ライフスタイル
2019/10/31 19:30

流行りの“丁寧な暮らし”に一石を投じた話題本『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』著者の暮らし方とは

2018年3月に発売された『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』は、働く女性の間でじわじわと人気を集め、現在までに10回も増刷されているロングセラーの本。

 

「毎日忙しい……けれど毎日の暮らしは豊かにしたい」という思いは誰もが持っているものですが、そんな思いをどうやったら実現できるのか、編集者・ライターである著者の一田憲子さんが、優しく楽しく語りかけてくれる一冊です。「これなら私でもできそう!」、そう思えるアイデアがたくさん詰まっており、そこには時代に囚われない暮らしがあります。

 

今回はブックセラピストの元木忍さんが一田さんのご自宅を訪問し、この本が生まれた経緯と忙しい毎日でも“丁寧”に暮らせる秘密を伺いました。

 


『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』
一田憲子/SBクリエイティブ
人気雑誌『暮らしのおへそ』編集者、一田憲子さんのリアルな暮らしがつまった『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』では、”けれど”の先にある暮らしのヒントが満載。本書に掲載されている写真はすべて、一田さんの自宅で撮影された。

 

パンツをたたむか、たたまないか。そこからスタートした本

元木 忍(以下、元木):本当に素敵なお宅ですね。『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』の世界に飛び込んできたような感覚です。書籍を発売する際に、お家の中をすべてオープンにしてしまうことには抵抗はなかったのですか?

 

一田憲子(以下、一田):ありがとうございます。暮らし系のライターをしているので、あまり抵抗はなかったですね。昔からお家に人を呼んでご飯を食べたりしてましたし、『暮らしのおへそ』という雑誌でもこの家を使った撮影が結構あるんですよね。

 

元木:私も「遊びに来てきて」というスタンスなのでわかります(笑)。この書籍、タイトルから興味をひかれましたが、企画することになったきっかけから教えていただけますか?

 

一田:この本の編集者さんと「忙しいと丁寧には暮らせないよね」っていう話をしていた中で「ねえ、パンツたたむ?」って話になりまして。

 

元木:パンツですか?!

 

一田:はい(笑)。パンツをたたんでしまう人もいるけど、私たちはたたまない人種なんだよねと盛り上がったんです。もともとの性格が大雑把だし、飽き性で頑張ろうと思っても続かないから、収納術を活用するような「そんな丁寧にはできないよね〜」という結論に至りまして。でも、気持ちのどこかで“丁寧な暮らし”への憧れは持っているので、私の手が届く範囲をありのままに紹介していく内容はどうかな? となり、スタートしました。

 

元木:なるほど。できないことはできないと認めて、その中で丁寧な暮らしをしていくってことですね。いつ頃から“暮らし”について考えるようになったのでしょうか。

 

一田:20代の頃から暮らし系のライターをしていたのですが、素敵な暮らしをしている人のご自宅に取材にいくわけですよ。いいなぁ〜、素敵だな〜と思っていても、当時の自宅は荒れ放題でした。30代の頃には、月刊誌のインテリアページを毎月担当していたので、もう出版社に泊まり込むくらい忙しかったし、せっかくお気に入りの器を買っても箱に入ったままでボーンと置いてあるような生活で。自分の暮らしを犠牲にするくらい心血注いでがむしゃらにやっていたんですが、突然その月刊誌が廃刊になるんです。

 

元木:急に?

 

一田:突然です。バタンと扉が閉まったみたいに廃刊になったもんだから、涙が止まらなくて、「フリーランスなのにどうしよう、私」ってなるわけです。でもそんな日でもお腹って空いちゃうんですよね。だからダイレクトメールとかで散らかった机の上を片付けて、ご飯炊いて、料理して食べたんですけど、その時に「このご飯はなんてたしかなものか!」って感動したんです。

本は廃刊になるけど、毎日食べるご飯を止めることはできない。誰かに心身を預けて自分の気持ちがジェットコースターのように揺さぶられるようなことはしないようにしよう、ご飯のように“確かなもの”をもっと大事にしなきゃいけなかったんだ、って身をもって体感して、それから“暮らし”そのものに目を向けられるようになりましたね。

 

↑ご自宅にお邪魔すると、優しいお茶と旬の柿を使った和菓子が。一田さんの心遣いも一緒に「いただきます」

 

