ライフスタイル
2018/3/1 22:15

「家」って必要なの? 世界を旅するノマドワーカーが辿り着いた答えとは?

生き方にこだわる人、こだわりのある暮らしをしている人。そんな人にスポットをあて、こだわりを貫くために住まう家とはどのような場所なのか、それぞれにとっての「家」の存在を紐解いていきます。

 

世界中を旅しながら、好きな文章を書いて暮らす。物書きや旅行好きなら誰もが一度は夢見てしまう、そんな生き方を約2年間にわたって実践している女性がいます。

 

「これからの暮らしを考えるウェブメディア」として2015年に生まれた「灯台もと暮らし」の編集長であり、ライターやフォトグラファーとしても活動する伊佐知美さん。彼女は2016年4月から現在にいたるまで、ライターとして文章を書きながら世界約40カ国100都市と国内を旅し、“家をもたない暮らし”を続けてきました。いまなお、その旅を継続中の彼女ですが、最近になって、東京に「家」という拠点を持つべく物件探しを始めたのだとか。

 

幼い頃からの夢だった、街から街へと気ままに旅する日々を愛してきた彼女が、なぜいまあらためて、「家」を持とうと思ったのか。世界中でAirbnbなどを利用し、多種多様な住居に触れてきた彼女が描く、理想の住まいの姿とは……? 物件探し中の現在から、実際に契約して暮らしをスタートさせるまで、前・後編にわたってインタビューをお届けします。

↑今回の主役、編集者でありライター、フォトグラファーでもある伊佐知美さん。オーストラリア・バイロンベイのビーチにて
↑今回の主役、編集者でありライター、フォトグラファーでもある伊佐知美さん。オーストラリア・バイロンベイのビーチにて

 

タワマンに憧れていた女性がスーツケースひとつで旅に出るまで

両親が転勤族で、小学生のときに初めて転校した場所が上海。その後は地元・新潟を転々と。そんな原体験から、旅や異文化への関心を持つようになった伊佐さん。本好きだったこともあり、その関心はいつしか「文章を書きながら世界中を旅する」という夢へと繋がっていったそうです。実際に29歳のとき、現在勤めている会社「Wasei」でその夢を叶えた彼女ですが、実はほんの数年前までは、本当に“普通の暮らし”をしていたのだとか。

 

「国公立の大学に通い、出版社に就職したかったけれど、面接は全滅。たまたまご縁があった金融系の会社で総合職に就き、24歳のときに一度結婚をしました。それまでも、旅や書くことへの憧れはずっとあったけれど、バックパッカーになる度胸があるわけでもなく、がんばって年に2~3回海外旅行に行くくらい。豪華なタワーマンションに暮らすことに憧れていた、わりとミーハーな人だったと思います。

 

でも、結婚を機に仕事を辞めて、これからの生き方を考えていた冬のある日、エアコンが動くのを見ながら『こうやって“生産”もせず、ただただお金を消費している自分の人生ってなんだろう?』と疑問を持ってしまったんですよね。『私って何のために生きてるんだろう?』って(笑)」

 

やっぱり前向きに生産したい、できることなら文章に携わる仕事がしたい。あらためてそう思った伊佐さんが見つけたのは、大手出版社のアシスタント職でした。しかし、やはりライター未経験者が突然大手出版社のライターになれるはずもなく、彼女はあるときTwitterで流れてきた、新しいウェブメディアのライター募集ツイートを見つけて応募。社外で兼業ライターとして活動をスタートさせます。

 

「始めたころは、記事1本のギャランティが500円。それが半年後には1万円、そして2万円になり、ウェブだけではなく、雑誌の仕事もいただけるようになっていました。 この仕事を海外にスライドできたら、世界一周の旅が実現できるかも……そんなことを考え始めた矢先に、今所属している株式会社Waseiの代表に、『新しく立ち上げるウェブメディアの編集長をやってみないか』と声をかけてもらいました。結果、立ち上げから一緒にやれることに」

 

とはいえ当時から「“いずれ旅に出る”という選択肢も捨てきれてはいなかった」という伊佐さん。それでも編集長になることを選んだ理由は、自分が信頼する仲間らとメディアを立ち上げるという経験と、その時間がとても魅力的に映ったから。

 

「今思えば、20代後半は、やっぱり子供がほしいなぁという気持ちもあって、それが旅に出ることをためらっていた理由でもあった気がします。まぁでも結局のところ、私はやっぱり長い旅に出てみたかったんです。それも20代の、若い感性があるうちに。

 

だから、非常識だなとは思いつつも、その気持ちが消えないので『旅に出たいです』と、ほどなくして家族や仕事仲間に相談しました。普通は反対されたりすると思うのですが、元夫(後に離婚しちゃったんですけれど!)は大学時代の同級生で、学生の頃から『書き物をしながら旅がしたい』と夢を語っていた私を知っていたので、やさしく『行ってきな』と言ってくれました。仕事仲間にいたってはむしろ『やっと行くんですね!』と背中を押してくれて…… 本当にありがたいですよね。

