東京でオリンピックが開催される2020年までに「訪日外国人旅行客を4000万人にする」と政府が目標を掲げ、それに合わせていま日本では、インバウンド(訪日旅行)対策が盛んになっています。ビザの緩和や免税制度の改正などの他、公共機関のサインボードがさまざまな言語で示されるようになるなど、日々の暮らしの中でも目に見えて変化が起きているのです。
ところが、2017年に観光庁が発表したアンケートによると、外国人旅行客が旅行中に最も困ったことは「施設等のスタッフとコミュニケーションがとれない」ことだったとか。せっかく日本を訪ねてくれるなら、積極的にコミュニケーションをとりたいもの。そこで、おもてなし英会話アドバイザーとして活躍中の横手尚子さんに、訪日外国人とコミュニケーションをとる上で必要な簡単な英会話と、日本独特の文化や魅力を伝える会話術を教えてもらいました。
おもてなし英会話に必要な3大原則
2017年の訪日外国人観光客数は、過去最高の2869万人。そのうちおよそ85%が、中国や韓国、インドなどアジア圏からの旅行者です(日本政府観光教区JNTO調べ)。つまり日本を訪れる外国人観光客のほとんどが、英語を母語としていない人たち、ということになります。
「お互いに母語でない言葉で話すわけですから、シンプルでわかりやすい文章を使うことが求められています。わたしがおもてなし英会話の三大原則としているのがこちらです」(おもてなし英会話アドバイザー・横手尚子さん)
- Speak loud and clear.
大きな声で、はっきりと伝わりやすい発音で話す。
- Keep your English nice and simple.
なるべくシンプルな単語や文法を使う。
- Be attentive and act with grace.
心のこもった表現(気遣いの感じられる言葉・表情・態度)を使う
「大切なのは英語力ではなく、相手に心地よさを与える“おもてなしの心”で話すということです。相手に関心を持って表現することで、何とかコミュニケートしたいという気持ちが伝わりますよね。また、気遣いが感じられるいくつかの表現を身につけておくことで、相手に失礼な思いをさせないようにすることが大切です。難しい文法や英語力ではなく、シンプルな言い回しを覚えておけば、とっさのときにもスマートな対応ができるのではないでしょうか」(横手さん)
おもてなしの心で伝えたい10の英会話
それでは実際に、どのような英文を覚えておくといいのでしょうか。日本独特の文化の紹介も交えながら、おもてなしの心を伝えられる文章をご紹介します。
1. 電車での行き方に困っているときは
下記の文章の下線部は、電車での行き方の説明をするときに使える定型パターンです。これに当てはめて、いろいろな場所への行き方を言えるように練習しましょう。
Take the JR line, and get off at Kinshi-cho station.
JRに乗って錦糸町駅で降りてください。Change to the Hanzomon line, and get off at Oshigami station.
半蔵門線に乗り換えて、押上駅で降りてください。It takes about four minutes on foot from Oshigami station to Tokyo Sky Tree.
押上駅からスカイツリーまでは徒歩で約4分かかります。
【おもてなし英会話フレーズ】
Just follow the signs!
標識(表示)に従って行くだけです!
「都心の駅では、英語の標識がたくさんありますし、色分けされているメトロのマークなど、表をたどって行けるよう解りやすく説明するとよいでしょう。If you follow the signs, you won’t miss it.《標識に従って行けば、必ず見つかりますよ!》という言い回しもあります」(横手さん)
2. ジェスチャーで伝える「動詞+like this+ジェスチャー」
何かのやり方を説明する際にとても便利なのが、《動詞+like this+ジェスチャー》です。「こんなふうに使ってみてください」という意味なので、実際に行動しながら言ってみましょう。言葉に詰まった時には、like this+ジェスチャーだけでも役立ちます。
Let me show you how to use chopsticks.
Please use them like this.
Would you like to use a fork or spoon?お箸の使い方をお見せしますね。
お箸はこのように使ってください。
(うまく使えなかった場合は)フォークやスプーンをお使いになりますか?
【おもてなし英会話フレーズ】
You do it like this.
こんなふうにしてみてください。
「食券や切符などの券の買い方を説明するときや、神社の参拝の仕方など、あらゆる場面で応用が利きます。これならば、英語が話せなくてもジェスチャーで積極的に助けてあげることができます」(横手さん)
3. 目的地まで道案内する
どこかに案内するときに使いたいのが、《〜までご案内します》という表現です。「I will show you the way to〜」は、観光地だけでなく、《タクシー乗り場までご案内します》や《地上出口までご案内します》というように、道案内のときに使えて大変便利です。
I will show you the way to Tokyo Sky Tree.
