デジタル
2019/6/10 16:50

平成が終わる前に「インターネット」の思い出と魅力を振り返ってみた

「平成最後」という言葉を聞くと、個人的にはいろいろと思うところがある。1989年生まれ──平成が始まった年に生まれた僕ら世代にとっての「平成」とは、すなわち自分が生きてきた人生そのものを指す期間であるからだ。

あっという間だった気もするけれど、それでも約30年。四半世紀以上もの年月に及ぶともなれば、人によって「平成」という時代に抱くイメージは異なっていて当然だと思う。バブル崩壊の衝撃を今も覚えている人もいれば、度重なる自然災害や、大きな事件を思い起こす人もいるかもしれない。

おそらくは年末から年始にかけて、いろいろな場所で「平成」を総括する企画が組まれるはず。ならば「平成元年生まれ」の目線からも何か振り返ってみてはどうか──などと一瞬よぎったものの、一個人が語るのに「30年」は長すぎる。そういうのはやはり、専門家に任せることにしましょう。

でも一方で、「個人的な振り返り」をするのは悪くないとも思った。ひとつの時代を俯瞰的に見ることはできなくても、特定の話題について、主観的な体験を踏まえながら遡ることはできる。インターネットの片隅で個人的な話をまとめておくくらいなら、別に文句は言われないはずだ。

そう、ここで僕が話したいのは、まさにその「インターネット」の話なのです。

「平成」の世において広く普及し、今やすっかり日常的な存在になったもの。自分にとっては、ちょうど思春期に入ろうかというタイミングで出会い、常に傍らにあり続けた身近な存在。「平成最後」に自分が何かを振り返るのなら、「インターネット」をおいてほかにない。そう感じられたので。

ただ、一口に「インターネット」と言ってもその世界は広大で、見てきた景色は人によって違っていて当たり前。Twitterのタイムラインにひとつとして同じものがないように、長年にわたって親しんできたとしても、その目に映る景色は十人十色だ。でもだからこそ、誰かが語る「インターネット」の話はおもしろい。

──前置きが長くなりました。

そんなわけで本記事は、「平成1年生まれ」の筆者による、個人的な「インターネットの思い出語り」をまとめた内容となります。過去に話題になったサービスやインターネット史を概括的に整理しているわけではない、本当に “個人的” な文章となりますので、あらかじめご了承ください。

 

「おもしろFLASH」から始めるネット生活

自分がインターネットに抱いた第一印象は、「なんだかよくわからないけれど、時には笑い転げるくらいにはおもしろいもの」だった。

時は2000年。家には父親が買ってきたノート型Macintoshがあったものの、当初はあまり興味を示さなかった──と記憶している。何と言っても、当時の自分は小学校高学年。小学生男子の興味関心といえば、やはりテレビゲームである。

放課後になるや否や自転車のカゴにニンテンドー64のコントローラーを突っ込み、友達の家に突撃して遊ぶのが常。仲間内では「通信ケーブルやコントローラーを複数持っている」ことが評価され、たくさんのゲーム機やソフトを持っているヤツはヒーローだった。

それゆえ、「パソコンでもゲームができる」という知識はあっても、特別に心惹かれるようなことはなかった。──だって、友達と一緒に遊べないじゃん。家でひとりで遊ぶにしたって、誰も知らないゲームをプレイするよりは、ポケモンを捕まえて育てるほうが楽しいもん。

ところがある日、家にパソコンがあることを学校で話したところ、「それなら、おもしろいものが見られるよ!」と教えてくれたクラスメイトがいた。インターネットにつなげるなら、ある単語で検索してみてほしい。パソコンの内蔵ゲームなんかより、もっとおもしろいものがあるから──と。

それが、「おもしろFLASH倉庫」だった。


参考:おもしろフラッシュ総合サイト

まだYouTubeが登場する前、インターネット上で初めて目にした「動画」が、それだった。テレビ番組やアニメとは明らかに異なる、子ども目線にもシンプル……というかチープに見える映像なのに、テンションがぶっ飛んでいておかしい。……というか、意味がわからない。

記号で形づくられた猫っぽいキャラクターが動きまわる動画があり、著名人の画像を切り貼りして電子音声で喋らせる動画があり、棒人間が派手なアクションを繰り広げて血しぶきブシャー! となるグロい動画もあった。しまいにはドラミちゃんがダイナマイトな動画も目に入り……もう、わけがわからないよ!

