塚原重義さんが原作・脚本・監督を手掛ける初の長編アニメーション映画『クラユカバ』が現在公開中。先だって2023年ファンタジア国際映画祭に出品され、長編アニメーション部門「観客賞・金賞」を受賞するなど国際的な映画祭で高い評価を集めている本作。主人公・荘太郎と邂逅する謎の装甲列車を率いる・タンネ役を演じ、「完成を待ちわびていた」という黒沢ともよさんにキャラクターや作品に込めた思いをうかがった。
【黒沢ともよさん撮り下ろし写真】
タンネは軍人であり、少女性もあり、少年っぽさもある不思議なキャラ
──作品を拝見しました。レトロ感やスチームパンクっぽさもある世界観に、物語が始まった瞬間から惹き込まれました。
黒沢 うれしいです! ありがとうございます。
──この作品は、冒頭の15分にあたる「序章」がクラウドファンディングで作られ、その後、数年かけて本編の完成に至ったそうですね。
黒沢 はい。探偵役(荘太郎役)の神田伯山さんとサキちゃん役の芹澤 優ちゃん、そしてタンネ役の私は「序章」から参加させてもらっていて。ですから、今回の本編の完成をすごく楽しみにしていました。
──塚原重義監督とは「序章」で初めてお仕事をされたそうですが、その時の印象はいかがでしたか?
黒沢 監督はすごくおしゃれな方なんです。この作品から飛び出してきたかのような色合いのお洋服をいつも着ていらっしゃって。それに、この映画ではサキちゃんがキャスケットを被っていますが、監督もずっとキャスケットを被っているので、“もしや、本当にこの映画の世界の住人なのでは!?”と思ってしまうほどでした(笑)。その意味でも、この映画はまさに監督の頭の中をそのまま具現化したような作品なんだなと感じました。
──今回のタンネ役に関しては監督からどのようなディレクションがあったのでしょう?
黒沢 「序章」を制作していた段階では、物語の中でのタンネの立ち位置がどのようなものなのかが、私にはあまり知らされていなかったんです。オーディションでいただいた資料にも、《謎の人物で、時おり少年にも少女にも見える》といった程度の情報量しかなくって。ただ、その後、改めて今回の本編を作るにあたって監督から言われたのは、「少女性が欲しい」ということでした。また、タンネは『鬼の四六三』と呼ばれる部隊の列車長(指揮官)といった側面もあるので、そこも大事にしたいと。つまり、軍人っぽさがあり、少女性もありつつ、なおかつ、ちょっとやんちゃな少年っぽさのある役にしたいというオーダーをいただきました(笑)。
──今のお話を聞いているだけでも、一体どんなキャラクターなのか見失いそうになります(笑)。そうした少女性と少年っぽさが内在したキャラクターをどのように作り上げていったのでしょう?
黒沢 今回はそのさじ加減が本当に難しかったんです。ですから、まず私のなかで一番女の子っぽい部分を表現し、そこから一番男の子っぽいところまでを、ちょっとずつ目盛りを動かしながら演じて、「どのあたりがイメージに近いですか?」と監督と相談しながら探っていきました。
──最終的にはどういった点を強く意識されたんですか?
黒沢 本編の台本を読んだところ、列車長としての役割が大きなウェイトを占めていましたので、そこを軸に表現していくようにしましたね。軍人の要素をしっかり出しつつ、でも、タンネの相棒である女の子たちと会話をする時には無意識に少女性やボーイッシュさが出ているような。そうした女性像をイメージして演じるようにしました。
──確かに、タンネが部隊の代表として誰かと交渉する時はすごく軍人らしさを感じ、会話の語気もいつもより強めになっているような印象を受けました。
黒沢 そうなんです。タンネは誰と相対しているかで、ちょっとずつ表情や言葉遣いに違いが出るんですよね。例えば、主人公である探偵の荘太郎に対しては、最初は“おまえは何者だ!?”みたいな警戒心強めの態度だったのに、そこから少しずつ心を開いていき、会話も柔らかくなっていって。最後のほうになると、荘太郎にぼやいたり、愚痴を言うぐらいの距離感になっていましたからね(笑)。
──ちなみに黒沢さんは、「序章」を作っていた時、すでに今回の本編の展開をご存知だったんですか?
