人気SFマンガと最新VR技術、そして能が融合した新たなエンターテインメント『VR能 攻殻機動隊』。コロナ禍の影響で開催が危ぶまれましたが、予定通り8月22・23日に世田谷パブリックシアターで開催されます。すでにチケットは完売しており、この記事を読んで興味を持った人は、今回の舞台を観ることは叶いませんが、能と言えばロングランで公演するのが常なので、今後観る機会はあるはず。
今回は「VR能 攻殻機動隊」で脚本を担当する藤咲淳一氏と3D技術を担当する明治大学教授・福地健太郎氏、VR技術を担当する東京大学教授・稲見昌彦氏に話を聞く機会を得たので、VR能とは、攻殻機動隊と能がどのように融合するのかなど、聞いてきました。
まずは脚本担当の藤咲氏から。
能によって新しい「攻殻機動隊」の世界が開けていく
――VRと能と「攻殻機動隊」と言う組み合わせを聞いても、容易にどんな舞台か想像がつきませんが、どういったものなのでしょうか。
藤咲淳一氏(以下藤咲):実はすでに「攻殻機動隊ARISE」で立体視を使った3Dの舞台を演出の奥 秀太郎さんと一緒にやっているんです。さらにVRで能を表現することは、奥さんがすでにやっていました。そんな中、VR能で「攻殻機動隊」をやりたいと言う話がでまして、まあ面白半分で聞いていたんですけど、講談社が許可を出したわけです。まさか、実現するとは思っていませんでしたが、やることになりました。
――能で「攻殻機動隊」の世界を表現するのは難しそうですね。
藤咲:今回はアニメではなく原作を能にすることにしました。能は初めて観る人はたいてい寝てしまうんですけど、その段階を超えて能を理解しはじめると新しい世界が開けてきます。「攻殻機動隊」もネットが新しい世界として広がっていく話なので、そこは繋がるのではないかと思っています。「攻殻機動隊」を題材にしていますけど、見た目は普通の能なので、言葉もすべて能の世界に置き換えています。「攻殻機動隊」の話なんですけど、どこか日本の神話を観ている感じに捉えられるのではないでしょうか。
――いわゆるアニメを題材にした歌舞伎や舞台劇とは違い、基本的には能なんですね。
藤咲:話が「攻殻機動隊」なだけで、基本的には能ですね。現代能の新作と言う感じです。なので、脚本的にはアクションシーンをほとんどなくし、素子がバトーなどに出会う話がメインになっています。たぶん、上演時間は40分くらいかな? 公演自体は2時間くらいあって、古典の能なども上演されます。なので、「攻殻機動隊」をきっかけに能に触れて貰えればと思っています。
――能の世界や言葉を理解するには初見では難しそうですが、VR能を観る前に準備しておくことはありますか。
藤咲:そうですね。「攻殻機動隊」をいくつか観ておいていただけると良いですね。「攻殻機動隊」の話を知っていれば、能に変換されていても、あ、ここはあの場面だってわかります。話がわかると能の動きや所作などに注目できますので、そこに注目して欲しいですね。わからないと言うよりは、いろいろな想像ができ、個々でそれぞれに解釈できるようになっていますので、観た人なりの解釈で完結していただければと思います。
――最後にVR能の見どころをお聞かせください。
藤咲:ちゃんとバトーも素子もでます。原作を大事にしたうえで能に落とし込みました。攻殻機動隊が能になったとき、どうなっているのか、是非体験して欲しいです。ただ、初見での能は睡魔との戦いになるので、観に行く前日は夜更かしせず、しっかり睡眠をとっておいてください(笑)。
■プロフィール
藤咲淳一(ふじさく・じゅんいち)
1967年茨城県生まれ。代々木アニメーション学院卒。脚本家・演出家・小説家。プロダクションI.G所属。専修大学、デジタルハリウッド大学非常勤講師。 TVアニメでは『攻殻機動隊』『BLOOD』シリーズ、『ダイヤのA』『ポケットモンスター サン&ムーン』、映画「劇場版BLOOD」シリーズ、「アップルシードXIII』『攻殻機動隊 ARISE border1-4』など様々な作品のシリーズ構成・脚本を担当。 BLOODシリーズ、攻殻機動隊シリーズの小説版のほかオリジナル小説作品も手がける。漫画、ゲーム、舞台などメディアを横断した構成・執筆で活動。
次にVRゴーグルを使わずにVRを実現する技術、「ゴーストグラム」を開発した稲見氏と福地氏に、VR能とはどんな映像技術を使い、どんな演出が可能なのかを聞きました。
最初の5秒間だけ、技術的なことを見て欲しい
――一般的にVRと言うとVRゴーグルを使用し、仮想空間を体験するものですが、それとは意味合いが違うのでしょうか。
