ひと昔に比べれば、働く環境や形態は多様化しており、正社員だけでなく、派遣社員、契約社員、アルバイト、業務委託など様々な人が同じ会社、フロアで働くようになりました。そんななか最近インターネットで定期的に話題に上がるのが雇用形態による施設利用の格差。「うちの会社は派遣社員が社員食堂やウォーターサーバーを使ってはいけない」といったものや、さらに極端なものでは「派遣社員はエレベーターを使ってはいけない」といった類いの告発。これ、果たして法律的にはどうなのでしょうか。今回は民事訴訟を専門とする弁護士の水流恭平先生に話を聞きました。
――近年、正社員と主に派遣社員との間での待遇の違いによるトラブルが増えているように思いますが、実際はどうなのでしょうか?
水流恭平先生(以下:水流) 増えていると思います。この理由は後述しますが、前提として、なぜ正社員と派遣社員の待遇に違いが生じるのかを両者の法律上の立場から説明します。
そもそも、正社員と派遣社員は、雇い主が異なるという点で大きな違いがあります。正社員は、指揮命令を下している企業……仮にA社としますが、このA社と労働契約を結んで働いています。
一方、派遣社員は、指揮命令を下しているA社と労働契約を結んでいるわけではなく、A社と労働者派遣契約を結んでいる企業……仮にB社としますが、このB社と労働契約を結んでA社に「派遣」されて働いているわけです。つまり、派遣社員の雇い主はB社ということになります。
このように、正社員も派遣社員も同じ企業から指揮命令を受けて働くわけですが、雇い主が違う点で大きく違いがあります。
そして、従業員の福利厚生を提供するのは雇い主である以上、雇用主が異なれば、提供される福利厚生の内容も異なるのは当然のことなのです。
例えば、A社の正社員には雇い主であるA社から食事の手当が出ても、A社の派遣社員については、雇い主であるB社の判断次第では食事の手当が出ないこともあり得るのです。
しかし、近年、SNSなどに、正社員と派遣社員の待遇の差だけを強調した職場の写真などがアップされるようになると、例えば「正社員はウォーターサーバーを使えるのに、派遣社員が使えないのは差別じゃないか」というような声が目立ち、派遣社員は職場で不当に差別されていると感じる人も増えたのではないかと思います。
ただ、こういった場合に忘れてはいけないのは、正社員と派遣社員は、そもそも雇い主が異なる以上、待遇が異なる事態も当然生じ得るので、そういった声がすべて道理に沿っているとは限らないということです。
「配慮義務」で、企業は正社員と派遣社員の格差をなくさなければいけない
――実際に会社で働いていた場合、「雇用主が違うんだから」と割り切れないようにも思います。やはり人間と人間の関わりのなかで仕事を進めていくものだと思いますので。
水流 おっしゃる通りです。確かに、法的には「正社員と派遣社員は待遇が違って当然」なのですが、待遇の違いが差別を生じさせているのならば、是正する必要があります。また、派遣社員が増えている昨今では、同じ仕事をしているにもかかわらず、派遣社員と正社員の待遇が大きく違えば、派遣社員の働く意欲も削がれ、その結果、社会全体にとって好ましくない状況になると思います。そしてこのような問題意識も一つの契機となってか、平成27年に、派遣法は改正されました。
――どんな内容になったのですか?
水流 例えば、派遣先企業には、派遣社員に対して福利厚生施設の利用の機会を与える配慮義務を負うことが、法律で明文化されました。ただし、これはあくまで「配慮義務」なので、企業側が配慮義務に違反した場合でも罰則はありません。
――つまり、努力目標のようなものですか?
