ライフスタイル
余白思考デザイン的考察学
2025/1/24 6:30

アートディレクター・山崎晴太郎「仕事道具に求めるものは、いかに自分を気持ちよく思考の中に潜らせてくれるか」『余白思考デザイン的考察学』第5回

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第5回は山崎さんの仕事道具をクローズアップ。デザイナーに欠かせない文房具やタブレットのこだわりから、作業に向かう時の知識的なアイテムまで5点をセレクトし、それぞれ解説していただきました。

 

 

アナログ的な要素を仕事の中に取り入れる大切さ

──まずご用意いただいたのが文房具。ペンケースのなかにシンプルに3種類のペンが入っており、ほかにも竹尺など、デザイナーには欠かせないアイテムが揃っています。

 

山崎 このペンケースに入った3点セットは常に持ち歩いているものです。中身はMONTBLANCのペンとよくある一般的な赤ペン、それに2Bの鉛筆。鉛筆の隣に刺さっている細い棒のようなものは栞です。普段から本を読むことが多く、今までは表紙のカバーをページに挟むようにして栞がわりにしていたのですが、大人が持つにはあまり見た目がよくないなと思いまして(笑)。それで、アートジュエリー作家である知人が作ったこの栞を愛用するようになりました。先端が天使のように見えることもあり、とても気に入っています。

 

──鉛筆はラフスケッチなどを描くためのものでしょうか?

 

山崎 そうですね。芯が柔らかいほうが好きなので使っているのは3Bから8Bが多いです。MONTBLANCのペンは20代の頃から使い始めたもの。同じデザインでゴールドとシルバーの2種類を持っています。若い時、会議中に少し貫禄を出したいなと思って使い始めました(笑)。このペンはほどよい太さで、手にした時のフィット感がすごくいい。ただ、インクの出方があまり好きではなく、そのため、改造して中身は三菱鉛筆のジェットストリームが入っています(笑)。

 

──ものすごく太いペンもありますが、これもMONTBLANCですか?

 

山崎 そうです。これはホルダーと呼ばれる道具です。シャーペンのように極太の芯が中から出てくる。建築やデザインの勉強をする時に、よく学生が学校で買わされるものですね。同じく竹尺も学生の頃から愛用している自作のものです。自分で長い竹尺を割って、好みのサイズにしていく。竹尺のメリットは金属製やプラスチックの定規とは違ってよくしなることで、また、一般的な定規とは違い、先端部分のメモリが0座標になっているから、定規の先を壁や角などに押し付けてそのまま正確な長さを測ることができるんです。ちょっとしたことですが、こうした利便性って仕事の効率においてすごく大事だと僕は思っています。

 

──確かに、わずかな使いづらさなどが徐々にストレスになり、集中力の低下にも繋がっていく気がします。

 

山崎 まさに。仕事っていかに自分のテンションを上げていくかが大事で。自分が好きな文房具を使うのも、その入口みたいなものだと考えています。このペンケースだって、ボタンを外し、ペンを取り出す時にものすごく気持ちが盛り上がる。自分にスイッチを入れる感じがするんです。それに、ペンや竹尺もそうですが、同じものを長く使い続けることで作業がルーティーン化し、パフォーマンスの再現性も高くなる。だから、学生時代や20代の頃から愛用しているものが多いですね。

 

──なるほど。続いてご紹介いただくのはペンタブレットです。

 

山崎 これはWacomの「Intuos Pro」。今使っているもので4代目になります。以前はもっとサイズが大きかったんですが、だんだんと小さくなってきました。小さすぎても使いにくいので、これがベストサイズだと思っています。

 

──勝手なイメージながら、最近はこうしたペンタブレットよりもiPadなどのほうが主流になっているのかと思っていました。

 

山崎 若いデザイナーはきっとそうでしょうね。これも先ほどと同じ理由で、僕のデザイナーとしての始まりが、グラフィックデザイナーだったということと、学生の頃からこのスタイルだからというのが大きいです。それに、液晶タブレットはイラストを描かれる方にとっては便利かもしれませんが、僕の仕事はレイアウトやグラフィックを作ることが多いんです。ですから、言ってみれば僕にとってこのペンタブはマウス代わりのようなもので、パソコンの世界にどうフィジカルを侵入させるかという感覚を作るための道具ともいえるんです。それに、これはあくまで僕の意見ですが、マウスを使っていると、どうしても“デジタルの世界でデジタル作業をしている”という感じがして、それがいまだになじまなくて。ネットで何かを検索する時もわざわざこのタブレットを使っていますし(笑)、そうしたアナログ的な動きが僕は好きなんですよね。

 

──アナログ的な感覚を好むか、もしくは利便性のあるデジタルですべての作業をするかは人それぞれだと思いますが、作業工程だけでなく、そこから生み出されるものもアナログとデジタルでは違いが出てくるものなのでしょうか?

