至極のラブストーリーとして話題を呼んだ新堂冬樹の小説『誰よりもつよく抱きしめて』がついに映画化。『ミッドナイトスワン』の大ヒットも記憶に新しい内田英治監督のもと、三山凌輝さんとともにW主演を果たした久保史緒里さんは、「自分にとって新しい挑戦だった」と撮影を振り返る。さまざまな感情を表現し、新境地へと挑んだ久保さんに月菜役としての思い、そして映画に込められたテーマをたっぷりとうかがった。
※こちらは「GetNavi」2025年2・3月合併号に掲載された記事を再編集したものです。
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【久保史緒里さん撮り下ろし写真】
周りに頼らず、一人でずっと考えてしまうところは月菜と似てるかも
──映画『誰よりもつよく抱きしめて』はタイトルからも深い愛が感じられる、静かで、しかしながら根底に熱い想いが流れているラブストーリーです。最初に脚本を読んだときの印象はいかがでしたか?
久保 今おっしゃってくださったように、自分が演じた月菜の目線で読んだときは本当に胸が苦しくなりました。月菜には長く同棲している恋人がいるのですが、彼は強迫性障害による潔癖症を患っていて、そのことで恋人同士なのに直接手を握ることさえできない。心の底から想い合っているからこそ、2人の間にある距離感に切なさを感じてしまって。脚本を読みながらこれまで経験したことがないような感情が押し寄せてきて、辛さを感じながらも、物語に惹き込まれました。
──共感するところはありましたか?
久保 すごくありました。月菜もよしくん(良城)も、どこか感情に蓋をしてしまっているところがあるんです。私も他人に自分の気持ちを伝えるのが苦手なので、そこは少し似ているなと思いました。特に印象的だったのが、月菜が海を眺めているシーンで。じっと海を見ながら、彼女の頭の中にはさまざまな思いが去来しているよう思えたんです。私もよく一人で考え込んでしまう性格なので、月菜も私と同じ側の人間かも……と親近感が湧きました(笑)。
──もしや久保さんは、目の前に大きな壁があっても一人でなんとかしようとしちゃうタイプですか?
久保 まさに! 解決するまでその壁とずーっと向き合いますね(笑)。私はほんとに諦めが悪くて(苦笑)。周りに心配をかけたくないので誰かに相談することもあまりしませんし、ただひたすら一人で頑張ります。すごくアナログ的で、効率も悪いんだろうなって自分でもわかっているんですけどね(苦笑)。
──今作は、恋人役の水島良城を演じた三山凌輝さんとW主演になります。公式のコメントで三山さんは久保さんの印象について、「役者目線で言うと、何にも染まっていない白いレースカーテンのような人」「余分な要素が生まれないお芝居をされる方」とおっしゃっていました。
久保 なんて素敵なお言葉を! 私にはもったいないコメントでうれしい限りです。三山さんとは今回初めて共演させていただき、すべてのものを優しく包み込むような方だなと感じました。月菜に対してもとても寛容的で。お芝居で見せる柔軟さや温かさに、私もいつも演技の面で引っ張っていただきました。
──撮影現場で役について話すこともあったのですか?
久保 具体的な話し合いや相談をするようなことはあまりなかったです。どちらかというと、冗談を言い合ったり、「頑張りましょう!」といった声掛けをお互いよくして、そうやって恋人同士役の距離感や雰囲気を作っていきました。また、今作では三角関係になるジェホン役のファン・チャンソンさんとも共演するシーンが多かったのですが、チャンソンさんは撮影の合間などに、「あぁ、心が痛い……」とか、「本当に悲しいです……」といった作品に対する感情をよく吐露されていて。その言葉からジェホンさんが今どういった心情なのかが伝わってきたので、私も気持ちを作りやすかったです。
──また、今作で監督を務めた内田英治さんとは、映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』、連続ドラマW『落日』に続いて3作目になりますね。
久保 はい。内田監督の作品は個人的にも大好きなので、声をかけていただけて本当にうれしかったです。ただ、今回演じた月菜役は過去の2作品と雰囲気も性格もまるで違うんです。ですから、安心感のある現場というよりも、むしろ“新しい一面を見せなければ”という緊張のほうが大きかったですね。
──成長した姿も見せていかなければいけないから大変ですね(笑)。
久保 ほんとに!(笑) 内田監督の作品で主演に抜擢される日が来るとは思ってもいませんでしたので、それもプレッシャーで。でも、きっと私に期待をしてくださっての起用だと思いますので、絶対にその期待に応えようという気持ちで臨みました。
──内田監督ならではの演出のこだわりはどんなところに感じますか?
