劇作家・松尾スズキが2019年に新たに立ち上げた演劇プロジェクト「東京成人演劇部」の第1弾として発表された『命、ギガ長ス』が待望の再演。今回はタイトルを『命、ギガ長スW(ダブル)』とし、名が示すとおり【ギガ組】(宮藤官九郎&安藤玉恵)と【長ス組】(三宅弘城&ともさかりえ)のダブルキャストで上演される。そこでGet Navi webではそれぞれのチームの特別対談を2日にわたり公開。まずは、稽古開始間もない【ギガ組】に、“今”の心境をうかがった。
【宮藤官九郎さん&安藤玉恵さん撮りおろし写真】
劇場の狭さや客席との距離感など、スズナリでしか生まれない空気がある
──この取材をしている時点では本番まであと一カ月です。ここまでの稽古の手応えはいかがですか?
宮藤 気のせいかもしれませんが、稽古に入ってすぐくらいから、いきなり完成度を求められている感じがしてます。僕も早くセリフを覚えようと、毎日台本とにらめっこしているんですけど、“大人計画ではこんなことしたことないよなぁ”っていつも思ってて(笑)。安藤さんはどうです?
安藤 確かに、稽古の進みは早いかもしれないです。でも、それは私が初演にも出ていて、セリフがすでに頭に入っているからなのかなって思ってました。
宮藤 そうか、安藤さんはそうですよね。一度芝居を完成させてるわけだから、そりゃあ早く感じますよね。松尾さんも、初演でご自分がやってる役だから、正解を知ってる感じがするし。
安藤 相手が(初演の)経験者だとやりづらいですか?
宮藤 いえ、むしろすごく助けられてます。今のところ、僕の稽古に付き合っていただいている感じじゃないですか。ですから、すごくありがたいなって。
安藤 本当ですか? よかったです。もし、宮藤さんが私のせいで焦っていたらどうしようかと思っていて。
宮藤 まだ全然焦ってないですよ。むしろ、まだ自分が焦っていないことに焦ってます。“これ、いつから焦ればいいんだ!?”って(笑)。
──(笑)。初演は3年前の2019年でした。安藤さんにとってはどのような舞台でしたか?
安藤 当時はいっぱいいっぱいでしたね。ただ、極めて刺激的な時間をすごさせてもらったなという思いがあります。それに、こうして再び台本を向き合ってみると、当時は気づかなかったことがたくさんあって。相手役が松尾さんから宮藤さんに変わったということも含めて、今は新たな刺激や発見を楽しんでます。
宮藤 やっぱり、相手役が変わると違うものですか?
安藤 全然違います。まず、セリフの音階からして違いますから。それにセリフの言い方やニュアンスが異なるので、それぞれに違った面白さがあるなと感じています。
宮藤 僕は初演を純粋に客として観に行ったんですよ。
安藤 いかがでしたか?
宮藤 すごく新鮮でしたし、面白かったです。劇場がザ・スズナリということもあって、ものすごくミニマムな公演だったじゃないですか。“きっと松尾さんは、こういう芝居を以前からやりたかったんだろうな”っていうのが伝わってきて。第一に、効果音が全部、吹越(満)さんの声っていうのがたまんなかったです(笑)。
安藤 ふふふふふ。面白いですよね(笑)。
宮藤 ああいう遊びって、スズナリ規模の公演じゃないとやれないと思うんです。それだけでもう胸がいっぱいになりました。しかも、偶然僕の隣の席に吹越さんがいて、一緒に舞台を観ていて。
安藤 え〜〜! それは貴重な体験ですね。
宮藤 隣には吹越さんがいるし、前を見たら吹越さんの声が聞こえるしで、“なんだろ、これ?”って感じで(笑)。物語も、松尾さんらしいブラックな笑いが詰まっていて面白かったです。少しヘビーなお話ですけど、それをお客さんが笑いながら観ているというのも、あの小さな空間だから成立することなのかなって、興味深く客席から観ていましたね。
──初演時は、公式サイトに松尾さんのコメントとして、「いったん自由になってみたい、演劇を再び楽しみたいという思いからこの舞台を作った」という言葉が書かれていました。
宮藤 松尾さんが最近の舞台は楽しめてなかったってことなのかな?(笑) 分かんないですけど、劇団員の僕としては、「なんかすみません」って感じです(笑)。
安藤 (笑)。きっと楽しくなかったわけじゃなく、いろんなプレッシャーや背負うものが大きくなりすぎたから、原点に立ち返ったものを作りたかったということなんだと思います。
宮藤 僕もそうだと思います。初演を観た時もそれを感じましたから。手作り感といいますか。舞台美術にも松尾さんが描いた画を使ったりしていて、“あ〜、きっとものすごく稽古が楽しかったんだろうな”というのが伝わってきました。
