エンタメ
タレント
2020/11/21 6:00

48才で「新人」落語大賞を獲った笑福亭羽光が嫉妬で腐らなかった理由

笑福亭羽光さんは、48才のラストチャンスでNHK新人落語大賞を受賞した落語家だ。「ネクストブレイク」と言われ続け、いつのまにか中年になっていたという羽光さんに、同期が続々スターになってもめげなかった理由と、嫉妬心を持ちながらも意欲を失わない秘訣を聞いた。

(取材・構成・撮影:樋口かおる)

 

34才で入門して中年前座に。兄さんは16才年下

――NHK新人落語大賞グランプリ受賞おめでとうございます。落語界では、48才の「新人」はよくあることですか?

 

笑福亭羽光(以下羽光) 珍しいですね。ふつうは僕くらいの年齢だと真打になっています。僕は入門が遅くて、まだ二ツ目(落語の階級)。来年は真打昇進の予定なので、新人として挑戦できる最後のチャンスでした。

 

――落語家になる前は何を?

 

羽光 「爆烈Q」というコントグループでボケ担当でした。漫画原作もやっていて。「次に売れる芸人」と呼ばれて、ヤングジャンプで連載がはじまったときは「このまま両方イケそうやな~」と思ったんですけど、どちらも行き詰りまして。

 

グループは解散、漫画の連載は打ち切りになって、急にやることがなくなりました。うつ病のような状態になって、落語を聴いてどうにか少し眠れるという毎日。それで師匠に弟子入りをお願いして、落語界に入れてもらいました。

 

――お笑い芸人としてのキャリアがあっても、落語家としてはイチからのスタートですか?

 

羽光 そうですね。34才で入門して前座修行をはじめました。そのときの前座の中で一番年上だし、老け顔だったから一人だけ中年前座なんですよね。でも、一日でも入門が早いもんが上の世界。16才年下の兄(あに)さんに面倒を見てもらって年下の姉(あね)さんにもよう怒られて。一月で10kgくらい痩せました。

 

――「転職したら上司が年下でやりにくい」といった声もよく聞きますが、やりにくくはありませんでしたか?

 

羽光 年下が上司になってやりにくさを感じるのは、自分にちょっと能力がある場合ですよね。僕の場合はすべてにおいて圧倒的に負けていたので、「こっちが年上なのに」みたいな感覚はなかったです。入門日で上下関係がはっきりしているので、逆にわかりやすい世界かもしれないですね。

 

落語家はおじいさんのイメージがありますが、前座の仕事は覚えることもたくさんあるし、スピードが必要。若いほうが有利なんです。僕はただでさえ右と左がわからないので急に「右の急須をとって」と言われてもわからない。体も硬いのですぐ足がつってしまう。年をとっていて唯一よかったのは、師匠方の健康の話題に参加できたことですね。

 

周りばかりが活躍……。でも、ダメな人のほうが多い

――同期で組んだユニット「成金」(※)が大人気になりました。スターもたくさん輩出していますが、嫉妬はありましたか?

 

※二ツ目落語家、講談師11名で結成したユニット「成金」。メンバーは、柳亭小痴楽、昔昔亭A太郎、滝川鯉八、桂伸衛門、三遊亭小笑、春風亭昇々、笑福亭羽光、桂宮治、神田伯山、春風亭柳若、春風亭昇也

 

羽光 嫉妬もあるし、いつも不安と劣等感の塊でした。ユニットといっても、落語は一人でするもの。誰がウケて誰が人気あるのか、はっきりわかるんですよ。

 

――それはしんどそうです。

 

羽光 みんなそれぞれ個性も実力もあって、すごいメンバー。僕は関西弁で粋な江戸落語はできないし、下ネタも多い。正統派としては絶対に太刀打ちできないことはすぐに気づきました。でも、世の中にはうまくいっている人もいれば、いかない人もいる。うまくいってる人なんてほんの一握りですよね。落語の世界ではむしろダメな人が活躍します。僕はダメな人向けに、自分の人生を私小説落語として新作落語(古典落語に対し、比較的新しくつくられた落語)にできればいいなと思っています。

逆に、「成金」が嫉妬されて、他の落語家に「あんな奴らとはいっしょにできない」みたいなことを言われることもよくあって。それは人間ぽくてちょっと面白いと思いました。

 

――客観的ですが、過去には「俺のほうが!」みたいなイケイケの時期もあったんですか?お笑い芸人を目指したときとか。

 

羽光 芸人になる前は、実家でニートとしてずっと暮らしていくつもりでした。でも、それは親に許されなかったので、誘ってくれた爆烈Qのメンバーといっしょに東京に出ることに。「一旗揚げてやる」より、「東京という恐ろしい土地で生きていけるやろか」という不安のほうが大きかったことを覚えています。

そして入った事務所の同期のラーメンズ、エレキコミックはどんどん売れていって。アシスタントに来てくれていた漫画家は連載が決まって、その作品「テラフォーマーズ」は映画化もされました。

こちらはTVのお笑い対決で敗れたり、連載漫画の人気アンケートの順位が低かったりでずっと胃が痛い。「やっぱり僕ではダメなんかな」と苦しみましたが、ただ「いっしょにやってる相方のためにがんばらな」と思ってやっていました。

 

――自信がないわりに、お笑い芸人や落語家などにチャレンジできることが謎です。なにか目指すきっかけがあったんですか?