全体的にハイテンションな動画が多く、ぶっちゃけ意味不明なものもあった。けれど、どれもこれもが子供にとっては刺激的で、笑い転げるほどにおもしろかったのだ。苦手なグロ動画は回避しつつ、「おもしろFLASH」で検索してヒットした作品を見まくっていた覚えがある。


「おもしろ」系も好きだけれど、印象深いのは音楽とアニメーション(参考:ナイトメアシティ

中学生になる頃にはネットの使い方を覚え、その世界にどっぷりとハマっている自分がいた。

検索エンジンは言うまでもなく、掲示板の使い方やリンクの仕組みも知り、ブラクラをはじめとする「危ないもの」の回避方法も習得。親には「ちょっと調べたいことがあるんだよねー」と言い訳しつつ、休日には妹と2人でFLASHアニメを見たり、CGIゲームで遊んだりと、全力でネットを楽しむようになった。

他方で、同時期のネットカルチャーといえば「テキストサイト」の存在は無視できない。しかし、それらサイトを目にしたことはあっても、当時の自分はそこまで魅力を感じていなかった模様。おもしろネタを探すにあたって個人ニュースサイトのお世話になってはいたものの、読み物として楽しんでいたのは一部のサイトだけ。なので、そのあたりの話についていけないのが、個人的には少し悔しくもある……。

ともかく、自分とインターネットの出会いを考えたときに、真っ先に「FLASH動画」が思い浮かぶのは間違いない。そして、そんなFLASH動画を楽しむなかで存在を知り、今現在の自分の趣味嗜好に少なからず影響を与えている作品がある。

それが、『新世紀エヴァンゲリオン』だ。

※FLASH動画との出会いについては記憶が若干曖昧なのですが、たしか小学生の頃はまだネットを使い慣れておらず、親から自由に使う許しも得られていなかったので、本格的にハマるようになるのは中学生になってからだったと思います。「FLASH黄金時代」と呼ばれているのが2004年くらいまでであり、ちょうど自分が中学生だった時期と重なるので。

 

二次創作によって広がる世界

中学生にもなれば、流行りのJ-POPや洋楽を聴き始める人が増えてくる。ラジオやテレビで新曲をチェックし、レンタルショップでCDを借りて、CDなりMDなりに録音して聴きまくる──というのが、90年代後半~00年代前半にかけての音楽の楽しみ方だったのではないだろうか。

例に漏れず自分も人気のJ-POPを追いかけていた一方で、借りるCDには、他ならぬFLASH動画の影響が見て取れた。当時、FLASH動画によく使われていたBUMP OF CHICKENは必修科目。ほかにはアニメのパロディ動画を見て気になった曲も調べて、一緒に借りていた覚えがある。……アニメ本編は見たことがないのに。

その手の「本編は知らないけれど曲は知っているアニメ」の代表格が、「新世紀エヴァンゲリオン」だった。テレビ放送からは5年以上が経過していたものの、まだまだ人気の高かった作品(というか今なお人気ですしね)。そのオープニング曲「残酷な天使のテーゼ」のパロディ動画や替え歌がネット上には多く存在しており、FLASH動画を探すなかで自然と耳にすることになったのだった。

その時点で曲は好きになっていたものの、アニメまで観ようという気にはなっていなかった自分。ただでさえレンタルCDやら何やらでお金を使っているのに、アニメ2クール分のビデオを借りるのは金銭的に難しい。そもそも思春期でお年頃の中学生男子にとって、「アニメのビデオを借りてきて自宅で観る」というのは、心理的にもハードルが高かったんじゃないかと思う。