安藤 おっしゃるとおりで、初演もすごく楽しかったです。
宮藤 そう言えば僕、昔はよく、自分が出演していない舞台でも、松尾さんの稽古場に見学に行ったりしていたんです。それこそ温水洋一さんと松尾さんが『鼻と小箱』(1993年)という作品で二人芝居をしていた頃とかですね。その稽古というのが、ずっと見ていられるぐらい楽しくて。その時に感じた感覚が『命、ギガ長ス』の初演を観た時にもあったんです。
安藤 そうした見学って何か別の目的があって行かれていたんですか? 例えば、小道具を作ったり、お手伝いをされたり……。
宮藤 いえ、本当になんとなく、ただ見に行ってただけです。その時に見た、役者としての松尾さんもすごく楽しそうで。やっぱり松尾さんも本当は、いっぱい舞台に出たい方なんですよね。けど、脚本を書いて演出までしていると手が回らなくなるし、劇場の規模が大きくなればなるほど難しくなる。だからこそ、スズナリみたいな小さな劇場で、なおかつ2人だけでできる芝居を3年前に作ったのかもしれないです。
安藤 なるほど。私は、松尾さんの演出をこの作品でしか経験していませんので、普段どんな演出をされているのかは存じ上げないのですが、この『命、ギガ長ス』って稽古場での演出席と役者の距離がものすごく近いですよね。
宮藤 それは物理的な距離のことですよね? うん、すごく近いと思います。
安藤 その距離感も、松尾さんにとっては心地いいのかなって思ったんですよね。それこそ、さっき宮藤さんがおっしゃった、手作り感に近いような。
宮藤 確かにそれもあるかも。だって、最初に稽古場の場ミリを見てびっくりしましたもん。いくらスズナリでもこんなに狭くないだろうって(笑)。
──(笑)。では、二人芝居であることに難しさは感じますか? 以前、別の役者さんが、「二人芝居は頑張っても線にしかならず、立体にならないから難しい」と話されていたのを聞いたことがあります。
宮藤 あ〜、なるほど。そういうふうには考えたことなかったなぁ。でも、そうかもしれない。
安藤 そういえば、初演の時に役者の友人が観に来て、「面白い二人芝居を観たのは初めてだ」と言っていました。
宮藤 へ〜!
安藤 もしかしたら、吹越さんの声が3人目のように聞こえて、そのことで立体感が出ていたのかもしれないですね。それに二人芝居とはいえ、劇中では私がエイコとアサダを演じ、宮藤さんもオサム、キシ、その他にもう一人の3役を演じられるので、実際には5人のキャラクターが出てきますし。
宮藤 それもありますね。それと、僕がまだ今回の稽古で大変さを感じていないのは、2人のせりふの掛け合いが、日常で会話をしている時と変わらないくらいの声量だからかもしれないです。劇場がスズナリだからというのもありますけど、今回の舞台はギリギリの声の大きさでしゃべってもお客さんに伝わるし、むしろそっちのほうが面白く感じると思うんですよね。
安藤 分かります。初演の時に私も同じ印象を持っていました。スズナリが持つ空気感やお客さんの近さ、それに役者の距離感など、すべてを含めて、あそこでしか生まれない雰囲気があるんだなって。
宮藤 まぁ、だからってずっとボソボソしゃべってたら、松尾さんに怒られるかもしれないけど(笑)。
安藤 そこなんです。さじ加減が難しい(笑)。
この作品には少しずついろんなことが分かっていく面白さがある
宮藤 そもそもこの作品って、冒頭のシーンからしていきなりボソボソしてるじゃないですか。幕が開いたらエイコが1人でブツブツと何かを話していて、それに対して僕(オサム)が注意をするというくだりから始まりますけど、オサムは人見知りで、ニートで、あまり他人とは接触を持たない性格だから、そんな人間が母親に対して、いきなり大きな声を出すはずがないなって。
安藤 そうですね。しかも、あとで分かることですが、2人の前には実はドキュメンタリーのカメラを回している女子大生のアサダがいるわけですしね。
宮藤 そう。オサムはアサダさんに対して、最初のうちは本気で心を開いていないでしょうし。だとしたら、母親に聞こえるか聞こえないか程度の声でしゃべるほうが正解かなと思って。とはいえ、あまりにもボソボソとしゃべっていたら、お客さんは目の前で何が始まったのか、すぐには分からないかもしれない。それがちょっと怖いですね。だって、今回は小道具を使わないから、セリフのやり取りで場面の状況を理解してもらうしかないわけなんで。
安藤 宮藤さんが客席で初演をご覧になられた時はどういうシチュエーションのお話なのか、すぐに分かりました?
