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2019/3/4 17:30

iPad Proで変わる仕事論ーーテクノロジーの進歩はクリエイターにどんな仕事をもたらしたか?

夢を買う——。まるで宝くじを手にするときのようなフレーズだが、「iPad Pro」が魅力的に思える理由は、まさにここにあるのではないだろうか。「このツールがあれば、こんな自分でも、もしかしたらあんなことができるかもしれない」、こうした可能性を感じるからこそ「欲しい」と思える。

 

一方、iPad Proが持つ可能性は多岐にわたる。想像しやすいのはイラストを描くことだが、もちろん世の中の全員が絵を描く仕事をしているわけではない。「iPad Proを使うとクリエイティビティが高まる」という常套句だけでは、描いた夢を具体的な活用シーンに落とし込みづらいものだ。

 

そこで、ビジネスシーンでiPad Proを仕事に活かすためのヒントとして、「誰が、どんな場面で、どう使って便利に感じているのか」というストーリーを届けたい。今回は、フリーランスのクリエイティブディレクターとして活躍する五十嵐光一さんにインタビューを実施。彼の働き方を通じてiPad Proが活用されている現場のリアルに迫った。

 

クリエイティブディレクターという働き方

五十嵐光一さんは、名古屋在住のクリエイティブディレクターだ。伊勢丹や高島屋、パルコなどの商業施設に出店する店舗などの内装について、ディレクションを手がける。数年前からはファッション誌を中心に、店舗デザインに関する記事やコメントも寄稿しているという。

 

↑五十嵐光一さん、クリエイティブディレクターとして店舗デザインのデュレクションを行いつつ、ライター業などもこなす

 

そもそも店舗をデザインするためには、複雑な要素をまとめ上げなくてはならない。どんな狙いにするのか、客の動線を含め、戦略的に組み立てていくことが重要だ。五十嵐さんは「まずは全体のテーマを決め、内装のテーマを固め、導入するショップを選び、最後は文字のフォントまで、トータルで組み立てていきます。自分自身が店頭に立つこともありますよ」と語る。

 

その業務は、クライアントと、実際に図面を引くデザイナーとの中継地点に立つものだ。自身のアイデアを提示した上で、双方と意思疎通をしながら、具体的な形へと変換していくことが求められる。

 

ここまでの話を伺った上で、筆者は「きっと長い期間にわたって専門の勉強したからこそ、この働き方があるのだろうな…」と想像した。しかし、五十嵐さんはこんな言葉でカジュアルに予想を裏切ってきた。

 

——「デザインの専門的な知識はありません、テクノロジーのおかげで僕は今この仕事ができています」

 

建築デザインに携わるようになったきっかけ

「元々いた職場で、ビジュアル・マーチャンダイズに携わっていたんです」——。五十嵐さんが口にしたこと言葉に、彼の経歴の面白さが表れている。ビジュアル・マーチャンダイズとは、売り場のコンセプトに基づいて、品物の陳列方法を視覚的に演出する手法のことだ。実は、五十嵐さんは元々アパレルで働いていた。

 

そこからなぜデザインの道に進むようになったのか。五十嵐さんはそのきっかけについて次のように語る。「当時、僕のメンターとも言える人が『これからは副業していかないと』って言ってたんです。そのときは、まさかと思ってましたが、確かにレオナルド・ダビンチを筆頭に活躍している人物って多彩だな、と納得できる側面もありました。彼に『一回アパレル以外も勉強してみたら』と言われたのがずっと頭から離れなかったんです」

 

その後、五十嵐さんはデザイン事務所に就職し、2年間勤務する。ジャンルとして建築を選んだのは、「実家が建築業を営んでいて、幼い頃から興味があったから」とのこと。周囲からは「暴挙だ」と非難されつつも突き進み、2年間は寝る間も惜しんで建築デザインのいろはを叩き込んだ。

 

