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2019/9/25 20:00

疲れた大人こそ読むべき…絵本『はかれないものをはかる』で作者が伝えたいこと

ヨハネの黙示録の一節から生まれた『はかれないものをはかる』

元木:ではでは、本題の『はかれないものをはかる』についてお話を聞かせてください。日本で書籍化するという話は、どのように進んでいったのですか?

 

工藤:『Giromondo di Ayumi(あゆみの世界一周)』を発表して、コンクールで2位だったのですが、1~3位だった3人は、ミラノの画廊で別の展示ができることになっていて。そこでもらったテーマが「ヨハネの黙示録」だったんです。そこから思考を巡らせて出来上がったのが『はかれないものをはかる』でした。

 

元木:本が始まりではなくて、展示作品が本になったという流れなんですね。

 

工藤:はい。「ヨハネの黙示録」の第11章に『神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。』っていう記述を見つけたんですけど、これ以降、ヨハネが神にはかった数字を報告する記述はなかったんです。それで「神は何をヨハネにはからせたかったんだろう?」と思って。例えば「そこにいる人の数をはかりなさい」とあって、頭数を数えるのは簡単だけど、ここではその数字を求められていない。そして、信者としてどれくらいの信心深さを常にもっているかを神が世界の教会に問う! という記述も黙示録の冒頭にある。そうなると、ヨハネが「1」と数えようとするその人が、どういう心を持って日々生活してるか? どれくらいの信心深さやどんな信仰の質をもっているか? ということに神様は注目させたかったのかな? と私なりの解釈が生まれてきました。だったら数字じゃ表せないけど、今ここにある程度とか温度とかの小さな変化とかに注目してみようと。はかることが大事じゃなくて、そこに目を向けてみるっていうのが面白いんじゃないかな?と。

 

元木:なるほど、すごく深く考えられているのね。はかれることじゃなくて、そこに目を向けること……奥が深いですね。その時はどのように展示されたんですか?

↑本の原画は、7×7インチの木の板に描かれたイラストと言葉

 

工藤:どの絵が一番とかはなかったので、すべてを並列で見て欲しいという思いがありました。額には入れず、板に絵と日本語とイタリア語で言葉を書いて展示しました。ヨハネの黙示録って「7」という数字が繰り返し出てくるんです。そして7はカトリック的に聖数であり、正方形と立方体が聖なる形であり、そのことは黙示録でも言及されています。なので、7×7=49枚の作品を、正方形を意識して展示しました。板の大きさも7の倍数、21cmの正方形です。

 

この作品で私の個展を開催した際に、来てくれる人にお持ち帰りしてもらえる何かを作りたいなと思って、カタログのようなものを考えていたのがどんどん本格的なアーティストブックとなり、『はかれないものをはかる』の最初の1冊が生まれました。

↑青幻舎からの出版に至るまで、左奥にある1冊目から黄色い表紙の4冊まで自費出版で作品を発表した。同じものを増刷せず、発表のタイミングに合わせて表紙や装丁を変更。自費出版の本では、中ページは蛇腹になっており、「はかる」を感じてもらうため表紙にメジャーをつけている

 

元木:最初は49枚の展示作品をご自分で自費出版されたのですね。増版するたびに表紙を替え、真ん中のメジャーもちゃんと工夫されていますね。4冊の自費出版を経て、青幻舎から『はかれないものをはかる』が発売されたんですね。

 

工藤:自費出版のものに私が表現したい形でつまっているので、これでいいかな? と思ったんですが、売れている数を考えると、イタリア9:日本1くらい差があったんですね。イタリアの人ってプレゼントのための本を探しているんです。大事な日に贈る、誕生日とか、大事な人の記念日のプレゼントにこの本をよく使ってもらってるらしいです。

 

でも日本では「食べ物にはお金出すけど、本にはお金を出さないよ」って言われてたから……本を読み終えた後おいしく食べられたらよかったんですけど(笑)。値段が高かったこともあって、なかなか動かなかったので、出版社さんから出してみるのもいいかなと思ったんです。実際に出版するとなると、編集者さんがついて、ブックデザイナーさんがついて、これまでにない空気が入っていいものが生まれるきっかけになるかな? って期待もあって、引き受けることにしました。

 

元木:本にしてくれたから、こうして私も出逢えたので感謝しています。なかなかアーティストブックとは出逢えなかった人も多いと思います。私はたまたまタイトルで見て「このタイトルなんかある! ヤバイ面白そう!」って。そして取り寄せて、1枚目「心の扉の強度を測る」を開いて、胸がバキュンとやられてしまいました(笑)。この作品は、絵から書き出すの? それとも文字から生まれてくるのでしょうか?

↑1ページ目に描かれている「心の扉の強度を測る」。人のような動物のような見かけでいて、なにものでもないこのキャラクターは、工藤さんの中にふっと出てきたんだそう

 

工藤:絵を描く時には、文章は8割くらい出来上がっていますが、絵を描いた後に日本語を書いて、最後にイタリア語を考えています。イタリア語に訳す時には、例えば「幸せ」って辞書をひくと5個くらい候補が出てくるんですよね。そこからスーパージャンプしちゃいます。

 

元木:え、なになに? スーパージャンプ?

 

工藤:あ、ごめんなさい(笑)。なんて言うんだろうな、言いたいことが何かって見えてくるというか。「幸せ」でもこういうことが言いたかったなとか、幸せよりも「喜び」って使った方がしっくりくるなとか。イタリア語と日本語を行ったり来たりするのが、最後の仕上げとしてはすごい大事で。イタリア人には確認してもらっているので、文法は大きな間違いはないはずですが、表現っていうことでいうと、日本語の直訳にはしていないですね。

 

元木:それこそ、工藤さんの感性のかたちなのですね。想像を超えた素敵な絵と文章たちです。

 

『はかれないものをはかる』は、読む人それぞれが自分なりの受け止め方をできる絵本。では作者である工藤さん自身は、どのように感じているのでしょうか? そこに、工藤さんがイタリアに渡った理由もありました。

 

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