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2016/1/28 20:20

明治時代、元祖アダルトショップが書いた恋愛必勝本の「必ずモテる!?」秘訣が実に正論だった!

買えない本の意味ない(!?)書評

~国会図書館デジタルコレクションで見つけた素晴らしき一冊~ 第1回

 

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「いもりの黒焼 : 一名・ほれられる法」

四ッ目屋主人 著

 

2月の一大イベントといえばバレンタイン。「突然モテ期がやってきて、可愛い子からチョコをもらえたりして……」なんて無駄な妄想が渦巻く、そんな月でもある。

そこで、昔の恋愛マニュアルやモテのバイブルを探してみようと、著作権切れの本が閲覧できる国会図書館デジタルコレクションの検索窓に「愛恋」「ほれられる」「色男」……なんてワードを放り込んでみた。「処女の心理及危機 : 恋愛期に於ける」(大正8年)、「恋愛とはこんなもの」(昭和11年)、「滑稽カフエー夜話」(大正14年)と、いろいろ興味深い本がひっかかってきたが、なかでも「これは!?」と目が釘付けになったのが、「いもりの黒焼 : 一名・ほれられる法」(明治22年)。今から約130年前に書かれたモテの裏技だ。

 

アダルトショップの店長自らが「惚れ薬」に頼るのは邪道と言っちゃう

 

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著者は「四ッ目屋主人」。「四ッ目屋」は、江戸時代に両国に軒を構え、いもりを黒焼きにした惚れ薬を筆頭に、精力剤や媚薬、淫具などを売っていたお店だ。落語や文学作品にもちょくちょく登場するが、くだけていえば元祖アダルトショップ。その主人が著者なのだから期待は高まる(まあ、フェイクの可能性もあるが)。冒頭のあいさつにはこう書いてある。

「文明とやら開化とやらの世の中となり、この妙薬の効き目も自然に薄らぎしものか……これに代うるに何でも角でも方便という一の手術を遣わねばならぬと知り得しゆえに、この書を出して皆さんにその方便をご伝授申す」(一部仮名遣いなどを修正)。

さらに1章では、もはや惚れ薬やまじないに頼るのはこの文明開化の世では「馬鹿の仕事」なのだと高らかに宣言する主人。そこまで言うなら、女性に惚れられる方法とやらを聞こうじゃないか。

「性意」じゃなくて「誠意」が大事だって!

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全体は10章で構成され、前半と後半に分かれる。本編である前半部分には「芸妓買の秘訣」「娼妓買の秘伝」などが並び、現代の恋愛事情にはそぐわないアドバイスが多かった。どちらかというと、「付録」と記されている後半部分に気になる項目が集中している。6章はズバリ「恋を仕遂げる方法」。ここにはなんと文句のつけようのない必勝法が書かれていた!

「私がいう恋を仕遂げる方便(ほうほう)は、……我が心を温厚篤実にして、誰にも誉め羨まるるように致すべし。その上、我が身の職業に勉強し、そしてまだ先方になびかぬ思いあれば節倹して金を積むか勉学して知恵を伸ぶるか、何にてもよきことの人々の上に勝ることを仕遂げたればわずか恋くらいのことの成就せぬということはなきなり」

 

お、おう……!? あまりにど真ん中のど直球。誠実な心で仕事を頑張り、金と知識で人の上に立てば恋なんて自然とかなう。……そりゃそうかもしれないけど。一番有効なダイエット法は、「食べる量を減らして運動すること」と言い切られたときと同じ無常感が漂う。

実は、8章の「相手が我に応ずるや否やを知る秘伝」でも身も蓋もない言葉が並ぶ。「その人の身分による」「月給数百円を取る髭公にして赤坂芸妓の袖を引かば、重ね返事で承知する」「おのれよりも上等の人より色事を仕掛けられれば応ぜざるの理なかるべし」。年収の高い人に誘われたら普通は断らないよねーって、それもう秘伝でもなんでもない……。

ただ、7章「我思う人に嫌われぬ秘法」には、こちらを勇気づけるような記述があった。「一金(かね)二程(ほど)三容貌(きりょう)」ということわざを引用し、「容貌の美悪は生まれつきにして如何ともなしがたけれど、これは大なる関係あるものにあらず。なぜなれば一の金と二の程のために消滅せらるる」と説く。

二の「程(ほど)」とは「挙止動静(たちふるまい)の巧拙」と説明があり、つまり仕草や態度の意。確かに顔だけイケメンでも、立ち姿がだらしなかったり清潔感に欠けていたりすれば、モテるものもモテない。顔の善し悪しは「程」でカバーできる! というアドバイスはリアリティがある。ちなみに、一の「金」だけでは、昔の大名のように女を自由にできるかもしれないが、梅毒にかかる者もたくさんあると書かれていた。

結局のところ、後半部分の恋愛攻略法は、今で言う自己啓発本のノリに近いのだろう。明治に入り四民平等が唱えられ、自分の努力によって立身出世もかなうようになってきた時代。恋愛の意味も変化しつつあるなかで出版された本といえる。まあ、ひとつわかることは、今も昔も人は手っ取り早くモテる方法を探し続け、それは未だに見つかっていないということだ。

卯月鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「週刊SPA!」や「週刊文春」などで書評を手掛ける。「SFマガジン」ではファンタジー時評を、「かつくら」ではライトノベル時評を連載中。