 

そして仕事や身の回りを整理して、よし旅に行くぞ! と準備ができた頃、書籍の執筆依頼や、世界一周の連載依頼をいただきました。『灯台もと暮らし』の編集長も続投させてもらえることが決まっていたので、結果としてですが、晴れて『海外を旅しながら書き仕事をする』状態が整ったんです」

↑『移住女子』(新潮社/1404円)都会ならではの息苦しさから解放されるべく、地方へ移住し、そこで自分らしくのびのびと生きる、8人の女性たちのルポ
↑『移住女子』(新潮社/1404円)都会ならではの息苦しさから解放されるべく、地方へ移住し、そこで自分らしくのびのびと生きる、8人の女性たちのルポだ

 

29歳のとき、ついに叶った幼い頃からの夢。旅立ちは2016年4月のことでした。「旅中はもちろん家なし。寝泊まりは、民泊サービスのAirbnbが7割。あとはゲストハウスやホテル、現地知人の家などがメイン。けれど、旅立つ当初に設定した『世界一周は8ヶ月間!』という期間もいつしか延び延びになり、『帰国しました宣言』をしないまま今に至ってしまっています(笑)。だから実は、もうかれこれ2年ほど固定の住居がありません」

 

↑ベトナム・ホイアンにて
↑ベトナム・ホイアンにて

 

↑白亜の大理石で築かれたシェイクザイード・モスク(アラブ首長国連邦)
↑白亜の大理石で築かれたシェイクザイード・モスク(アラブ首長国連邦)

 

では、意気揚々と念願の海外へ出かけた伊佐さんが、始まった“固定の住居がない”毎日に感じたこととは……

 

人生にはやっぱりリビングが必要!

「家をなくして旅をし始めた当初は、『これって最高に自由!』と感じてすごく楽しかったです。だって、家がないから今日どこに泊まってもいいなんて、そんな環境下に置かれたことがなかったから。

 

でも、今思い返すと笑い話ですが、実は出発してから数ヶ月後のしばらくの期間は、『私には家がない』という状況に精神的に落ち込んだ時期もあったんです(笑)。帰れる場所といったら新潟の実家だけ。それも素晴らしいことなのですが、世界一周中も仕事の都合で東京に度々帰ってきていたので、そのとき『どこで寝泊まりすればよいのか』と悩んでけっこう辛かったですね。

 

ただ、『家がない生活』も、ひと山越えると(?)日常に近付いてしまうのか、途中からなんだか慣れました。宿泊先を決めずに移動しても、いまはスマホさえあればウェブの力を駆使してどうにかなる。そもそも仕事で日本にいる以外は海外を旅し続けていて、その間は『家なし』なんて考える暇がないくらい、やっぱり最高に楽しかったですしね」

 

↑スペイン・バルセロナの街角のカフェにて
↑スペイン・バルセロナの街角のカフェにて

 

今はこのように、明るく話す伊佐さん。けれど、当時彼女が抱いた“家がない不安”とは、具体的にどんなものだったのでしょう? モノがないこと、落ち着いて眠れるベッドがないこと、夜の寝床を確保するたびに、いちいち出費がかさむこと……。激動の人生に心を震わせながら、それでもなお旅を続けた伊佐さんは、このあとひとつの答えに辿り着きます。

 

「旅に出たときは70ℓのスーツケースを持っていきましたが、今は機内持ち込みできる35ℓのスーツケースとリュックサックだけに減りました。実際、旅をしてみると、肌身離さず持ち歩くほど、毎日に必要なモノってそんなにないんだなって気づいたんです。人は世界中どこでも暮らしていて、人が暮らしている限りそこにはモノが存在します。最終的に、私が『これは日本から絶対に持っていかねば』と感じたのは、自分の眼に合ったコンタクトレンズくらいのものでした。

 

でも、ちょうどイギリスのロンドンでAirbnbを利用していたときだったかな。広くて心地いいリビングダイニングが、すごく心地よく感じて、なんだか無性に泣きたくなったことがありました。お気に入りのモノが置ける場所があり、いつでも好きなようにくつろげるソファがある。キッチンがあって、そこには食べかけのグラノーラだったり、ラップで包まれた野菜の切れ端が冷蔵庫に入っていたり、『温め直して食べてね』というメモとともに、鍋が置いてあったり……。そういう、家というか、日常の積み重ねが一番美しいんだってことに、ふと気付いてしまったときがあって」

 

↑モロッコ・マラケシュの“家”では、陽射しがあふれるポーチでも仕事を
↑モロッコ・マラケシュの“家”では、陽射しがあふれるポーチでも仕事を

 

↑スペイン・シッチェスの“家”のリビングダイニング
↑スペイン・シッチェスの“家”のリビングダイニング

 

