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2020/9/21 17:30

齊藤工が監督のMVが映画化決定――安藤裕子ニューアルバム『Barometz』と今だから話せる活動休止の舞台裏

安藤裕子の通算10枚目となるアルバム『Barometz』(バロメッツ)が、8月26日にリリースされた。デビュー以来、長らく在籍したレコード会社を離れ、約4年半ぶりのフルアルバムとなる本作。自らの創作活動について悩み、「音楽を楽しめなくなっていた」と話す彼女が曇りの空の向こうに見つけたものは、脆(もろ)くも儚い音楽のよろこびだった。飾らずに話す彼女の言葉が、同じように悩む人々にとって、“狭間”から一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いだ。

 

【プロフィール】

安藤裕子(あんどう・ゆうこ)

シンガーソングライター。 2003年にミニアルバム『サリー』でデビュー。05年、月桂冠のテレビCMに起用された「のうぜんかつら(リプライズ)」が話題に。2020年8月26日、ポニーキャニオンから10thアルバム『Barometz』が発売。

 

齊藤工監督のMVが35万回再生突破

――『Barometz』の収録曲である『一日の終わりに』は、俳優の齊藤工さんがミュージックビデオの監督を手掛けたことや、門脇麦さん、宮沢氷魚さんが出演していることで話題を呼んでいます(※9月10日時点で再生回数35万回突破)。今年2月に放送され、齊藤さんが監督として参加した映画「フードロア:Life in a box」では、安藤さんが女優として出演していましたね。

 

安藤 はい、そのご縁もあって齊藤さんにミュージックビデオの監督をお願いできないかオファーさせていただきました。齊藤さん自身もお忙しい俳優さんでいらっしゃるのに、いろんな縁が巡って、門脇さんと宮沢さんが出演してくださることになって。なんて贅沢なミュージックビデオになったんだろう、と思っています。

 

――門脇さんと宮沢さんのご出演は、安藤さんが希望したそうですね。

 

安藤 齊藤さんのプロットを読んだ時に、瞳で語れる方が演じたら、きっとすてきな映像になるだろうなと思ったんです。実際、撮影現場でお会いすると、予想を遥かに超える美しさが2人にはあって、私、撮影時のモニターをみている間、ずっと叫んでました。「うつくしい!」って(笑)。

 

最初は、本当に2人が出演してくださることになるとは思っていなくて。齊藤さんがキャストの希望を聞いてくださった時、何も考えずに門脇さんと宮沢さんの名前を書いたんですけど、こんなに勝手に俳優さんの名前を書いて怒られたらどうしようって、後から思っていたくらい(笑)。でも、こうして人が集まってくださったのも、齊藤さんの人望があってのことだと思います。

 

――こうしてお話を聞いていると、音楽活動が順調であることが想像できてうれしく思います。というのも、『Barometz』は実に4年半ぶりのフルアルバムで、安藤さんは音楽活動の休止を明言していたからです。安藤さんは、以前からファンに包み隠さず「音楽活動を休止しています」とメッセージを発信してくださる方でした。前作『頂き物』(2016年)は親交のあるミュージシャンから提供してもらった楽曲を中心に構成されていますが、それはなぜかというと「曲がつくれなくなっていた」からだと。ファンからすればショッキングな内容でしたが、だからこそ、こうして新作が出ることがありがたいなと。今振り返ってみて、この間にあった苦悩とは、一体なんだったのでしょうか?

 

安藤 生きていくなかで、いかに自分が拙(つたな)く、とても小さな人間で、取るに足らない人間であると知ってしまうタイミングって、誰にでもあると思うんです。私は曲を作る時に、常に自分自身のことを鏡で見ていたから、そういう自分を思った以上に早く見つけてしまって。「なんて、つまらない生き物なんだろう」って、すごく知ってしまった瞬間があったんじゃないかなと思うんです。

 

でも、それを知ってしまった先も、人生は続いていく。まだ、きっと、半分以上ある人生を進んでいかなければならないから、そのことについて悩んでいたんじゃないですかね。もうちょっと後に知りたかったな、みたいな。

 

音楽活動を休止した理由

――表舞台に出ている安藤さんを見て「なんて、つまらない生き物なんだろう」とは、なかなか思えないのですが……。

 

安藤 幼少時代の話にまでさかのぼりますね。私、子どもの頃から、体がすごく弱いんですよ。喘息もひどかったし。たとえば、修学旅行や林間学校で、みんながわーっとはしゃいでいても、私は喘息があるから一緒に騒げない。そこで、初めて「私はみんなとは同じようにはできないんだ」ということを知るわけです。

 

