家電
2019/7/2 18:00

なぜ、家電メーカーがここまで…? 人気沸騰のバルミューダ、操作音の「音作り」から見えてきた「モノづくりの哲学」

バルミューダが今年3月に発売した空気清浄機の新製品「BALMUDA The Pure」は、「空気をきれいにする光の柱」のキャッチフレーズの通り、光をデザインに取り込み、視覚的にも清浄感と心地よさを訴えるこだわりの製品です。

 

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↑空気清浄機のBALMUDA The Pure。吸気口と流路が点灯し、「光の柱」を通って空気が清浄。空気清浄の強さによって明るさも変化するため、その作用を視覚で感じられます

 

「音へのこだわり」は大ヒットしたトースターから始まった

実は、このBALMUDA The Pureは、視覚だけでなく聴覚もデザインに取り込んでいることも大きな特徴。トースターから始まった“音”へのこだわりを、クリエイティブ部プロダクト・リードデザイナーの髙野 潤マネージャーと商品設計部機構設計チームの岡山 篤さんに語ってもらいました。

 

――2017年末に発売したオーブンレンジの「BALMUDA The Range」で“音”に対するこだわりに注目されましたが、そもそものスタートは、大ヒット製品の「BALMUDA The Toaster」と聞きます。音にこだわりはじめたきっかけはなんだったのですか。

 

髙野 当時は、トーストを焼くという体験をいかにユーザーに楽しんでもらうかを考えていました。それまでのトースターは、焼いている間は“ジー”、焼き上がると“チン!”と鳴るのが一般的。でも、もっと焼き上がるまでのワクワク感、焼き上がりの期待感を高めるための“音”とは何かを追求したかったんです。

↑プロダクト・リードデザイナーの髙野 潤マネージャー。製品の企画、デザインを担当している

 

↑BALMUDA The Toaster(写真はブラック)

 

【動画 BALMUDA The Toasterの音】

大ヒットしたトースターは、限られた音源の中で、ユーザーにいかに、焼き上がりの期待感を抱かせるか、その試行錯誤の連続だった。

髙野 トースターに使っている音源はブザーなので、周波数と音量しか変えられません。その制約の中で何ができるか。トースターの温度制御のためにマイコンを搭載しているので、それを使って音も制御できないかと、ソフトウエアチームと一緒になっていろいろと試行錯誤したものです。その結果、焼いている間の“チッチッチッチッ”は1つ目と2つ目の音を変えて交互に鳴るようにして抑揚をつけ、焼き上がりの“ピピーン”は1Hz刻みで音を揺らして余韻を持たせたのです。これがユーザーに大好評でした。「焼き上がりを待っている間、つい一緒になってリズムをとってしまう」「焼き上がりがすごく美味しいそうに感じる」と。

 

電子レンジでは、本物の楽器の音をサンプリング

――“音”へのこだわりが間違っていないことがわかったわけですね。そしてBALMUDA The Rangeへとつながる……。

↑BALMUDA The Range(写真はブラック)

 

髙野 キッチン家電で大きなスペースを占領して存在感があるのが電子レンジ。そのレンジを使うことが楽しくなれば、キッチンに居ること自体がもっと楽しくなるのかなと。そんな思いを込めてBALMUDA The Rangeの“音”の開発に取り組みました。そのため、モードの切り替え音にもこだわっています。

 

ギターのアルペジオ(和音を構成する音を一音ずつ低いもの、または高いものから順番に弾いていくこと)で3音ずつを鳴らしていくのですが、全部1つのキーでつながっています。これは社長の寺尾 玄(てらお・げん)のこだわり。どの位置で切り替えても前後の音につながりがあり、収まりの良い音になっています。原音は社長が自分でギターを弾き、試行錯誤して最も心地よい音を探していきました。試作機までは社長のギター音を使っていましたが、完成品にはプロのスタジオミュージシャンにお願いして弾いてもらっています。

 

――コンピューターで作った機械音ではないのですね。

 

髙野 はい、生音をサンプリングしています。トースターと違い、レンジはスピーカーを搭載しているのでサンプリングした音が使えるのです。調理中に音は実際にドラムを叩いた音、出来上がりの“ジャジャーン”も、サンプリングしたギターの音です。

 

ちなみに、電子レンジのモード音のキーは「A」。コード(和音=高さの違う音が2つ以上同時に響き、合成された音のこと)は、A、D、E、すなわち、キーAにおける「スリーコード(主要三和音)」です。大半の曲は、この3つのコードがハーモニーの基本になっています。キーをAにした理由は、「ギターでの響きが良いから」。音色選びに際しては、同じアコースティックギターでも、楽器を数種類試し、また演奏のタッチやニュアンスは考えられる限りを試しました。結果として、楽器は2種類のギターを採用し、それぞれレンジとして生活シーン/調理シーンに合うように使用されています。

 

【動画 BALMUDA The Rangeのモード設定音】

電子レンジのモード切り替えはアコースティックギターでAを弾いた音をサンプリング。

 

【動画 BALMUDA The Rangeの運転時・終了時の音】

調理中の音はドラムをサンプリング。終了時はギターの音が。

空気清浄機の音はシートベルトサインの音から着想を得た

――空気清浄機の「BALMUDA The Pure」の操作音は、航空機の中のシートベルトサインに似た音ですよね。これにはどんなこだわりがあるのですか。

 

髙野 「BALMUDA The Pure」のコンセプトは「空気をきれいにする箱」。空気がきれいになっていく作用感をユーザーに感じてほしかったのです。そのために光をコンセプトにしていますが、では音で何ができるかと考えまして。最初は医療現場の中の音を探したのですが、医療現場の音は緊張を感じる場所なのでちょっとしっくりこなかった。

