インターネット社会になり、日々様々な場面で触れる機会が多くなった「利用規約」。多くのウェブサービスやアプリ、ソーシャルメディア(SNS)は利用規約に同意してからでないと使うことができません。が、この利用規約は長文であるうえ、難解な法律用語が並んでいるため、読むのが面倒くさくなり、読まぬまま同意している人が多いように思います。
しかし、読まなかった利用規約には意外な罠があり、ユーザーとサービス提供者側との間でトラブルが生じた際、前者が不利益を被るということが近年起きています。今回は弁護士の渡邉祐介さんに利用規約の概念と現状、向き合い方をお聞きしました。
サービス提供者側が用意した利用規約に何の疑いもなく同意するユーザーたち
−−そもそも「利用規約」とは何でしょうか?
渡邉祐介さん(以下、渡邉):利用規約とは、あるサービスを使う際、その提供者とユーザーの間を拘束する契約をいいます。一般的に契約というものは、提供側と利用者側の双方で持ち寄って作るケースもあれば、どちらかの当事者が作って「これでいいですか? サインしてください」といった形で結ばれることもあります。ですが、インターネット上の世界では当事者双方で「こうしましょうか?」と持ち寄ることはほとんどなく、サービスを提供する事業者が用意した利用規約をユーザーが確認して同意するというやり取りが一般的です。
−−しかし、あの長い利用規約をきちんと確認して「同意」としている人は少ないように思います。
渡邉:そうですね。細かく確認する人は少ないでしょう。2012年に行われたある調査会社の国内調査では、サービスを利用する前に利用規約を読む人は、回答者1000人のうちわずか15%しかいないことが分かったそうです。17年にはイギリスで2万人以上の人たちが、無料Wi-Fiの利用規約に公衆トイレの掃除といった社会奉仕活動を行うことが含まれていることを知らずに同意していたなどという話もあります。サービスを利用しようとする人たちは、サービス提供者が用意した利用規約を見もせずに同意しているのが大半でしょう。
しかし、利用規約の内容を読んでみると、中身がとても一方的であり、後に何かトラブルが起こった際、利用者にとって不利益になるようなことが書かれていることもあります。例えば、近年だと「ポケモンGO」をインストールする際の利用規約などが話題になりました。ユーザーは何気なく利用規約に同意していたわけですが、実はそこには「当事者同士で紛争が起きた際は、カリフォルニア州法に準拠する」といった文言が入っていたのです。
こうなると、万一トラブルになり、裁判を行うとなった場合は日本法による裁判ができないのではないかということになってくるのです。利用規約通りカリフォルニア州法で争うこととなるわけですから、そうなると、日本人にとっては裁判を起こすにしてもハードルが高くなります。
つまり、利用者はサービス提供者側の土俵に引き寄せられているわけですね。
−−利用者側に引き寄せることはできないのでしょうか?
渡邉:個別の契約の場合とは違って、利用規約のように一律に公表・提示されるケースの場合、利用者側からは利用規約の内容を修正提案するなどは現実的ではありませんから、利用者側に引き寄せるというのは難しいところです。リスクをとらない、ということを一番に考えるのであれば、アプリを利用しないということになってしまいます。しかし、そもそもユーザーはポケモンGOのアプリを使いたくて利用規約に同意するわけですから、どうしても事業者が用意した利用規約に従わざるを得ないのが現状です。
あなたの作品は誰のもの?
−−他のアプリなどで注意すべき利用規約にはどんなものがありますか?
渡邉:トラブルになりやすいのが知的財産の帰属です。特に、クリエイターがSNSを使って作品を公開する際には注意が必要です。例えば、自分が撮った写真をInstagramに投稿する場合、その著作権がどこに帰属されるのかは注意深く確認しておいたほうがよいでしょう。Instagramは英語の利用規約で「We do not claim ownership of your content, but you grant us a license to use it(意訳:ユーザーのコンテンツは私たちのものではありませんが、ユーザーは私たちにそれを使わせてくれます)」と述べています。
しかし、他のサービスで「アプリ上の写真や文章はすべてサービス提供側に帰属する」と利用規約に書いてあった場合は、せっかく自分で撮ったり、書いたりしたものであっても、すべてサービス提供者のものになってしまうことがあり得ます。
また、利用規約のなかには個人情報保護を盛り込んでいるものがあります。GoogleやFacebook、Amazon、Appleなど多くの大手サービス事業者は、ユーザーのメールアドレスやID(指紋)、位置情報、デバイス情報、個人情報やデータを収集しています。そしてこれらの情報を第3者と“共有”する可能性があるのです。このようなことを「気持ち悪い」と感じたり、個人情報の悪用を心配されたりする方は、プライバシーポリシーもチェックしておきましょう。
利用規約と法的効力は別次元!?