↑季節を感じるお花が飾られている。生のお花があるだけで気持ちの豊かさが伝わってくる

 

↑お香がフワリと香る玄関に飾られたアート作品。訪れる人の心を、香りとともにほっとさせてくれる

 

↑一田さんの家に“しっくり”くるかご。実用的なかごの用途を超えて、インテリアの一部になっている

 

“暮らし”に目を向け、丁寧に過ごそうと考えをあらためた一田さん。ところが、忙しい毎日には変わりがなく、手本となるカリスマたちのようには丁寧に暮らせないと、落ち込んでしまったのだと言います。そこで一田さんが辿り着いた境地とは?

 

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靴磨きよりコンポート! 自分がやりたいことを丁寧にちゃんとやる

元木:当時は辛かったでしょうけど、振り返れば立ち止まれたことは良かったかもしれないですね。

 

一田:そうですね。でもそこから生活が一変したという感じではなくて、廃刊になってもお仕事は続いていくわけで(笑)、忙しいのは変わらなかったんです。でも気持ちとしては「丁寧な暮らし」を目指しているので、取材先で教えてもらった知恵を自宅でやってみるんだけど、続かないジレンマに陥るんです。カリスマ主婦の賢い整理術とか、スタイリストさんのシンプルな暮らしとか「あの人みたいにできない……!」って落ち込んじゃうみたいな。

そんな中、取材したおばあちゃんの家が、おばあちゃんの手の届く範囲にすべてのものが置いてあって。他人からみたらごちゃついていても、おばあちゃんにとっては心地よい暮らしで、落ち着いて生活されていたんです。「丁寧じゃなくてもいいんだ」とその時思って、自分が落ち着くならよくない? と思えるようになったんです。

 

元木:この本のなかに「靴磨きよりもコンポートを作るのを優先する!」と紹介されていたページがありましたね。さすがにコンポートって、時間にも心にも余裕がある人が作るものだって考えがちですが、私も共感できるところがありました。今の自分が本当に食べたいものを優先することは、靴を磨くことよりも重要で、なんか生きているって感じがしますよね。

 

一田:そうそう、面倒くささよりも食欲が勝るときには、コンポート作っちゃうんです(笑)。一見ズボラに見えるけど、私にとっては丁寧なんですよね。だって美味しいものを食べたいから。

暮らしも“自分基準で考えれば丁寧にできること”ってあると思うんです。例えば、「お肉とかお魚を冷凍しない」っていうのも、私の場合、冷凍したお肉がどこいっちゃったかわからなくなるから、買ってきたら使い切っちゃうというルールにしました。お肉を無駄なく美味しいうちに食べちゃう丁寧さですね。あとお客さんが来たときにはとりあえず、奥の部屋に出ているものを突っ込んじゃえば、見える部分は丁寧にしているようにみえる(笑)。できないことをいかにしてごまかすかが、楽しくなるポイントです。

 

元木:“自分ができる範囲での丁寧な暮らし”ってとても始めやすいし、必要なことですね。ちなみに、一緒に暮らしている旦那さんとは何かルール化していることはありますか?

 

一田:「うちの庭師」と呼んで、外の草むしりとかは彼の担当になっていますね。几帳面な性格だから、ふたりで旅行する時もプランはすべてお任せなんです。大体年末に海外へ行くことが多いんですが、その時も前日になって準備しながら「暑いところに行くんだっけ? 寒いところだった?」なんて聞いちゃうんです(笑)。

 

元木:とても素敵な関係ですね。役割分担があるからこそ丁寧な暮らしができるのかもしれませんね。この本の中では、洗い物担当も旦那さんになってましたね。私の周りの友達でも旦那様が洗い物担当の家族はとても多いです(笑)

 

一田:そうですね。最初のうちは、ご飯も作って食器も洗ってって私がやっていたんですけど、「なんか不公平じゃない?」って思って(笑)。彼が洗ってくれるようになりました。作った人は洗わないルールですね。でもたま〜に彼が作ってくれることがあっても、私は食べ終わってからごろごろしちゃっているので、「作った人は洗わないルールなんだけどな〜」ってぼやかれる時もありますよ。他にも私が取材で「朝はスムージーがいい!」というのを聞いたら翌朝はスムージーになっちゃうし、冷えとりがいいと聞けば洗濯物の靴下が8枚くらいに増えてるとか。私が突然夢中になるもんだから、よくぞ付き合ってくれていますって感じです(笑)