久保 いつもすごく丁寧に役や脚本の説明をしてくださいます。初めてお会いしたときからよく言われていたのが、「スクリーンではちょっとした嘘もバレてしまうから」という言葉で。そのため、今作でもシーンごとに月菜がどんな感情を抱いているのかをしっかりと把握するため、最初の脚本の読み合わせのときから監督と私がそれぞれ思い描く月菜像のすり合わせを何度もやらせていただきました。
──月菜は感情の揺れ幅が大きいだけに、そうした事前の作業はとても重要になってきそうです。
久保 はい。ただ、月菜にとって大きな転機となるシーンだけは、あえて事前に読み合わせをしなかったんです。監督いわく、「そこは現場で生まれるものを見たいから」と。ですから、本番直前まではすごく緊張していたのですが、そこに至るまでのシーンで監督がしっかりと月菜の感情を掘り起こしてくださったので、気負うことなく、自然体で撮影に臨むことができましたね。
感情の波が激しくて涙も出ないというのは初めての経験でした
──完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
久保 すごく繊細な映画だなと思ったのが最初の感想です。また、試写を見た後に内田監督とお話をして、“なるほど”と思ったのが、この映画に出てくる登場人物たちは全員が全員、決していい人たちではないということなんです。それぞれに相手のことを思いやりながら、自分の気持ちにも正直であろうとしている。だから、ときには自分勝手のように見える部分もある。そうした、人間っぽいリアルな部分がしっかりと描かれているなと感じました。
──それぞれの言動が理解できるだけに、すべての登場人物たちに感情移入してしまって、映画を見ながらこちらの感情もぐちゃぐちゃになりました。
久保 わかります。“あ〜、そのひと言を言わなきゃいいのに”というセリフもたくさんあって、胸が苦しくなりますよね。でも、そこも人間らしいなと思うんです。自分の中に溜め込んでしまっていた感情をつい口に出してしまい、そんなつもりはないのに相手を傷つけてしまう。そうした咄嗟の心の変化が見事に表現されているなって。それに、人って他人とうまく関係性を築いていくために、ときには自分の気持ちを押し殺すことが必要な場合がありますよね。けど、この映画ではそこも隠さずに描いている。自分の本音を隠してしまいがちな今の時代において珍しい作品だなと感じますし、きっと多くの方がいろんな登場人物たちの言葉にハッとさせられたり、心を揺さぶられたりするのではないかと思います。
──確かに月菜も良城もどこか本音を隠し、相手を傷つけないようにしているところがありますよね。でも、月菜に思いを寄せるジェホンは優しい言葉も厳しい言葉も真っすぐ月菜に投げかけてくる。しかも、どれも正論ばかりだから、少しずつ月菜を追い詰めているようにも感じました。
久保 そうなんです。ジェホンさんの言葉はどれも正しいんです。だから逃げ場がないし(苦笑)、いっそのこと彼の想いに応えることが月菜にとっても最善なのかなと思えてくる。けど、正論では計り知れないのが人間の愛だと私は思うんです。やはり、よしくんは月菜にとってかけがえのない人ですし、強迫性障害と闘っている彼を放っておけないという思いもある。ですから、よしくんとジェホンさんに挟まれている月菜のことを考えると、本当に胸が苦しくなりました。私としては、“どっちの選択を取ってもきっと間違いじゃないんだよ”と思いながら演じていましたし、最後の最後に彼女が選んだ道も月菜らしいなと思いましたね。
──また、良城が祖父(酒向 芳)と病気のことで口論になった後に月菜に対して「一生守るから」と感情的に言葉を投げかけ、それを聞いて月菜が涙を流します。あの涙はどういったものだったのか教えていただけますか?