−−多くの人たちにきちんと読んでもらえるように、利用規約は簡略化できないものでしょうか?
渡邉:利用規約は、事業者によってサービスが異なり、それに合わせて内容もそれぞれ作られるため、簡単なものに統一することは難しいでしょう。ただし、仮に利用規約にとんでもない文言が入っていたとしても、消費者契約法などの特別法というものによりユーザーの権利が守られることもあります。
例えば、一般の方には理解し難い文章で、提供側にとって一方的に有益なことが利用規約に記載されていたとします。しかし、そんなものを理解してサービスを利用する人はほとんどいません。そういった利用規約を巡ってトラブルが起きた場合は、裁判所の判断で「利用規約には書いてあるけど、それは認められせんよ」となる場合があります。
また、SNSを運営する企業側が、「企業側の故意過失により利用者に損害が生じたとしても一切の責任を負わない」という趣旨の文言を利用規約に入れていた場合などで、その企業の社員が利用者の個人情報を抜いて悪用して損害を出したとしましょう。
利用規約上でいえばこのようなケースも免責されてしまいそうです。しかし、このような結果は明らかに不当でしょう。こういった場合も利用規約の文言から離れて、法的に守ってもらえることがあります。
つまり、利用規約に書いてあることがすべて法的にまかり通るわけではないということです。「利用規約に書いてあること」と「裁判所による法的な判断」というのは、必ずしもイコールではなく、次元が異なるものになります。
泣き寝入りする前にやるべきこと
−−そうなると、利用規約にともなう万一のトラブルが起きた際は、法的な判断に委ねることも視野に入れるのが得策となりますね。
渡邉:そうですね。不安な方はまず弁護士、またはその問題に詳しい人に相談するというのがよいと思います。重要なのはトラブルになってしまったときには、専門家の力も借りながら、法的に争える条項なのかどうかを見極めることです。
そういった行動を起こさないと、裁判で争いうる条項であるにも関わらず、「利用規約を最初によく見ず、こんな文言が入っていたことに後で気付いた。書かれている以上は見落として同意した自分が悪いので規約に従うしかない」などと泣き寝入りして終わってしまいます。
よく街中の駐車場で「無断駐車は罰金10万円いただきます」と書かれている看板を見かけますよね。ですが、あのような看板は、法的にみれば「事前にそう書いてあって、それを守らずに駐車したのだから10万円払わないといけない」という話にはなりません。私人が勝手に罰則や罰金といったものを決めることはできず、これには法的根拠がないからです。それでもあのような看板がなぜあるかといえば、具体的に10万円を回収しようと考えているからではなく、ある種の抑止的効果を期待しているからなのです。
インターネットの利用規約でも、このような考え方に基づいて無茶な条項が盛り込まれていることは少なくありません。利用規約にとんでもない文言が入っていたとしても、それは法的には無効の可能性があります。利用規約にかかわってトラブルに発展した場合は、まず法的な専門家に相談するのがよいと思います。
インターネットでの利用規約はすべての文言をきちんと読んで、理解したうえで同意するに越したことはありません。ただ、日々これだけ新しいアプリやサービスが生まれていっている現状で、利用規約を隅から隅まできちんと読んでからアプリやサービスを利用するなどというのは、現実的には難しいでしょう。
ですので、事前の対策として利用規約を読んでみようというときは、準拠法と管轄、著作権の帰属、責任の所在と範囲等といったあたりを最低限確認しておくことをおすすめします。そして、実際にトラブルが起きてしまった場合には、事後的な対応としては弁護士に相談してみることをおすすめします。そうすることで法的手段を検討して泣き寝入りを避けることもできるのです。
利用規約をきちんと読まなくても同意してしまうことができますが、そこには個人情報/データの悪用や、知的財産の所有権に関するリスクがあります。インターネットのサービスの多くは無料ですが、このような利用規約は「タダほど怖いものはない」ということを物語っているようにも見えます。利用規約はポイントを押さえて読み、できる限り事前にトラブルを防ぐように日ごろから意識しておくことが賢明かもしれません。