20代前半の頃には、パニック症みたいなものにもなったから、自分の身体が薬で左右される感じがすごく怖かった。自分の身体の頭打ちみたいなものを、改めて知ってしまって。無茶できないな、どこまでも走れるわけじゃないんだなということは若い頃から思っていたけど、それでもなんとか、自分の可能性みたいなものを見出していきたいと足掻いていたと思うんです。

 

作品も、(アルバム4枚目から)だんだん重くなって、死生観に寄っていったでしょう。生きるか死ぬかみたいな話って、私なんぞに背負いきれないんですよ。出せる答えがなくなっていくというか。

 

――ああ、そうだったんですね……。

 

安藤 かと言って、音楽をもっとエンターテインメントに捉えようと思ってみても……私、エンタメ性のない人間だから(笑)。私生活も地味だし。だから、結局、人の人生を背負う気力もなくなって、私自身にキラキラする要素もないもんだから、「この表舞台で、私は何をやったらいいんだろう」という感覚は、すごくありましたよ。ここにいる理由が全然わからない、と思いながら。

 

――ライブは継続的に行っていましたよね。

 

安藤 あれは私の考えじゃなくて、私をずっと支えていたマネージャーやディレクターといった、周りの人間の采配です。「もうレコード会社辞める」「離れたい」って話した後に、「しばらく何もしたくない」って言ったんです。そうしたら、「ライブはやっていこう。裕子はこのまま休んだら、絶対もう浮上してこないから」って言われて。よくわかったなと思ったんですけど(笑)。

 

再び歩き出すために必要だった創作活動

――実際にレコード会社から離れた後は、どのように過ごしていたんでしょうか。

 

安藤 もっと(活動休止している状況に対して)ソワソワしたりとか、何かやりたいことが出てくるのかなって、しばらく待ってみたんですけど、何も出てこなくて。私、……“無”だなって(笑)。

 

でもね、本当に、子どもが今よりもっと小さかったから、お世話をしていると1日なんて光のような早さで過ぎていくんですよ。私が音楽家として活動していなくても、世界は全然回っていくし。そう考えたら、何もする気が起きなくて。時間がわーっと過ぎていくなかで、マネージャーたちが仕込んでくれていたライブがあるから、その都度、“表舞台スイッチ”みたいのを入れて、ライブをして。

 

でも、歌うのも、なかなか心が宿らないので難しくて。その度に悩んでは、新曲を混ぜるようにしたり。新しい風を送らないと、淀みが取れない感覚がありました。でも、「これを歌ったら自分が動ける」っていう新曲には、なかなか出会えず。

 

――かなり根深い状態だったんですね。そんななか、2018年に自主制作盤として『ITALAN』(イタラン)をリリースしています。

 

安藤 『ITALAN』は、自分が好きなものだけを作ろうと動いた作品です。昔からのファンの方には、「安藤裕子の偶像たるものは消えるだろうな」ということがよく分かっていたし、もし、そうなったとしても、これを作らないと自分は前に進めないだろうなという感覚がありました。

 

――それだけ、過去の作品とは異なる仕上がりになったということですね。『ITALAN』の制作では、『Barometz』のサウンドプロデューサーであるShigekuniさん・トオミヨウさんが参加しています。振り返ると、本格的な活動再開に向けた、大きな出会いだったそうですね。

 

安藤 そうそう。彼らと一緒に作業をするのが、本当に久しぶりに楽しかったんですよね。それはきっと、私が音楽を始めたのは20歳くらいの時なんですけど、仲間が増え始めてライブを始めたり、自分でもデモ曲を作ってみたり、ただただワクワクしていた、あの頃の感覚にすごい近かったんです。

 

私は、その楽しさを持って先に進みたいと思って。だから、2人と新作を作りたいと思ったんです。まだレコード会社も決まっていないのに、2人とも「やりましょ、やりましょ」って、言ってくれて。

 

――3人で作った楽曲で、『Barometz』にも収録されている「箱庭」「一日の終わりに」「曇りの空に君が消えた」は、ライブで本当によく演奏されたそうですね。一体、この楽曲群の何が、当時の安藤さんにフィットしたのでしょうか。

 

安藤 そのなかでは、「箱庭」と「一日の終わりに」が先にできて。イベンターの男の子に「ねぇねぇ、ちょっと新曲歌いたいんだけど」って相談したら、アイドルのクリスマスイベントに「出ちゃいます?」って飛び入り参加させてくれたんです(笑)。そこで、ユニコーンの「雪が降る町」のカバーと、「箱庭」と「一日の終わりに」を歌わせてもらったんだけど、なんだか「あ、始まったな」っていう感じがすごくしたんですよ。

 

――何が、安藤さんにそう思わせたのでしょうか?