福地健太郎氏(以下福地):一般的なVRはゴーグルを装着しているひとりひとりの視点が違いますよね。今回はVRゴーグルなしの裸眼で映像体験をする映像演出として使われています。なので、観客席のどの位置から見ても、基本的に同じものが見えるようになっています。もともとVR(ヴァーチャルリアリティ)は演劇用語でして、舞台装置としての言葉でした。
――では、VRやARなど、現在使われている映像技術としてのVRとはちょっと意味合いが違うのですね。実際の役者に3D演出を加えることは難しかったのでしょうか。
稲見昌彦氏(以下稲見):3Dの演出自体はそれほど難しいことはしてません。感覚的には特別な映像ではなく、いつも目で見ているものが3Dですよね。VRの演出としては、その見えているものが消えてしまうと脳が勝手に解釈することを利用しています。普段ありえない動きや映像を見せることで、最初は驚き、そのうちリアルか映像かの差がわからなくなってしまうのです。そこがVRになるんです。例えば、壁に手をかざすと壁が手に遮られて、壁の一部が見えなくなってしまいます。その手に壁の映像を映し出すことで、手と壁が同化して、奥にあるはずの壁が見えるような気がするんです。つまり手が消えたように脳が解釈するわけです。このあたりが、「攻殻機動隊」でもお馴染みの光学迷彩に繋がってきたりします。
福地:能は舞台道具などがなく、何もない空間で役者が演じ、役者の動きも小さいんです。舞台も暗めなので、すべてがVRで演出するのに適していると言えます。舞台のどこに映像を投影しているなど3D映像に関しては一応企業秘密と言うことで(笑)。
――VRと能と「攻殻機動隊」と言うと、接点がなさそうですが、意外と相性がよさそうですね。
稲見:「攻殻機動隊」の世界では、現実と虚構(ネットの世界)の区別がつかなくなっていますよね。それが今回のVR能にマッチングしていると思います。現実世界も「攻殻機動隊」の世界に近づきつつありますし、フィジカルとデジタルが融合したVR能は、映像を画面で見た時とは違った体験になります。
――VR能では役者の動きにあわせてリアルタイムで映像演出が行われるとのことですが、どうやって役者の動きを判断しているのでしょうか。
福地:今回はサーモグラフィーカメラを使用しています。先ほども言いましたが、能は役者以外に何もないので、サーモグラフィーで役者の動きを捉えやすいんです。何か他に熱源があったりすると、役者ひとりに合わせるのは難しいので、そこも相性が良かったですね。
――VR能を技術的な観点として注目して欲しい点はありますでしょうか。
稲見:最初の5秒間だけで良いので、技術的なことを観て欲しいです。どんなことをやっているのか、あの映像はどうやって映しているのか、など。あとは能と攻殻機動隊の世界観を感じて欲しいですね。技術はあくまでも能や攻殻機動隊の世界を彩る手段なので、意識下から抜けていって欲しいんです。観ているときは能や話に集中し、凄かったと思って貰えれば良いですね。個人的には舞台照明は注目して欲しいところです。
■プロフィール
稲見昌彦(いなみ・まさひこ)
1972年東京都生まれ。東京大学総長補佐・大学院情報理工学系研究科教授。専門はインタラクティブ技術、複合現実感、ロボット工学、リアルメディア。漫画『攻殻機動隊』に登場する技術「熱光学迷彩」をモチーフとした、再帰性反射を利用した光学迷彩を実際に開発した研究者として世界的に有名。米国『TIME』誌 Coolest Inventions of the yearに選定。著書に『スーパーヒューマン誕生!』がある。
福地健太郎(ふくち・けんたろう)
1975年東京都生まれ。東京工業大学理学部卒。明治大学総合数理学部教授として、インタラクティブメディアの研究に従事。インタラクティブ広告や舞台演出のためのソフトウェア開発を手がける。担当科目は「アカデミック・リテラシー」「メディア基礎実験」「映像・アニメーション表現」など。著書に『図解でわかる! 理工系のためのよい文章の書き方 論文・レポートを自力で書けるようになる方法』がある。
VR能 攻殻機動隊 – VR Noh ‘THE GHOST IN THE SHELL’
■スタッフ・キャスト
原作:士郎正宗(講談社)
出演:坂口貴信 川口晃平 谷本健吾(観世流能楽師)
大島輝久 (喜多流能楽師) ほか
演出:奥秀太郎
脚本:藤咲淳一
3D技術:福地健太郎(明治大学教授)
VR技術:稲見昌彦(東京大学教授)
製作:VR能攻殻機動隊製作委員会
■公演日
2020年8月22日 (土)
・13時30分開場 14時開演
・18時30分開場 19時開演
2020年8月23日 (日)
・10時30分開場 11時開演
■会場
世田谷パブリックシアター
公式サイトはコチラ
撮影/我妻慶一