ところがどっこい。そんなハードルは、「……ん? エヴァのビデオ? 劇場版もまとめて貸すよ?」という友達の一言によって、一瞬でぶっ倒されてしまった。

より正確には、「おもしろいから読め!」と半ば強制的に押し付けられたマンガ版によって外堀を埋められ、それを読んで「むっちゃおもろいじゃん!!」と興奮したタイミングで、アニメ本編+劇場版をすべて録画したVHSが突きつけられた格好。当然、ハマらないわけがなかった。

思春期の真っ只中──というか、リアルに “チルドレン” の年齢だった当時の自分にとって、「エヴァ」がもたらした衝撃は尋常じゃなかった。自分でもマンガ版をそろえ、サウンドトラックを集め、放送当時に流行ったという解釈本にまで手を出す有様。もちろんネットでもあれこれと調べ、考察サイトを読みあさることになる。

そんななか、ふらっと足を踏み入れてしまったのだ。
「SS」──いわゆる二次創作小説を投稿している界隈に。

ネット利用における個人的なファーストインパクトがFLASH動画なら、エヴァSSとの出会いはセカンドインパクト。それこそエヴァ世界の環境激変さながらに、自分のネット生活を大きく変えてしまうことになる。

電子の海に漂っていたのは、作品のファンが紡いだ無数の夢物語。SS作家が紡ぐストーリーは独創的で、ぶっ飛んでいて、本編では絶対にあり得ない内容でありながら──それゆえに、同じ作品のファンとして魅力的に感じられたのだ。


逆行やEOEを好んで読んでいた思い出/『2nd RING』とか好きです(参考:YP-EFF

確定された「物語」にもあらゆる未来があり、人それぞれに幾通りもの解釈が可能なのだと。ネットを利用すればどんな妄想でも形にすることができ、それを多くの人に読んでもらえるのだと。小説でもアニメでも想像することしか叶わなかった「物語のその後」が、こんなにもたくさん存在しているのだと。──そのことを身をもって知り、最高の娯楽を見つけた気分だった。

思えば、自分がテキストサイト的な “読み物” にハマらなかったのは、それとは別の “読み物” ──つまりは「SS」に夢中になっていたことが、理由のひとつとして挙げられるのかもしれない。時には徹夜して読み耽るようなこともあり、ファンが描くたくさんの「その後」を楽しんだ。ちなみに、カップリングの概念やエッチな世界、男同士の絡みなどは、その過程で知りました。……カヲシン、そういうのもあるのか。

そうして二次創作の世界を認識した自分は、のちに同人文化にもハマっていくことにもなる。この頃を境に「個人が作るインターネットコンテンツ」の魅力を知り、やがてネットカルチャー全般にも関心を持つようになった。エヴァとそのSSがもたらした影響は、思いのほか大きかったのかもしれない。

 

オフ会によって、ネットとリアルを越境する

FLASH動画にSS──つまるところは「無数のコンテンツが無料で楽しめる空間」として、インターネットを楽しんでいた自分。ゲーム音楽のアレンジ曲や、マンガ・アニメのファンイラストを公開しているサイトも巡回するようになり、順調に二次創作の沼へと沈みつつあった。

際限ないファンフィクションを消費者目線で楽しんでいた一方で、ネットを介したコミュニケーションにも徐々に魅力を感じるようになる。中学時代には『前略プロフィール』が局所的に流行。友達とやり取りをするほか、近所の他校の生徒との交流も生まれていた。

また、週末にはチャットルームに入り浸り、どこの誰とも知れない人と半日にわたって会話に興じることもあった。アホなことを言っても引かれないどころか、積極的に乗っかってきてくれるノリの良さ。「こん^^」の挨拶から始まる、文字を介した気軽なコミュニケーションに夢中になり、勉強もゲームも忘れて入室しまくっていた時期もあった。

高校に入ってしばらくすると、友達から教えてもらった『モバゲータウン』に入り浸るようになる。

世間的には『mixi』が全盛期くらいのタイミングだったと思うけれど、自分の周囲では流行っていなかった。──というか、高校生にとってはハードルが高かったんじゃないかな。自分の場合、mixiは受験が終わったくらいのタイミングで登録したような記憶がある。

mixiはさておき、数多くのミニゲームが遊べるモバゲーは「暇つぶしになる」という点で男子高校生に重宝され、スクールバスの車内でも多くの人が遊んでいた。ただしそれも一時的な流行に過ぎず、しばらくすると飽きられていたような覚えもある。