↑スッキリとまとめられたキッチン。手前のキッチンワゴンは『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』でも紹介されている

 

↑リビングテーブルを支えるリンゴ箱の中に、ぴったりと収まっている無印良品の書類ケース。ここに散らかりがちな小物や書類をまとめている

 

↑リビングの次の間には、ソファとロッキングチェアが。『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』の表紙にもなっている象徴的な空間

 

↑一田さんがこのお家に住む決め手となった、廊下と木枠の窓。懐かしさを感じるあたたかな光が注がれる

 

↑リビングの前にある廊下からは、大きな窓から素敵な庭も眺められる。庭の管理はご主人の担当

 

『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』で自分らしい暮らしを詳らかにした一田さんは、続いて2019年9月に、自分らしいファッション、自分にとっての制服をもった人たちを紹介する『おしゃれの制服化 「今日着ていく服がない! 」から脱する究極の方法』を出版します。この近著と、さらにこれら2冊に共通して込めた思いとは?

 

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もう洋服で悩まない。制服化するメリットとは?

元木:最新刊『おしゃれの制服化 「今日着ていく服がない! 」から脱する究極の方法』も読ませていただきました。こちらはさまざまなシーンで活躍されている方が紹介されていますが、選定基準はあったのでしょうか?

 

一田:どの人も、「自分にとっての制服」をきちんと考えている方たちにしました。自分の体型にコンプレックスがあって、それでもおしゃれに楽しむためにはどうするかを決めている人が多くて、決めれば「何を着たらいいかわからない」と迷うことはないんですよね。毎日クローゼットの前に立ってさっと服を選べるようになるっていうのが、制服化のいいところなので、参考にしていただける方が多いと思いますね。

↑最新刊『おしゃれの制服化』(SBクリエイティブ)。いつも同じ印象の服で良いのだという新しいファッションの提案がされていて、どの世代でも共感できるヒントが満載

 

元木:私も営業として動いていた時にはパンツスーツしか着ませんでしたし、ブックカフェのお店をやっていた頃にはリネンの服を好んで着ていました。制服だけでなく、仕事に合わせて髪型まで変えていました。知らず知らずのうちに、仕事に合わせた制服を自分なりにアレンジして着ていたのかもしれないですね。

 

一田:元木さんは、仕事に合わせてセルフプロデュースできているんですね。それもひとつの制服化だと思います。制服化することで精神も安定しますからね。

 

元木:たしかに制服化することで、語らずとも自分らしさを伝えることができる気がしますね。ちなみに、一田さんの普段着はどんな感じなんでしょう?

 

一田:昔は「宅急便のお兄さんにしか見せられません!」みたいな格好をしていたんですけど、近くでギャラリーをやっている方のところに夕方お邪魔したら、夕方なのにきっちりとした服装だったんです。そこからジャージ姿の自分を反省して、見られても恥ずかしくないような服を着るようにしました。無印良品のリネンパンツにボーダーのトップとか、買ったけどあまり着ていない服などを2セットほど準備して交互に合わせていますね。

↑『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』著者の一田憲子さん
↑『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』著者の一田憲子さん

 

丁寧な暮らしは“まねしんぼ”から。できなかったら自分用に改訳するだけ

元木:2冊に共通して感じるのは、自分の中でルール化するということでした。自分ルールだからこそ、無理なく楽しく暮らせるということにつながる。一田さんが考える、自分のルールを作っていく際のポイントは?

 

一田:まずやることは、「できている人から盗む」ことですかね。『まねしんぼ日記』っていうリトルプレスも出しているんですけど、私ってすぐ真似するんです。それでもできないものは、自分ができる方向へ“改訳”する。できないことをいかにして誤魔化すか、ですね。

↑これまでに一田さんが真似してきたことが綴られている『まねしんぼ日記』。増販されていないので、今では入手困難なリトルプレスだ

 

元木:まねしんぼっていい響き。でも思えば、仕事もまねしんぼで覚えてきましたしね。

 

一田:完璧に真似しようとしなくていいの、みんなの暮らしは違うわけだから。子供を抱えているお母さんが、そんな丁寧なことをやっている暇はないでしょ? でも、これだけならできるっていう方法を自分で見つけていく過程に、構築に楽しみがあるわけだから、「自分ができること」「できないこと」を考えて、できることをちょっとずつやる。それで十分なんです。でも現代に生きる人って、みんな「できる」か「できない」かで左右されちゃうんですよね。

 

元木:でも最初は一田さんもそうだったんですよね?

