近年、ミュージアムやレジャー施設、街中の屋外ディスプレイなどで、イマーシブな(没入感のある)映像コンテンツや広告を見かける機会が増えている。なかでもここ数年、世界的なトレンドとなっているのが、専用のメガネがなくても映像が飛び出して見えたり、投影されているものがあたかもそこにあるかのように見えたりする3Dサイネージだ。日本では、JR新宿駅東口の「クロスビジョン新宿」に投影される3D巨大猫で知られている。
韓国発のクリエイティブ企業の作品はSNSでの再生回数1億回越え!
このジャンルにおいて世界的に注目を集めているクリエイティブ企業がある。それが、韓国の「d’strict(ディーストリクト)」だ。彼らが2020年にソウルで発表した「WAVE」という作品は、SNSやロイター通信、CNNなどの海外メディアで話題になり、関連動画の合計再生回数は1億回を超えている。
彼らはWAVEを公開したあとも、ニューヨークのタイムズスクエアで作品を公開したり、ドバイやラスベガスなど、世界8か所に体験型のメディアアート施設「アルテミュージアム」を作ったりと、国内外のメディアアートシーンで活躍している。
作品を作るだけでなく新たにサブスクサービスも開始し日本で初お披露目
そんな彼らが2021年に、「LED.ART」というアートサービスの提供を開始し、2024年6月に幕張メッセで行われた日本最大級のサイネージの展示会「デジタルサイネージジャパン 2024」にて、その一部が日本でも初お披露目されたので紹介したい。
イベント初日には同社代表の李 誠浩(リ・ソンホ)さんも来日し、話を聞く機会をいただけたので、彼の声と共にお届けする。
そもそもLED.ARTは、d’strictと韓国のデジタルスペースエクスペリエンス会社「CJ CGV」が共同で提供する法人向けのサブスクリプション型サービスで、会員は、世界で注目を集めているメディアアートを手頃な価格で活用できる。
法人向けのサービスではあるが、今後、普及することで一般消費者である我々が、街中で見かける機会はぐんと増えるだろうし、企業がこのサービスを導入することで、街の景色がガラリと変わる可能性を秘めたユニークなサービスである。
李さんによるとLED.ART誕生のきっかけは、前述した「WAVE」の成功だったという。
「コロナ禍真っ只中の2020年にWAVEを発表した際、SNSで大きな話題となり、パブリックメディアアートの可能性を示すことができました。おかげで、世界各地からたくさんの問い合わせをいただいたのですが、WAVEのようなコンテンツを短時間で大量に生産するのは難しく、ほぼお断りすることになってしまいました。ですがこの経験から、WAVEのような魅力的な作品をあらかじめ作成しておいて、それをサブスクリプションで提供すればニーズがあるのではと考えるようになりました」(李さん、以下同)
サブスクリプション型というアイデアが生まれてから準備を進め、2021年にサービスの提供を開始。以降、韓国を中心にユーザー数を伸ばしているという。
「導入事例はすでに多くありますが、たとえばソウルの大学病院では、訪れた患者さんからヒーリング効果を得られると反響をいただきました。それを見たほかの病院からも導入したいとお声がけ頂いています」
「ほかにもクリスマスや年末のカウントダウンイベントなどの前後に、私たちのメディアアートがソウルの街を彩り、訪れた人たちのフォトスポットとして活躍しました」
没入感のある映像体験をイベントやアトラクションだけでなく日常に
「LED.ARTの最大のメリットは、映し出すコンテンツを変えるだけで空間の雰囲気を一瞬で変えられること。ディスプレイの形状や解像度に関係なく、ご活用いただける点も魅力です。都市開発などで新しい商業施設や空間を作る際に、集客する手段や来場者とのコミュニケーションツールのひとつとして、多くの企業から求められるようになると思います」