一方、自分がモバゲーにハマったのは、主にそのSNS的な部分に惹かれてのことだった。

アニメやマンガの話をする趣味系のサークルに所属し、興味関心の近い仲間と昼夜を問わず語り合った。ネットにおける自分の口調やキャラの原型は、この時期に形づくられたんじゃないかしら。当時の自分は「電波系」っぽい方向ではっちゃけており、謎のポーズをキメた半裸の写メを投稿するなど、数々の黒歴史も量産された。……あの頃にTwitterがなくてよかった。心の底からそう思う。


当時使っていたケータイ

そんななか、ひとつの転機が訪れる。
主に入り浸っていたオタク系のサークルで、オフ会が開かれることになったのだ。

ネット上で毎日のように、数か月にわたって絡み合っていた仲とはいえ、現実には名前も容姿も知らない他人同士。リアルでは中学生or高校生という人が多いという話は出ていたものの、それも事実かどうかはわからない。ちょうど出会い系サイトの問題が取り沙汰されていた頃だったし、少なからず警戒はしていたと思う。

それでも、話していれば「友達」の感覚も生まれようというもの。
結局、好奇心には勝てず参加することにしたのだった。

都内の小さな駅に集まったのは、中学〜高校生の男女合わせて9人。ドキドキしながら改札を出て、目印の帽子を被った男性を発見し、あうあう言いながら挨拶したことを覚えている。

「はじめましてー! あ、けいろーさん? わー! イメージ通りです!」なんて声をかけられ、自分も精いっぱい返答したものの……お互い、無理にテンションを上げている感じが見て取れた。だって、目が泳いでいるから。すでに到着していた数人とも笑顔で挨拶するも、会話が途切れた瞬間に、みんなで一斉にケータイをいじり出すから。あばばばば。

自身もケータイをいじりつつ──でもそんな様子を見て、ホッと安心している自分もいた。緊張しているのはみんな一緒だと理解できたし、誰ひとりとして嘘をついていないことがわかったから。みんなどこにでもいるような学生で、対面コミュニケーションがちょっと苦手で──そして、好きなことについては饒舌にならずにはいられない、「オタク」だったから。

そう、僕らには共通の話題があった。
アニメ、マンガ、ゲーム、そしてネットである。

結局のところ、緊張でぎくしゃくしていたのは最初だけだった。慣れてくれば、学校の友達と何も変わらない。カラオケに入ってバカ騒ぎし、マクドナルドでポテトをつまみながらオタ話に花を咲かせた。……いや、正確に言えば、 “学校の友達” とは微妙に違った。学校帰りのカラオケでは「ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト」なんて歌えないし、放課後のマックでは「東方がさぁ!」などという話はできないから。「え? 東方神起?」と聞き返されるのがオチだ。

当時は『ニコニコ動画』黎明期。いわゆる「弾幕曲」が流行し、「歌ってみた」が一大ジャンルとして盛り上がりはじめていた頃だったため、話題とカラオケの選曲には事欠かなかった。大声で叫び、声が枯れるほどに熱唱し、馬のマスクやパンツをかぶって踊り狂った。傍から見れば酔っぱらいかと思しき絵面ですが、全員が未成年なのでもちろん素面です。はい。


「若気の至り」としか言えない当時の日記が恥ずかしくて死にそう

何はともあれ、初めてのオフ会はまっことエキサイティングなものだった。ハンドルネームをリアルで名乗るのに気恥ずかしさを覚えつつも、お互いにそう呼ぶことが徐々に「しっくりくる」ように思えてくるあの感覚。ネットとリアルの境界線を越えるあの瞬間には、独特の感動がある。

そして何より、「初対面なのにそうじゃないと感じられる関係性」が不思議で、刺激的で、どこか尊いものにも感じられた。オフ会で得られたのは、「自分の大好きなインターネットが、初めて現実世界とつながった」ことの実感。このときほど、マサラタウンのポケモン研究所の前にいる彼の言葉が身に沁みて感じられたことはない。

──かがく(ネット)のちからって、すげー!

