いまや、多くの人の日常生活に欠かせない存在となっている地図アプリ。昼ご飯を食べるお店を探す時から、旅先の観光スポットへの道順まで、さまざまな場所へ案内してくれる、心強い存在です。そんな地図アプリの代表的存在ともなっている「Google マップ」は、2005年にパソコン(Webブラウザー)向けのサービスとして登場して以来、常に機能改良を重ねて、進化を続けてきました。
Google マップは世界中で提供されているサービスですが、その進化の源には日本ならではのアイデアが多く取り入れられています。今回、Google 日本法人が2021年9月で創立20周年を迎えることを記念して、Google マップの日本における開発責任者を務める後藤正徳氏にインタビューを敢行しました。
Google マップは、地図サービスを開発するベンチャー企業のWhere 2 Technologiesを買収し、Webブラウザーで表示する地図としてスタート。その後、街中の写真を見られる「Google ストリートビュー」「衛星写真サービス」「インドアマップ」などさまざまな機能を追加しています。さらに、スマホの普及とともにモバイル対応も進めて、利用シーンにあわせた変貌を遂げてきました。今日のGoogle マップには、もはや単なる“地図”に留まらない無数の機能が含まれています。
Google マップの初期からサービス開発に携わっていた後藤氏は、Google マップが全世界で使われるサービスとして成長していく中で、“日本特有の課題“への対応が飛躍のカギとなったと指摘します。
日本はGoogle マップの主要な開発拠点
GetNavi web(以下、――) Google マップは誕生から16年で世界中の人が使うサービスへと成長しました。
後藤氏(以下、敬称略) Google マップは使う環境、機能など時々に応じてさまざまな改良を続け、現在は世界で月間数十億人が使うサービスへと成長を遂げています。
最初のコンセプトは「紙の地図のデジタル化」で、Webサイト上で地図が見られるサービスでした。その後、Google Earthの機能を取り込みつつ衛星写真の地図に対応し、現在では路線図やインドアマップ(建物内部の地図)など、さまざまな地図が統合されています。
また、機能面でも、場所を探す検索機能はもちろんのこと、クルマや徒歩によるナビ機能、その場所の写真が見られるGoogle ストリートビューなど数え切れないほどの機能を追加してきました。
さらに、地図の作り方も変わってきています。2014年には店舗の運営者などに情報を投稿してもらう「Google マイビジネス」を開始し、2015年には口コミを投稿するユーザーさん同士のコミュニティをつなぐ「ローカルガイド」がスタートしました。Googleが出した地図をユーザーさんに使っていただくだけでなく、ユーザーさんと一緒に地図を作っていくような動きも出てきています。
―― 頻繁なアップデートはGoogleのサービス全体に見られる特徴ですね。プレスリリースなどで大々的に発表されない更新も多くあるように思います。
後藤 おっしゃる通り、Google マップは頻繁に機能を刷新しています。Google マップの開発チームは世界各地にありまして、各国の要望を取り入れつつ、年間で数百というアップデートを実施しています。
その中でも、日本はGoogle マップのサービス開始初期の段階から、主要な開発拠点のひとつとなっています。
「地図先進国」で「課題先進国」である日本
―― 日本がGoogle マップの主要な開発拠点であるとは驚きました。日本ならではの事情があるのでしょうか。
後藤 深い理由があります。僕は日本のことを「地図先進国」かつ「課題先進国」と考えています。
日本の地図には独特の地図文化があり、さらに課題もありました。日本の地図が抱える課題に取り組むことで、全世界のユーザーの課題解決に役立っているのではないかと思います。
―― 地図先進国で課題先進国とは、どういうことでしょうか。
後藤 少し深掘りになりますが、日本の住居表示は、世界でもほとんど類例がない、複雑なものになっています。「2丁目3番4号」という住所があったとき、どこに2丁目があるのかは、住所だけではわかりません。ここから1番、ここは2番といった区分けは、実は統一したルールがなく、地域によってさまざまな順番で振られているのです。
海外では、ほとんどの国が「通り」に沿って番号を付けていく住居表示を採用しています。たとえばGoogle本社の住所は「1600 Amphitheatre Parkway Mountain View, CA 94043 United States」。通りさえ知っていればたどり着けるのです。
それに対して、日本では地図を見て初めて、その住所がどこにあるかわかるということになります。いわば全国民が地図を見ることに親しんでいる、その状況が地図先進国の文化を育んだのではないかなと考えています。