黒沢 いえ、知りませんでした。ですから、完成した台本を初めて拝読した時は驚きの連続でした。どこまでがリアルで、どこからが非現実の世界なのかが分からなくなっていく展開に、“一体どうなるの!?”というワクワク感が止まらなかったんです。それに、登場人物たちのやりとりや行動を見ていても、簡単に悪や正義という概念だけでは語れない部分があって。そこにもすごく魅力を感じましたね。
──タンネも「序章」では敵か味方か分からない不気味さがありました。
黒沢 そうなんです。そもそも「序章」では、『クラガリに曳かれるな』というセリフしか言ってませんしね(笑)。それもあって、私自身も本編での物語の展開を知るのを楽しみにしていたのですが、もう想像以上でした。
昨今、こんな超挑戦的なキャスティングって、そうそうないです(笑)
──お話をうかがっていると、タンネはすごく難しい役だったように感じますが、実際のアフレコはいかがでしたか?
黒沢 すっごく楽しかったです! この作品はセリフの語り口が独特で、声に出すと気持ちいいんです。耳も喜んでいるような感じがして(笑)。それに、タンネにはちょっと小生意気なところがあるんですよね。タンネはまだ年齢的に若いだろうに、態度がやたら横柄ですし、そうした普段の生活では絶対に出せない姿をお芝居でできたのも最高でした(笑)。
──耳が喜ぶという意味では、伯山さんをはじめ、素敵な声をお持ちのキャストばかりです。
黒沢 そうなんです。講談師の伯山さんだけじゃなく、荘太郎の古くからの知り合いである新聞記者の稲荷坂役には活動弁士の坂本頼光さんもいらっしゃって。昨今、こんな超挑戦的なキャスティングはないぞって思います(笑)。お2人とも声優活動を本業にしている役者には出せない味わいをお持ちですし、そうした点でも、これは唯一無二の作品になるなと感じました。
──伯山さんとは一緒に収録をされたのでしょうか?
黒沢 いえ、残念ながら別でした。ただ、伯山さんが8割ほど収録し終えた後でしたので、ほぼ荘太郎の声を聞きながらアフレコに臨むことができました。
──伯山さん演じる荘太郎にどのような印象を持たれましたか?
黒沢 すべてがすごかったです! たまらなかったです!! 間の取り方一つとっても独特の雰囲気があり、どれもが新鮮で。例えば、同じ量のセリフを同じくらいの尺でしゃべっているはずなのに、場面によってはすごくゆっくり話しているように聞こえたり、逆に捲し立てているようにも聞こえる。坂本頼光さんのお芝居もそうですが、“緩急の付け方やしゃべり方次第で、こんなにも違いが出るものなんだ!!”と、すごく勉強をさせていただきました。
色彩の柔らかさ美しさは推しポイントの1つ!
──収録時はほぼ映像が出来上がっていたとうかがいました。アニメのアフレコは画が未完成の状態で行うことがよくありますが、やはり最初から先に画があると、役へのアプローチも違うものなのでしょうか?