久保 月菜はよしくんと長年一緒にいるからこそ、彼の病気が簡単に治るものではないとわかっているんです。ただ、彼を支えているつもりの自分の存在が、逆に彼にストレスを与えてしまっているかもしれないという負い目をだんだんと感じ始めていくんですよね。つまり、自分が恋人の負担になっているかもという思いをお互いが感じ出していて、それでもやっぱり一緒にいたいからその現実から目を逸らしていたのに、よしくんの「一生守るから」という言葉によって月菜の中で張り詰めていたものが一気に崩れ出していったんです。その結果、撮影の本番でも、例えようのないさまざまな感情が私の中に押し寄せてきましたし、気づいたら自然と涙がこぼれていました。
──なるほど。それもあって、良城が別れ話を切り出したとき、月菜の中に哀しみや罪悪感だけじゃなく、もしかしたら、どこかほっとした気持ちも生まれたのかなという気がしました。
久保 確かにほっとした気持ちもあったと思います。あの場面の撮影も本当に心が苦しかったです。寂しさや哀しさを感じながらも、別れるという選択肢がもしかしたらよしくんにとっていいのかもとすら思えてしまって。ですから、脚本だけを読んでいたときは切なくて涙が出たのですが、いざ撮影に臨むと、さまざまな感情が溢れてきて涙が出なかったんです。“人って、こういう気持ちになることがあるんだ”と不思議な体験でした。
──何が本当の幸せなのかは当事者たちにしかわからないし、当事者すらわからないこともあるというのが、この作品のテーマの一つでもあるのかなと感じました。
久保 はい。それに、物語の中では場面ごとに登場人物たちのさまざまな感情が繊細に描かれていますからね。彼らが抱えるたくさんの気持ちの波を一つひとつ感じていただけたらなと思います。
旅先ではいつも少し積極的な性格に
──今作はロケの多くが鎌倉だったようですね。
久保 はい。ロケの間中、鎌倉でいろんな景色を楽しめて、すごく幸せでした。海沿いの撮影が多かったこともあり、常に波の音が耳に優しく響いていて。それに電車の音や街のざわつきなど、いろんな音に毎日癒やされてましたね。
──GetNaviの本誌でもいろんな街を旅するのが好きだとお話しされていました。
久保 そうなんです。昨年は初めてプライベートで長崎に行きました。現地で友人と合流したので、行くまでの飛行機の搭乗手続きなども初めて一人で経験して。もう飛行機の乗り方はバッチリなので(笑)、今年はいろんなところに旅行に行きたいなと思っています。最終的な目標はお仕事抜きで全国の都道府県を制覇することなので、その達成に向けて着々と進めていけたらなと。
──いいですね。ちなみに今はどれくらい制覇されているんですか?
久保 まだ九州だけなんです。なので、ゴールはまだまだ遠いですね(笑)。
──最後に訪れる場所ではかなりの達成感が味わえそうですね。すでにゴール地は決めているんですか?
久保 それは考えたことがなかったです。でも、ぜいたくにお休みをたくさんとって東北一周とかいいかもしれませんね。出身が宮城なので、あえて最後に凱旋を選んでみるのも面白いかも(笑)。東北の各県も訪れたことはあるんですが、“いつでもすぐに行けるから”という理由で、意外と隅々まで満喫したことがないなと最近気付いて。なので、東北のいろんな県を楽しんで、最後は宮城の温泉巡りなんていうのもいいかなって思ってます。
──ちなみに、旅先で必ずすることはありますか?
久保 旅行はいつも地元の友人と行くんですが、彼女が運転免許を持っているので、レンタカーを借りてドライブをします。ずっと彼女に運転を任せっきりなので、私もそろそろ免許を取らなきゃなって思っているんですけどね(笑)。
──クルマを運転できると、旅先での行動範囲がぐっと広がりますよね。
久保 そうなんです。でも、それでいうと、旅先ではバスにも必ず乗って遠くまで行きます。そこに住んでいる人たちしか行かないような街の景色を見るのが大好きで。路線バスだとその土地のおじいちゃんやおばあちゃんが話しかけてきてくれたりするので、それもすごく楽しいんです。普段は人見知りが激しいのに、旅行に行くとちょっと勇気が出て、知らない人と積極的に話せたりする。それも旅の醍醐味のひとつだなって思いますね。
誰よりもつよく抱きしめて
2月7日(金)より全国公開
【映画「誰よりもつよく抱きしめて」よりシーン写真】
(STAFF&CAST)
監督:内⽥英治
原作:新堂冬樹「誰よりもつよく抱きしめて」 (光⽂社⽂庫)
脚本:イ・ナウォン
主題歌:「誰よりも」BE:FIRST(B-ME)
出演:三⼭凌輝、久保史緒⾥(乃⽊坂 46)、ファン・チャンソン(2PM)、穂志もえか、永⽥ 凜、北村有起哉、酒向 芳ほか
(STORY)
学生時代から付き合いはじめ、現在同棲中の水島良城(三山凌輝)と桐本月菜(久保史緒里)。互いのことを深く思い合っている2人だが、良城は強迫性障害を患い、月菜にも触れることができない日常が続いていた。やがて月菜の勧めもあり、治療を決意した良城は、同じ症状を抱える村山千春(穂志もえか)に出会い、思いを共有できる千春との距離を縮めていく。また同じ頃、恋に不感症な男性・ジェホン(ファン・チャンソン)との不思議な出会いを果たした月菜は、優しく疲れた心を解きほぐしていくジェホンに心が揺れ動いてしまう……。
公式HP:https://dareyorimo-movie.com/
(C)2025「誰よりもつよく抱きしめて」HIAN/アークエンタテインメント
撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/高橋雅奈 スタイリスト/鬼束香奈子