五十嵐さんはそこでの経験について、こう語る。「当時はちょうどリノベーションが流行りだした時期で、僕はその担当になったんです。リノベーションというのは、『この空間を整える』という内容が決まってる。コンセントや電源の位置が固定されていて、それをどうやってオシャレにしていくかを考える。そこで、これ僕が服飾の店頭でやってきたことだなって、気づいたんです。これなら僕でもできるぞって」

 

↑五十嵐さんが携わる建築プロジェクト「The VIEW」

 

その後、五十嵐さんはフリーとして独立。美容室を中心に店舗デザインのディレクションを手がけていった。現在は「The VIEW」というプロジェクトを立ち上げ、「景色を想像する」というコンセプトのもと先述の百貨店やカフェ、ホテルの一室など、さまざまなリノベーション案件に携わる。服飾店頭で培った感性は、いまの仕事でも生かされているという。

 

iPad ProとApple Pencilでペーパーレス化した

デザイン事務所に所属していた時代は、まだ紙を使った業務がメインだったそうだ。五十嵐さんは「それがすごくフラストレーションでした」と話す。「当時はiPhoneで撮影した写真をわざわざ印刷して図面に貼り付けて、クライアントやデザイナーに見せていました。でもそれがデザインとして上がってきたときに意図した通りになっているかというと、そう上手くはいきません。書類のやりとりもFAXでした」とも言う。

 

一方、フリーランスになってからはiPad Proを導入し、業務をペーパーレス化した。現在は自宅兼事務所で、プリンターやFAXは置いていなく、どうしても印刷が必要なときだけコンビニでプリントする程度になった。また、iPad Proだけでできる作業が増えたことで、仕事をする場所も選ばなくなったそうだ。

 

↑iPad Proで仕事をするようになった。写真は五十嵐さんが最近挑戦しているCADアプリ「Mopholio Trace -スケッチCAD」の画面

 

「iPadは初代からずっと親しんでいましたが、初代iPad ProとApple Pencilが出てきたときに衝撃を受けました。これだよこれ!って思って即日購入しましたね。それからずっとProシリーズを愛用していて、今は2018年モデルの11インチiPad Proを使っています」、と五十嵐さんは語る。「昔だったら机の上にノートパソコンと定規と書類が並んでいたんですけれど、いまはiPad Proだけ。スッキリしているので、アイデアが浮かびやすいですよ。人によっては雑多な部屋の方がよいと言いますが、僕は散らかっているとつい片付けたくなってしまうので(笑)」

 

反対にペーパーレス化によって困ったことはなかったか?——という筆者の質問に対しては「何もなかった」と五十嵐さんは答えた。彼が大学時代から長くApple製品に親しんできたという背景も大きいだろうが、「紙がない方が働きやすい」と感じる人が実際にいる。これは時代が一つの節目を迎えていることを象徴しているかもしれない。

 

アイデアを具体化し、98%を伝えるために

さて、五十嵐さんがiPad Proで最も活用するのが「PaperーFiftyThree」というアプリだ。ノートのように左右のスワイプでプロジェクトを切り替えられ、基本的な描画機能を一式備える。紙面に写真を貼り付けることも可能。まるでモレスキンの手帳を使っているかのような、質感の良いUIが魅力である。有料プランもあるが、無料でも利用できる。

 

↑「Paper」では、左右のスワイプでページをめくるようにしてプロジェクトを管理する

 

「クリエイティブディレクターとしての業務では、まずベースのデザインを決めて、そこから細かく具体化していく過程があります。例えば、デザイナーさんが送ってくれた図面の写真をPaperに取り込んで、もっとこのエリアを広くしたいなどと指示を書き込む。それをPDFに出力して『明日までに修正おねがい』とLINEで送り返す。で、次の日には、修正したものが上がってくる。昔だったらFAXと電話で1日以上かけていたものが、下手したら30分でできるようになったわけです。コミュニケーションを速いテンポで密に行えるようになりました」

 