Tokyo Sky Tree is a new symbol of Tokyo.
It is 634m high, much higher than Tokyo Tower, which is 333 meters.
It is the tallest tower in the world.
The view from Tokyo Sky Tree is amazing!スカイツリーまでご案内しますね。
スカイツリーは東京の新しいシンボルです。
高さ333メートルの東京タワーよりもずっと高く、634メートルあります。
世界一高いタワーなんですよ。
スカイツリーからの眺めは素晴らしいですよ!
【おもてなし英会話フレーズ】
This way, please.
こちらへどうぞ。
「レストランで席まで案内するとき、オフィスで会議室まで案内するときなどにも、This way, please.を用います」(横手さん)
4. 人気が高いヘルシーな和食について説明する
外国人旅行客にとって、文化の違いを感じることのひとつは食事でしょう。日本食はヘルシーで、季節感ある旬の食材を使うなどの趣に定評がありますが、その食べ方や素材には日本独特のものもあり、旅行者が困るポイントでもあります。日本の食文化を伝え、どのような食事がしたいか聞いてみましょう。
Washoku means Japanese cuisine. It was registered as a UNESCO Intangible Cultural Heritage in 2013.
Washoku is popular among all over the world because it is very healthy, nutritious and well-balanced. And of course it’s so delicious!
It is mainly divided into a formal style such as kaiseki-ryori and shojin-ryori (vegetarian dishes)and a casual style such as sushi, tempura, sukiyaki and ramen.和食は日本料理のことで、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
和食はとてもヘルシーで栄養価が高く、バランスが良いので世界中で人気があります。何と言ってもすごくおいしいですしね!
和食は、主に懐石料理や精進料理などのフォーマルなものと、お寿司や天ぷら、すきやき、ラーメンなどのカジュアルなものに分けられます。
【おもてなし英会話フレーズ】
Is there any food you can’t eat?
何か食べられないものはありますか?
「このような聞き方をすれば、食べられないものや嫌いな食べ物などをまとめて聞くことができます。健康上の理由や、宗教によって食べられないものもありますので、この質問を覚えておくとよいでしょう」(横手さん)
5. 一緒に食べて伝える「ざる蕎麦」
外国人にとって、箸を使ったり作法が多かったりする和食は、食べ方が難しく感じます。特に和食の中でもざる蕎麦は、ざるに乗った蕎麦の上に直接つゆをかけてしまう外国人が多いようです。蕎麦湯の説明も合わせてできるよう、覚えてみましょう。
Cold soba is generally served on a bamboo tray called zaru with a dipping sauce called soba-tsuyu. You put a small amount of soba into soba-tsuyu before eating it. After you eat soba, Soba-yu will be served. Soba-yu is the hot water in which soba has been boiled. It would be tasty if you mix it with some soba-tsuyu. I always drink it because it contains lots of nutrients from soba.
一般的に冷たい蕎麦は、蕎麦つゆと呼ばれるつけ汁と一緒に、ざると呼ばれる竹のお盆の上に載せて出されます。食べる前に、少量のお蕎麦を蕎麦つゆにつけて食べます。お蕎麦を食べ終わると、蕎麦湯が出されます。蕎麦湯というのは、蕎麦を茹でたお湯のことです。蕎麦つゆと混ぜて飲むとおいしいですよ。蕎麦湯には、蕎麦からのたくさんの栄養が含まれているので、私はいつも飲んでいます。
【おもてなし英会話フレーズ】
Would you like to try Zaru-soba for lunch?
ざる蕎麦を食べてみませんか?
「Would you like to try〜は、より丁寧な言い回しです。親しい方に使う場合は、How about eating〜に変えてもよいでしょう」(横手さん)
続いて、お花見や富士山、神社とお寺の違いについてなど、引き続き日本文化を紹介するキラーフレーズを紹介します。また、「Can you 〜?」や「Please 〜」への意外な注意点など、知っておきたいポイントも。
6. 美しさを伝えたい、桜とお花見
日本を象徴する桜の花の美しさ目当てに、この季節に訪日を計画する人も多いものです。お花見については、桜の美しさやお花見の意味、名所、お花見の仕方など、さまざまな角度から説明できる事柄があります。
Japanese people love cherry blossom for mainly two reasons.
Cherry Blossom-Viewing is one of the important seasonal events in Japan.
One reason is that they are considered to be a symbol of the beginning a new life.
The other is that cherry blossom in full bloom last only several days, so they are attracted by their transient beauty.
I love the gorgeous cherry blossoms in Chidorigafuchi.