 

安藤 「一日の終わりに」は、久しぶりに自分で作った曲だったんだけど、もともとは夜中に、アルペジオでギターを弾きながら、「ホニャニャニャニャ〜」くらいの小声で歌っていたんです。それが、2人が演奏してくれた時に、すごくソウルフルな曲に生まれ変わったんですよね。2人とも「声デカ!!!!」って驚いてた(笑)

 

結局、ライブって、そういう風に“曲の答え”を知る瞬間というか。歌うことが久しぶりにこんなに楽しいっていうのを知ったのが、そのライブだったと思うんです。そこをスタートにして、どういうアルバムにしようかと3人で話していったのを覚えています。

 

「第3期:安藤裕子」の始まりは“恋”

――『Middle Tempo Magic』(1stアルバム)と似ているという意味ではなく、1stアルバムっぽいなと感じました。バラエティ豊かで、系譜的な作品というよりも、新しいスタートラインを示している印象です。

 

安藤 そうそう、私もそう思います。私を長く取材してくださっている人とよく「第●期:安藤裕子」という表現の仕方をするんですけど、『Middle Tempo Magic』から『chronicle.』(4thアルバム)までが「第1期」で、そこから世界観的に重いものに移っていくのが「第2期」なら、『Barometz』は「第3期の安藤裕子」なんだと思います。

 

これまでの作品が、山本隆二くんとディレクターとの“バンド”としての作品なら、『Barometz』は、私のソロ作品という感じがあります。もちろん、Shigekuniくんとトミオくんのカラーは濃いんですけど、作品としての核には私のソロ性が強くあるんじゃないかと。以前の私は、もっさんとアンディに教えてもらってばかりでしたから。育てていただく時間が終わって、新しいスタートを切ったというか。

 

――『ITALAN』と『Barometz』の違いを、どのように感じますか?

 

安藤 『ITALAN』は、誰かに分かって欲しいとか共鳴してほしいとは、全く思っていなくて。自分の心がいかにワクワクするのかを探していた作品でした。一方で、『Barometz』は、もっとみんなと手を取り合って何かをしたかった。“今の安藤裕子”のサウンドを作る作業でもあったと思います。ミュージシャンやエンジニアの人を含めて、私と一緒に音楽を楽しんでくれた人の色味がものすごく混ざり合っている作品だと思うんですよ。だからこそ、みんなにも楽しんでもらえる作品になっているんじゃないかなって期待もあります。

 

――『Barometz』は恋をテーマにした楽曲で構成されていますね。どうして、恋だったんでしょうか。

 

安藤 ささやかな日常のドラマみたいなものを作りたいと思ったんです。私なんかは、ぼんやりしていると何事もなく死んでいくような日常を送っているんだけれど(笑)、みなさんには生まれて死んでいくからには、ワクワクするようなことを少しでも感じてほしいなと思ったんです。実際に恋をしていなくても、「こんな恋が始まるんじゃないか」っていう妄想に胸を膨らませるような、ふわふわとした気持ちになってほしいなって。そんな曲を作っていきたいです。

 

――『Barometz』を聴いて、次のアルバムが楽しみになった人も多いかと思います。

 

安藤 そう! 私も今、世の中がこういう状況でライブができないでしょう? だから、レコーディングしたいなあって、ずっと言ってるんです。

 

――あぁ……今、そういうモチベーションなのですね! 一人のファンとして、とてもうれしいです!!

 

安藤 でも、またすぐ崩れゆくものなのかな、とも思うんです。特に世の中がこういう状況だと、脆いものだと思うんですよね。この気持ちが、いつ消えてもおかしくないから、目に見えている間に早くやりたいなって。私自身、次のアルバムを作るのが楽しみでいます。

 

<安藤さんイチオシの“モノ”>

インタビューの最後に、安藤さんにイチオシの家電を聞いてみました! 特に、安藤さんは音楽家ということもあり、ワイヤレスイヤホンなど、音楽関連のオススメが聞けるかと思いきや……。

 

安藤 ない(笑)。逆に言うと、家の中のものを全部買い替えたいくらい! 洗濯機も掃除機も冷蔵庫もお風呂も、ぜーんぶ、どこか、ぶっ壊れてるんだもん(そう言ってケラケラ笑う安藤さんでした)。

 

<リリース情報>

『Barometz』/発売中

詳細は安藤裕子オフィシャルホームページ

 

※最新MV「1日の終わりに」を映像化した斎藤工監督作品、映画『ATEOTD』が全国公開決定!

『ATEOTD』
原案・脚本・監督:齊藤工
出演:門脇麦 / 宮沢氷魚
音楽・絵:安藤裕子

9月25日(金)、イオンシネマほか全国公開

配給:イオンエンタテインメント
© 『ATEOTD』製作委員会
公式サイト:http://ateotd.tokyo