↑デザイナーが作成した立体的な図面に、iPad Proから修正の指示を書き入れた様子

 

「いまではもう珍しくないかもしれませんが——」、と五十嵐さんは続ける。「当時はまだこんなやり方は主流ではありませんでした。五十嵐さんに頼むと仕事が早い、ってクライアントさんから評価してもらっていたんです。まさにテクノロジーのおかげで仕事をもらえていました」

 

つまり、iPad Proは五十嵐さんにとってアイデアを編集するための机であり、頭の中にあるものを具体化するためのツールなのだ。そしてこれがコミュニケーションのためにも使われている。

 

これは「先ほども言いましたが、デザイナーに指示を出しても100%思い通りのデザインが上がってくるわけではありません。しかし、iPad Proを使うようになってからは、自分の思っていることの98%くらいを、相手に伝えられれるようになりました」という彼の言葉にも表れている。

 

誰もがクリエイターになれる時代に大切なこと

好きなものと、嫌いなものをiPhoneのカメラで撮って残しておく——。これは五十嵐さんの習慣だ。

 

「世の中にあまりにも膨大なデザインがあるので、たまに脳がエラーを起こすんです。なぜかふとした拍子に全然好きじゃないデザインを取り入れちゃったりする」と五十嵐さんは語る。「だからそれをなくすために、好きなデザインと、苦手なデザインを記録しておく。たまに見返して、自分が好きだったものはどんなんだっけ?と確認するんです。もちろん好き嫌いが変わることもあるので、自分のアップデートにも使います」

 

↑五十嵐さんの好きなテーマは「木」だという。本人曰く、福井の生まれ故に、日本家屋に親しんできたため、どこかに木を採用すると落ち着くらしい。一方、反対にラグジュアリーな、過度に装飾されたデザインは苦手な傾向があるとのこと

 

こうして写真アプリの中にアーカイブされた画像は、出番になると五十嵐さんの脳に再び拾い上げられ、Paperの紙面上に貼り付けられる。そして、デザイナーやスタイリスト、クライアントに視覚的情報としてダイレクトに伝えられる。「こんなイメージがいい」、「こんなモデルを使いたい」。自分の頭にあるぼんやりした概念を視覚化して伝えることで、言語は共通化され、お互いの齟齬はなくなる。

 

五十嵐さんはこう説明する。「例えば、電話で説明すると、素人の僕が言ったことが、専門のデザイナーからすると『訳がわからない』と思われてしまうことがあります。iPad ProとApple Pencilをつかって写真や図にペンを入れることで、よりわかりやすく具現化できているのかもしれません」

 

↑服飾時代のメンターが勧めていた「二足のわらじ」を実現する鍵はコレだったのかもしれない、と五十嵐さんは言う

 

五十嵐さんは、iPad Proについて以下のように語る。「頭にはあるけど、アウトプットする技術がない。頭にはあるけど、上手く表に出せない。そういう人はiPad Proみたいに直接的に思考を反映できるツールを使うことで、夢を叶えられるかもしれないな、と思いますね。言い換えると、デザインというのは、テクノロジーの進歩で均一化されていくとも言える。誰もがある一定のレベルまで到達すると思います。しかし、そこからさらに一段階高いクリエイティビティを発揮しようとすると、発案者とそれを受け取るデザイナーとのコミュニケーションが重要になってくるのでしょう。僕にとってiPad Proはそれに一役かっているのかな、と思います」

 

デザインや建築を専門に学んだわけではなくとも、数年間の実務を通じてクリエイティブディレクターという生き方を実現した五十嵐さん。生まれ持ったものや、服飾業界で培った感性、そして何より積み重ねた努力があっての賜物であることは間違いない。しかし、そのアウトプットにはテクノロジーの発展が重要な役割を担っていると言えるだろう。

 

iPad Proを使えば、自分にもこんなことができるかもしれない——。もしそんなインスピレーションを得られたのなら、嬉しい限りである。