エンタメ
2016/5/14 14:00

これは大正時代のコミックエッセイ!? 「お見合いで失敗続きの僕らが、女性をじっくり観察してみた」

買えない本の意味ない(!?)書評
~国会図書館デジタルコレクションで見つけた素晴らしき一冊~ 第6回

 

作者の体験談や失敗談を描くコミックエッセイは、ここ10年で一気に花開いたジャンル。趣味やペット、夫婦の日常生活などテーマが身近で、肩がこら ないのが人気の秘密だそうだ。それでは、漫画という言葉が使われ始めた明治・大正期には、コミックエッセイの走りのような作品はあったのだろうか。

 

いつものように、著作権切れの本が閲覧できる国会図書館デジタルコレクションの検索窓に「漫画」と入れてみる。今回は、年代順に並べ替えてみた。
 

葛飾北斎が弟子の手本のために描いた「北斎漫画」を先頭に、1910年代になると、今でいう漫画の原型が出てくる。そのなかで気になるタイトルがあった。そ の名も「嫁さがし」(大正7年)。作者の近藤浩一路(こんどうこういちろ)は日本画家として知られるが、若い頃は読売新聞社で漫画記者として活躍していた。

 

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「嫁さがし」
近藤浩一路 著

 

この「嫁さがし」は、岡本太郎の父であり、元祖漫画家と評される岡本一平が企画した磯部甲陽堂の「漫画双紙」というレーベルの一冊。ほかにも清水勘一「焼酎と塩鮭とバナナ」(大正7年)、山田みのる「酒の虫」(大正7年)などが並び、左ページが漫画イラスト、右ページが文章の形式で、日常を面白おかしく切り取っている。(「焼酎と塩鮭とバナナ」なんて、驚くほど今風なタイトルだが、前書きを読むとこのタイトルに深い意味はなく、ただ主人公の好きなものを並べただけというから、そのセンスには恐れ入る)。

 

大正時代のコミックエッセイ!?

「嫁さがし」は、お見合いのハプニングや人間観察をテーマにしていて、コマ割りこそないが、読んでいる感覚はリアリティがあるコミックエッセイに近い。うまくすれば「みんなのお見合い失敗談」や「僕の女性観察日記」なんてタイトルで、今風にコミック化もできそうな切り口だ。

 

前書きはこうなっている。

「女の心の正体を見極めるということは、絶対に不可能だとみんな言っている。それを僕は大胆にも無鉄砲にも、その化けの皮をひんむいてやろうと八方面から観察をやってみたが、やっぱりとどのつまりは、みんなの意見に賛意を表するよりほかはなかった。

しかし、そういうみんなも、また僕も等しくそれら正体の知れない化け物と、偕老同穴とかなんとかいって同棲しているのだから人生ほど滑稽なものはない」

冒頭からちょっとシニカルな視点で、味がある。女心はいつの時代もつかめないものだ。

 

さて、本の前半は、見合い話を持ちかけられた脛吉(すねきち)という青年が、友人(A君からJ君)の見合い失敗談をあれこれ思い出す……という設定で進む。

 

B君は、美人と評判の娘と帝劇で見合いをすることになったが、芝居を見たあとの食堂で悲劇が起こる。

 

「いよいよ食堂に落ち合って相手の顔をつくづく見ると、……今まで見ていた梅幸のきられお富に酷似しているので急に気味を悪くし、……『イヤモウ僕はまっぴらご免だ』と言い出した。実に縁は異なものである」

 

たまたま劇中の悪女に似ていたとは、なんたる不運な巡り合わせ。でも、こうしたケースは意外とありそう。男女逆のパターンだが、気になっていた男性が、いったん某お笑い芸人さんに見えてしまってからは、恋愛は無理だと思った……なんて女性の体験談を聞いたことがある。

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F君の例はさらに哀しいパターンだ。

 

「F君はまた実に立派な好男子であった。しかしそれは帽子をかぶった時に限るので、もし一度その帽子を(脱ぐと)、……たちまちにしてそこには五十路あまりの老人が現出する」

 

F君は帽子を脱がなくても済む梅林での見合いを選んだが、彼女が横を向いた隙にほんの一瞬帽子を取ったところ、太陽が射し……という話。イラストもかなりひどい。

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いつの時代も女性は変わらず……

お見合い失敗談が終わり、本書の後半は作者による女性観察レポートに切り替わる。今度は女性の日常の姿に迫っている。

 

「竪縞(たてじま)と横縞」の項目は、まさに“ファッションあるある”の定番ネタだ。

 

「竪縞が流行るといえば、誰でも彼でも競うて竪縞を着るし、横縞が流行るといえば誰でも彼でも横縞を着なければ、女の冥利が尽きるほどにいうが、いやはやこんな滑の稽なるものはない」

 

「背の高いものが竪縞を着ると一層高く見えるし、身幅の広い背丈の低いものが横幅を着ると一段と広く、そして低く見える」

いまだにボーダーを着るときの注意点として挙げられる「ボーダー膨張説」。大正期にすでに漫画になっていたとは!

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「暑い表情」の項目では、夏の電車での女性の表情をじっくり観察している(どうやら当時の電車は女性観察の格好のチャンスであったようで、電車における女性のタイプ別反応なんて項目もある)。

「その上気した瞳、熱し切った頬、白粉の上越す汗、その汗を伝えて七、八本ずつ束になって垂下した後れ毛、など惨たる光景をご当人は知ってか知らずか……ただわずかに口笛を吹くような格好で小さな唇から熱気を糸のように吐き出している」

文章がこの項だけ、やたらとフェティッシュ。口をすぼめて息を吐き、虚ろな目で眺める女性のイラストも気だるげだ。

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「偽らざる自尊心」では、女性の心を鋭く指摘している。

 

「女性はいずれも年百年中、鏡に向かっているから、自己の容貌等の美醜は細部にわたって鮮明に心得て(いる)。……ただ漫然と賞讃されたときよりも……たとえば『まあお髪の立派なこと』とか『色のお美しいこと』とかその一部を賞讃されたときの喜びはいかにも我が意を得たるごとく」

ただぼんやりと「美人だね」「かわいいね」と言われるより、具体的に髪の毛や目、笑顔をほめられたほうが女性はうれしいというのは確かにそうかも。といっても、女性本人が思っているチャームポイントを当てられるかは難題だが……。

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大正期は、おしとやかで控えめという旧来の女性像に代わり、個性と自由を尊重する近代的な女性像が台頭し始めた時代。何が「美しく」、何が「セクシー」かという価値観も今より幅が広かったのではないか。「嫁さがし」はそんな大正期の世情が伺える、なんとも興味深い漫画だった。