日本国内でも都庁や東京駅のプロジェクションマッピングが話題になってはいるが、現在、メディアアートを使ったイマーシブな体験は、昨年東京・大阪・福岡で開催されたゴッホやセザンヌなどの絵画世界を体感できる「イマーシブ・ミュージアム」や、お台場の元ビーナスフォートにオープンした「イマーシブ・フォート東京」など、イベントやアトラクションが中心だ。
しかしLED.ARTの導入が進めば、病院や空港、ホテル、商業施設などで、日常的に非日常な空間を体感できる可能性があり、サブスクリプション型であるために、手頃な価格で季節に応じて流す映像を変えられるため、来場者は訪れるたびに、初めてそこを訪れたかのような気持ちになれる。
そして、都会のど真ん中で大自然やファンタジーの世界、近未来都市に迷い込んだような気分になったり。そこには新鮮な驚きとワクワク感がある。
自宅や商業施設に飾る絵画サイズが中心にはなるが、デジタルアートをサブスクリプションで提供するサービスは、LED.ART以外にもあるが、その大きな違いは何なのか。
「ほかのアート配信サービスは、様々なアーティストの方が自由に作品を登録できる場合がほとんどです。というのもこれらのサービスは、できるだけ登録作品数を増やすことを目指しているからです。そのため、時々、他の方が作った作品をコピーして作った作品が登録されてしまうケースがあるんです。
一方で私たちは、アーティストのオリジナリティや作品の真贋を自分たちの目できちんとチェックしたうえで、協業すべきかをきちんと見極めています。さらにアーティストに対しても、正当な報酬をお支払いするための購読料ポリシーを設けているので、それがメディアアート分野の今後の成長の支援にもつながると考えています」
現在、LED.ARTに登録されている作品は約180点(2024年7月時点)。前述した通り、彼らが目指すのは作品の量産ではない。とはいえ、彼らも選択肢(作品点数)の多さの重要性も認識してはいる。
「現在、アーティスト専属のキューレターと協力して、世界中のアーティストたちと積極的にコミュニーケーションをとっているので、今後は質にこだわりながらもいまよりも早いスピードで作品数を増やせると予想しています。2025年末までに1000作品に増やすのが目標です」
加えて、これまでの作品づくりの知見を活かし、空間自体のコンサルティングなども行い、より特別感のあるサービスを提供できるよう準備しているという。
さらに、現在の大型コンテンツの提供だけでなく、ホテルや高級リテールスペースでのフォトフレーム型メディアアートの需要の高まりに応えられるよう、小型のデジタルキャンバスとメディアアートをセットで提供する一体型サービスの準備もしているそうだ。
大型ディスプレイをコミュニケーションの手段に
李さんがLED.ARTで目指すのは、特定のサービスやブランドを紹介する広告目的で設置されることがほとんどである大型ディスプレイが、商業的な広告としてだけではなく、人々にとってもっと快適で魅力的な空間を作るためのコミュニケーション手段として定着することだという。
「私たちの最終ゴールは、メディアアートでその空間に新しいインスピレーションを生むことです。つまるところ芸術とういうのは、誰かが共感し、何かインスピレーションを得たときに生命力をもつと考えているからです。デジタルという特徴をいかし、一方的な配信媒体ではなく、人々がメディアアートを通じてお互いにコミュニケーションを取り合い、自分の好みを通じて人とつながっていく、そんなサービスに育てていきたいと思っています」
今回の展示会出展を経て、日本での本格的なサービス展開も目指しているとのこと。冒頭でいくつか紹介した彼らの作品のYouYube動画を見ていただければわかると思うが、彼らが作る作品は、リアルでありながらもどこか非現実的で、そこにはついじっと見続けていたくなる不思議な吸引力がある。
現状、d’strictが作成した作品がすべてLED.ARTに登録されているわけではないが、今後登録されていく可能性は十分にあるし、これらのクールな映像を作った会社が認めたクリエイターたちの作品が続々と登録されていくと考えると、おのずと期待は高まる。そしてこれらの作品が彩る街を想像したらワクワクせずにはいられない。