黒沢 画に合わせた演技をしやすくなりますし、イマジネーションの広がり方が変わってくることもあります。特に今回のタンネはそうでした。というのも、タンネには背景といいますか、設定があまりないんです。年齢は謎だし、謎に列車長だし、組織の中での立ち位置も謎で。とにかく謎だらけなんですよね(笑)。そのくせ、たまにニヤニヤしていたりと、表情は意外と豊かで(笑)。
──話してる内容や口調だけだと怖そうに感じますが、たまにかわいいところも垣間見えるのが素敵ですよね。
黒沢 そうなんです。ものすごくかわいいんです! 腹の中ではいろんなことを考えているけど、それらをぐっと抑えて、表情だけは笑顔だったりする。そうすると、自然と少し皮肉な感じや、相手をなめている雰囲気がお芝居にもにじみ出てくるんですよね。“なるほど、こういう表現の仕方もあるのか”と、すごく勉強になりました(笑)。
──確かに、実際に映画の中でも探偵に対して、「ちょっとなめてた」と告白するシーンがありました。
黒沢 ありましたね(笑)。しかも、それを素直に言っちゃえるのもタンネの魅力なんです。実は、収録に入る前はこのタンネをどう演じていこうかと、少し悩んでいたところがあったんです。台本の文字だけを読むと、真面目すぎる子みたいになってしまわないかという懸念もあって。でも、先ほどのお話にあったように映像がほぼ完成していたので、たとえ頭が固そうに感じるセリフでも、画のタンネが笑顔なら、そこにも合わせていかないといけない。そこが難しくもあるのですが、結果、かわいさと生意気さが混じったようなキャラクターを生み出すことができたので本当に良かったなと思いました。
──そうだったんですね。また、先ほど「タンネというキャラクターには設定が少ない」というお話をされていましたが、この作品に出てくる登場人物たちの背景は、探偵以外ほとんど描かれていませんよね。
黒沢 はい。でも、それが作品の面白さを際立たせているなと感じました。多くのキャラクターの背景が謎に包まれているので、物語が進むにつれて、どこまでが現実でどこからが虚像の世界なのかが分からなくなっていく。そうした“余白”を楽しんでいただけるんです。それに、同時公開となる『クラメルカガリ』は逆にとても分かりやすい物語になっていますので、塚原監督の頭の中のオモテとウラを覗き見している感じもして、そうやって見比べられるのもすごく面白いなって思いましたね。
──情報過多や説明過多とも言える今の時代において、こうした謎の多い『クラユカバ』のような作品は珍しいですし、観終わった後に、解釈を巡って友人たちといろんな話ができるのも醍醐味だなと感じます。
黒沢 確かにそうですね。私が声優のお仕事をさせてもらうようになったのは10年ほど前なんですが、その頃っていろんな作品でアニメファンが考察をして盛り上がっていたんです。その意味では、あの時代を経験してきたアニメ好きの方にとっては、ものすごくたぎる作品になっているなと思います(笑)。
──(笑)。もちろんそこまで深読みせずとも、純粋に映像を観ているだけでも楽しめますしね。
黒沢 はい。そこは私がすごく推したいところでもあります。色彩がとてもきれいなので、まるで夢を見ているかのような不思議な感覚を味わっていただけると思いますし。それに、なんと言っても、作品全体の画が柔らかい。劇中の戦闘シーンではバンバンと大砲を撃っているんですが、それでも目が疲れないんです!(笑) それでいて、細かい色合いなど、随所に監督のこだわりが詰まっていますので、ぜひあの美しい世界をスクリーンで堪能してほしいなと思います。
伯山さんの頭の中ってどうなってるんだろう?っていつも思います
──『クラユカバ』は“謎”がテーマになった作品ですが、黒沢さんのなかで最近気になっている謎のようなものはありますか?