 

傍観者から参加者へ

二次創作との出会いに、初めてのオフ会。それら学生時代の体験を経て、インターネットは真の意味で「日常」となったように思う。ネット上で継続的に他者と交流するのが当たり前になり、リアルと地続きの「生活空間」のひとつとして数えられるようになった。

しかし同時に、ちょっとした物足りなさというか、漠然とした劣等感のようなものも生まれつつあった。「自分は結局のところ、傍観者でしかない」──そんな意識を、常にどこかに抱えていたように思う。

大学時代にはニコニコ動画が流行し、初期からずーっとその流行り廃りを追いかけてきた。視聴者として数多くのコンテンツに触れ、イベントにも参加した。その流れで自主制作CDや同人誌も買うようになり、毎年欠かさずコミックマーケットに足を運ぶようにもなった。そして2018年に至るまでのこの10年間、自分はずっと「個人の創作」に魅了され続けている。

けれど、それはあくまでも「消費者」目線の楽しみ方に過ぎない。そこには、「みんなが楽しそうにしている魅力的な遊び場を、外側から眺め続けているだけ」という感覚があった。あふれんばかりの作品への愛と創作への熱量を持ち、互いにそれを高め合っている人たちを遠目に見て、少しでもそのおこぼれに預かろうとしている──そんな自分のイメージが、ふと頭をよぎることがあった。

それはそれで楽しいし、数々のコンテンツが自分の生活に彩りを与えてくれていたことは間違いない。誰かが描いた物語によって救われ、精神的に余裕ができたことで生活が好転するようなことが何度もあった。ただ、それでもやはり「見ているだけ」という意識がどこかにあり、自分の中で常にくすぶり続けていたように思う。

そんな折、ちょうど就職活動をしていた頃に東日本大震災があり、自分の中の何かが揺さぶられる感覚があった。──具体的にどうこうしようというわけではない。けれど、何かやらなければいけない気がする。やりたいことがあった気がする。自分の中の価値観を上書きされ、何かの意欲を掻き立てられた。……それが「何」なのかは、わからなかったけれど。

そのモヤモヤがようやく形になったのは、大学を卒業してメーカーで働き始めた1年目、2012年12月のことだった。ふと「ブログを書いてみよう」と思ったのだ。


参考:ぐるりみち。

自分でサイト運営をするのは、中学時代に遊びで作っていたホームページ以来。当初は仕事が忙しくてろくに更新もできず、本格的に記事を投稿しはじめるのは翌年の秋くらいからになるのだけれど──それが、驚くほどに楽しかった。傍観者然としてコンテンツを摂取するばかりでなく、自分の意志で「参加」しているはっきりとした感覚が、そこにはあった。

最初の頃に書いていたことといえば、本当に取り留めのないことばかり。本の感想だったり、ネットの話題だったり、ちょっとした思いつきや考えたことだったり、何の変哲もない個人的な日記だったり。ただ、そうやって自分の思考や感情を言語化してまとめる作業は思いのほか楽しく、夢中になるのに時間はかからなかった。

それまでは書かされることの多かった文章を、好き勝手に書き連ねることのおもしろさ。その「自分ごと」として書いている自主性の実感と、そしてブログに書かれるコメントの存在が、自分を「参加者」たらしめてくれていた。明らかに拙い素人の文章でも、どこかの誰かが読んでくれている。目に見えてわかるその事実が、毎日のように書き続けるモチベーションとなっていた。

瞬間、それまでは誰かから受け取るばかりだった「熱」が、自分以外の誰かに伝わったことがわかった。それも他人の受け売りでなく、己の内から発せられた熱量が、大好きなインターネットを介して。と同時に、当たり前になっていたネットコミュニケーションの、根源的な体験と感動──顔も知らない相手に「伝わる」感覚──を、ひさしぶりに思い出すことができた。