徒歩のナビ機能やインドアマップは日本のニーズが強い機能
―― そうした日本ならではの地図文化は、Google マップにどのような影響を与えたのでしょうか
後藤 たとえば、Google マップには「地図上にレストランのアイコンをタップすると、お店の情報や料理の写真が表示される」という機能があります。いまでは当たり前のように使われていますが、実はこの機能は日本のチームが主導して開発したものです。
開発当初は「ラーメン屋さんに行くならラーメンの写真は見たいよね」という発想で、地図上からタップして、ラーメンの写真が見られるような機能を作りました。すると他の国の開発チームから「なんて便利なんだ」と驚きをもって迎えられたのです。
地図と写真を組み合わせて使うという発想は、日本では当たり前ですよね。日本の旅行ガイドブックを開くと、写真満載で観光スポットやお店の魅力を伝えています。それに対して、海外の旅行ガイドブックは写真や挿絵は少なめで、文字の説明で多くを伝えようとしています。写真と地図を組み合わせるという発想は、こうした日本の文化的背景があって生まれたのではないかなと、考えています。
―― 日本ならではといえば、東京のような大規模な都市も世界では珍しいものですよね
後藤 そうなんです。東京では特に鉄道のような公共交通機関と、徒歩による移動が重要ですよね。
アメリカはまさしくクルマ中心の社会で、電車に乗った方が遅くなることもあるんですが、日本では電車も徒歩も非常に重要な存在です。単に生活スタイルが違うというだけの話ではなくて、日本ならではの交通事情が地図の使われ方にも影響しているということですね。
Google マップには徒歩のナビ機能がありますが、この機能は日本で強いニーズがあるだろうと見ていました。日本は徒歩ナビゲーションを全国規模に展開した、最初の国になっています。
また、そうした機能はほかにもたくさんあります。たとえばインドアマップ。日本は大きな駅ビルや地下街など、屋内の公共空間が多く存在します。そうした建物の情報も地図に反映させたのが、インドアマップです。
―― 新宿駅や大阪梅田駅の複雑さはよく知られていますよね
後藤 俗に「ダンジョン」とも呼ばれていたりもしますよね(笑)。これだけ屋内の施設が多く並んでいて、多層構造になっている都市って世界でもあまり多くはないんです。そもそも地下が何層にもなっており、さらに地上には道路があって電車が走っているうえに高速道路もある。そしてその間をペデストリアンデッキが通っている。そうした都市の構造自体が特殊なのかもしれません。
―― 逆に「このアイデアは日本にはなかった!」という機能はありますか?
後藤 街並みの様子を見られる「ストリートビュー」はさすがに僕もびっくりしましたね。「え、この街並みを全部撮っちゃうの?」って。
実は、ストリートビュー機能はGoogleの創業者のひとり、ラリー・ペイジの発案でした。「世界の360度の地図を作りたい」という素朴な発想ですが、大胆ですよね。ただ、よくよく考えてみるとなぜこれまでなかったのかという画期的な機能でした。
パソコンは将来のために地図を調べる、スマホは「今、ここからの行き先」を探す
―― Google マップが2005年にサービスを開始した時点では、パソコンのWebブラウザーで閲覧できる地図でした。その後、2007年のiPhone登場を契機にスマートフォンの時代が到来しましたが、その中でも地図は重要な機能となっています。スマホの登場はGoogle マップにとって、どのような変化をもたらしたのでしょうか。
後藤 Google マップは、いまで言うフィーチャーフォンからモバイル対応をスタートしました。その後、2008年にAndroidアプリを、2012年にiOSアプリを提供しています。スマホ時代の到来は、地図にとっても大きな変化をもたらしました。
パソコンで見る地図とスマホで見る地図の大きな違いは、「使われ方」です。パソコンだと、旅先への行程を調べたり、行きたい観光スポットを旅行の前に検索したりと、「これから起きる将来を調べる」という使われ方になりがちです。
それに対してモバイルの地図では、通信がつながる限りどこまでも地図を持ち歩けます。使い方も変わってくるんです。モバイルでは「今」「ここで」探す。つまり、明日や明後日の行き先を探すのではなく「今、ここからの行き先」を探すために地図が使われます。
―― 使い方がまったく違うのですね。
後藤 Google マップでは、パソコン版とモバイル版で、それぞれの使われ方にあわせたチューニングを行っています。同じ使い方・同じ機能でも少しずつ表示の仕方が違うなど、細かな差があるのです。
モバイル版ではスマホを出して開いたときに、現在地を中心に表示して、周りのスポットを探せるようになっています。
駐車場を検索するときに、辞書的な意味を調べたいわけじゃない
―― 新しい機能のアイデアはどのように生まれてくるのでしょうか。