黒沢 先日、伯山さんの講談を聴かせていただいたんです。その帰り道、ふと“伯山さんの頭の中には講談の読み物が何冊分入っているんだろう?”と思ったことがありました。それに、公演の演目はご自身でお決めになることがほとんどだと思うのですが、急に作品名を挙げてもすぐにできるものなのかなとも思ったり。あと、どういった練習をされているのかとか、稽古期間はいつもどれくらいなのかということも気になりますね。以前、歌舞伎は公演前に一週間ほどお稽古をするだけで本番を迎えると聞いたことがあったのですが、どうしてそれでできるんだろうかと、本当に不思議で。
──黒沢さんは舞台の活動もされているので、余計に疑問に感じるのかもしれないですね。
黒沢 はい。「普段からお稽古しているし、型が決まっているからできることなんです」という説明をうかがったこともあるのですが、歌舞伎に限らず講談や落語でも、演者さんの新たな解釈が作品に加わることがありますよね。そうすると、とてもじゃないけど一週間では間に合わないんじゃないかと思ったり。また、そうしたオリジナリティってどこまで許されるのかも気になります。あと、特に知りたいのが脳内のキャパシティ。あれだけ多くの作品が頭の中に入っているのに、インプットできる余力があとどれくらいあるのかすごく知りたいです。
──舞台役者さんだと、たまに千秋楽を迎えた翌日にはすべてセリフを忘れるという方もいらっしゃいますよね。
黒沢 私もそのタイプです。かっこよく言えば、スイッチが切り替わるように忘れちゃいます(笑)。でも、伯山さんのような講談師さんや落語家さんはストックし続けないといけないわけで。本当に、頭の中がどうなってるんだろうって思います。今度お会いした時に「忘れないと、次の台本が頭に入らなくないですか?」って聞いてみたいです(笑)。それに、何気ない会話でも覚えているものなのか、それは訓練してできるものなのか……。「人によるんじゃないですか?」って言われてしまったら、それまでですが(笑)。
──(笑)。では最後に、黒沢さんにとって仕事をする上での必需品があれば教えてください。
黒沢 よく持ち歩いているのがオムロンの吸入器です。本来は喘息の方に向けて作られたものだと思うのですが、私はそれを喉を潤すために使っていて。生理用食塩水を入れて、霧状になったものを口の中に直接入れると、加湿器代わりになるんです。私は基本的に睡眠をしっかりと取ればどれだけ喉を酷使しても翌日には治るんですが、声優と舞台のお仕事が重なったりすると、どうしても十分な睡眠時間が取れなくなって。そんな時にこれがあれば手軽に持ち運べるし、喉の炎症をすぐに治癒してくれるのですごく重宝しているんです。
──そうした吸入器を使った喉のケアはいつ頃からされているんですか?
黒沢 高校生ぐらいの頃からですね。当時はものすごく大きなものしかなく、技術の進化とともに、今では手のひらサイズにまでなってくれたので、もう感謝しかないです(笑)。しかも、最近は流行りでどんどんバッグも小さくなっていますからね。時代に対応したサイズでありがたいです(笑)。
クラユカバ
2024年4月12日(金)より全国公開中
(『クラメルカガリ』と2作品同時公開)
【映画「クラユカバ」よりシーン写真】
(STAFF&CAST)
原作・脚本・監督:塚原重義
キャラクターデザイン:皆川一徳
音楽:アカツキチョータ
プロダクションプロデュース:EOTA
アニメーション制作チーム:OneOne
主題歌:「内緒の唄」(チャラン・ポ・ランタン)
声の出演
荘太郎:神田伯山、タンネ:黒沢ともよ、サキ:芹澤 優、稲荷坂:坂本頼光、指揮班長:佐藤せつじ、松:狩野 翔、トメオミ:西山野園美、御多福:野沢由香里
(STORY)
「はい、大辻探偵社」紫煙に霞むは淡き夢、街場に煙くは妖しき噂…。今、世間を惑わす”集団失踪”の怪奇に、探偵・荘太郎が対峙する! 目撃者なし、意図も不明。その足取りに必ず現る”不気味な轍”の正体とは…。手がかりを求め、探偵は街の地下領域”クラガリ”へと潜り込む。そこに驀進する黒鐵(くろがね)の装甲列車と、その指揮官タンネとの邂逅が、探偵の運命を大きく揺れ動かすのであった…!!
公式サイト:https://www.kurayukaba.jp/kurayukaba/
(C)塚原重義/クラガリ映畫協會
撮影/映美 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/笹浦麻記 スタイリスト/末吉久美子