった。

 

例えば、先生が「これを見てみましょう」と言いながら、特定のウェブページやPDFファイルを表示する。「このアプリで作業しましょう」と言いながら、特定のアプリの画面を表示できる。この際、使用できるアプリが1つだけにロックされるので、授業中にいたずらっ子が「ゲームアプリで遊んじゃおう」「YouTube観よう」なんて考えたとしても、そういった操作は行えない。生徒側がホームボタンを押しても反応しないのだ。

 

また、先生のデバイスには、生徒全員の画面が映っているので、どの生徒がどのくらい作業を進めているのかが、瞬時に把握できる。ちょっと進みが遅い生徒に対しては、すぐに先生が駆けつける。

 

小学校プログラミング必修化にベストマッチするカリキュラムが強み

続いて、「③カリキュラム」については、大きく2つ用意されている。まず、従来からある「Everyone Can Code」だ。これはプログラミングを教えるカリキュラムで、最終的にはAppleが用いているプログラミング言語「Swift(スウィフト)」を習得できるようになっている。

 

大まかな流れはこうだ。まずはICT機器を利用する前に、ゲームのようなアクティビティを行う。例えば「機械には事細かに指示しないといけない」ということを理解してもらう。

 

そこからiPadを活用し、「Swift Playgrounds(スウィフト・プレイグラウンド)」アプリを介して、コーディングの概念を学んでいく。キーボードで直接コードをタイプすることはないが、ゲーム感覚で、画面内のキャラクターを操作し、「関数」や「ループ」「条件文」について理解することができる。主な対象は、小学校高学年以上だ。

 

次の段階では、同じくSwift Playgroundsを用いるが、今度は現実世界のロボットを操作する。原理は同じだが、これを通じてコーディングが現実世界に関与していることに理解が深まっていく。

 

↑スペシャルイベントでは、ロボットを動かせる体験コーナーもあった。球状のロボットをプログラムで指定した通りに動かして、街の模型の中を走らせる

 

そして最終的には、Macで「Xcode」(アップル製品のアプリを開発するためのツール)を使い、プロのディベロッパーと同じ環境でコーディングにチャレンジするのをサポートする。

 

さて、日本においては、2020年度から実施される新小学校学習指導要領において、プログラミング教育が必修化する。3月30日に文部科学省から公表された「小学校プログラミング教育の手引(第一版)」では、その目的が「プログラム的思考を育む」ことにあるとしており、「プログラミングに取り組むことを通じて、児童がおのずとプログラミング言語を覚えたり、プログラミングの技能を習得したりするといったことは考えられますが、それ自体をねらいとしているのではない」とも明記されている。

 

これはまさにSwift Playgroundsがカバーしている部分であり、相性は非常に良いだろう。もちろん定められた学習指導要領と完全一致する、というわけではないだろうが、クラブ活動や教育課程外の学習活動として、教育現場で運用するメリットは充分にある。

 

一方、「Everyone Can Create」は今回新たに発表されたカリキュラムで、この秋に登場する。ビデオ、写真、音楽、スケッチという4つのジャンルにおいて、レッスンが用意される。生徒側は、iPadを活用して、製作手順や創造性を学んでいける。

 

日本の教育事情を踏まえると、こうした創作活動との相性がどこまでよいのかわからない。しかし、動画編集の仕方、写真のレタッチやスライドの作り方、簡易的なDTMの考え方、いわゆる“デジ絵”の書き方など、筆者としては「どれももっと早く学ぶ機会が欲しかったなぁ」と思える内容ばかりだ。

 

要は、iPhoneやiPadで使える「GarrageBand」アプリを使えば、簡単に作曲が行えるが、「そうした手順を正確に把握している大人はどのくらいいるだろうか?」ということではないだろうか。どことなくプログラミング教育に通ずるものを感じる。スマホを持つことが当たり前になったいまでこそ、子どもに「こんなことは簡単にできる」と知らせる機会を与えるのは意義深い。

 

余談だが、教師側にもラーニングプログラムが用意されている。こちらは「Apple Teacher」という名称で、iPadやMacの利用方法について学べるようになっている。もし上記のような内容に興味が出てきたら、調べてみるとよい。

 

最後に

現行の9.7インチiPadは、高いコストパフォーマンスを誇る。そのため、一般市場で注目を浴びているわけだが、一方で前述のような、教育市場における役割・立ち位置についても非常に興味深くはないだろうか。

 

「ICTを活用した教育」というテーマは既に学校を卒業した大人にとって、馴染みのない部分ではある。しかし、日本がどう変わっていくのか、というテーマは少なからず面白い。

 

今回、筆者が紹介できた事例や予想は限定的なものだが、これを通じてアレコレと考え、議論してもらうきっかけになれば嬉しい限りである。

 

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