後藤 実際にユーザーさんの使い方を観察したり、開発チームでこういう使い方があると良いよねといったアイデアを出し合ったりするなど、いろいろな角度から研究しています。また、ユーザーさんに「問題の報告」をいただいて改善するケースももちろんあります。そうした新しいアイデアは、実際に提供する前に試作版を作ってみることもあります。
―― 近年のGoogle マップでは、口コミを表示するローカルガイドのように、ユーザーの発信する情報を取り入れるようになっていますね。
↑ローカルガイドは、Google マップで口コミを投稿したり、写真を共有したり、質問に回答したり、場所の追加や編集を行ったり、情報を確認したりするユーザーの世界的なコミュニティ。Google アカウントを持っていれば誰でもコミュニティに参加できます
後藤 Googleは創業時から「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」をミッションに掲げています。これを愚直に守っていたら、ローカルガイドという機能に行き着いたのです。
移り変わりの早い世の中にあって、ユーザーさんに投稿いただくフレッシュな情報は、ほかの多くの方にとっても役立つものです。さらに、ローカルガイドで投稿された情報は、Google 検索にも表示されるようになっています。投稿していただいた情報を整理して表示することで、多くのユーザーが便利に使っていただけるのです。
―― ローカルガイドを通して、検索と地図が強く結びついているんですね
後藤 そしてGoogle 検索でも位置情報は重要です。統計的には、検索エンジンで調べる情報のうちおよそ2割には「場所の意図」があると言われています。
―― 検索の「場所の意図」?
後藤 たとえばスマホで「駐車場」と検索しているとき、その人は駐車場の辞書的な意味を知りたい訳ではないですよね。「駐車場」という検索ワードには、自分の周りにある駐車場の場所を探しているというユーザーの意図が込められています。今どこにいて、駐車場がどこにあるのかは情報がないと探せないんですね。
それが「場所の意図」です。人間ってやっぱりインターネットの世界に生きているわけではなくて、現実世界に生きている。現実世界っていうのは場所というのが非常に重要です。だから場所というのは検索においても重要な要素となっているわけですね。
Google マップは課題だらけ
―― 2019年末から、新型コロナウイルス感染症の流行で社会が大きく変化しました。Google マップがその変化を受けて変わったところはありますか。
後藤 2020年に最初の緊急事態宣言が出て、外出自粛が呼びかけられた頃、Google マップではテイクアウトできるお店を探せるボタンを表示していました。そのテイクアウトの情報も、店舗のオーナーさんやローカルガイドでいただいた情報を元に表示していました。
社会の変化への対応という意味では、Google マップでの自転車ナビゲーションも2020年に日本でリリースしました。コロナ禍で自転車通勤に切り替える方がすごく増えましたので、ユーザーさんの使い方の変化にあわせて、自転車ナビゲーションの提供に至ったという訳です。
―― スマホの普及が進む中で、Google マップは今後、どのように進化していくのでしょうか。
後藤 Google マップはユーザーさんの使われ方にあわせて改善を遂げて、いまに至っています。時には、もともとGoogleが思いもしなかったような使われ方をすることもあるんですよ。
たとえば、WebサイトにGoogle マップを埋め込むという使い方は、いまでは当たり前ですよね。これは実はユーザーさんが「これ便利じゃん」とGoogleの許諾を得ずに勝手に埋め込んで使い始めたのが最初でした。それを見たGoogle マップの開発チームは「こんな使い方あったんだ!」と。それならみなさんがより便利に使えるような形で提供しましょうということで、Google Maps APIが誕生しました。
そして、コロナ禍での変化のように、社会の変化にあわせて進化を続けている面もあります。
―― 最後に、Google マップが抱えている課題があれば教えてください。
後藤 たくさんありすぎて、どれから手を付けていけば良いやら、まだまだ課題だらけだなと思っています。
時には「Google マップって完成しているんじゃないですか?」と言われることも結構あるのですが、我々からするとまだまだ改善の余地があります。お店の検索ひとつとっても、新しいお店ができてもすぐには検索できなかったり、情報がそろっていなかったりといった、現状では満足できていない面もあります。
年間数百回のアップデートをしているとはいえ、使い勝手のまだまだ道半ばです。ユーザーさんが「んっ?」と違和感を持つところをできる限りなくしていって、より信頼性が高く、便利な地図になるように、日夜議論を重ねて参ります。
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