「旅を続けることって、日常の営みみたいなものをすべて失っていくことの繰り返し。実はリビングのような場所って、家の中だけではなく外にもあると思うんです。それは道端で毎日顔を合わせる人の存在だったり、行きつけの八百屋さんがあることだったり、大好きな人がそばにいてくれることだったり。一方の旅人は、どこにいてもやっぱりよそ者。自由で解放感に溢れてはいるけれど、毎日シャンプーとコンディショナーを持ち運ばなきゃならないし、電源とWi-Fiを探して街をさまようこともしょっちゅうです。毎日同じお風呂に入って、そこにいつも同じシャンプーが置いてあることの素晴らしさって、みなさん感じたことありますか? 私はあるんです(笑)」

 

必要最低限の荷物を持って暮らす……というと、少し前に話題になった、ミニマリストの生活を連想する人もいるかもしれません。しかし伊佐さんは、モノを持たずに暮らしていく術を体得し、旅の魅力に今なおとりつかれていながら、「やっぱり今もタワマンは好きだし、インテリアに関する理想もたくさんある!」と言い切ります。

 

「人生に、『お気に入りのモノ』は必要なんです(笑)。多くを持ち歩けない、究極のミニマリストみたいな暮らしを一定期間続けてみた結果、自分が気に入ったモノを購入して、毎日それに囲まれて生きることって、本当はすごく贅沢で豊かな体験だったんだなって実感しました。それはもしかしたら、人生で味わえる最大の楽しみのひとつなんじゃないかとさえ、今は思います。確かに余計なモノは要らないし、使い捨てのモノだけを選んでも生きていける世の中ではあるけれど、だからこそ多少値が張っても、自分が心地いいと思う家具や、食器に囲まれて暮らしたい。自分の感覚に従って厳選したものに毎日触れることは、人生に必ず大きな影響を与えると思うんです。それを改めてやりたくなったから、私はいま家という拠点が欲しくなったんだと思います」。

 

↑クロアチア・ドゥブロヴニクの“家”での仕事は、風通しのいいベランダで海を眺めながら
↑クロアチア・ドゥブロヴニクの“家”での仕事は、風通しのいいベランダで海を眺めながら

 

そうして、お気に入りの物に囲まれて過ごす楽しさに気づいた伊佐さんが出した、“家”への答えとは?

 

自分と同じような感覚を持った人たちと、暮らしと家をシェアするという選択

’17年10月末に帰国して以来、ここ最近は東京を中心に日本国内に滞在中。といっても相変わらず住所不定な彼女は、国内でもAirbnbを利用しながら仕事を続け、ゆるゆると家探しをしています。このインタビュー時点では、部屋はもちろん住む街さえもまだ未定。

 

「仕事仲間も友だちもたくさんいるので、まずは東京に拠点を持つのがよさそうだなと思っています。当初はひとりでの賃貸契約を考えていましたが、少し前に同じく世界を旅しながらライターをしている女性と、タイのバンコクや東京で、ホテルやAirbnbの部屋をシェアする機会がありました。そのときの生活が想像以上に楽しかったのと、直感ですが『なんだか未来がひらけそうな感覚』が持てたので、彼女を含めた旅人複数人で家をシェアする暮らしも素敵だなぁと今は考えています。そして実際に、現在はそれが実現できそうな物件を探していますが、なかなか理想に近いものが見つけられないので……難しいですね。今後どうなるかは自分でもまだ分かりません」

 

東京で家を決められたとしたら、ですが、実はその後は海外も含めた多拠点居住の構想もあるそうです。

 

けれど、おいしい料理を作りたくなるキッチンや、お気に入りのソファが置かれたリビング。毎日ぐっすりと安心して眠れる寝室。原稿を書くための専用スペースに、空や四季の移ろいを眺められる広い窓など。彼女が家に求める理想を聞いてみると、そのちょっぴり波瀾万丈な人生と比べたら、決して特別なものには感じませんでした。

 

「ミニマリストのように、何も持たないことが身軽さであり自由だという考えもあると思います。でも私が考える“身軽さ”ってそうではないんですよね。世界中どこでも、今すぐ自由に飛び立てるっていう身軽さを知り、それが自分にもできるのだと分かったからこそ、今やっと安心して家を持てる気になったというか」

 

’18年、年明けすぐにでも拠点を決めたいと話す伊佐さん。そんな彼女が、いま東京のどこで、どんな家を選び暮らすことになるのか…? インタビュー後編では、その気になる結果をご紹介します!
20180227_hayashi_atL_10

編集者 / 伊佐知美

1986年新潟県生まれ。株式会社WaseiにてWebサイト「灯台もと暮らし」の編集長を務めるほか、個人としてライター、フォトグラファー、オンラインサロンの主宰、イベント登壇といった活動に取り組む。2017年に「灯台もと暮らし」での移住者への取材をもとにした初の著書『移住女子』(新潮社)を上梓。同年秋には、オンラインコミュニティ「旅と写真と文章のSlackコミュニティ」を新たに立ち上げた。
灯台もと暮らし http://motokurashi.com/

 

取材・文=小堀真子 撮影=泉山美代子

 

何気ない日常を、大切な毎日に変えるウェブメディア「@Living(アットリビング)」

at-living_logo_wada

 

 

TAG
SHARE ON