GetNavi webでは不定期で「テクノロジーは人を幸せにするのか?」をテーマにした記事を発信している。
今回取り上げるのは、原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis/以下PLS)と闘う落水洋介さんだ。落水さんは2013年にPLSを発症。PLSは100万人に1人罹るとされる病気で、身体・手足・口が徐々に動かなくなっていく。筋萎縮性側索硬化症(ALS)に比べると進行は緩やかと言われているが、現在のところ効果的な治療法が見つかっていない難病である。
発症当初は絶望に打ちひしがれていた落水さんだが、現在は「いまがいちばん幸せ」と語る。そんな落水さんを支えてくれたのがまず、仲間たち。同時に、テクノロジーの力も大きく、特にブログを含む「SNS」と電動車いす「WHILL」の存在だ。こうしたテクノロジーは落水さんをどう幸せにしてくれたのか、彼と馴染みの深い福岡・今泉の美容室「ドゥースモン」で話を聞いた。
↑電動車いす「WHILL」に乗る落水さん。奥の建物の2F部分が「ドゥースモン」
【プロフィール】
落水洋介(おちみず・ようすけ)さん。1982年北九州生まれ、在住。大学卒業後、オーガニック素材の化粧品メーカーで営業・商品開発の職に就く。2013年にPLSを発症し、少しずつ身体・手足・口が動かなくなり、電動車いすにて生活。現在は、北九州などの学校へ行き、地域の職業人と一緒にキャリア教育の講師や、ユニバーサルマナー講師などを務める。また、学校や企業での講演活動やライブイベントへの出演なども精力的に行っている。
優れたテクノロジーとデザインは「車いす=かわいそう」を「車いす=かっこいい」に変える
――PLSを発症後、落水さんは電動車いす「WHILL」に乗られています。やはり、落水さんにとって「WHILL」の存在は大きいですか?
「ひとりで外出するには車いす、特にWHILLがどうしても必要だったんです。そうじゃないと、家に閉じこもって、ふさぎ込んで、孤独になってしまう。僕は今後症状が進行していくと、自分だけでできることが少なくなっていきます。だから動けるいまのうちに、自分ひとりで外出して、色々な人に会って仲間を増やさないと、と思っていました。
一般的な車いすだと、4.5センチ程度の段差も乗り越えられないんです。4.5センチっていうと、本当にちょっとの段差も乗り越えられない。でもWHILLだと公式では7.5センチと言っているけど、実際は10センチ近くまで越えられて、行動できる範囲が一気に広がります。あと、小回りもきいて、あまり考えずに移動ができるんです。10センチという性能的な数字以上に、「行きたい場所に行ける」とテクノロジーが自信を与えてくれる――これは僕にとって非常に心強いです。
あと、WHILLはデザインも優れているんです。
WHILLを手に入れる前まで、車いすで外出しても、街行く人は目を合わせてくれてなかったんです。「かわいそう」「大変そう」「手伝ったほうがいいかな」というのが、びっくりするぐらい伝わる。でも、WHILLになってからはそれがない。「車いす=かわいそう」の目線で見られていたのが、「この車いす=かっこいい」になって、街に溶け込める。かっこいい自転車、かっこいいクルマに乗るのと同じ感覚で、まわりの人が見てくれるようになり、この乗り物で外に出かけたいという気持ちにさせてくれたんです」
――WHILLを手に入れるまでも七転八倒の苦しみがあったとお聞きしています。
「症状が出始めて、車いすが必要になったのですが、病名がわからなくて助成金が受けられませんでした。病院や役所にいっても『無理無理』とたらい回しにされて。『なにくそ、絶対に手に入れてやる』と意気込んでいたんですが、だんだんと病院や役所の対応に笑えてきて、それをSNSで面白おかしく発信するようになりました。そうしたら、SNSの投稿を見た友たちがシェアして、またその友だちがシェアして、それがどんどんと広がっていったんです。純粋に僕は勇気づけられたし、ありがたいことにアドバイスをくれる人もいて、申請や必要書類のサポートまでしてもらうことができました」
――いま、SNSの話が出ましたが、落水さんはアメブロやFacebook、LINEをはじめ、ブログやSNSで自身の近況を積極的に発信しています。SNSというテクノロジーは落水さんにとって、どんな存在ですか?
「(発症してからの)僕の生活を変えたのがSNSです。発症した当初、このまま症状が進行していったら、動けなくなって寝たきりになって、自分の未来は本当に最悪なものになると思っていました。
でも、違ったんです。数センチしか身体の自由が効かない人や、視線しか動かせない症状の人とSNSを通じて知り合ったんですが、毎日をとにかくいきいきと生活している。それが衝撃的で、考え方ひとつで寝たきりの人生がハッピーになるんだって、前向きになれたんですね。で、そうした素晴らしい人と当たり前のようにつながれるSNSってすごいなって。いまは、『病気になったことは変えられない、それを考えるのはやめて明るい未来を前向きに具体的に考える』と思えていますが、SNSがなかったら絶対そうはならなかっただろうなって」
――アメブロはほぼ毎日、多いときでは1日数回更新していますよね?
「発信できるものはすべて使うのがモットーです。僕の履歴書というか歴史というか、多くの人に知ってもらうためのいちばんのツールになるのは間違いないので。Twitterだけは使わないといけないと思っているんですが、使い方がいまいち慣れなくてあんまり力を入れていません(笑)」
――ブログの反響はありますか?