ブログがもたらしてくれたものは、ほかにもある。

ブログの記事が編集者さんの目に留まったことをきっかけに仕事の依頼が入り、自分が書いた文章でお金をもらった。──もらってしまった。びっくりした。「文章って、お金になるんだ!」という、当然と言えば当然のことに感動してしまった。初めてのオフ会における「つながった!」という実感とは別の意味で、また「リアルとつながった!」という感動を覚えた。

──ずっと親しんできて、すっかり日常の一部になっていた、インターネット。

でも一方では、そこで催されるお祭りや共有される文化を、外から眺めているだけのような感覚も常にあった。ずっと身近なものとして付き合ってきたつもりが、遠くにあるようにも感じられていた。「僕らの遊び場」と考えていた場所に、実は「僕」はいなかったのかもしれない──。そう考えると、やるせない気持ちになった。

長らくそのように感じられていたのだけれど、今は違う。たとえ傍観者に過ぎなかったとしても、インターネットは昔から自分たちの居場所であったし、今も変わらない。むしろブログを通して関わるようになったことで、今まで以上に刺激的で魅力的な存在に感じられている。

平成最後の年になってもなお、インターネットは楽しい
そんな、どうということのない実感を持てることが、僕には何よりも嬉しい。

 

バーチャルYouTuberと、これからのインターネット

──「インターネットはつまらなくなった」と話す人がいる。

昔と比べて新鮮さがなくなった。普及したことでつまらない人が増えた。お金儲けの道具に成りはてた。罵詈雑言ばかり飛び交っていて話にならない。生産性のある議論ができない。ダルい。疲れた──。

そういった側面も少なからずはあるのかもしれない。

炎上はなくならないし、褒められない稼ぎ方をしている人もいる。長年にわたって触れていれば似たり寄ったりの話題が目に入ることもあるだろうし、過去のネタや問題が再び盛り上がるようなことも実際にある。大勢の人間が利用し、それがコミュニケーションツールとしても機能している以上、問題がゼロになることはないと思う。

ただ、「つまらなくなった」という一点についてだけ考えるなら、対処法はある。

普段は読まないサイトを読んでみる。使ったことのないサービスに触れてみる。そうやって、いつもとは違うことをしてみればいい。マイナーなSNSに行けば、慣れないコミュニケーションや言葉づかいをもどかしく思いつつも、新鮮さを感じられるはず。アカウントをリセットするのもひとつの手だ。

大切なのは、視点を変えること。「つまらない」で思考停止せず、「どうやったらおもしろくなるか」を考える。サービスを根本から変えることはできないが、「自分にとっておもしろく感じられるポイントを探す」くらいならば誰にだってできるはずだ。

あるいはいろいろなところへ顔を出して、「おもしろい」場所を探してみる。

なんたって、インターネットの世界は広大なのだ。中学生の自分がFLASH動画を探し、チャットに入り浸っていた頃に、息をするように2chに書きこみ、テキストサイトを読んでいた人だっている。おもしろい場所は見つかっていないだけかもしれないし、いざとなれば海外のサイトへ “渡航” して探すことだってできる。

はたまた、「参加者になる」という方法もある。

傍観者から参加者へ、受信者から発信者へ、消費者から創作者へと、自分の立ち位置を変えてみる。文章・写真・イラスト・音声・動画など、今はどのような分野にでも気軽に飛び込むことができる。各種投稿サービスや特化型SNSもあるし、自分のブログやサイトを作ってそこで発信してもいい。匿名の投稿だって、ひとりの「参加者」によるものであることに変わりはない。

とはいえ、なかには「何を発信すればいいのかわからない」という人もいるかもしれない。特に書きたいことはなく、絵を描くこともできず、写真にも興味はなく、ものづくりなどもってのほか。……考えてみれば、僕自身もそうだった。

そんな人には、自分の「好き」について発信してみることをおすすめしたい。

長年続けている趣味や、追い続けているアーティスト、最近気になっているコンテンツについて、自由気ままに語ってみる。改めて言語化することによって得られる気づきもあるし、発信することで同好の士とつながれるメリットもある。さらには、そうして発信し続けることで別の活動につながる──なんてこともあるかもしれない。