水流 努力義務より若干厳しいです。努力義務は、どの程度義務を遵守するかは当事者次第ですが、配慮義務の場合、義務の実施が可能か、難しければどうしたら実施できるか、代替案はあるかなど、具体的に検討することが求められると考えられます。そのほか、配慮義務に違反した場合、今後は行政指導を受ける会社まで現れる可能性もあるのではないかとも思います。
――行政指導を受けるとなると、企業にとっては相当なダメージですね。
水流 そうですね。派遣法改正後、実際にどの程度運用されたかどうかはわかりませんが、もしも行政指導が入り、個別に訴訟などが起きて「この企業は配慮していない」ということを裁判所が認めた場合は、違法行為となり得ます。
正社員と派遣社員のトラブルが大きな訴訟になったケース
――実際に水流先生が受け持った事案で、正社員と派遣社員をめぐるトラブルは近年ありましたか?
水流 例えば、従業員同士のトラブルで「アンタは派遣社員だから、こっちに来るな」「派遣社員のくせに」といったものがありました。私が受け持った事案では、正社員と派遣社員だけの紛争にとどまりましたが、派遣社員が、従業員である正社員に対してだけでなく、雇用主である会社に対しても損害賠償請求をすることも稀ではないと聞きます。
このように、会社の損害賠償責任まで問われているのは、会社の支払能力が高いからという理由だけでなく、雇用形態から生まれた「差別」を放置した会社に対して、きちんと社会的責任をとってほしいという派遣社員からのメッセージも含まれているとも思います。
――企業側は単に売り上げを伸ばすことだけでなく、同様に社内環境への配慮にもより力を注がないといけなくなっているということですね。
水流 そうですね。今日のようにさまざまな雇用形態の従業員がいる企業にとって、社内の異なる雇用形態間で生じる差別が、その企業の社会的評価を低下させることにつながりかねません。
特に、雇われている側の権利意識の高まりもあり、近年、会社を巻き込んだ裁判沙汰のトラブルも増えていますので、やはり現代的に見れば、労働環境への配慮というものは企業にとって必須のものになったと思います。
SNSでの告発は違法? 合法?
――ところで、SNSなどで世間に訴えをかける場合、社内の写真を勝手に撮ってアップしたり、社内の状況を書き込んだりすること自体は違法ではないのですか?
水流 この線引きは難しいですね。企業は「業務上知りえた情報を外部に漏らしてはいけない」という規定を定めていることが多いと思うのですが、社内でのことをSNSでアップするのは一応、その規定に反することになります。
しかし、根も葉もないことを書くわけではなく、実際に暴行を伴う労働環境であれば、犯罪などに該当する可能性がありますので、そういうケースであれば告発しても名誉棄損罪等に問われたり、民事上の損害賠償責任を負ったりする可能性は低いと思います。
――水流先生個人の見解としてはいかがですか?
水流 やはり、個人の権利が侵害されているだけでなく、広く社会に周知する必要性の高い場合には、SNSでの告発もやむを得ないのではないかと思います。
その会社に働きに行く前にマストでチェックすべきこと
――これまでうかがった「配慮」を企業側が怠り、問題に発展した場合の一番のダメージはどういったものになりますか?
水流 一番は企業イメージのダウンですね。社内の人間関係からギクシャクが生まれ、それが表に露呈し「派遣社員を差別する会社」として周知されると、その会社の商品を買う人は少なくなるかもしれません。また、良い人材も集まらなくなり、生産性にも影響すると思います。
――一方、正社員・派遣社員問わず「これから勤めに行こうとする人」は対象企業のどういった点をチェックするのが良いと思いますか?
水流 まず、一番重要なのは、業務内容、賃金、労働時間がどれくらいかです。この辺りのトラブルは増えていますので、チェックされたほうが良いですね。
あとは、実際にそこで働いている、あるいは、働いたことのある人の声を事前に聞けるとより良いと思います。仕事をする上での満足、そして、予測できそうなトラブルなどを加味した上でどこに勤めるかを選択できると良いと思います。
人間同士のかかわり合いのなかでは、ときにトラブルを生むこともありますが、やはりできるだけ楽しく、仲良く過ごしたいものですよね。まして1日のうち長い時間を過ごす仕事の場面ならなおのこと。働く人も企業側も、今までとは違う「働く環境」への配慮が求められているのかもしれません。