 

山崎 僕は違いがあると思います。というのも、デジタルで作るとすべてが揃いすぎてしまうんです。分かりやすくいうと、複数の170cmの人間を描いたとして、デジタルだと服装やシルエットは違っても、きっちりと170cmの高さで統一されてしまう。でも、実際の世の中を見渡すと、同じ170cmでも髪型や靴の厚さなどで微妙に違いがあるのが当たり前なんですよね。そもそも、誰もが“170cmって大体これぐらいだよね”とざっくりした感覚を頭の中でイメージしながら物事を見るので、あまりにそろい過ぎていると、逆に違和感にも繋がるんです。また、僕にとって大事なのが、アナログから生み出される誤差や曖昧さって、いってみれば“余白”であり、そこには何かしらの面白さが偶発的に現れたり、入り込める余地がある。その意味でも、クリエイションの中にどこかしらアナログ的な要素を取り入れることをいつも大切にしています。

 

フィルム撮影で学ぶ決断力はいざという時の助けになる

──仕事のマストアイテムの3つ目はカメラ。デジカメとフィルムカメラ、そして意外にも「写ルンです」があります。

 

山崎 デジカメはフジフイルムの「X100V」です。これは本当に名機ですね。日常の仕事において、スナップがどれだけ速く立ち上がるかが大事なので、その点で言うと、ものすごく使いやすい。また、Xシリーズにはフィルムシミュレーションという機能があり、撮影の目的に合わせてさまざまな色彩をフィルムのように再現してくれるんです。エフェクト機能のようなものなのですが、それがとにかく素晴らしい。Xシリーズが多くの人から愛される理由の一つでもありますし、やっぱりみんなフィルムが好きなんだなぁって思います(笑)。今はフィルムそのものや現像代が高くなってきたので、贅沢な趣味のようになってきていますが、フィルムで写真を撮りたくなると、もう一つのミノルタの「TC-1」をよくポケッチに入れて持ち歩いています。

 

──どちらのカメラにも使い込んでいる跡がうかがえます。

 

山崎 Xシリーズの最新機種が最近出て、少し惹かれたのですが、以前に購入したものをそのまま使っています。僕は大学が写真専攻だったこともあり、これまでにも多くのカメラを使ってきました。でも、カメラって自分の体の一部のように馴染むまでに、すごく時間がかかるんですよね。学生時代、教授にも「1万枚は撮らないとカメラは自分のものにならない」と言われましたから。この「X100V」はまさにその一つですので、このまま壊れるまで使い続けようと思っています。

 

──異彩を放っているのが「写ルンです」ですが、これもよく利用されているのですか?

 

山崎 「写ルンです」はいつも会社で箱買いをして、入社して間もない新人のデザイナーたちに渡しているんです。このカメラを使って、「これだ!」と思うものを27枚撮ってきてもらう。センスが問われる課題のように思うかもしれませんが、別にそういったプレッシャーをかけるつもりはなくて。むしろ、「神様の視点で、27回も世の中の美しいものを切り取ることができる権利を与えられたと思って撮ってきてください」と伝えているんです。撮ってきたものに対して批評したいわけでもなく、何を撮ってくるかでその人の個性や視点が分かりますし、「写ルンです」には望遠レンズがないから自分で対象物に近づくしかなく、写真から感じられる距離感からもその人の感性が分かる。それ以外にも、撮ってきた27枚の関連性のない写真を一つの物語のように構成してもらったりと、これ一つでいろんな勉強ができるんです。

 

──とはいえ、27回しかチャンスがないと考えると、一枚一枚が勝負になりそうです。

 

山崎 そうですね。ですから、決断力を養う目的もあります。というのも、デザイナーってゆくゆくはアートディレクターやクリエイティブディレクターのように、作品全体を指揮する側にキャリアアップしていくことが多いのですが、立場が上に行けば行くほど、“決断”することが仕事になっていくんです。ほかの職種でも同じことが言えるかもしれませんが、ただクリエイティブの仕事では、何が美しいかを自分の感性で決めていかなければいけないし、それって誰かに相談して分かるものでもない。つまり、決断することの精神力の強さや胆力もいいアートディレクターの条件の一つであり、それを身につけるためにも、撮り直しの効かないフィルムを使って自分を鍛えることが大事だと思っているんです。

 

──続いてはヘッドホンですが、これは集中するためのものでしょうか?