最近の話で言えば、個人的には今、「バーチャルYouTuber」がアツい。ここまでの話で触れてきた、個人が制作するコンテンツと、つながり連鎖するネットカルチャーの流れを汲んでいるようにも見えるため、ひとりの「ネット好き」としては無視できない存在だ。

アニメキャラクターのような出で立ちで、多方面に活動するVTuber。ただ、まったく新しい存在であるかのようでいて、ゲーム実況・歌ってみた・雑談配信などの動画は、既存のコンテンツの延長線上にあるようにも見える。やっていることは、すでに活躍しているYouTuber・アイドル・生主と変わらない──。たしかに、そのように捉えることもできなくはない。

しかしVTuberには、「何にでもなれる」という大きな特徴がある。

一般的なYouTuberの場合、動画に出演するのは基本的に「素の自分」となる。仮面やマスクで顔を隠したり、ボイスチェンジャーで声を変えたりすることはできても、まったく別の人間になることはできない。動画もどちらかと言えば「テレビ」的な内容で、リアルの延長線上にあるように感じられる。

一方でVTuberの場合は、文字どおり「何にでもなれる」。アラサーの男性が美少女キャラに扮してもいいし、ギャルがナイスミドルなおじさんキャラになってもいい。ボイスチェンジャーで声を変えて演じることもできるが、あえて地声のまま「おっさん声で話す美少女」や「ギャル口調で話すおっさん」として活動することもできる。人外にだってなれるし、無機物にもなれる。うちの妹なんかは「黒板消しになりたい」と話していたくらいだ。

動画の内容はさておき、「キャラクターの外見を身にまとう」「リアルとは異なるキャラを演じる」ことができるVTuberを見ると、何と言うか……ものすごく「インターネットっぽい」ように感じられないだろうか。

言うなれば、それは「Twitterのアイコンをアニメキャラや猫にしている」ようなもの。

多少なりとも「リアルの自分とは異なる姿をしている」という点で、VTuberはそれまでの “インターネット的” な文脈を受け継いでいるように見える。ファンが二次創作を投稿し、VTuberたちがお互いにコラボレーションするような流れも、同じく “ネット的” な展開であると言えそうだ。

他方で、(3Dモデルの体を持つ)VTuberが活動する「VR」の世界には、「そこにいる」と錯覚するほどの没入感がある。これまでは音声・動画・文字を用いて画面越しにしかできなかったコミュニケーションが、VR空間では奥行きを伴ったものとして体感できるのだ。

先ほどの表現で言えば、その場に「参加」しているという強い実感が得られる。他人と同じ空間を共感しているように感じられるVR空間においては、既存のネットコミュニケーションとは異なる「実在性」が見て取れる。でもそれでいて、やり取りはアバターを用いて行うという “ネット的” な文脈を引き継いでいる点も、VRコミュニケーションの魅力と言えそうだ。

しかもVRの場合、当事者になるのは簡単だ。「発信したいこと」も何も必要なく、「VR機器をそろえる」だけで「参加」することができる。

ただし、そこはいまだ発展途上の世界。特にVRChatなどは、良くも悪くもインターネット黎明期のごとく無法地帯と化している、という話もある。とは言え、清濁併せ呑む必要はあるものの、昔のネットが好きな人にとってはエキサイティングで居心地のいい空間となっているようだ。

──同じ「バーチャル」という単語を含むため並べて取り上げたけれど、「VTuber」と「VR」は本来、切り分けて考えるべきなのかもしれない。2Dモデルを用いたVTuberも数多くいることを考慮すると、両者は必ずしも密接な関係にあるわけでもないからだ。

ただ、双方の要素が組み合わさった企画やイベントの話を聞くと、そこに並々ならぬ「熱」が生まれていることを感じずにはいられない。3Dモデルを用いて第一線で活躍するVTuberたちとその周囲の動向を眺めていると、自分もそこに「参加」したいと思わずにはいられないのだ。

そのことを強く実感させられたのが、平成最後の8月31日のことだった。

VRサービス『cluster』の特設ライブ会場にて開催された、「輝夜月LIVE@Zepp VR」。チケットを確保できなかった──というかそもそも自宅にVR環境がなかった自分は、そのライブの模様を映画館で見ていた
(関連記事:【輝夜月LIVE感想】エビで空飛ぶ月の姫に、仮想現実の夢を見た)。

