1983年4月に誕生したG-SHOCKは、今年で35周年という節目を迎えました。「落としても壊れない腕時計」というコンセプトで開発された初代モデルDW-5000Cは、いまも語り継がれる腕時計史上のマイルストーンプロダクトであり、現在までに発表された数千型ものバリエーションの原点でもあります。そんな原点モデルが、35年の節目に「フルメタル化」という目覚しい進化を遂げました。そこで、初代DW-5000Cから最新作GMW-B5000まで、5000系の歴代モデルをプレイバック! G-SHOCKは、こんなにも形を変えずに進化し続けていたんです!!
1983年、カシオが発表した世界初の耐衝撃ウオッチ
2017年に累計出荷台数1億個を突破したG-SHOCKの原点モデル「DW-5000C」は、1枚の企画書に書かれた「落としても壊れない腕時計」という1行から開発プロジェクトが始まりました。企画を立案した伊部菊雄さんは、「簡単にできるだろう」と最初はタカをくくっていたそう。ですが、実際は10m上空からの落下試験に耐えるスペックを腕時計のサイズに落とし込むためには、実に2年もの歳月がかかりました。
ようやく完成した初代DW-5000Cは、5層構造ケースに中空構造のモジュール緩衝装置などを組み合わせ、10m上空からの落下に耐えるスペックを実現。20気圧防水も確保した世界初の耐衝撃ウオッチとしてデビューしたのです。
当初のG-SHOCKは性能に疑いを持つ人が大勢を占めており、新作は出るものの販売は決して楽なものではありませんでした。当時のことを伊部さんも「製造が続けられていたのが不思議なぐらい低調だった」と振り返るほど、苦戦していたようです。一方で、便利な製品を積極的に生活に取り入れる土壌の整った北米エリアでは販売の微増が続いていました。これを足がかりにやがて逆輸入的に日本でも認知度が向上。ボードカルチャーやストリートファッション、アメカジなどの流行とともに1990年代には全国で一大G-SHOCKブームが巻き起こるに至ります。
プレミア価格で取引されるレアG-SHOCK熱狂の1990年代
西海岸のスケーターがG-SHOCKを着けるなど、ファッションアイテムとして広く認知された1990年代は、日本での人気も急上昇。1990年には約1万本(3モデル)だった国内出荷数は、1991年に約3万本(5モデル)、1992年には15万本(11モデル)を超えたそうです。1994年に登場したELバックライトは、点灯時に浮かび上がるグラフィックにも趣向が凝らされました。
同年には映画「スピード」でキアヌ・リーブス演じる主人公が着用していたことが話題になり、G-SHOCK人気に拍車がかかります。ちなみに着用モデルだったDW-5600C-1Vは映画公開を機に「スピードモデル」との愛称が付けられ、誕生10周年記念モデルなどと同じくコレクターたちにプレミア価格で取引されていました。
G-SHOCKは流行から定番に。21世紀のG-SHOCKはソーラー電波へ進化
10年近く続いたブームが落ち着いた2000年以降、G-SHOCKは技術的に大きな発展を遂げます。1998年に初登場した独自のソーラー充電システム「タフソーラー」に加え、標準時刻電波を受信して時刻の自己修正を行う機能も備えた「壊れない」「止まらない」「狂わない」の三拍子そろったThe Gが2002年に登場。この技術をさらに小型化させ、スクエアケースへの搭載を実現したGW-5600J-1JFは、2005年に発表されています。
G-SHOCK誕生25周年となった2008年よりカシオはバーゼルワールドへの再出展をスタート。アナログ表示で新たな道を切り開きながら、50万円以上するMR-Gのバーゼル限定などで高級時計市場でも頭角を表していきます。5600系もカーボンファイバーインサートバンドや新素材を使った新たな耐衝撃構造など、様々な取り組みにチャレンジ。2012年にはBluetooth®接続に対応したGB-5600B-1JFも登場するなど、時代の先端を行く製品を登場させました。
では、最新作となるGMW-B5000は、どのように進化したのでしょう。