エンタメ
2019/12/13 11:00

ヤクザ、闇営業、音事協、梨元勝について語るーー「前田忠明」の50年の芸能リポーター人生とは、何だったのか?【後編】

芸能記者&リポーター歴49年、いまだ現役の前田忠明氏。芸能界の隅々までを知り尽くしたレジェンド「前忠」に、ワイドショー全盛期のウラ話、梨本 勝との関係、そして現代の芸能界のコンプライアンス問題まで縦横無尽に語ってもらった――。

 

【前編はコチラ】https://getnavi.jp/entertainment/450852/

(企画・撮影:丸山剛史、執筆:小野田衛)

 

 

梨本 勝の死でワイドショーは死んだ

──今のワイドショーは芸能リポーターの活躍する場がどんどん少なくなっています。

 

前田 梨本勝がいなくなった。これが非常に大きかった。梨本勝が死んだとき、芸能リポーターは死んだんです。いや、ワイドショーが死んだと言ってもいいな。それは、はっきり断言できますね。なにしろ梨本勝は自分の信念を最期まで貫きましたから。もちろん今も芸能リポーターは存在しているけど、僕も含めて誰も梨さんみたいには妥協なく仕事できないですよ。悪いと思ったら、とことんまで追及して発信する。その姿勢を自分は尊敬していたんだよ。俺とあいつは犬猿の仲とか世間で言われていたけど、実際はそんなこと全然なかったんだ。

 

──そうだったんですか?

 

前田 梨さんが提言してきたの。「忠さん……俺たち芸能リポーターというのは、どうせ世間のつまはじき者なんだよ。だったら、もっと世間を煽ろうぜ。俺と忠さんが対立しているってことにしたほうが面白いんじゃない?」って。2人の不仲というのは、打ち合わせしながら決めたことなんだ。「忠さんは俺のネタを盗んでほしい。それに対して俺も忠さんをガンガン攻撃するからさ」とか言って。僕はフジテレビ一本でやってきたけど、梨さんはいろんな局を回っていたでしょう。なぜなら彼はいろんなところで衝突するからです。番組プロデューサーに何を言われても「思ったようにやらせてください。それが嫌だったら辞めます」の一点張り。意固地かもしれないし、頑固かもしれない。でも、信念を曲げなかったことは事実だね。

 

──芸能レポートの世界も人材不足に陥っている?

 

前田 というか、今の若い人たちにしてみたら「なんでわざわざ人から嫌われる仕事をやらなきゃいけないの?」という感覚があるんだと思う。タレントからも事務所からも、下手したら視聴者からも嫌われる仕事。もっとも僕自身はそこまで卑屈になっていませんでしたけどね。だけど今は、女子アナですら応募人数が減っている時代ですから。今から10年前に『フジテレビ開局50年史』という本が出たんですよ。その時点で僕は50年中30年フジテレビにいたのに、僕に触れていたのはたったの1行でしたからね。これはつまり、芸能リポーターという職業に対する社会認知度がどれくらい低いかという証明でもあった。正直、ガッカリしたよね。

 

──今は若手を教育する立場ということですが、ジェネレーションギャップを感じることは?

 

前田 しょっちゅうあります。当たり前かもだけど、まず体力が違いますよね。それから物事の考え方が非常に合理的。それ自体は素晴らしいことだと思う。ただ、(※パソコンを打つ真似をしながら)これに頼りすぎ! 僕が会議室に入っても、「おはよう」も言わず無言でカタカタとキーボードを叩いているんだもん。あとから「あっ、忠明さん! おはようございます!」とか慌てて言われることもあるけど、3分後に挨拶されても遅いからねぇ(苦笑)。僕はパソコンを否定しているわけじゃないのよ。パワハラする気もないし、老害なんて言われたくもないし。だけど、もう少しなんとかならないのかなって気がするんだよなぁ。

 

──たしかにパソコンとスマホは仕事で必須になっていますけどね。

 

前田 こういう仕事をしていると、発想の勝負になっていくわけですよ。自分の頭をフルに使い、他にはないアイディアを生み出さなくてはいけないですから。一生懸命ネットを叩いて調べものをするのは結構だけど、そこに上がっている情報は誰か他の人が考えたものでしょ? 今の若い人たちは自分から何かを提案するという能力が低くなっている気がするんです。会議で若手に対して思うのは、自分ならではの情報をくれということ。それは昨日、キャバクラで聞いた話でもいい。あるいは君ならではのユニークな着眼点でもいい。パソコンの中には新しい情報なんて実はないんだから。そこが今の僕にとって、最大の悩みどころなんですよね。

 

──なるほど。難しいところですね。

 

これからメディアは「芸能」をどう扱うべきなのか?