When you come to Tokyo on spring, let me take you to Chidorigafuchi.お花見は日本の最も重要な季節の行事のひとつです。
日本人は主に2つの理由から桜を愛します。
第一に、桜は新生活のスタートの象徴だと考えられています。
第二に、満開の桜はほんの数日で散ってしまうので、日本人はその儚さに魅了されるからです。
私は千鳥ヶ淵の見事な桜が大好きです。
春に東京にいらっしゃる際には、千鳥ヶ淵にお連れしますね!
【おもてなし英会話フレーズ】
Let me〜
Let me help you. お手伝いしますよ。
Let me show you the way. ご案内しましょう。
Let me take you to the station. 駅までお連れしましょう。
「Let me〜は、自分から何かを申し出るときによく使われます。謙虚でありながらも、積極的にこちらの気持ちを伝えることができます。相手にとっても気持ちのよい、おもてなし英語の代表フレーズです」(横手さん)
7. 富士山について説明する
日本について説明する上で欠かせないのが富士山です。2013年に世界遺産に登録され、ますます観光客が増えている人気のスポットでもあります。
Mt.Fuji, the highest mountain in Japan, is 3,776 meters high.
It is regarded as a symbol of Japan and was designated as a World Heritage Site in 2013.
It is so beautiful and you can visit five famous lakes in that area.
Have you thought about climbing Mt. Fuji to the top?富士山は日本で最も高い山で、3,776メートルの高さがあります。
日本の象徴で、2013年に世界遺産に登録されたんです。
富士山はとても美しくて、付近には5つの有名な湖があるんですよ。
富士山の頂上まで登るなんて考えたことありますか?
【おもてなし英会話フレーズ】
Have you thought about 〜ing?
〜してみませんか?
「You should〜とも言い換えられますが、こちらの方が婉曲的でやわらかな表現になります。Have you thought about trying natto? 《納豆を食べてみませんか?》などと使ってみましょう」(横手さん)
8. 神社とお寺の違いをレクチャーする
神社とお寺の違いを英語で細かに説明するのは難しいので、どんなときに行く場所なのかを話してみましょう。お宮参りや結婚式、お盆など日本特有の文化があり、外国人観光客には人気のあるスポットです。
The god of the Shinto shrine is worshiped in a shrine, whereas the Buddha is worshiped in a temple.
In general, people go to Shinto shrines or temples to pray for good health and happiness.
Also, we visit Shinto shrines to celebrate some important stages of beginning in life such as birth, marriage and Coming-of-Age Day.
On the other hand, we visit temples to have funerals or Bon festivals to welcome our ancestor’s spirits.
I do recommend you visit some of the shrines or temples while you’re in Japan.神社では神社の神様を拝むのに対し、お寺では仏様を拝みます。
一般的に、私たちは健康と幸せを祈るために、神社かお寺に行きます。
また、お宮参りや結婚式、成人式のような人生における重要な始まりのステージを祝うときには、神社に行きます。
一方、お寺には、お葬式やご先祖様の魂をお迎えするお盆のときに行きます。
日本滞在中にぜひ神社かお寺をいくつか訪れてみてください。
【おもてなし英語】
I do recommend you visit (場所) while you’re in Japan.
日本滞在中にぜひ(場所)を訪れてみてください。
「わたしたちが旅行をするときと同じように、現地の人が勧める場所やお店の情報は、旅行者にもとても貴重なものです。日頃から、外国人が行って楽しめる場所をピックアップしておくといいですね」(横手さん)
9. おすすめの観光地案内
観光案内では、その人の趣味嗜好によっておすすめするものが違いますが、鎌倉や箱根など、東京からアクセスがよく、和の心を感じられる場所を紹介してみましょう。
Have you decided where you want to go?
If you don’t mind going a bit further out from Tokyo, there’s a huge bronze Buddha in Kamakura.
Hakone is also nice if you like hot springs and greenery.
Hot springs contain many kinds of minerals which help you relax and heal your body.
Don’t forget to wash your body before you get into the hot springs.どこに行きたいか決まりましたか?
東京からちょっと遠出しても構わないなら、鎌倉に巨大な青銅製の仏像がありますよ。
温泉や緑が好きだったら、箱根もいいでしょう。
温泉には、リラックス効果と体を癒してくれる様々な種類のミネラルが含まれています。
温泉に入る前に必ず体を洗うようにしてくださいね。
【おもてなし英会話フレーズ】
If you don’t mind 〜ing
〜しても差し支えないなら
「“〜で差し支えないなら”という表現は、あなたが嫌でなければ、あなたが心地よいなら、という配慮の心が伝えられる言葉です。《もう少し歩いても差し支えないなら》や《時間が遅くても差し支えないなら》など、さまざまなところで使うことができます」(横手さん)
10. どうしてもわからないときに使える英会話文
何かを尋ねられたとき、英語で何を言っているのかわからない場合に、言える一言を覚えておきましょう。単純に、「英語が理解できません、ごめんなさい」ではなく、おもてなしにつながるような言い方が好ましいとされます。
Excuse me, but I don’t understand what 〜 means.