詳しくは各メディアのレポートやブログの感想を参照いただくとして……映画館の大画面で見たVRライブは、とてつもないものだった。非現実的なステージに、劇場版アニメのようなカメラワーク。リアルの音楽ライブではあり得ないパフォーマンスに興奮し、感情が高ぶって泣けてくるほどだった。

次世代のライブに興奮し、本当に行ってよかったと満足していた自分。
しかし一方で、同時に感じた「悔しさ」もまた脳裏に焼きついている。

あんなにも最高に楽しいお祭り騒ぎを、VR空間における「参加者」として共有できなかったこと。VTuberたちを中心に、多方面で活躍するクリエイターや技術者、そしてファンをも巻きこんで熱量を高めつつあるカルチャーに対して、「傍観者」としてしか触れてこなかったこと。それが何よりも、悔しく感じられた。

──だからこそ、自分も「熱」を伝える一要素になりたいと、そう思った。

二次創作に触れることで伝わってきた情熱。掲示板で繰り返されてきたお祭り騒ぎ。オフ会の場で感じられた温度。ファンの愛がもたらす莫大なエネルギー。

これまでに数多くのコンテンツに触れ、長年にわたって楽しんできた、ネットカルチャー。ずっとその傍観者でしかなかった自分も、気づけば今は、ブログを書いてあれこれと発信するようになった。ならば、そろそろ僕も「熱」を伝える役割を果たしてみたい。

たくさんの線をつなげる、点になりたい。

創作意欲があるわけでなく、特別な技術を身につけているわけでもなく、それでも「好き」の気持ちだけは持っている──。そんな自分のような人が、過去に抱いていた何かしらの「熱」を思い出すきっかけになればいい。そう考え、今回はこのような記事を書かせていただいた。自分語りの色が強すぎるのはご愛嬌ということで……。

そして、好き勝手に長々と書いたけど、言いたいことは一点だけ。

平成が終わるこのタイミングに、「自分が好きなインターネット」について前向きに振り返ってみてはどうでしょうか──ということ。「最近のインターネットはつまらない」ではなく、懐古でもいいから「インターネットは楽しかった!」とポジティブに記憶を掘り起こしてみる。

そうやって、自分が何を楽しんでいたか、何に魅力を感じていたかを振り返ることによって、現状の「つまらない」を「おもしろい」に変換することもできるのではないかしら。と言うのも、10年、20年と長くインターネットに触れている人ほど、実は「熱」の扱いに長けているんじゃないかと思う。

今はつまらないと感じていても、何をどうすれば盛り上がるかはよく知っている。悪い意味での「炎上」でなく、良い意味で「熱が伝わる」過程を見てきている。あわよくば自分を「伝える」立ち位置に置くことで、自身も改めてインターネットを楽しめるようになるのではないか。

そんなこんなで、長かった平成も間もなく終わる。

正直なところ、元号の区切りにそこまで大きな意味を感じている人は少数派なのかもしれない。でも、いろいろと振り返るには良いタイミング。平成のインターネットが終わり、今後はどうなっていくのか──VRが普及するのか、別の何かが出てくるのか──に思いを馳せてみるのも、悪くはないように思った。この先どうなるかはわからないけれど、未来にはいつもワクワクしていたい。

僕もいずれはバ美肉(※バーチャル美少女受肉)する日を夢見つつ、今日も明日もインターネットを楽しくやっていく所存。ありがとう、インターネット。今後ともよろしくお願いいたします。

【筆者プロフィール】
keiro-_icon
けいろー
フリーライター。ネットカルチ ャーを愛するゆとり世代。趣味で始めたブログ『ぐるりみち。』を経由して仕事をもらえるようになり、ノリと勢いで独立。本・グルメ・街歩き・旅行・ネット・アニメなどに関心あり。執筆実績として『HATSUNE MIKU EXPO 2016 Japan Tour』公式パンフレットなど。バーチャルな存在になりたい。
ぐるりみち
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