前田 芸能を扱う媒体も変わってきたんですよ。昔は女性誌とワイドショーが芸能を扱っていましたよね。だけどスポーツ新聞における芸能情報の扱いがどんどん大きくなってきて、さらには『文春』『新潮』も芸能スキャンダルを追うようになった。そんな中でワイドショーのあり方も変化せざるを得なかった部分はありますね。

 

──ワイドショーの構成も今は週刊誌や新聞、あるいはネットで報じられている内容を後追いするパターンばかりになっています。機動力を使った独自取材が確実に減っていますし。

 

前田 全然ないですよ。スタジオでパネルと新聞記事を並べる手法ばかりですから。他人のふんどしで相撲を取るなんて、個人的にはすごくみっともないことだと思う。でも、現場のスタッフは「他の番組もこのやり方でやっているんだから、うちもこれでいいじゃないですか」とお茶を濁しているんです。

 

──テレビ局側が訴えられるリスクなどを回避するため、週刊誌報道などで先に出た情報をあとから紹介するという側面は?

 

前田 それもあるでしょう。テレビ局というのはワイドショーだけで成立しているわけじゃないですしね。ドラマもあれば歌番組もあればバラエティもある。そんな中で事務所側から「お前らの局には、うちのタレントを出さない」って言われたら大変じゃないですか。そういったタレント行政を気にするのがテレビ局であり、もっと言っちゃえば局の編成なんですよね。特にこの10年くらいで編成の発言権が強くなった。

 

──今はかなりの部分、ネットで裏情報が筒抜けになる時代じゃないですか。それなのにワイドショーが忖度してどうするんだという話になりませんか?

 

前田 もう完全に腰が引けちゃっているんですよ。とにかくテレビ局は(視聴率の)数字が取りたい。じゃあ何のために数字が欲しいかというと、スポンサーからお金をもらうため。ところがスポンサーはすでに広告代理店を通じて大手タレント事務所の芸能人をCMで起用している。だからテレビ局は芸能人のスキャンダルを報じることができない。……こうなると「一体、誰が一番の権限を持っているのか?」という話になってくるんです。代理店なのか? プロダクションなのか? 最終的には電波を貸しているお国が一番偉いと思うんですけどね。いずれにせよ、テレビはもはや視聴者不在になっている。テレビ離れというのも当然の話ですよ。

 

──テレビ現場に長いこと携わっている前田さんから見てもそうですか。

 

前田 今は完全にメディアのあり方が過渡期なんです。忖度があるのはテレビだけじゃなくて、新聞や週刊誌だって同じですからね。忖度なんて全部に存在する。ネットに真実がある? でもネットは誰でも好き勝手に書けるから、タレントがどの宗教に入っているとか、あの人は在日韓国人だとか垂れ流し放題じゃないですか。そんなの、それこそ書く権利が誰にあるのかという話ですよ。罪を犯したわけでもないのに、余計なお世話じゃないですか。今は野放図なネット表現ですけど、これが規制されるのも時間の問題だと思います。言論統制しないと収拾がつかないんですから。同時にそれはワイドショーが通ってきた道でもあるんですよ。僕はもう現場に立って新しいものを生み出すパワーがあまり残されていないけど、ここから数年で芸能ニュースは大きく変わっていくでしょうね。

 

ここからは芸能記者&リポーター歴49年の中で、特に印象に残った出来事を5つ挙げてもらった。前忠が目撃したスターたちの素顔とは?

勝新太郎・パンツ大麻事件(90年)

ハワイ・ホノルル空港で、下着の中に大麻を隠し持っていた容疑で逮捕された勝新太郎。緊急会見が開かれたが、そこでは「なぜパンツの中に入っていたかわからない。今後、もうパンツを履かないようにする」と珍コメントをする。

 

「唖然としたよね。目の前で起きている事態に対し、『こう切り返すか?』という衝撃があった。同時に『こんな無頼派、いまだにいるのか!』とうれしくもなった。昔の芸能人は確実に今よりも豪放磊落タイプが多かったです。本来、芸能人なんてそういう人がなるべきだしね。日本の芸能界というのは決して綺麗でさわやかな世界ではなかったですから。

僕は勝さんも知らない仲じゃなかったし、最期はハワイまで散骨までいったんです。何かあると、中村玉緒さんからも電話がかかってきてね。『ちょっと、あんた!』って例の甲高い声が忘れられません」

 

ビートたけし・フライデー襲撃事件(87年)

ビートたけしを含むたけし軍団12人が写真週刊誌『FRIDAY』編集部を急襲した事件。もともとは強引な取材を進める記者に問題があり、当時、たけしと親密交際をしていたとされる専門学校生を頸部捻挫、腰部捻傷で全治2週間のケガを負わせたという経緯があった。