Could you write it down here?
Thank you. Let me check with my smartphone.すみませんが、〜という言葉の意味がわかりません。
こちらに書いていただけますか?
ありがとうございます。スマホで調べてみますね。
【おもてなし英会話フレーズ】
I’m afraid I’m not good at English.
Let me show you to the tourist information office.
あいにく英語が苦手なので、観光案内所までお連れしますね。
「お互いに外国人同士であるという認識があり、言葉が伝わらないことは前提の上でコミュニケーションしようとしているのだ、と思うと、単語が出てこなかったりわからなかったりしても、何とかなるものです。その場で一緒に調べたり、他の人に声をかけたりすることも、おもてなしのひとつでしょう」
意外と知られていない、注意したい言い回し
中学や高校で習う英語では正しかった表現でも、いざ実用するとなると、ニュアンスに違いがあるものです。間違えやすいポイントをおさらいしておきましょう。
1.「能力がありますか?」と聞こえてしまう「Can you〜?」は避ける
英語の教科書ではよく登場する「Can you 〜?」という言い方は、実はとても失礼になる場合があります。たとえば、「Can you understand what I said?」というセンテンスは、「私の言うことがおわかりですか?」「ご理解いただけましたか?」という意味ではなく、「私の言うことを理解できる能力はありますか」という大変失礼な言い方に聞こえてしまうのです。その場合には、Does that make sense? や Am I making sense?《ご理解いただけましたか?》と言いましょう。
同じように「日本語を話せますか?」を「Can you speak Japanese?」と言うと「あなたには日本語を話す能力はありますか?」という失礼な印象を与えてしまいます。「Do you speak Japanese?」と言い換えましょう。「お刺身を食べられますか?」も 「Can you eat raw fish?」ではなく、「Do you like raw fish?」とした方が礼儀正しい印象を与えることができます。
2.「Please」は命令や指示を伝える言葉になりがち
学校英語では、「Please」をつければ丁寧な表現になる、と教わった方が多いでしょう。しかし実際には、「please」は命令や指示をするようなニュアンスが強くなるため、おもてなし英語にはふさわしくありません。「Please pay.」と言っていた店員さんを見かけたことがありますが、これでは《支払いなさい》と聞こえてしまいます。このような時には、「How would you like to pay?」《お支払いはどのようになさいますか?》や、「Would you like to pay by cash or charge?」《現金とカード払いのどちらがよろしいでしょうか?》などの、礼儀正しい表現を使うようにしましょう。
また、《お座りください》のつもりで「Please sit down.」と言うと、親が子どもに、あるいは先生が生徒に「座りなさい」と命令しているような感じに受け取られてしまいます。「Please have a seat.」や、「Please take a seat.」などと言うようにしましょう。
「おもてなし英会話」で人生が豊かに!
おもてなし英会話は、接客やビジネスシーンなど、仕事の場面で必要なだけでなく、日常シーンにおいてのコミュニケーションにも役立ちます。
「これからますます訪日外国人の数は増えていきますから、日本企業でも英語の社内公用語化などが進むなど、国内でも英語を使うことが普通になっていきます。おもてなし英会話が使えるようになることで、外国人の友達も増え、お互いのことをより深く理解し合えるようになれば、自らの世界観が広がり、それだけ人生が豊かになります。お互いの文化や個性に興味を持ち、知ろうとする姿勢を忘れないようにしてください」(横手さん)
簡単な表現でも、いくつかのキーワードを覚えておけば使い回しができ、伝えられる事柄は増えていきます。訪日外国人から話しかけられたときは、英語がわからない、という先入観を捨てて、わかる単語だけでも拾いながら聞いていると、なんとなく伝わってくることもあります。エレベーターに乗り合わせたら「After you.」《お先にどうぞ》、ぶつかってしまったときなどには、「Excuse me.」《すみません》などと、積極的に声をかけてマナーのある対応をしたいものですね。
【プロフィール】
接客英会話・マナー講師/横手尚子さん
元JAL国際線CAで、武蔵野学院大学客員准教授、駿台グループ専門学校講師を務める。EnglishCentralおもてなし英語アドバイザーや、学びエイド英語鉄人講師、英語発音指導士®としても活躍。著作に『世界に通じるマナーとコミュニケーション〜つながる心、英語は翼(岩波書店)』『ネイリストのためのマナーと接客英会話(IBC) 』などがある。
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