 

一田:そうそう。私は根気がないからダメとか思ってたけど、できないことはできないでいいじゃん! って。でも「できなくていいじゃん」ってなった時にそこで終わらせないで、「じゃあできることは何かな?」って考えて実行していくことで、自信につながりましたね。

 

元木:大事なポイントですね。これってマインドフルネスと通じる部分もあって、しっかり目の前のこと向き合える、集中できるようになることで、気持ちのリセットができるようになる。あとはできない自分を認める事も必要な課題ですね。

 

一田:『暮らしのおへそ』で主婦の方を取材したんですけど、大根を刻む時には「大根を刻むぞ」って思いながらする、掃除をする時には「掃除をするぞ」って思いながらするっていう方がいらっしゃって。世の中の“忙しい人”って、大根を刻みながら「この後は子供のなんとかをして、あとでこれして…」なんちゃらかんちゃら、って考えがちなんです。でもそうすると、“ここ”で何をやっているかがわからなくなる。だから、次の段取りとか明日の心配をせずに「大根刻むぞ」と思うんですって(笑)。そうすると、大根を刻む手元が丁寧になるんです。それから始めるだけでもいいと思う。

 

元木:私も打ち合わせをしながら次のことを考えていたり、ランチをしていてもあれこれ考えながら食べるから味もわからない、なんて時もありました。結果として効率が悪くなっていましたし、すごく時間を無駄にし雑に生きていたような気がします。たとえ忙しくても、目の前のことを中途半端にしてはいけないのだと。丁寧に生きるって実は難しいことじゃなくて、ひとつひとつと向き合うことからなんですよね。それができるようになってくると、自信がついて自己肯定感も上がるから、「人は人、自分は自分」って思えるようになるのかなーって最近やっと思えるようになりました。

 

一田:私自身が“優等生”で、これだ!って華やかな個性もなくて、いろんなことを気にしてしまう性格をずっとコンプレックスに思ってましたが、もう治らないんだって最近ようやく認められたんです。だったら、この“気にしぃ”な性格でできることを、文章に書いて伝えていこうって。自分には「こんな丁寧な暮らし、できない」と思っている人は、その“できない”が強みに変わるってことを実感して欲しい。欠点は裏返しなので、“できない”が“できる”にどうしたらできるか、考え抜いて欲しいと思います。

 

元木:まずは「自分にはできない」とか「わからない」って嘆く前にやってごらんってことですね。だめなら次にトライすればいいから、気にしない気にしない。そして『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』を読んで、楽する暮らしを見つけたらいいですね(笑)

 

一田:人と会話をしていく中でも見つかりますから。誰かと比べて「できない」とか思わないで、自分がやりたいことをやる、ズボラでもいいから自分が「ここは丁寧にしたい」と思う部分を見つけて実行して、自信をもって、無理をしない。自分が楽しいと思うことを気持ちよくできれば、十分だと思いますね。

 

↑毎年、梅酒と梅シロップを作っているそう。梅干しは難しいので、手軽にできるこのふたつ

 

↑病院で薬棚として使われていたというこの食器棚。使いはじめの頃は薬の香りがしたとか

 

【プロフィール】

編集者・ライター / 一田憲子

1964年京都府生まれ、兵庫県育ち。OLを経て編集プロダクションへ転職後、フリーランスとして女性誌、単行本の執筆などで活躍。企画から編集を手がける暮らしの情報誌『暮らしのおへそ』『大人になったら、着たい服』(ともに主婦と生活社刊)は、独自の切り口と温かみのあるインタビューで多くのファンを獲得。日々の気づきからビジネスピープルへのインタビューまで、生きるヒントを届ける自身のサイト『外の音、内の香(そとのね、うちのか)』も主宰。
http://ichidanoriko.com/

 

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