 

「あの問題は世間だけじゃなく、僕らも考えた。自分たちにも非があるなと思った。もちろん『FRIDAY』にも非がありましたしね。マスコミというのは『言論の自由』を盾にするわけですよ。『俺達には報道する自由があるんだ!』って。だけど、たけしにしてみたら『あんたらには言論の自由はあるかもだけど、俺らにだって名誉というものがある』という話になる。

あのときは結局、暴力で解決というか殴り込みで決着したわけだけど、『他にやり方があるなら教えてくれ』ってたけしは開き直っていた。あそこまでの騒ぎになれば、さすがに世論も『ちょっと待てよ?』と立ち止まって考えますよ。たけしはそこまで織り込み済みだったと思う。『マスコミにやられたい放題の芸能人。でも、彼らの権利は一体どうなっているの?』ってね』

 

 

中森明菜&近藤真彦・金屏風前謝罪事件(89年)

ジャニーズ史上最大のミステリー。89年7月、中森明菜は交際中の近藤真彦の自宅で自殺未遂を起こす。そして同年12月、明菜は世間を騒がせたことを涙ながらに謝罪。同席した近藤も、交際について尋ねられると「そうしたことは一切ない」と不自然すぎる釈明で逃げ切った。会見が金屏風の前で行われたことから、結婚会見を開くと明菜を騙したとも噂されるが……。

 

「当時は年末年始のハワイ取材が恒例だったから、僕も向こうに行っていたんです。そうしたら31日に2人が会見をやるという情報が入ってきた。当然、結婚かと思うじゃないですか。ハワイにいたリポーター連中もザワザワしていたんだけど、代わりに誰かをハワイに飛ばすわけにもいかなくて、日本に帰ることはできなかった。だけど虫の知らせがあったのか、井上公造だけは日本に帰ったんだよね。

そうしたら金屏風の前で『別れます』だから……。あれは一説にはメリー喜多川さんが仕掛けたとも言われているけど、真相は僕もいまだにわからない。でも結果的に明菜はあのダメージがいまだに尾を引いていて、立ち直れないわけでね」

 

 

素顔の高倉健

銀幕の大スター・高倉健は、14年に惜しまれつつもこの世を去った。代表作は枚挙にいとまがないが、日本生命のCMで発した「不器用ですから」のセリフは本人のイメージを決定づける。

 

「健さんというのは見た目も含めて、無口で不器用なイメージがついて回りますよね。だけど、実際はそうじゃないんです。すごく器用な人だし、女性も大好きだったらしい。ゲイという噂もあったけど、そういうところまで含めてセクシャルな好奇心が高かったのでしょう。とにかく身近な人から話を聞くと、そういうエピソードがたくさん出てくるんですよ。

一方で役者としては、83歳で亡くなる直前まで自分をストイックに追い込んで頑張っていた。すごい人ですよ。本物のプロフェッショナルだと思います。最期まで高倉健を演じきったんですから」

 

 

石原裕次郎のダンディズム

昭和を代表する俳優・歌手であり、司会業やモデルなどもマルチにこなした。漢気に溢れる性格でも知られ、今もなお幅広い層からカリスマ視されている。

 

「あの人こそ真のスターですよ。放つ光が違っていた。あるとき、裕次郎が慶應義塾大学病院の屋上を歩いているところを撮ろうと思ったんだよね。ところが場所取りに失敗してしまったものだから、勝手に道路を封鎖して、クレーン車の上から狙ってやったの。クレーン車の上に乗った状態のままファインダー越しに見ても、裕ちゃんはめちゃくちゃカッコよかったよ。そのときは四谷警察署からも呼び出しを喰らったし、渋滞を引き起こしたということでプロデューサーは始末書を書いていたけどね。

だけど、話はそれで終わらなかった。後日、本人からも自宅に来るように呼び出されてさ。『バカ野郎!』って、こっぴどく怒られた(苦笑)。クレーン車というのは、かなり揺れるものなんです。もし強風が吹いて僕が下に落ちたら、確実にケガ人が出る。そうしたら、取り返しがつかないくらいの社会問題になるというわけですね。たしかにその通りなんですよ。向こうは映画でアクションをやっているから、クレーン車の使い方も心得ているわけ。だからクソミソに怒鳴られながらも、絶対にクレーン車から落ちないロープの張り方を教えてもらいました。それで大説教大会が終わると、『まぁ飲めや』と、こう来るわけです。どこまでもカッコいいスターだったね」

 

 

【プロフィール】
前田忠明(まえだ・ただあき)

1941年北海道生まれ。明治大学文学部中退。「女性自身」の芸能記者として活躍したのち、80年テレビ界に転身した。

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