宮藤 僕、あえて一切の事前情報を入れずに観に行ったんです。だから最初は“このおばあちゃんは誰なの?” “この2人は何の話をしているの?”って思っちゃいました。
安藤 やっぱりそうなんですね。状況を説明せず、唐突に物語が始まりますもんね。
宮藤 けど、むしろそこに、この作品の面白さがあると思うんです。実は彼らの前にアサダさんがいてカメラを回しているんだけど、舞台上に彼女の姿はないから、お客さんは最初、エイコとオサムの親子2人の会話だと思って見ている。やがて、エイコがカメラに向かって話しかけるような仕種をすることで、観客は別の人間がいることになんとなく気づく。一方、オサムもオサムで、アサダさんとカメラを意識しながらも、頑張って意識していないフリをしているから(笑)、それに気づいたお客さんはおかしみを感じていくっていう。
安藤 そのあとで、実際にアサダが出てくるというのも面白いですよね。
宮藤 そうなんです。そうした、あとから分かっていくという構造の面白さがあるから、あまり最初からすべてを分からせる必要はないのかなって思ってます。
安藤 そういえば、稽古が始まる前に松尾さんがくださった資料にも、“お客さんに不安を与えてもいい”って書いてありましたよね。“お客さんが、「何を見せられているんだろう?」と考える時間も共有していきたい”って。
宮藤 そうですね。……まあ、あの資料は松尾さんが自分に言い聞かせているようにも思いましたけど(笑)。
安藤 えっ、どういうことですか?
宮藤 松尾さんが演出に迷った時、“このままでいいんだ”って自分を立ち返らせるために書いたのかもしれないなって。
安藤 あ〜、なるほど。ご自身がブレないためにですね。
宮藤 とはいえ、僕らも別に、お客さんをわざと不安にさせようと思っているわけではないから、できるだけお芝居で伝えられるところはしっかり伝えていきたいですね。
【長ス組】が4Kなら、こっちはまだビデオテープ。でも、アナログにはアナログの良さがある
──今作は【ギガ組】と【長ス組】の2チームでの上演になります。三宅弘城さん&ともさかりえさんの【長ス組】にはどのような印象をお持ちでしょう?
宮藤 今のところ、あんまり意識しないようにしています。稽古に入る前、グループ魂のLIVEで三宅さんとはずっと一緒だったんですけど、三宅さんがこの作品のことを話そうとするたびに、返事を曖昧にして逃げていたぐらいで(笑)。
安藤 稽古場ではお互いの時間がまったく被らないので、お会いすることもないですよね。だから私も、【長ス組】がどんな感じになるのか想像がつかないです。ただ、身体能力ではちょっと勝てなさそうだなって感じてはいます(笑)。
宮藤 そうですね、そこでは絶対に勝てない(笑)。あと、劇中のオサムのセリフに「人間には2種類いる。気がついたら祭りに参加している人間と、気がついたらどうやって祭りに参加していいか分からなくなっている人間が」っていうのがあるじゃないですか。それで言えば、僕とオサムは完全に後者で。対して、三宅さんはお祭りに参加する側のイメージがある。見た目の話ですけどね。ですから、ニートでアル中の無職男という設定には、僕はほぼ役作りをしなくても通用するので(笑)、そこでも勝ってるかなと思ってます。
安藤 (笑)。三宅さんも、ともさかさんも、バキバキッ! と決めるところは決めるんだろうなあ。私はそこでは勝てないかも(笑)。
宮藤 僕もムリですよ。ですから、総じて【長ス組】は解像度が高い芝居をするんじゃないかな。
安藤 わかります!(笑)
宮藤 こっちは画素数が相当粗いと思いますよ。向こうは4K・8Kの世界だけど、こっちはまだビデオテープみたいな(笑)。
安藤 昭和なんですね(笑)。
宮藤 だってこの前、うっかり稽古場に早く着いちゃったことがあって、声だけ聞こえてきたんです。やっぱりクリアな声でしたもん(笑)。でも、アナログにはアナログの良さがありますからね。
──どんな違いがあるのか、本番が楽しみです! なお、この作品は8050問題を題材にしていますが、ご自身が80歳になったとして、こんな老後を送っていたという願望などはありますか?
宮藤 老後かぁ……。僕、銭湯に行くのが好きなんですけど、行くとたいていおじいさんばっかりなんですね。で、くっだらないことばかりしゃべっているんです。誰かが「この前、あの飲み屋のお姉ちゃんと会ってさぁ」なんて話し出すと、別の誰かが「え、なんでなんで!? 連絡先知ってんの?」って食いついたりして。そうかと思えば、「若い女の子が街を歩いてると、つい見ちゃうよね。あれ、別に見てもいいんだよね?」「うん、いいんだ、いいんだ。あれは見ていいんだ」っていう、どうでもいい話をずっとしてて(笑)。
安藤 いいなぁ(笑)。 んっ? 宮藤さんもそういうふうになりたいってことですか?