「正直なところ、僕のブログやSNSはほんとおもしろないんですよ(笑)。面白さを追求しないといけないと思うんですけど、僕には才能がない(泣)。だから、日々を楽しそうにしている様子だけでもとアップしています(笑)。ブログの反響という意味ではやっぱりテレビ、ウェブで取り上げられたときですね。取り上げられると一気に広がってブログにも反響が来ます。
そういうときに、本当にありがたいのは、仲間の存在です。アメブロのトップページを変えてくれたり、「いいね!」がつくように記事を紹介してくれたり、それを毎日ボランティアでやってくれる仲間がいるんです。
僕、PLSになったとき、プログラミングに1か月チャレンジしたんですが、まったく無理でした。そのとき、「これ、得意な人がやれば一瞬で終わるやん」と思って。自分で何でもしようとしないで、得意分野を持つ人に『こいつ、応援したいなぁ』と思ってもらって、サポートしてもらうという考え方に変わったんです。(マンガの)ワンピースみたいに色々な能力に特化した仲間を増やしていって、僕のことや僕のやっていることを知ってもらえたらなと。僕がSNSやブログをやる理由はそこにあるのかなと思うし、そうしたテクノロジーがいまの僕を支えてくれているんだと思います」
――ブログやSNS以外にも、電子書籍を2冊出していたり、ポッドキャストを配信していたり、さらにはクラウドファンディングにも挑戦されていますよね?
「電子書籍もまさにまわりが助けてくれた産物です(笑)。とある縁で知り合った人が『全部プロデュースしてあげる』と言ってくれて、完全ボランティア。ポッドキャストも、電子書籍をプロデュースしてくれた方がお膳立てしてくれて、実は僕はほとんど何もやってないんです。でも、電子書籍はAmazonで1位を取れたり、ポッドキャストは世界で2位になれたりと、こんなポンコツな僕でも仲間がいればこんなことができるんだってことを多くの人に伝えることができたのではないかなと思います」
――クラウドファンディングはいかがですか?
「クラウドファンディングのきっかけは熊本の復興支援のボランティア。Facebookで出会った理美容師団体「ヘアイズエナジー」の方々と一緒に行ったのですが、被災地は水が止まっているので水が使えない。仕方なく、水を使わないドライシャンプーで洗髪したんですが、気持ちいいわけないでしょうと思っていたら、熊本のみなさんは『気持ちよかばい、気持ちよかばい』って喜んでくれたんです。この体験が非常に大きくて、自分で何かできることはないかとたどり着いたのが自然に優しいシャンプーを製作して送り出すことでした。僕は化粧品会社に勤めてはいたけど、シャンプー作りは素人。ヘアイズエナジーの方々と、これもまた多くの人たちのサポートで、二度ほどクラウドファンディングで資金調達をし、現在は製品として販売しています。復興支援が大きな目的ですが、販売が安定してきたら、僕も給料をもらえそうなところまできています」
――ものすごい行動力ですね。その原動力はどこから生まれてくるのでしょう?
「第一に、僕には嫁と子どもがいるので、お金の面で将来不安にさせたくないというところがあります。そのために新しい事業やビジネスで少しでも足しにしていきたい。クラウドファンディング以外にも、WHILLのホイール部分を広告として販売してスポンサーを得たり、僕はPLSという病気なのでPLSを文字って「Peace Love Smile」というステッカーやグッズを作って販売したり、バッグの販売なんかも考えています。ビジネスにこだわるのは別の側面もあって、いまも障がい者の就労支援というのがあるんですが、頑張っても月に1万円程度しか稼げません。これではとても生きていけない。障がいを持った人が自立して生きられる仕組みを僕なりに発信できたらと考えています。
↑WHILLの側面部分にスポンサーを画策中の落水さん。「『WHILL』はスタイリッシュなので、かっこいいロゴが入るとうれしいですけど、そんなことを言える立場ではないので必死です」とのこと
第二に、こんな僕ですが、まわりでサポートしてくれる人はトップランナーばかりです。そういう人たちは、やりたいことがもう本当にたくさんあって、でも時間が足りないからできないという人が多いんです。僕は幸い無職でやることがないし、逆にそういう人たちの夢をサポートできる存在になれたらなと思っています。いまは地元で学生の交流を盛り上げる場所を作ろうとしていたり、おしゃれなスロープの開発を考えていたり、自立してお金を稼げて、街づくりまで関わっていければと思っていて、だからこんなにやりたいことのリストが多いのかもしれません」
――なるほど。「車いす」「SNS」「仲間」について語っていただきましたが、落水さんにとってテクノロジーとは改めてどんな存在でしょうか?
「僕の未来の不安はたくさんあります。喋れなくなったらどうコミュニケーションするのか? 介護はどうするのか? など尽きません。でも例えばいまでは、声のデータを残しておけばパソコンの打ち込んだときに自分の声で喋ってくれたりする技術があったり、手が動かなくなっても、視線の入力でメッセージを送れるテクノロジーが出てきたりしています。
寝たきりになっても命さえあれば、僕にできないことはありません。テクノロジーの力は僕の気持ちの根底の部分を支えてくれる。IPS細胞技術が進化すれば僕の病気だって、治るかもしれない。テクノロジーが進化すればするほど、僕の未来は明るくなるし、実際それを実感しながら日々を生きています」