 

山崎 そうです。「Bose QuietComfort Ultra Headphones」はノイズキャンセリング機能が非常に高いので愛用しています。企画やデザイン、アートなど、新しい作品を生み出す時って、0から1を生み出す作業が一番大変で、考えれば考えるほど自分の中に潜っていくような感覚になる。ですので、そこに向かっていくための儀式みたいな感じでヘッドホンを装着しています。僕にとってはアイデアの一番根っこの部分を作る時の一番の味方になので、このヘッドホンがないと本当に大変なことになります(笑)。

 

──そうした作業の時はどのような音楽を聴いていらっしゃるんですか?

 

山崎 歌声のあるものはそっちに気持ちが引っ張られてしまうので、アイスランド音楽を聴くことが多いです。アンビエントやポスト・クラシカル、ミニマル・ミュージックのような曲。仕事をしながら聴く音楽は内面とシンクロしていくので、曲選びも慎重にしています。

 

──ちなみに、BOSEは以前からよくお使いになられていたんですか?

 

山崎 ええ。もともとBOSEには思い入れがあり、社会人に成り立ての時に買った、初めてのちゃんとしたヘッドホンがBOSEの「QuietComfort2」だったんです。それからずっとBOSEを買い続けています。モノがいいというのもありますが、やはり20代の頃から愛用している、身体的に慣れているものを使い続けたいという気持ちが僕の中にはあって。それに、10代の頃は欲しくても高くて買えなかった。ですから、その頃からの憧れや、「ようやく自分も働いて買えるようになった!」という喜びも詰まっているんです(笑)。

 

身の回りにあるもの一つひとつが気持ちを上げるトリガーになっている

──そして5つ目が香水になります。ほかの4つと比べると、ご自身のマインドに関わってくるアイテムという印象があります。

 

山崎 そうですね。自分の気持ちを盛り上げるためのもの、という点で共通しています。そのなかでも最近愛用している3つを持ってきました。少し前に香水の仕事があり、その時に知った「フエギア 1833 」というアルゼンチンのブランドです。一般的に、香水にはケミカルな成分が入っているため、半年や一年ぐらいで使い切らないと劣化してしまう。でも、このブランドはすべて自然香料で作られているので、逆に経年劣化も楽しめるんです。

 

──まるでお酒のようですね。

 

山崎 本当にその通りで、同じ種類の香水でも製造年が古いと色も香りも全然違う。つい、いろんな種類を買いすぎてしまっても、急いで使い切る必要がなく、むしろ変化していく香りも楽しみの一つになっているんです。麻布台ヒルズにある店舗にはバーが併設されていて、香りとペアリングしてワインも楽しめる。香りがいいだけでなく、お酒のように熟成させることができ、しかも香水としては珍しいアルゼンチンのブランド。惹きつけられる要素が多くて、背景にあるストーリーも面白いですし、ブランディングとしても完璧で、すごく勉強になりました。

 

──もともと香水はお好きだったのでしょうか?

 

山崎 母親が大好きで、母と一緒にはまったのが、「アルキミア」のハンガリーウォーターという化粧水でした。ちょっとスピリチュアルな話になりますが、「スパゲリック法」という、中世ヨーロッパの伝統手法で作られていて、太陽や月の周期、自然の法則と調和しながら植物のエネルギーを引き出すといわれている方法で作られています。新月の日にだけ積まれるハーブを集めて作る香水なんです。つけていると体に馴染んでいく感じもして。それが僕が香りにハマったに原体験でした。仕事をするようになってからは、周りの人のために香水をつけるというより、自分を普段いる場所から別の世界に導いていくために使っているところがあります。クリエーションの仕事は突き詰めていくと、それまでの自分になかった思考をいかに見つけていくかも大事になってくる。先ほどの話しにも繋がりますが、どれだけ深くまで潜って、今までとは違う“何か”を見つけられるか。その出会いが新しい発想も生み出すので、香水も僕には欠かせないアイテムなんです。

 

──お話をうかがっていると、今回紹介していただいたものはすべて、自分自身と向き合うために必要なものという気がしました。

 

山崎 自分でも話しながら、全部に共通の価値観があるなと思いました(笑)。考えてみると、身の回りにあるもののほとんどがそうかもしれません。たとえば、気持ちを上げるという意味では傘もそうで。雨がシトシトと降っている日の自分の感情をどうデザインしてくかは、僕の中ですごく大事で。そのためのアイテムとして、柄の部分に動物がついた傘を持っているんです。FOX UMBRELLASというイギリスの老舗のステッキブランドで、折りたたみ傘をカバンの中に入れて、動物の顔だけがちょこんと外に出るようにしています(笑)。香水も文房具やヘッドホンも同じで、そうやって、すべてが仕事に気持ちよく向かうためにとても大事な要素であり、気分を上げるためのトリガーの一つになっているんですよね。

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう(写真左)…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

 

【「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」連載一覧】
https://getnavi.jp/category/life/yohakushikodesigntekikousakugaku/

 

【Information】

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撮影/中村 功 取材・文/倉田モトキ