宮藤 そう。楽しそうだなぁって思って。どうでもいい会話を、近くで見知らぬ男に盗み聞きされてるっていうことすら分からなくなってる、そんな老人になりたいです(笑)。
安藤 そんな憧れがあるんですね(笑)。私はなんだろうなぁ。80歳の姿とは少し違いますが、私の祖母って明治生まれで、102歳で亡くなったんです。100歳を超えてもごはんを白菜の漬物で巻いて3杯ぐらい食べるような人で。人に勧められたらタバコも吸うし、スナックに行って踊ることもあるし。
宮藤 いいですね! かっこいい!
安藤 最期もとてもかわいらしい顔でした。にぎやかなのが好きだったし、ほんとに素敵で。私もそういうおばあちゃんになれたらいいなって思います。
宮藤 勧められたらタバコを吸ったりとか、自由でいいですね。僕もそうありたいです。100歳になるまで生きたからそうした人間性になったのか、それとも自由に生きていたから102歳まで生きられたのか。いずれにせよ、素敵な人生ですね。
──では最後に、Get Navi webということでご登場いただいている皆さんに、最近購入した家電やお気に入りのアイテムをお聞きしているのですが、お2人はどんなものがありますか?
安藤 私は低温調理器を買って、最近すごくハマってます。
宮藤 料理をする時に使う道具か何かですか?
安藤 そうです。お湯の温度を一定に保ったまま調理ができるんです。例えば、60℃を8時間キープとか。お肉とかだと低温で長時間かけて火を通すことで、繊維を壊すことなく調理が出来るんです。比較的高級じゃないお肉でも信じられないくらいの柔らかさと食べやすさに変わるので、すごくおすすめです!
宮藤 僕は3年くらい前になるんですが、4Kのプロジェクターを買いました。安くてすごくいいのがあったから、ステイホーム期間中はDVDを繋いで映画を見たりしてましたね。今はスマホに繋げばサブスクも見られるのですごく便利です。もともと本棚があった場所を空けて、白い壁に映しているんですが、小さい映画館ぐらいの臨場感で楽しめます。
安藤 いいですね。
宮藤 でも最近は、それを使ってYouTubeとか『相席食堂』とかばっかり見ています(笑)。
安藤 映画じゃないじゃないですか(笑)。
宮藤 そう。大画面で見る意味のないものを大画面で見るのが面白いなと思って(笑)。
安藤 (笑)。実際に4Kの画質で見られるんですか?
宮藤 それが、結局、元が4Kで作られた映像じゃないとキレイにはならないんですよね。だからまだ4Kで見たことがないですし、はたして本当に4Kに対応しているのかどうかも分からないままですね(笑)。
東京成人演劇部vol.2「命、ギガ長スW(ダブル)」
(東京公演)
会場:東京・ザ・スズナリ
日時:2022年3月4日(金)~4月3日(日)
※そのほか、大阪、北九州、松本で上演
(STAFF&CAST)
作・演出:松尾スズキ
出演:【ギガ組】宮藤官九郎、安藤玉恵 【長ス組】三宅弘城、ともさかりえ
(STORY)
80代で認知症気味のエイコと、ニートでアルコール依存症の50代の息子・オサム。貧困生活を送っている彼らを1台のカメラが追っていた。ドキュメンタリー作家志望の女子大生・アサダが、日々、撮影で彼らを密着していたのだ。しかし、アサダが撮る映像を見た所属ゼミの教授・キシは、あることをアサダに指摘する。実は、エイコとオサムにはカメラの向こう側に隠された秘密があったのだ……。
チケット:6,500円(全席指定・税込)、ヤング券3,800円(22歳以下/チケットぴあのみ取扱)
公式HP https://otonakeikaku.net/stage/2007/
【ライブ配信】
2022年3月16日(水)13:00の回【長ス組】
2022年3月16日(水)18:00の回【ギガ組】
※特典配信では、ライブ配信終了後には、宮藤官九郎×安藤玉恵×三宅弘城×ともさかりえ キャスト4名による座談会を配信。「稽古どうだった?」「お互いの本番観た?」など、稽古場で交わることがなかった2組のクロストークを送る。3月16日(水)13:00開演の【長ス組】本編終了後に前編、3月16日(水)18:00開演の【ギガ組】本編終了後に後編を配信。
配信チケット:3,500円(税込)
チケットは https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2195744
撮影/干川修 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/大和田一美(APREA)(安藤) スタイリスト/チヨ(コラソン)(宮藤) 衣装協力/salon de GAUCHO(Kei)