 

羽光 お笑いとか、表現活動をしたいと思ったきっかけは、ラジオやと思います。

 

僕の家は両親が厳しくて、ゲームも買ってもらえず、テレビも見せてもらえませんでした。クラスの話題にもついていけないし、勉強も運動もできないから評価されることが何もなく、鬱屈とした日々なわけです。でも、中学生のとき英語の勉強のふりをしてラジオを聴くようになったある日、『ヤングタウン』で僕のハガキが読まれたんです。ハガキ職人がヒーローの時代で、大事件です。次の日学校でみんなにわ~わ~言われて「こんな素晴らしい世界があったんか!」と驚いて、それから勉強は一切やめました。

 

SNSで「ごきぶり」と呼ばれても

――ほめられて笑いの道に入って、ずっと変わらずに。

 

羽光 芸人は器用な人が多くて、絵がうまかったりExcelが使えたりします。でも、僕は他にできることが少ないので、選択肢がないんです。会社員にもなれないですし。

 

――落語家の仕事でExcelを使う必要ってあるんですか?

 

羽光 寄席の顔付け(寄席に登場する落語家のスケジュール決め)に関数を使っています。会議で集まったとき、僕と伯山さんだけルノアールのWi-Fiに入れなくてあきらめたんですけど。そのとき少しExcelについて調べていたらネット詐欺にあったので、パソコンやネットはこわいです。

 

――でも、YouTubeやZoom落語会はやっていますよね?

 

羽光 コロナ禍で落語会も中止や自粛になって、一時期は仕事がゼロになりました。ネットの重要性は、苦手でも無視はできません。YouTube動画をアップしたり、Zoom落語会を開いたりしていますが、自分ではアプリの使い方がわからないので人に手伝ってもらっています。

 

苦手なことはがんばってもできないので、時間を使うのは無駄です。それなら得意な人にお願いして、みんなの仕事にもつながるというのが理想ですね。

 

――SNSはどうですか?今、SNS疲れをする人も多いですが。

 

羽光 一度スマホを置き忘れてしまい、スマホなし、SNSなしで数日過ごしたことがあります。とてもすがすがしい気持ちになったので、知らない間にSNS疲れしていたのかなと思います。ずっと使わないのも難しいですが、たまには意識して休むことも必要なんじゃないですかね。

 

――エゴサーチで凹むこともありますか?

 

羽光 「誰かが悪口を書いているのでは?」という恐怖があるので、たまに調べます。それで「ごきぶり」と書いてあるのに気づきました。落語の演目の投稿ですが、「ごきぶり 狸賽(落語の演目)」みたいな感じで、明らかに僕のことなんですね。それを息子に相談したら、

「ごきぶりは15分おきにオナラをするんだって」

と、ごきぶりの豆知識を教えてくれました。きっとどう答えたらいいかわからなかったんでしょうね。

 

人はあっけなく死ぬ。他人を気にしている時間はない

――ごきぶり……。情報が多くて他人のことも気になりやすい時代です。なぜそういう考え方になったんですか?

 

羽光 僕が学生のときに大腸がんで亡くなった母が、日記を残していました。そこには僕について「おばあちゃんが甘やかすからダメな人間になってしまった」とか悪口がたくさん書かれていて。母は数学教師で理想が高く、僕のことも家のこともがんばっていたのに、たくさんの不満を抱えたままあっけなく死んでしまった。そのとき「てきとうに生きよう」と決めたんです。

それから2019年の年末、僕に解離性脳動脈瘤が見つかりました。1人病院でお正月のおもちを食べながら、「時間の大切さ」を強く感じました。誰でも急に時間切れになるかもしれないと考えたら、他人のことを気にして、やりたくないことをする暇はないですよね。

 

――残された時間を意識するなら、「好きなこと」「やりたいこと」を目的としてフォーカスすべきだということですね。

 

羽光 「好きなこと」「やりたいこと」があれば、次は「こうしたい」といった方法が出てきますよね。他人をうらやましがる感情の目的は相手をおとしめることではなく、自分がしあわせになることのはず。目的は「こんな家に住みたい」でも「とりあえず死なない」でも、なんでもいいんじゃないですか。

僕の場合は、死を意識したときに「やっぱり落語が好きなんやな」「もっと新作落語をつくりたいな」と思ったんです。

 

――「目的は何か」と考えると、他人に嫉妬してやる気を失うことに意味はないですね。それでもいろんなことが気になって「自分はダメなんじゃないか……」というときは、ダメな人が活躍する落語を聴くのが良さそうです。ありがとうございました。

 

 

【プロフィール】

笑福亭 羽光(しょうふくてい・うこう)

1972年大阪府高槻市出身。落語家。お笑い芸人、漫画原作者を経て2007年笑福亭鶴光に入門。新作落語『ペラペラ王国』にて2018年渋谷らくご大賞創作大賞、2020年NHK新人落語大賞受賞。2021年5月真打昇進予定。

Twitter@syoufukuteiukou
公式サイトsyoufukuteiukou.com

 

【INFORMATION】

令和2年度 NHK新人落語大賞

NHK総合 2020年11月23日(月・祝)16:30~17:58

<出演者>
司会:林家たい平 / 南沢奈央
出場者:入船亭小辰 / 桂二葉 / 春風亭ぴっかり☆ / 笑福亭羽光 / 露の紫 / 柳亭市弥