 

次に清浄感を感じるのはどこかと探したら、空港が思いついたんです。空港や飛行機の中は、多くの人が行き交いながらも落ち着きがあり、清浄感がある。なかでも、シートベルトサインの音は、航空機の中で最も記憶に残りやすい音なので、ここから着想を得ました。「BALMUDA The Pure」には強力に空気を吸い込むジェットモードがあり、内部の整流翼は航空機のジェットエンジンのテクノロジーを参考にしているため、相性が良いというのも一つの理由です。ジェットモードの音は他のモードよりも1オクターブ高い音を使っており、より作用感を強調しています。

 

【動画 BALMUDA The Pureの操作音】
シートベルトサインから着想を得た音が清浄感を醸し出す。ジェットモードの音で、さらに作用感を強調している。

 

納得の音が出るまで何度もトライ&エラーを繰り返した

――「BALMUDA The Pure」の音に関して苦労したところはありますか?

 

岡山 空気清浄機という性質上、スピーカーのための穴を開けてそこからホコリが入るのはふさわしくないので、スピーカーを完全に内部に埋め込み、外部からは全く見えないようしました。そのため、当初は音がこもったり、ファンモーターの回転で音がビビったりと、なかなか思うようなクリアな音が出せませんでした。スピーカーボックスの大きさ、スピーカー筐体内部での配置、スピーカーの固定の方法など何度もトライ&エラーを繰り返したものです。音の調節だけで実働1か月くらいかかっていて、音質自体も7パターン作り、ハードの設計に合わせて組み合わせを何度も試しました。最終的にはプロの音楽プロデューサーに監修してもらい、今の音が出来上がっています。

↑商品設計部機構設計チームの岡山 篤さん。高野さんらクリエイティブ部から上がってきた製品の設計など、技術面から物づくりを行う

 

↑指を差しているところにスピーカーボックスが埋め込まれている。外見からはスピーカーの存在は分からないが、音がこもったり、割れたりしていない

 

五感に働きかけるには、聴覚や触覚もおろそかにできない

――音に対してのこだわりがスゴイですね。これは寺尾社長のこだわりですか?

 

髙野 元ミュージシャンとして、社長の強いこだわりが感じられます。トースターの時などは、今の音を110%の長さにしてくれとか、イコライザーの概念を熟知しているので何Hzの音を何dB上げてくれとか、何Hzを切ってくれとか。音響機材の知識もあるので、かなり具体的に調整の指示が入りましたね。

 

岡山 社長のこだわりもそうですが、バルミューダは、いかに製品を通じてユーザーの五感に何を働きかけることができるかを重視しているので。「音もデザインのひとつだ」という考えで製品開発を進めています。

 

髙野 視覚・聴覚だけでなく触覚にも常に気を配っています。私自身は「てばかり(手量り・手測り)」と呼んでいますが、エッジの滑らかさ、ボタンを押すための自然な動きなど、操作したり動かしたりするときに違和感なくふれることができるような形状、質感を大切にしています。それが結果として、製品の佇まいを決め、インテリアとしての雰囲気をまとうようになる。これを強く意識して製品づくりをしています。

 

会社の成長に伴い、製品開発にスピード感が出てきた

――ちなみに、新製品の企画自体は寺尾社長が出してくるのですか?

 

髙野 以前はそうでしたが、今は違います。ほとんどわれわれが企画発案して社長にプレゼンしています。今進めている新製品はすべてスタッフの企画によるものです。長く一緒に行動してきて、社長の考えを理解する人間が増え、成長してきている。バルミューダらしさとは何なのかが浸透すると同時に、新メンバーがどんどん増えて常に新しい息吹が吹き込まれ、それが化学反応を起こして良い方向に進んでいる印象です。

 

――自由に企画発案できる環境になっていると?

 

髙野 やるべきだと思うことにブレーキは全くかかりません。以前はダンボールでモック(模型)を作っていましたが、今では実際に動く実機を作ってから企画の提案したり、先にプログラムを作ってから技術チームに相談したりしているので、社内で意識を共有しやすくなっています。皆、経験値を積んでいるので、企画の段階から量産化する方法を検討するなど、ビジネスにスピード感が出てきました。

 

今後もカテゴリーに捉われない開発を続けていく

――なるほど。企業として成熟してきたというわけですね。いままでバルミューダは、扇風機やトースターといった、既に飽和した市場に新しい価値を与えて、市場の活性化に大きな貢献をしてきました。今後も、このようなジャンルに挑戦するのでしょうか。

↑東京・武蔵野市にある現在のバルミューダ本社のエントランス。いままで開発してきた製品の一部が展示されています

 

髙野 今、会社としては人のお役に立つ道具づくりをすることに主眼を置いていて、商品カテゴリーに枠を設けていません。いくつか新ジャンルになりそうな商品も企画しているところです。

 

岡山 トースター開発時は、30人程度だった社員も、今や100人を超えました。それぞれが目的を持って仕事に取り組み、ジャンルに捉われない開発をしています。どうぞ今後も楽しみにしていてください。

 

デザインにこだわり抜くバルミューダは、音もデザインにとって重要な要素だと考えています。これは、家電をただ単に家事を代行する機械として捉えるのではなく、「人の人生に寄り添うもの=人生の一部」となるよう、開発を続けているから。そのためには、心地よい形、色、音、機能・性能、その全てに気を配る必要があるということですね。バルミューダが言語の壁を越えて、アジアでも人気が拡大している理由も、この点にあるのでしょう。今回は「音」に焦点を当ててきましたが、さて、次はどのような形で五感に訴えてくれるのか……。次の製品発表が楽しみですね。